「山田茜って人知ってる？」

「……誰？」

たった今、山田さんとの距離がこれ以上近づかないようにしようと決めたばかりだ。

理ちゃんの目的がなんであれ、俺は知らないことにした方が都合が良い。深く関わるつもりがないならなおさら。

幸い理ちゃんは俺が誤魔化したことに気付いた様子はない。

「あれ？　知らない？　かなり可いみたいだから、有名なのかなって思ったんだけど」

「いや、俺は知らないかな」

「そっかー。知り合いだったら繋いでもらおうかなって思ったんだけど殘念」

特に落ち込んだ様子はなく、軽い調子で呟く理ちゃん。分かりやすく肩を落として見せる。

それにしても、山田さんが可いとは一どういうことなのか。俺の知ってる山田さんのイメージとは全然違う。

影は薄くあまり目立たない。クラスの人以外で知ってる人は數えるほどしかいないと思う。

なくとも山田さんがみんなの噂になっているという話は聞いたことがない。

「……その人、そんなに可い人なの？」

「寫真見せてもらったけど、可い人だったよ。明るくていい子そうだった」

聞けば聞くほど俺の中の山田さんと真逆の印象だ。気にはなるけどこれ以上つっこむのは流石に怪しいか。

「そっか。ごめんね。力になれなくて」

「ううん。全然大丈夫。私の知り合いがその人と同じ北中出で、未だに好きみたいなんだよね。それで頼まれてただけだから」

「へー」

北中はここからかなり離れた所にある中學校で、こっちに來る人はほとんどいない。俺の高校にも來てる人はあまりいなかったはず。

「久しぶりに潤くんと話せて楽しかった。またね」

「こっちこそ。またね」

手を振って軽快な足取りで離れていく。ひょこひょこ揺れる髪の先を眺めて見送った。

「……はぁ」

完全に一人になると、一気に疲れが押し寄せてきた。店に流れるシャートンの曲が疲れを癒してくれる。揺しすぎてまったく曲が頭にってきていなかった。

一度手を握りしめる。冷えた指先が手のひらでじんわりと熱を持つ。強張ったをかすたびにゆっくりと解れる。

理ちゃん。久しぶりに會ったけど、元気そうにしていた。雰囲気こそ垢抜けたが、中はあまり変わっていないようだった。

別に嫌っているわけではないけど、やはり気まずさは拭えない。

一度変わってしまった関係は元に戻らないということを痛させられた。

彼が探す山田さんが本當に俺の隣の席の山田さんであるなら、一どういうことなのか。気にならないわけではない。

だけどたった今、異と、好きな人と関わり続けた結果を目にしたところだ。

相手のまったく意識していない一言で振り回され、気持ちを揺りかされるのはもうごめんだ。

異と関わること自面倒くさい。あんな苦々しい験はもうしたくない。

山田さんの正がどんな人であれ、これ以上関係を深めるのはやめよう。

首を振って湧いた好奇心を押し込めた。