雪の除けられた道路を進み、本格的に辺りは山道へと変わっていく。次第に民家もなくなっていき、見える建と言えば旅館などの宿泊施設が多くなっていった。

山間へと続く道を進むにつれて雪化粧をした木々が増えていき、時折雪を被った巖が姿を見せる。窓の外に広がる雪景は段々と幻想的な雰囲気に包まれていて、それを見ただけで気分が高まっていくのをじた。

雪深い山の中を走り抜けていると、やがて前方に大きな木造の建が見えてくる。白一だった視界の中に突如として現れたその建は、古びた外観ながらもしっかりとした造りをしているのが遠目に見てもわかった。

深冬さんは車を駐車場へと停め、後部座席の俺達の方へと振り向いた。

「さっき見えたのがわたし達の宿泊する旅館です。荷を持って行きましょうか」

「はい、お母様。では晴くん一緒に」

「ああ。行こっか」

ユキは手を差し出してきたので、俺は素直に彼の手を取りながら車の外へと出た。

車から降りた瞬間、外気の冷たさが頬にれて震いしてしまう。しかし同時に澄んだ山の空気の匂いをじて、しだけ気持ちが落ち著いた。

さっきまでずっと混浴についての事で頭がいっぱいになっていたので、熱くなっていた俺の頭にはこれくらいの寒さがちょうど良いのかもしれない。そんな事を考えながらユキと一緒にトランクの中へと片付けていた荷を取りに回る。

一泊二日なので大して量はない。著替えなどがった鞄を肩に擔ぎつつ、この先にある旅館に向けて３人で歩き始めた。

「晴くん、ここは素敵な場所ですね。靜かで落ち著きますし、空気がおいしいです」

「そうだな、それに雰囲気があるよ。なんだか時代劇のセットみたいでさ、俺達の住んでいる所とは全然違う」

俺達は旅館へ通じる石畳の道を進んでいた。

両脇に立ち並ぶ立派な和風建築――雪景に映える純白の雪化粧を施された家屋には風があってしい。それをカメラに収めようとスマホを片手にうろつく観客らしき人達の姿もちらほらと見える。

そんな風景を見ながら歩いていると、ふいにユキが俺の腕をぎゅっと抱き締めてきた。腕にじるらかさと溫もりにドキッとする。

ふわりとしたらかな笑みを浮かべながら、ユキはこちらを覗き込んでくる。これから始まる溫泉での一日を想像しているのか、彼はどこか楽しげな雰囲気をしていた。

ユキは相変わらず今日も俺に甘えてくる。それが嫌だとは思わないし、むしろ嬉しいのだが、深冬さんの前でこうやってくっついて來るのはちょっと照れてしまう。案の定、深冬さんは俺達を見て微笑ましそうにしていた。

「ふふ、ユキ。そんなに晴ちゃんにくっついて。あまり迷をかけないように、ね」

「はーい。でも大丈夫ですよ、だってほら、晴くんも満更でもないみたいですし」

ユキから悪戯っぽい表で見つめられて恥ずかしさがこみ上げてくる。返す言葉も出てこず、俺は目を逸らして黙ったままだった。けれど可いユキを離さないように、しっかりと彼の細い腰に手を回して抱きしめる。

「あは。照れてるのにそうやって……もう、晴くんは本當に可いです」

「きょ、今日は特別だから……」

「はい。わかっていますよ。今日は特別です、晴くん」

俺を見上げながらユキの顔はふにゃりと綻んだ。

俺だって今日は浮かれているのだ。普段ならこんな風にユキから著されても照れてしまうだけなのだが、今日は彼との一日を楽しみたいという気持ちが大きくて自然とがいていた。こうしていちゃつく俺達に深冬さんはくすくすと笑みを零しながら、雪化粧の施された街並みを歩き続ける。

そしてようやく旅館へと辿り著く。歴史をじる奧ゆかしい佇まいをした木造建築で玄関は広く、そこには暖簾がかかっていた。

その暖簾を潛り抜けて中へる。まず最初に目にったのは広々としたロビーだった。外見も立派だったが裝も凄い。昔ながらの和をじさせつつ、決して古さはじさせない。

年季のった柱や床板には汚れ一つなく、壁紙にも目立った傷跡がない。掃除が行き屆いているのがよく分かるほど綺麗にされていた。高級な旅館だけあって外観だけでなく観もまた味があって素晴らしいものだ。

「今から部屋まで案してもらいますので付いてきてくださいね」

深冬さんに促され、俺達は彼の後に続く。

付カウンターでは著姿のが出迎えてくれていた。彼がこちらに頭を下げると、艶やかな黒髪がさらりと揺れた。

「ようこそお越しくださいました。本日ご予約頂いた白鳩様ですね。この度は當館をご利用いただき誠に有難う座います」

落ち著いた聲と丁寧なお辭儀をされて、こういうのは初めてなのでつい張してしまう。

の後をついて行くと、旅館の一室に通される。そのしい景に思わず息を飲んだ。

俺達の目の前に広がっているのは、まるで絵本に出てくるような神的で麗な雰囲気に包まれた溫泉旅館の一室だった。畳敷きの室には純和風の雰囲気漂う上品な調度品が置かれていて、窓から差し込む日と相まって幻想的な雰囲気を生み出している。

「すげぇ……」

あまりのしさに嘆の聲がれ出てしまう。ユキも俺と同じくしているのか、目を丸くして呆然としていた。それから丸まっていたユキの目が何かを見つける。

「……？　わぁ、晴くん！ 見て下さい、これ！」

ユキは俺の手を引きながら部屋の奧にある広々とした庭園に駆け寄った。

ガラスの向こうでは雪化粧を施した木々の葉っぱが日のをけて寶石のように煌めいている。部屋の外に広がる見事な日本庭園のすぐ傍には専用の天風呂が湯気をたてていた。

庭を囲う柵、その向こう広がる雪化粧をした山々の絶景も相まって、まさに別世界のような空間が広がっている。冷たい雪と暖かな湯のコントラストがあまりにもしくて心が震えた。

「すごいな……。真っ白で、雪の結晶がキラキラしてて……天風呂もすごい立派だ」

「本當にきれいです……こんな素敵な場所に一晩泊まれるだなんて、夢みたい」

「ああ。何だかこうしていざ來てみるとさ、別世界に來ちゃったような気がするよ」

「ふふっ、そうですよね。私も今同じことを思ってました」

俺の隣でユキはうっとりとした様子だった。確かにこの景は素敵だと思う。しかしそれよりも俺は隣にいるユキの橫顔の方が魅力的で目が離せない。楽しげな笑みを浮かべ、し潤んだ瞳で外の雪景に見惚れるユキはとてもしく、つい見ってしまう。

そしてふと視線をじて振り向くと、深冬さんが俺達を眺めながらニコニコと笑みを零していた。

「どうですか？　ここの宿は気にって貰えたでしょうか？」

「はい、お母様。とても気にりました。こんなに綺麗な場所は初めてです」

「深冬さん。凄い場所ですよ、ここ」

「ユキと晴ちゃんが喜んでくれて良かった。頑張って予約を取った甲斐がありました」

その表は普段よりもらかで、母親らしい慈に満ちたものだった。

そんな彼の優しい笑みを見ながら思う。こうして今日、俺達が笑顔でいられるのは深冬さんが々な手間を掛けて準備してくれたからだ。深冬さんのことだからきっと、俺達に喜んでしくて一生懸命頑張ってくれたのだろう。

「深冬さん、ありがとうございます。今日はすごく思い出に殘る旅行になりそうです」

「楽しんでくださいね。みんなで一緒に溫泉にって、味しいご飯を食べましょう」

「ねえねえ晴くん。それじゃあ早速、天風呂にってくつろいで行きませんか？」

「早速、か……？」

「早速ですよ。車の中でもずーっと楽しみにしてたんです、さあさあ」

「お、おい待ってくれって！」

俺の手を引いて歩き出したユキは満面の笑みを浮かべる。

「ふふっ、やっぱり二人は仲良しさんですね」

深冬さんが微笑ましげに呟いた聲を聞きながら、元気いっぱいのユキの後を追うのだった。