Side：司祭の男

『お前は私を喜ばすためだけに存在しているのよ』

聖から何度となく投げられたこの言葉を、忘れることはないだろう。

先代の聖が罷られる時に、聖のしるしが消えていくのをこの目で見て、聖というのは本當に神から賜った稱號なのだと知った。

當代の聖が死ぬと、次に『聖のしるし』を持ったものが生まれてくるとされている。

そのため、教會はその年に生まれた赤子を調べ、しるしのある子を探し、次代の聖を見つけてくる役割も擔っていた。

今代の聖も、洗禮式に教會に訪れた子の足裏にしるしがあるのを神父が見つけ、聖として國に召し上げられた。

教會では聖の保護と養育を擔う機関があり、一般教養のほかに聖の教えや歴史などを學び、養育に関してはできるだけ実親と一緒に行えるようになっている。それも全て、聖が心ともに健やかに長できるようにとの配慮から、教會で決められていたことだった。

ところが、今の王が即位されてから、この教會の在り方に苦言を呈してきた。

聖を教會だけが囲い込むのは間違っていると主張し、神教が國教と定められているのなら、聖も『國の聖』としてあるべきだとして、聖は王家で育てると勝手に決めてしまった。

王宮に引き取られた聖は、間違った特権階級意識だけをに著け、正しい教育はなにひとつけずに育ってしまった。

教會は何度も聖教育は我々にも関わらせてほしいと申しれたが、堅苦しい勉強は自分に向かないと聖が主張し結局なにひとつ學ばないままあの聖は人を迎えてしまった。

私はその無知で蒙昧な聖の補佐役として抜擢された。

儀式の方法や祝詞を全く覚えていない聖をそのまま公務に出すわけにもいかず、それはまずいとようやく気付いた王が、聖の公務は教會主で行うものだからと責任をこちらに全部押し付けてきた。

當の本人である聖は己の立場も理解せず、補佐役としてきた私を見て、その顔がいたくお気に召したようで、『私の人にしてあげる』と開口一番言い放ってきた。

もちろん聖職者であることを理由にその場でお斷りすると、『ならば仕事してやらない』とへそを曲げ、それからは人を使い私に執拗な嫌がらせをしかけてきた。

公務が行えないと立場が危うくなるのは聖のほうだ。

象徴としての役目も果たせない聖など必要ないと民に思われてしまえば、ただしるしを持つだけの娘など意味をなさなくなる。

そういったことを何度も何度も説明したところ、聖は私に向かってこう言い放ったのだ。

『じゃあ私を楽しませることができたらお仕事をしてあげるわ。せいぜい私に盡くしなさい。お前の存在は、私を喜ばせるためにあるのよ。それ以外お前に何の価値もないわ』

そして手始めに自分の足をなめろと、當たり前のように私に言い放ってきた。上手になめられたら公務にいってあげると、醜悪な顔で笑っていた。

……これはもうダメだ。

あれだけ説明しても聖の意味をひとつも理解できていない頭の悪さに私は絶した。

足を舐めろという命令は、もちろん笑顔でお斷りもうしあげた。

王の名を出してきて、これは命令だと聖は喚いていたが、ならば王命として殺せばよいとまで宣言すると、しぶしぶ命令をひっこめた。

だが、後日、聖が服従の魔法を使える者がいないかと取り巻き連中に探させている事実を知って、この頭からっぽの娘には、何を諭しても無駄なのだと改めて悟った。

こんな腐った人間が聖のわけがないと思い、足をなめろと言われた時に、足裏にあるしるしをちらりと見たのだが、一瞬でよく分からなかったが亡くなった先代のものとはずいぶん違って、汚い味で歪んでいて、しさのかけらもなかった。

今このを聖足らしめている理由は『聖のしるし』だけだ。

歴代の聖には、怪我を治す力や、植を長させる力など、その名にふさわしい奇跡が備わっていた。

今のところ、今代の聖にどんな力があるのか知らされていないので、教會側は全く分からないままだ。

人を癒す力がおありだ、と取り巻き連中は口々に言っていたが、それが本當に屬なのかそれとも象的な話なのか分からない上に、誰かに癒しを施したのを誰も見たことがない。

こんないい加減なあざひとつで聖だとされるなら、代役を立てたところで何の問題もないだろう。

私はこの時から、聖の代役を作る計畫を立て始め、裏に各地へ人を派遣して該當する人を探し始めた。

それで見つけたが、セイランだった。

セイランは癒しの力が使えるという稀な存在だというのに、その価値を知らず田舎の教會で呑気に雑用などをしているようなとんでもない世間知らずだった。

彼の家は、セイランが大黒柱となって一家全員をやしなっているため貧乏で、しかも今はちょうど借金問題に直面している。

教會の神父は以前からセイランの才能の稀有さに気付いてはいたが、新王になってからずっとごたついている中央に不信を抱いていて、あえてセイランのことは報告してこなかったようだ。

だが、彼が家の借金で妹が売りせねばならないとなって、彼自も貧乏でどうにもしてやれず、ようやく私に連絡をしてきたという経緯があった。

借金の話を聞いて、これは好都合だとその時思った。金でこちらの要求を通すことができるし、家族の安全を確保すると言えば大概のことは引きけるだろうと踏んでいた。

実際、他の選択肢などないセイランは、ほとんど文句も言わず私の提案をけれてくれた。

卑怯な手で連れてきた自覚はあるが、あちらも金のために引きけたのだからこれは公正な契約だと自分に言い聞かせた。

それに私は最初彼を信用していなかった。

聖の代役を務めるうちに、人に傅かれることに慣れ、贅沢を覚えて人間が変わってしまうかもしれないと考えていた。

田舎者が、中央に出てきて贅沢を覚え人が変わってしまい持ちを崩した人間をたくさん見てきた私としては、今は純真そうなセイランをみても、油斷できないと思っていた。

それに、私はこの容姿のせいで子どもの頃から常にトラブルに見舞われていた。

子に劣を抱く頭のおかしい人間が、この世には山ほど存在すると心ついた頃には知っていた。拐未遂も數えきれないほどある。

お前の容姿が人を狂わせるのだと、加害者から責められたことも一度や二度ではない。だから私は自分の顔が好きにはなれなかったし、このようなに生まれたことを呪ってすらいた。

そういった事があって、私はに対しいつも距離をとるようにしていた。セイランに対しても、私の態度はあまりよろしくなかったと思う。

だが、しばらく接してみて、彼が全然私のほうを見ないことに気が付いた。

會話をしても迷そうに必要最低限の言葉を返してくるだけで、私にはなんの興味もないのが伝わってきた。

その事務的な態度が私は好ましいと思った。と同時に、彼の考えや価値観を知りたくなった。どんなふうに世の中を見ているのか、彼の意見が聞きたい。

試しに私の容姿についてどう思うか直球できいてみたのだが、セイランの答えは『左右対稱で健康』という、なんとも奇抜な答えだった。

その意味を詳しく聞いてみると、セイランの意外な発想に驚かされた。

そうか、そういう見方もあったのか、と妙に納得してしまった。

確かに自分は両親から大切に育てられ、教會に預けられてからも十分すぎるほどの庇護をけてきた。飢えた経験など一度もなく、ほとんど病気をしたこともない。この容姿も健康故の賜で、そういった恵まれた環境に自分がいる証明だと言えるのかもしれない。

彼と話していると、今まで考えたこともなかったような発想を聞かせてくれたりするので、とても興味深く、私は々なことを彼に質問し続けた。セイランは迷そうなのを隠しきれていなかったが、それもまた私には面白かった。