《【完結&謝】親に夜逃げされた姉妹を助けたら、やたらグイグイくる》第二十話 弁當

「おい、尼子。行こうぜ」

午前中の仕事が終わり、晝休みになったところで、瀬尾が俺のところにやってきた。普段であれば、迷わず立ち上がっているところだったが、足がかない。フロアの電燈はすでに消されていて、後ろに座る人のパソコンの畫面だけが燈っているような狀態だった。

「……どうした? 早く行こうぜ」

「今日は行かない予定なんだ。すまないが、一人で行ってくれ」

「ん?」

瀬尾は首を前にばした。俺のパソコンの畫面が燈っていないのを確認して、混したのかきが止まってしまった。

「別に、晝休みに仕事をするわけじゃないんだろ。それともどこかで飯を買ってきたのか?」

「晝休みに仕事をするのは後ろの人だけだ。今日はたまたま、持ってきたものがあって」

「ふぅん。それなら仕方ない。でも、持ってきたものってなんだ」

俺は口をつぐむ。本當は斷りたかったけど、斷りきれなかった。俺のカバンのなかには、弁當箱が一つれられている。晴香がメイン、実里が手伝う形で作ったらしい。しかし、の子が作った弁當を持ってくるという経験は初めてで、張していた。

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「あんまり気にしないでもらえると助かる」

「それって、例のお弁當でしょ?」

仕事をしていたはずの中嶋さんが、急に余計なことを差し込んできた。サラダパンをくわえながら、をこっちに向けている。

「約束どおり、『はるか』ちゃんが作ってくれたんだ」

「ええええ!」

急に瀬尾が素っ頓狂な聲をあげた。靜かなフロアに響いたので、人差し指を口に當てる。

「おまえ。急にそんな料理上手な彼を作ったのか」

「ちがう、ちがうから。こういう反応されそうで嫌だったんだ。中嶋さんも、余計なことを言わないでください」

「でも、実際そうなんでしょ」

「それは……」

はるか、という名前からどういう人像を思い浮かべるかという差異はあるが、中嶋さんの言っていることに間違いはない。言葉に詰まっていると、瀬尾が肩を叩いてきた。

「いいことじゃないか。俺は一人寂しく食堂に行くことにするぜ。これからは、一緒に食堂に行くことはないってことか」

「今日だけだ。それにあまり誤解をするな。彼じゃない」

「姪っ子って言ってたっけ。本當かどうかは知らないけど」

また中嶋さんが要らぬことを言ってくれる。瀬尾は、不思議そうに首を傾げた。

「あれ? おまえにいるのは甥っ子じゃなかった? しかもまだ3歳とかだろ」

空気が凍りついた。失念していた。こいつには、俺の家族事がバレている。

「姪っ子が、料理の練習のために、弁當を作ってくれるという話をしてなかった?」

「そんなことを言いましたかね。姪じゃなくて、実際には従兄弟の娘ですよ」

「……怪しい」

中嶋さんが目を細める。あんまり深堀りされるとまずい。俺は、姉妹から渡された包みを取り出した。朝出かけるまえに渡されて、未だに中を見ていない。包みをほどくと、ピンクの弁當箱が姿を現した。

しファンシーなじだな」「の子用みたい」

瀬尾と中嶋さんが、別々の想を口にする。おそらくこの弁當箱は、過去に姉妹が使っていたものだろう。俺のために弁當箱を買う余裕なんてないから、こうなることを想定しておくべきだった。

二段式だが、隅のほうにウサギのイラストが描かれている。はたしてどっちの趣味だろう。

おそるおそる中を開くと、下段には米、上段におかずが詰め込まれていることがわかった。さすがに食べは問題なさそうだった。定番の卵焼き(崩れていたから実里作かもしれない)や、昨日の殘りのコロッケ、インゲンの胡麻和えなどがっている。

「へぇ。結構ちゃんと作ってあるじゃない。何歳の子が作ったの?」

「さぁ、何歳だか忘れました」

「弁當作ってくれるような子の年齢忘れる? ますます怪しいわね」

さすがに箸の共有はできないので、弁當と合わせて割りばしがついていた。さっそく食べようと思ったところで、左手になにかが當たっていることに気づいた。

「おい、尼子。弁當の下になにか挾まっているぞ」

「そ、そうだな。ゴミかもしれないから、あとで捨てておくよ」

「……ちょっとそれ、見せてみろ」

抵抗むなしく、その紙片が瀬尾の手に渡る。折りたたまれていたそれを開くと、そこにはこう書かれていた。

〈今日もお仕事頑張ってください! 夜も気合れて作りますね!〉

大きく息を吐いた瀬尾が紙片を閉じて、俺に戻してくれる。中嶋さんと同時に言った。

「これは同棲してるわね」「同棲してるだろ」

頭を抱えたくなった。もうごまかしきるのが難しい。一瞬、いつぞやに雄介についた噓が脳裏をよぎった。しかし、それでごまかそうとするなら、もっと大事なものを失うことになる。

俺は、最終的にあきらめることにした。

「もうそういうことで、いいっす……」

とりあえず、「はるか」が、赤の他人の子高生であることは全力で隠そうと思った。

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