《現実でレベル上げてどうすんだremix》遭遇

翌日月曜の放課後。

「――それじゃ、行こ? 久坂君」

「おう」

下校の準備を終えた俺は、同様に支度した喜連川を伴い教室を出る。

を學校から家まで送る役目を、結局は請け負うことにした。昨日の、あの捨てられた子犬めいた表化されたわけでもなく……なんで承ったんだろうな? たぶん気まぐれだ。

『それじゃ、暁未のことよろしくな。久坂』

『くれぐれも頼んだよー! くれぐれもッ』

喜連川の馴染らは、そう言って先に教室を出ている。賀集と古幸は部活。大滝は生徒會。志條は志條で用事があるらしく、図書室へ寄ってから一人で帰るそうだ。

ともかくそんなわけで二人、階段を降り昇降口までの廊下を歩く、その途中。

「おや、喜連川さん。今帰りですか?」

向かいから歩いてきた教員が、喜連川へそう聲をかけてくる。

「あ、えっと――はい、関矢先生」

「ハハ、學校という場であらためてそう呼ばれるのも、なんだかしこそばゆいね」

教員というか、教育実習生か。うちのクラスの授業も請け負ったことがあり、優男然とした風貌に子達がそこはかとなく浮足立っていたのを、なんとなく思い出す。

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「どう? 高校生活は。さすがにもう慣れたかな?」

「そうですね。――でもそれを言ったら先生の方こそ、慣れるの大変そうな気がします」

「ハハハ、うん。本音を言えば結構いっぱいいっぱいだよ、毎日」

和やかに會話をわす二人。にしてもお互い、妙に気安いような。実習生が來てから何週と経っていない短い期間で、ここまで打ち解けるものだろうか。

いやこれはむしろ、以前からの知り合いという雰囲気か。

「おや、そっちの君は――」

會話の途中でふと、まるで今気づいたとばかりにこちらを見やる関矢実習生。

しだけ、なにか考えるような間。

「……まあ、たしかにこんな時間でも、の子の一人歩きは気をつけないといけないかもね」

「あ、はいっ。だからその、久坂君に送ってもらおうと」

「久坂君、ね。OK、覚えた」

ややあってからの呟き。それに応じて、喜連川が俺の名を口にする。

それを聞いた実習生は確認するかのように繰り返し、再度こちらを一瞥。

「おっと、僕もそんなに悠長にしてられないんだった。それじゃ二人とも、また明日」

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それからそんな挨拶を殘し、去っていく。その背に喜連川もまた「さようなら」と挨拶を投げかけ、俺ももうしわけ程度の會釈をしておく。

「――あ、えっと関矢先生って、以前は塾講師をしてて。それで私も中學の時、そこに通ってて」

「そん時からの知り合いだったか」

「うん。結構人気のある先生だったかな。講習が終わってからもよく、質問がある生徒に囲まれたりしてて」

「おもに子からの」

「うん、そう。……って、なんでわかったの? もしかして久坂君も同じ塾に、」

「いや。けど想像はつく」

「……?」

ふと目が合った喜連川と、そんなやりとり。

これも想像だが、こいつは関矢講師に群がる生徒のの中には、たぶんっていかなかったのだろう。先の會話にしても、かの実習生の優男ぶりに惹かれている様子もなかったし。やはり自分が図抜けた人だと、そのへん頓著なくなるのか。あるいは近に賀集みたいなのがいると、覚が麻痺してしまうのかもしれない。

「……」

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「……」

それから校舎を出て校門まで、とくに會話という會話もなく歩く。

俺はそれで一向に構わないが、喜連川の方はそわそわと話題を探している様子。

話しかけあぐねている彼を時折橫目にしながら、歩くことしばし。

「あのっ」

「?」

「――昨日はその、楽しかったね」

「ああ」

探し當てたらしい話題は、日曜のこと。マケドニア・ロナルド(やっぱこの店名あれだな)での會食のあともすぐには帰らず、一行はその足で遊びにも出ていた。遊び場は最寄りの複合アミューズメント施設で、興じたのはボウリングなど。

楽しかったねと言われて、生返事しつつその時のことを思い出す。

たしかに皆、楽しそうにしていた。教室での普段の様子ともまた違うじの、気の置けない者同士の屈託のない雰囲気というか。その場には當然俺もいたわけだが――

楽しんでいただろうか、俺自は。

「まあ、そうだな」

「……うんっ。また一緒に、行けたらいいよね? 遊びに、とか」

正直に言うのも大人げないかと思い、無難な返事に留めておく。こちらを窺っていた喜連川は、それを聞いて朗らかな笑みを浮かべる。

人だよな、やっぱ。

どんな表でも大様になりそうだが、こういう笑顔の時は別格というじ。

その後は遊びに行くならどこがいいとか、なにして遊ぶのが好きかとか、普段どうしてるかとか、そんなじの會話をぽつぽつしながら歩いた。意外に喋る奴なんだなと思い、いや子ってのは大抵こんなじかとも思い直しつつ。

やがて、もうしで自宅だと喜連川が言った辺りで、

「――おォ?」

ふと、対面から歩いて來た奴が聲を上げ、そちらに目が向く。

長髪の頭にバンダナを巻き、上下揃いの革の裝い。三白眼の睨むような目つきも相まって、言ってはなんだが、非常にちんぴらの強い男だ。

男の遠慮のない視線に怯んだのか、隣で喜連川がをすくませる。その視線から逃れる為か、俺の背に隠れるようにしずつ寄ってもきている。

それでようやくというじで、男が俺の存在にも気づき、こちらに目を向け――

悪寒。

「――!」

それはまぎれもなく【警戒】が伝える覚。

先の不審者の時と似ているが、こちらの方がより悪質。

害意というよりこれはもう“殺意”と呼ぶべきか。

「……ほォ? ほォほォなるほどナルホド。やァ、ヒマを持て余してブラついてみりゃ、ヒヒッ、犬も歩けばナンとやらってか」

道端で小銭、いや紙幣でも拾ったかのような男の言い。にやけた三白眼は相変わらずだが、その笑みの質は最初とはまるで違う。派な面から、獲を前にした獣のそれへと。

「喜連川」

「ッ、はいっ」

「家はもうすぐ近く、だよな?」

「う、うん。あの見えてる、すぐそこがそうだから……」

「じゃあ悪(わり)いが、あとは一人で。向こうはどうも、俺に用があるらしい」

俺の張が伝染したかのような喜連川へ、努めて冷靜にそう頼む。

「俺もまあ、用がないともいえない」

「えと……大丈夫、なの?」

「ちょっと話すだけだ。心配するようなことは、ねえから」

加えてそうも伝える。そう聞いても安心できないかのように視線をさまよわせた彼だったが、

「また明日、學校で」

「――うんっ。久坂君も、また」

これ以上有無を言わせないつもりで告げた挨拶に、ようやく場を離れることにしたようだ。小走りに、男の脇を通る時はやや足を速めながら、喜連川が自宅の敷地にり、その姿が見えなくなったところで、

「ンじゃ、おれらもここじゃナンだし、場所でも変えようぜェ?」

「……だな」

そんな男の提案に乗り、二人して歩き出す。

バンダナ男について歩き、しばらくしてたどり著いたのは人気の無さそうな四階建てのオフィスビル前。看板や案の類がすべて外されているし、近々取り壊す件なのかもしれない。というかすでに、敷地前に工事用のバリケードが立っている。

それを意に介さぬかのようにいでいく男にならい、俺もまた同様にしてビルへと這る。

はがらんとしていて、し埃っぽい。工事の機材や人員などは見あたらず、部の備品等の運び出し中かのような雰囲気。勝手知ったるという風で遠慮なく進む男が向かうのは、階段。その手前にエレベータの扉も見えるが、たぶん電気は來ていないだろう。

男は階段を三階まで登り、廊下へ。さほど歩かずにたどり著いたのは、開けた場所。間仕切り等がほぼ撤去され、一階まるまるひとつの部屋のようになっている。遮蔽はせいぜい、構造柱くらい。

フロアの真ん中ほどまで歩き、それからもったぶったようにこちらをふりかえり、

「――さァて、ここなら余計な邪魔はらねェ。存分にやろうじゃねェか。ヒヒッ」

ひきつったようにを鳴らすバンダナ男。

その手にはいつの間にか、の丈ほどの大槍が握られていて。

「まァ? “レベル3”相手じゃこっちはたいした足しにゃならねンだが、ヒヒッ、それでもレベル0(パンピー)狩るよりかマシだしな。きっちり稼がせてもらうぜェ……?」

加えてその言い草。よもやと思ってついて來たのだが、いやはやその勘は當たっていたわけだ。

つまりこいつは俺と同様、“人を殺してレベルを上げた存在”

そして今もじる【警戒】と先の臺詞から、おそらくレベルは俺より上。

それも、太刀打ちできるかわからないほど。

「にしてもよォ、ずいぶん素直について來たもンだな? ワナとか考えたりしなかったか? それとも手前の力によっぽど自信があンのか、はたまたただの無謀か……」

ひゅるりと槍を振るいながら、ぼやくように問いかけてくる男。

それには答えず、そういえばこいつ、こちらのレベルが見えているのかとやや遅れて気づく。他人には見えないはずのステータスボードだが、“人を殺してレベルを上げた存在”――長いから“レベル持ち”でいいか――“レベル持ち”はその限りではないのか。しかしいくら目をこらしてみても、男のボードは俺には見えない。であれば向こうが見えるのは、そういうspecialかなにかを持っているからか。あるいはレベルが上だからか。

「……まァいい。てか、おめえもさっさと出したらいいじゃねェか、自分の得をよォ?」

黙ったままの俺に処置なしと首を振り、今度は妙なことを言う男。

はて? 得とは。

「ナニ不思議そうな顔してやがる。持ってんだろ? 剣? 斧とかか? ――あァ、それともナイフかナンかで、すでに隠し持ってるクチか?」

続く言葉にも俺は反応を返せない。まるで武を出すのが當たり前とでもいうかのようだが、當然俺にはそんな力などない。それはボードを見ても明らかなはずだが……つまり男は、こちらのステータスすべてが見えているわけではないのか?

「そういうことなら遠慮はいらねェな。んじゃァ、」

「その前に」

槍を構え、いよいよ仕掛けてきそうな男へ向けて、

ふと思い至り、俺は待ったをかける。

「あン?」

「鞄、置いていいか? あと上著も」

「……あ、あァ、好きにしな」

こちとら下校中のであり、制服姿だ。でもあけられたら面倒だし、せめて上著くらいはいでおきたい。そう思って斷れば、存外すんなり了承される。

部屋の隅に鞄を置き、それから制服の上著をぎながら、さてどうしたもんかと考える。

相手は長持ちで、おまけに俺よりレベルが上。この時點でもう明らかに不利。じる【警戒】の度合いからも、奴は俺を確実に殺しうる存在だろう。

かといって逃げるのは……無いだろうな。のこのこついて來たのに今更な話だし、そもそも素直に逃がしてくれるとも思えない。背を向けた途端に刺されるのが落ちだろう。よしんばこの場を逃げおおせたとて、それで向こうが諦めるとも思えない。今後も命を狙われながら暮らすなど、ごめんこうむりたい。

だからここで今、どうにかしてバンダナ男を殺さねばならない。

……バンダナ男というのもちょっと長いな。槍男でいいか。

「――おし、今度こそ準備は出來たな?」

上著を置きあらためて対峙すれば、

向こうもまた槍を構えてその穂先をこちらに突きつけてくる。

彼我の距離は、大五メートルほど。

「ナンなら先手は譲ってやってもいいぜェ? レベルはこっちのが七つも上なんだ。そんくらいのハンデならくれてやらァ」

余裕の態度。にしてもなんか、よく喋る奴だな。いや逆に俺が喋らなすぎか? なんにせよその饒舌さで、向こうのレベルが10であることが判明。倍以上か。実力もそのまま倍以上、というわけでもないと思いたいが。

加えて、あの槍。剣道三倍段なんて文言を持ち出すまでもなく、槍相手に素手ではどうにもならないことくらい、素人の俺にでもわかる。一応魔法ならば、槍よりも遠間から攻撃できるだろうが……當たるだろうか。確かに魔法の弾速はそれなりだが、それでもちょっと反応がいい普通の人間にも、避けられる程度でしかない。

あらためて、どうしたもんか。

どうしようもないかもしれない。

「ナンだ、來ねェのか? 今更ビビッてる、……ようには見えねェな。だとしたらカウンター狙いか。ヒヒッ、ならこっちから仕掛けてやらねェとなァ――?」

などとぐだぐだしているうちに、いよいよ向こうも焦れたらしい。

言いつつ腰を落としたかと思えば、

「――行くぜェッ!!」

突撃。

五歩以上の開きを、一足で詰める槍男。

人間離れした速度。

対する俺は咄嗟に【防】を選択し、

失敗した。

いや、

幹を刺されるのは防げたから、ある種功ともいえるか。

「――っ」

代わりに【防】のためにかざした右腕が、ざっくりと刺されているわけだが。

22/04/05 誤字報告ありがとうございます。修正しました。

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