《現実でレベル上げてどうすんだremix》大兇と変調
■
翌朝。
「んん……」
起き抜けがら、ベッドの上でひとつ唸る俺。
知らず顔が顰むのを自覚。その原因は目の前のステータスボード。毎朝確認するのが日課になりつつあり、ゆえに今もそうしたわけだが、問題はその表示容。
――status――
name:久坂 厳児
age:15 sex:M
class:―
cond:通常
Lv:10
EXP:60 NXT:5
HP: 70/ 70
MP: 24/ 24
ATK:77
DEF:73
TEC:31
SOR:70
AGL:62
LUC:Worst
SP: 55/ 55
――magic――
〔治癒〕〔蛍〕〔浄化〕〔火炎〕〔雷鳴〕〔氷結〕
〔賦活〕〔解除〕〔防壁〕〔睡眠〕〔瘴毒〕〔消音〕
――special――
【防】【回避】
【警戒】
【挑発】【威圧】
【見る】
一見昨日と変わらないようにみえるが、一か所だけ。
“LUC:Worst”
「“Bad”のさらに下があんのか……」
なんともいえない気分ながらも、なんとかそれだけ口にする。
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こうなる原因は……考えるだけ無駄かもしれない。仮にこれが本當に運勢だの運気だのをしめす値であるとすれば、それこそ変も“運次第”だろう。今までだって変はあったが、とくに法則があったようにも思えなかったし。
ああでも、“Normal”から“Good”や“Bad”に変わったり、またその逆ならあったが、たとえば“Good”から“Bad”のような、ひとつ飛ばしでの変はなかったかもしれない。それこそ今朝にしたって、昨日が“Bad”だったわけだし。
「……用意すっか」
ボードの縁起の悪さはひとまず置き、諦め気味に呟いてそのとおりにする。目に見えるものならばまだ対処のしようもあるが、運が相手では雲を摑むような話ではないか。
あまり深刻になっても仕方がない。
そもそも俺はこれまでの人生で、一度でも深刻になどなっただろうかとも思わなくもない。
そうしていつも通りに家を出て、
「?!」
「すっ、すみませぇん――!!」
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數分と経たずに自転車に突っ込まれそうになった。
【警戒】のおかげで衝突には至らなかったが……つまりそれがなかったら直撃だったわけで。
走り去っていく自転車通學らしい中學生を見送り、まあこんな日もあるかと歩き出し、
橫斷歩道前、信號待ちの最中、
今度は車が突っ込んで來た。
(あっぶね!?)
先程に続き、明らかに直撃する軌道の乗用車。
驚愕する運転手の表が見えた瞬間、俺は咄嗟に跳んだ。
ボンネット、
ルーフ、
著地。
あれ今なんかすげえきしたか?
「……」
「……」
ふりむけば運転手もまたこちらを呆然と見ており、
目と目が合う。
「逃げ」
ここに留まったままではいろいろ面倒になるに違いない。
ゆえに逃走一択。道路に殘った生々しいタイヤ痕を目にしつつ、俺は走る。うしろから運転手らしき呼ぶ聲が聞こえたような気がしたが、無視だ無視。今起きたことは、幻だったと思ってもらおう。
教室に著きドアを開けて早々、
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「――久坂君!」
なにやら憂い顔の喜連川に詰め寄られる。
「大丈夫? その、怪我とかして、……あ、あれ? なんかずいぶんぐったりしてるけど、本當に大丈夫?」
「ああ、まあ……」
しかし俺の様子を見て、彼の気遣いの方向が微妙に変わる。
返す俺は先程までのこともあってか、げんなりした生返事しか出來ない。
それもこれも、ここまでの不運続きがゆえ。
じつはあの通事故のあと、さらにまた自転車に轢かれそうになっていた。
辟易しながら學校へ著き、校舎へった所、今度は階段の踴り場から石膏像が落下。避けられたのは、もちろん【警戒】のおかげ。
なんやかんやでそれを運んでいた人(知らない子。たぶん上級生)の片づけを手伝うことになり、その後、手でも洗っとくかと水道へ赴き、
蛇口をひねったところ暴発。顔面に見事に水をかぶった。
コントか。
そう。まさにコントもかくやという不運の連続。
つまりこれが“LUC:Worst”か。いったい俺がなにをした。ああ人殺したか。
そう考えると、この不運もある意味因果応報的なあれともいえるか。そんなことで他人にいらぬ心配させるのも阿呆らしいし、ひとまず顔だけでも平靜を裝っておこう。
「どこか合悪い? それともやっぱり怪我とか、」
「いや、そういうんじゃねえから、気にすんな。てかなんで俺が怪我を?」
「それはだって……昨日、不良みたいな人とどこか行っちゃったから……」
「ああ、それか」
それでも心配げな様子を崩さない喜連川。思えば槍男に出くわしたのは、こいつと一緒に帰っていた時だったか。たしかにあのやりとりからは、剣呑な事態しか想定できないか。
さて、どう誤魔化したもんか。
「ありゃまあなんつうか……あれだ。人違い」
「?」
「だから、互いが互いを別の知り合いだと思い違いしてたみたいでな。話してるうちお互いそれに気づいて、だからそのあと別れて、普通に帰った」
し考えて口に出して、それはどうかと自分でも思う。
けど言ってしまったものは仕方ないので、これでごり押そう。
「つまりお前が心配するようなことはねえ。今こんなじなのは……まあ別の、個人的なあれだ」
「そう、なの?」
「そうなの」
俺がなんとなく真似て返したのを聞いて、きょとんとしていた彼が安堵に微笑む。
無理筋かと思ったが、なんとか誤魔化されてくれたらしい。
「人違いかぁー。もー久坂君が不良になったかと思ってヒヤヒヤしたんだからッ!」
「わたしはし、わくわくした」
「なんでだよ」
いつの間にか、古幸を始めとしたいつもの面子も集まってきている。
そういや俺まだ席ついてねえ。さっさとそこ通せ。
「ほらお前らり口塞ぐな~? ホームルーム始めらんねーぞー?」
「おっとムロちゃん先生(せんせー)來ちゃった! みんなてっしゅーッ!」
「教師にちゃんづけは止めてしいんだがなー? 古幸」
などと思っているうちに、俺の後ろから擔任がやって來てしまう。
かくして各自自席へ戻っていき、いつものようにHRが始まる。
晝休み。
俺は一人、校を練り歩いている。
あの日以來、飯時はなんだか當たり前のように喜連川らが席のまわりに詰めかけてくるようになったが、今日はそうなる前に教室をすっと抜け、晝飯も適當な場所で一人立ち食いですませた。
教室の騒がしさを嫌気した、というのももちろんあるが、なにも無目的でぶらついているわけでもない。
昨日覚えた諸々。見てびっくりの超常現象であるmagicは無理だが、それ以外ならば人目を気にすることもない。
ということで俺は、現在【見る】を使いながら歩いている。
なんとも適當な名稱だが、これもきちんとspecialのうちのひとつ。その効果は、や人の狀態をあらわす簡単な説明の表示。他者のステータスを確認できる力、とも言い換えられるか。表示自はあのステータスボードと同質の非実だが、自分のものとは違って閲覧可能な項目は限られている。例えば、このように。
〈name:室寺 保靖 class:教師 cond:通常 Lv:0 HP:20〉
「んー? なんだ久坂。俺になんか用か?」
「や、なんでもないです」
「そうかー?」
今はたまたま目についた擔任に使ったが、他の人間もclassやHPが若干違うだけで、出る表示はほぼ同じだ。
見てのとおり、この力の最大の肝は、他人のレベルが見えるという點。
おそらく昨日の槍男も、同様の力を持っていたのだろう。“レベル持ち”を殺せれば大幅なレベル上昇が見込めるのはわかったのだから、あわよくば手近にそれがいやしないかと、こうして探してしまうのが人ではないか。人ではないか。
そうしてひとしきり歩き回った結果。
あいにく目につく生徒教師その他職員は、皆“Lv:0”
殘念ながら“レベル持ち”は、校にはいないらしい。
(まあ、そう簡単にゃいかねえか)
さもありなんというじではある。世の中そう上手くは出來ていない。
だからそう気落ちすることもなく、次の授業開始十分前には、俺はもう教室の自席に戻っていた。
戻って早々古幸にぶうたれられたが、これもこれで想定というか。
そしてその日の、最後の授業前。
突如俺を、予期せぬ異変が襲う。
(……なんか、だりい)
次の授業は移教室であり、異変をじたのはその移途中の廊下。
なんか目が霞むというか、回るというか。加えて頭にも、上手くが巡っていないような。
これまで経験したことのない覚に、ついには壁に寄りかかってしまう俺。
あるいはこれが、レベルが上がるという異常現象の副作用なのだろうか。
その可能に思い至るが、しかしなぜ今になって?
レベル上昇がに影響を及ぼすならば、最初からそうなっていてしかるべきだろう。
あるいは槍男の時とこれまでとで、なにか違いでもあったか? 思い當たることといえば、やはりレベルの上昇數だろうか。その急激な変化が、あるいは俺のになにか――
「どうしたの? 久坂」
などと考えていると、
なにやら聞き覚えのある子の聲。
「!」
「なんか、顔悪い」
知らずつむっていた目を開ければ、そいつは存外近くに立っていて、し驚く。
志條栞。喜連川と古幸の友人。
相も変わらず貓みたいな目で、ひたすらまっすぐに俺を見上げてくる。壁にもたれかかっている格好でさえ目線が俺より下にくる、その小柄さで。
平時にも増して回らない頭で、ぼうっとそれを見下ろす。
すると志條がおもむろに、自分の制服のポケットをあさりだした。
そして、
「ん」
「……?」
「久坂、貧気味でしょ。これあげる」
差し出してきたのはなにかの包裝。
銀のそれは、見たところスナック菓子の類。
「……なんだこりゃ」
「プロテイン☆バー」
「……なんで、んなもん持ってんだ?」
「たまたま」
「……そう」
告げられたその正に、返す俺のつっこみにも冴えはない。
しかし、たまたまプロテインバーを所持している子高生って、なんだ? トレニー?
「……けど、ありがたくもらっとく。つうか、そうか。貧かこれ」
「気づいてなかったの?」
「なにぶん、今までなったことねえからな」
なんにせよ、もらえるはもらっておく。しかし変調の正が貧とは、ありきたりで、締まらない。無理なダイエットしてる子じゃねえんだから。
自嘲は置いて、包裝を開けその中を口に放りこめば、広がるのはぼそぼそした食。平時ならたいして味くじられなさそうな印象だが、栄養が足りていないらしい現狀だと、そこはかとなく滋味深い。咀嚼していると、なんとなく頭が回ってくる気がするから不思議なものだ。
そのおかげでもないだろうが、貧の原因にも思い當たった。
やはりこれは、レベルアップの影響だ。
レベルが上がりステータスも上がり、
そしてそれに伴って、おそらく俺の自が“その辻褄を合わせるかのように”増強された。
だからといって無からが出來るはずもなく。必要な栄養は外部から取りれなければならず、つまりレベルが上がる前の覚での食事では、すでに不十分となっていたのだろう。
おそらくこれまでも、この変化はレベルアップごとに起きていた。だが直近以外は1ずつだったため、変化は僅かですんだ。あるいは今までの食事も、レベルアップ以前より無意識に多めに摂っていたのかもしれない。
しかし昨日、3から10に上がったせいで、負擔はより大きなものとして俺のにのしかかり、その影響が今になってようやく表面化した――というじか。思い返せば、今朝からなんとなくだるかったような気がしないでもない。LUC:Worstのせいだけではなかったか。
とはいえ納得できる理由ではある。別に運部でもないのだしと今まで晝は適當に済ませていたが、これからは三食きちんと摂る必要があるだろうか。人を殺して規則的な生活がについたと考えると、あまりに皮めいている気もする。
「……」
と、まだ立ち去っていなかったらしい志條。じっとこちらを見つめているが、他に用事でもあるのか。食っているところを見られるのは気まずい、などという繊細さは持ち合わせていないから、そこは別に構いやしないが。
「行かねえの? 実験室」
「久坂は、」
「?」
「……ん、やっぱりなんでもない」
「そうか。あんがとな、これ」
なにか言いかけてやめた彼。それをわざわざつっこむ気にもなれず、代わりに食い終わったプロテイン・バーの包裝紙をしめしつつ禮を言う。
「ん、こっちこそ」
「?」
「久坂は、あけちゃんが危ない時助けてくれたから。むしろ、これっぽっちじゃ足りないくらい」
「……さよけ」
すると逆に禮を返されてしまった。考えてみれば、こいつとこんなに話したのは初めてか。いつも喜連川らにくっついているから顔を合わせる機會こそあったが、本當にいるだけだからな志條は。
しかし話しぶりからして、坦々としているようで意外と友に厚い格なのかもしれない。とはいえこちらはやったことがことだけに、あまり恩に著られてもやはり居心地が悪い。
「だから覚、……期待してて」
「今“覚悟”っつおうとしなかったか?」
「ふふ」
「無表で笑い聲やめろ」
そんな取るに足らないやりとりもわしつつ、結局は連れ立って移先へ。
志條が俺に同行していたことに喜連川と古幸がえらく驚いていたが、これも余談か。
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