しだけ殘業をして、２０時前には帰宅の準備を整える。

フロアの半分以上がすでに退社している。瀬尾も帰宅済みだ。當然のごとく、後ろの人はまだ仕事している。

「お疲れ様です」

中嶋さんは小さくうなずくだけだった。

外に出ると、雨は降っていなかった。徒歩で家路を進み、アパートの前に著いたころには、２０時を過ぎていた。

俺の暮らす１０５號室の隣――１０６號室。角部屋で、俺の住むワンルームよりも広いらしい。特に、変わった様子はないようだ。換気扇からわずかに食べの匂いが漂っているから、料理中なのかもしれなかった。

部屋にり、シャワーを浴びて、５分くらい経ったころ。急にインターホンが鳴った。

「なんだ？」

カメラがついていないので、ドアスコープで外を確認すると、そこにはあのの子が、なにかを手に持った狀態で立っていた。

ドアを開けた。平川晴香は、俺の顔を見るや、ほっとしたような表に変わる。

「どうも。こんばんは」

「こんばんは。突然、どうしたの？」

「このまえは、傘、ありがとうございました」

その時點で、手に持ったタッパーにれられたものが、そのお返しであることが理解できた。俺は首を橫に振る。

「気にしないでくれ」

「お禮にけ取っていただけませんか？」

目の前のの子の切実そうな瞳を見ていると、斷る気持ちが萎えてしまう。それをけ取って、玄関の靴箱のうえにのせた。

「今日作った、カレーです。ご迷じゃなければ、是非食べてください。當然、変なものもれていないし、味も悪くないって姉が言ってました」

「そうか。ありがとう」

「……ええと」

俺の困を察したからか、平川晴香がコートの襟をつかんでうつむいた。

しばらく、黒目が上下左右に忙しなくいたが、止まり木を見つけた小鳥のようなきで、急に俺の顔のところで固定された。額に絡んでいた前髪がほどけて流れる。充しているようで、管の赤い線が幾本か見えてしまった。丸く開いた口から聲にならない吐息がれ出していて、目が離せなかった。

「どうした？」

「いえ。おやすみなさい」

そして、慌てたように自分の部屋に戻って行ってしまう。

違和を覚えながらもドアを閉めて、さっき置いたタッパーを開くと、言われた通り、野菜のたくさんったカレーがあった。特に、食べられなさそうなものはない。冷蔵庫に食べを保管していたが、せっかくなので、早速いただくことにした。

電子レンジで溫めて、炊いてあったご飯と一緒に皿に盛りつけた。一口食べると、なるほど、実際に味は確かだった。

ミミは、相変わらずケースで走り回っている。カレーの匂いを嗅ぎつけたからか、がさっきからずっと俺に向いている。ハムスターは匂いと音に敏だ。さっきインターホンが鳴ったときもが反応していた。

それからしばらく。食事を終えて、歯ブラシをくわえていると、窓のほうから音が聞こえた。が落下したときのような、鈍い音だった。ここは一階だから、地面と衝突した音がダイレクトに聞こえてきてしまう。

冷気が侵しないよう、わずかばかり窓を開けた。

俺の住むアパートに隣接する一軒家との間には、吹き付け塗裝された白い塀が建っていて、その距離は一メートルもない。明かりとなるものは、住まいかられ出すと左右の端に走る道路から放たれる街燈しかない。スマホを拾い上げて、懐中電燈アプリを起して、窓の奧を照らした。

無造作に生えた雑草が、風に揺られている。一部は、が落ちてくずおれている。次に隣の部屋の前を照らしたところで、暑くもないのに汗がじんわりと浮かんだ。

なにかいる。だ。

窓をさらに開放すると、外から流れ込んでくる風でカーテンが揺れた。服の側が冷気で包まれて、ほんのしが震える。

犬の死だった。

まだ長しきっていないのだろう。大きさは５０センチもない。耳のあたりから長いが垂れていた。その目は閉ざされている。橫に向けさせられ、その前足に黃いロープが強く結びつけられ、後ろ足にはガムテープがりついていた。

から釣り針の軸が生えている。針先と思われる箇所は、を食っていた。

スマホのをさらに奧に向けると、アパートと道路を隔てるブロック塀がそびえている。

おそらく、あそこから投げ込まれたのだろう。上の階から投げ込むともっと大きな音がするし、隣家から投げ込まれたとも考えづらい。さっきの音の正は、たぶんこれだ。

平川姉妹の反応はない。窓はカーテンで覆われたまま、部を窺うことができない。

すぐに脳裏をよぎったのは、以前有休をとった日の出來事だ。

（面白いことをいっぱいいっぱい考えてるんだ）

あれから、問題が解消された様子はない。というのも、平川家の夫妻と出くわしたことが一度もないからだ。俺の悪い予が當たったということになる。

犯人らしき足音も聞こえてこないし、すでに立ち去った後という可能が高い。どうすることもできないと判斷して、俺は窓とカーテンを同時に閉めた。室溫が下がってしまったので、暖房の設定をいじってから歯磨きを再開する。

悪臭はなかった。まだ出來立てほやほやの死なのかもしれない。とはいえ、あのまま放置するのはまずい。簡単にスマホで調べをした。