《【完結&謝】親に夜逃げされた姉妹を助けたら、やたらグイグイくる》第四話 探偵
土曜日。駅前の焼店で5分くらい待つと、彼はやってきた。
「や、久しぶり」
のしのし近づいたのは、相撲取りと見まがう格の男だ。テーブルと背もたれとの間隔に苦戦しながら反対側の席に腰かけた。店ごと揺れたかのような錯覚を味わう。
「3年ぶりくらいか」
「うん。前に會ったときは、まだ結婚していなかったはず」
丸々とした手には、結婚指がはまっていた。
食べ放題を店員に注文してからタブレットでビールやを注文する。赤いセーターがはちきれんばかりに膨れているのを見ながら、すべてのの量を多めに設定する。
「わざわざこっちまで來てもらって悪かったな」
「いいよ。うちから神田まで結構近いんだ。電車で10分くらいしかかかってないよ」
「そういえば、飯田橋だったな」
うん、といううなずきと、ビールが屆くのはほぼ同時だった。
乾杯して、ビールを一気に煽る。一人でいるとあまり酒を飲まない。
ジョッキを置くと、太った男が言った。
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「で、何の用かな?」
こいつの名前は、後正一。高校のときの同級生だ。同じ道部にっていたために知り合い、今でも舊がつづいている。といっても、2年ほど前にこいつが結婚してからは疎遠になってしまっていた。
「教えてもらいたいことがあるんだ」
俺はスマートホンを取り出して、後に畫面を見せる。そこには、今週撮ったばかりの犬の寫真が映されていた。
「これは?」
「俺のアパートの前であったイタズラだ。夜にわざわざ持ってきたみたいだ。悪質だと思ったから、記録に殘しておいた」
「今、この犬は?」
「保健所に電話して、処理してもらった。大家にも報告済みだ。おそらくすでに、焼卻処分されているだろう」
「それで、探偵の僕に何の用なんだい。言っておくが、検察でも刑事でもない俺にできることはないと思う」
「犯人を見つけてほしいわけでも、処罰してほしいわけでもない。ただ、心當たりがあって、もしかしたら、お前に訊けば見當がつくかもしれないと考えただけだ。実はな……」
そこで俺は、姉妹の話と、怪しいヤクザまがいの借金取りを見た話をした。
「なるほど。そこまでする以上闇金という可能が高い。が、このへんだけでも一つじゃない」
「あと、一つだけわかることがある。うろ覚えだが、一度だけ督促狀のようなものを見たことがあって、名前に確か『麓』という文字があった」
空中で書くとすぐに理解したようだ。
「なるほど。それはおそらく『麓プロ』という連中だと思う。後ろにヤクザがついている」
「なんとかできないもんか?」
「僕も裏社會に通しているわけじゃない。こういう仕事をしていると、ある程度報もるが、しょせん僕なんかでは太刀打ちできる相手じゃないから、いつも関わらないように立ちまわっているくらいだよ。そのの子たちがかわいそうなのはわかるけれど、もともと親の借金である以上、彼たちが返す必要はない。未年であるのなら、子供の名義で借りているということも考えられない。法的権限がないから。闇金業者も逃げられて必死なのだろうが、きちんと然るべき対処をとれば、問題ないはず。なくとも、尼子が無理に関わるべきじゃない」
「……正論だ」
「闇金に対する國家権力の締め付けも強くなっている。無茶ができるほど今の世の中は優しくないよ。アドバイスをするくらいでとどめたらどうかな。それとも、その姉妹に思いれがあるのかい?」
「まともに會話したこともないな」
「なら、なおさらだよ。これは僕からの忠告でもある」
注文したが運ばれてくる。牛タンとハラミとハチノス、それからカルビ。普段であれば二人前ずつにするが、後の消費量を考えて四人前ずつ注文している。七にをのせると、後はあからさまに機嫌がよくなった。小さく鼻歌まで歌っている。
「なんだ、その曲は」
「今さらながら、ゴッドファーザーを見たんだよ。のテーマってやつ」
「さっき闇金の話したばかりなのに、人が死にまくるマフィアの話はやめてくれ」
「現実と虛構は違うよ。あんまり構えすぎないほうがいい」
うなずく。焼けたをタレにつけて口に運ぶと、暴力的な旨味が舌に行き渡る。
その旨味とともに、頭にこびりついていた不安も、犬を見つけたときからにまとわりついていた寒気も、薄れていくのをじた。
* * *
「……なんだこれは?」
後と舊を溫めた帰り、自室のドアノブに何かがかけられていることに気がついた。時刻は10時くらいで、し酔っていた。ビニール袋にれられていて、仄かに匂いもある。つい、隣室のドアを見た。
音はない。閉ざされたドアから部をうかがうことはできない。
ビニール袋を持ち上げると、ずっしりとした重みがあった。中には、以前に見たタッパーに料理が詰め込まれていた。タッパーのうえにはメモ書きが一枚。
――よかったらどうぞ
それだけ。しかし、俺の脳裏にはあの表が浮かんでくる。
部屋のなかにり、飼育ケースにれられたミミを確認すると、今日も元気そうだ。出かけるまえにエサは與えていたが、すでに食べ終わっているようですでになくなっていた。ミミを飼い始めてからは、出かけるたびにこいつのことが心配になる。
寒いのを我慢して窓の外を眺めるが異変はなかった。
俺は、ふと思いついて、飼育ケースに向けられたカメラを手に取った。窓の上部に設置されたカーテンレールにコードをひっかけて、窓のサッシの下部にかかる位置に調整する。スマホでアングルを確認したが、カメラを回転させれば窓の外も、ミミの様子もぎりぎりわかる絶好のポジションになった。
普段はれないが、設定を変えれば音を拾うこともできる。録畫も可能なので、このまま放置すればなにかあっても対処することができる。ただし、夜間は暗いため、ほとんど意味をなさない。
――ひとまずはこれで十分だ。
明日以降、晝間の向を追うことはできる。ここまですると、後の事務所で一緒に働いたほうがいいんじゃないかと自嘲してしまう。無理はしないようにしようと心に決めながら、酒に酔った頭を枕に押しつけた。
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