それはり行きだったと思う。

俺が彼と仲良くなるきっかけになったのは、とある小さな公園での出來事だった。

小學３年生の時、新しい遊び場を探して訪れた公園に――そのの子は居た。

公園の広場で他の子供達に囲まれている様子を見て、同じ學校で學年も一緒の子だと、それがすぐに分かったのは彼の特徴的な見た目からだった。

服裝は何処にでもいる小學生のの子と変わらない。けれど普通のの子とは大きく違う所があった。

それは顔に包帯を巻き付けている事。

目と鼻と口、耳の部分にはが開いているけれど、それ以外の部分は真っ白な包帯が巻かれてその下がどうなっているかは分からない。髪も丸坊主にしているようで、頭の周りにも包帯が巻き付いていた。

彼の素顔を學校で見た人は誰も居なかった。

俺も一度も見た事がなかったのを覚えている。

は子供達に囲まれている中心で、を震わせながら怯えるように、小さくなってを屈めていた。彼を囲んでいる子供達の中で、図の大きいガキ大將のような風貌の年が聲を上げると、周りの子供達もを罵倒し始めていた。

「ミイラ！　その包帯の下、どうなってんだ！　見せてみろよ！」

「包帯の下はお化けだって兄ちゃんが言ってたぞ！」

「そうだ化けめ！　どんなぶさいくな顔をしてるんだ！！」

年達は弱々しく怯えるに向けて手をばす。彼の顔に巻きついた包帯を取ろうとしているのは見ていてすぐに分かった。

「やめて……やめてよ……」

今にも消えてしまいそうな聲で、は泣きながら抵抗する。けれどか弱いの子が力で勝る年達の手を振り解けるはずがなかった。俺が飛び出したのは、中央に立っていたガキ大將が手をばそうとした時だったと思う。

子供の頃の純粋無垢な正義、何も知らないからこそ出來る無鉄砲さを武に、俺は包帯のの子を取り囲む年達――グループのリーダーと思しきガキ大將に狙いを定め、全力の當たりをかましていた。

「フゴッ！？」

不意打ちだったのが功を奏していた。

俺の當たりで地面に転がったガキ大將、その時に足を挫いたようで倒れた後によろよろと立ち上がるも、またすぐにもちを著いてしまう。

俺は年達に向かって聲を上げていた。

「お前ら何やってんだ！？　寄ってたかってひどい事しやがって！」

「な、何だ！　おれ達の邪魔すんな――痛っ……」

ガキ大將は足首を押さえてうずくまる。それを心配するように周りの年達が駆け寄って、俺はその隙に小さくなって屈んでいたの手を取った。

「行くぞ！」

「え……う、うん！」

急いで走り出す俺と包帯の。

後ろから「待て！」と年達の聲が聞こえたが、肝心のガキ大將がけないからか追ってくる事はなかった。

そして公園を飛び出した俺とは、離れた場所にある街路樹の裏に隠れた。息を落ち著かせながらの様子を見る。彼のはいじめられた恐怖でまだ震えが止まっていなかった。

「大丈夫だよ。もう逃げ切れたみたいだし追ってこない。ほら落ち著いて、僕は別に悪い事しようと思って君を連れてきたわけじゃないから」

「わ、分かってる……助けてくれてありがとう……」

涙を潤ませながらは俺を見つめる。

寶石のようにき通った綺麗な青い瞳だった。

「お家まで送っていこうか？　またあいつらに見つかったら大変だし」

「う、うん……」

「それじゃあ一緒に行こう。お家まで案してね」

俺はと手を繋いだまま歩き出す。

その途中ではおどおどとしながら聞いてきた。

「あの……どうして助けてくれたの？」

「うーん、何となく、かな。君は知らないかもしれないけどさ、同じ學校なんだ。クラスは違うけど」

「えと……あたしの事が気持ち悪くないの？　手を繋いだら病気がうつるって……思わない？」

「え、うつっちゃう病気なの？」

俺がそう聞くとはぶんぶんと首を橫に振る。

「う、うつらない。でも周りのみんなは、病気がうつるから、汚いからっちゃだめっていつも言う……」

「うつらないなら大丈夫。それに汚くないよ」

俺は握っていたの手を見た。

それは小さな手、はらかで艶があって白くき通るようだ。丸い爪はピンクの真珠みたいに綺麗で、切り揃えてあって清潔もある。こんな可らしい手が汚いだなんてとても思えない。

「ほら、とっても綺麗な手をしてる」

「き、きれいだなんて……初めて言われた」

「そう？　僕は好きだけどなあ、君の手」

「す、すき……？」

はそう言いながら顔を背ける。

その時に包帯から出ている小さな耳が朱に染まっていくのを俺は見た。初めて褒められて照れているのか、もじもじとしているのが何だか可らしく思えたものだ。

「學校で何度か見た時も、こうして一緒にいる今も、君の事を気持ち悪いと思ったことはないなあ」

「どうして……？」

「だって包帯で顔がいっぱいになってるだけだし、変わってるなって思うけど。それくらいしか思い付かないっていうか」

彼とは同じクラスではなかったし話した事もなかった。だから遠目で見るだけで彼の事をよく知らない、周りのクラスメイト達がどういうふうに彼を扱っているかも分からない。いじめられている事だって今知ったばかりだ。だから周りに流されず、自分の価値観だけで彼を見る事が出來ていたから、ただ変わっているとしか思っていなかった。

「さっきの子達は同じクラスの子？」

「うん……遊ぼうって呼び出されて……でもそうじゃなくて、怖かった」

「そっか。ひどい事する奴らもいるもんだね」

「あたし、友達が居なくて……いつも一人で。でも今日ね、遊んでくれるって初めて言われて、嬉しくて……おかあさんも喜んでくれて、でも、そうじゃなくて……」

彼の著ている服は泥で酷く汚れていた。

いじめられた時、あいつらから泥だらけにされたのだ。でも泥だらけになっても、その服はひと目見て可いものだと思えた。

普段はいじめられてばかりで友達と遊ぶ事がなかった彼が、クラスメイトから初めて遊ぼうとわれたのだ、それはとても嬉しい事だったに違いない。人を疑う事を知らない純粋な彼はそれを素直に喜んだ。母親にもその嬉しい気持ちを伝えて、遊ぶのを楽しみにしながら母親と一緒に服を選んで、見送られながらあの公園へと向かったはずだ。

けれど――公園で待っていたのは彼へのないじめ。

どんな気持ちだったんだろう、初めて誰かと遊べると思った期待と喜びを踏みにじられる、どれだけ悔しくて悲しかったんだろうか。

肩を震わせながら今にも泣き出しそうなの手を俺はぎゅっと握りしめた。

「それじゃあさ。あいつらの事なんてこれからは無視してさ、今度からは僕と遊ぼうよ」

「え……あそぶ？　いっしょに？」

「そう。せっかくだしさ、君が嫌じゃないっていうなら暇な時に遊んで」

「いいの……？　でもあたしと一緒にいたら……あなたまでいじめられちゃうかも」

「変な事してきたらさ、返り討ちにしてやるから。こう見えても喧嘩は強いんだ」

「でも……でも……」

弱々しく聲をらしながら俯くを見つめる。

彼が今までどんないじめにあっていたのかを俺は知らない。けれどこんなか弱いの子を放ってはおけないと、子供なりの正義が強くなっていくのをじた。

「君が嫌じゃないなら友達になろう。だめかな？」

「だめ、じゃない……友達になってくれるの……？」

「うん！　一緒に遊ぼうよ、休み時間とか遠慮なく遊びに來て。僕は５組なんだ」

「あたしは……２組。休み時間とか、教室へ遊びに行っても良い……？」

「もちろん！　そうだ、名前はなんていうの？」

「えと、ユキ……あまぎ、ユキ」

「僕は雛倉(ひなくら)晴(はる)！　下の名前はね、晴れるって漢字で書いて『晴(はる)』、よろしくね！」

「晴くん……よろしくお願いします」

ユキは溢れていた涙を手で拭いながら俺の事を見つめた。

包帯に覆われた彼はにこやかに笑う。それが初めて見るユキの笑顔だった。