《現実でレベル上げてどうすんだremix》勧のち難癖
放課後。
なんだか、えらく長い一日だった。
そうじるのはやはり、朝以降もじつは地味に続いていた不運によるところが大きい。ひとつひとつ並べるときりがないほどの小さな不幸の山積み……思い出すとうんざりするので、もう考えまい。
ともあれ、さっさと帰宅だ。本當は新しく得た魔法等でも試しに行こうかと思っていたが、今日はもうあまり余計なことはしたくない。寄り道した先でしょうもない目に遭うのが、ありありと想像できてしまう。
喜連川は志條と帰ったので送る必要もないしと、校舎から校門へ速やかに向かおうとする途中、
「あ! お~い!」
なにやら聞き覚えのある呼び聲が。
「……、……」
「ちょちょちょっなんで見て確かめて、そんであらためて立ち去ろうとするのッ?!」
「まわりにも人いるし、俺に用とも限らねえかなって」
「ばっちり目ぇ合ってたよねッ!?」
聲の主は案の定、古幸。早急に帰りたいのでとりあえず煙に巻こうとしたが、思った以上の素早さでもって前方へと回り込まれてしまう。それでも今の俺なら振り切ることは出來るだろうが、なんかもうそうする気力も湧かず、諦めて相手をすることに。
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「で、なんか用か?」
「ここのかとおか! ――や、見かけたからなんとなーく聲かけただけだけど」
「さようなら」
「あぁん! もーそんなツレないこと言わず! アタシと久坂君の仲じゃんかー!」
今日び聞かない冗句にうんざりしてやっぱ帰ろうとしたら、今度は俺の手を取ってそれを阻止する古幸。その格好は所屬部活よろしく、ノースリーブにショートパンツ。距離の近さも相まってか、むき出しの手足が甚だ目について、うん、まあいいか。
ちなみにさっさと帰宅したいはずの俺が部活の準備萬端のこいつにここで捕まったのは、俺が通りすがりの教諭に余計な用事を頼まれ出遅れたから。げに厄介な“LUC:Worst”である。
「……」
気づけば古幸がこちらをじっと見ている。俺の邪念を見抜いて咎める、という風でもなく、頭の天辺から足元まで、まるで品定めするかのように視線を行き來させている。
「――ねえ久坂君」
ややあって、あらためて俺の目を見て、
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「やっぱりらない? 陸上部」
「らない」
「即答すぎるよぅ!」
そう提案してきたので、すぐさま斷る。
てかなんだやっぱりって。
「なんでさー帰宅部でしょ? 毎日お暇じゃありませんこと?」
「何キャラだ。たしかに部活はやってねえが、最近は暇してねえよ、あんま」
「あれれ、そうなんだ。ん~、趣味の時間、とか?」
「趣味……」
押し売りのような調子の古幸。その途中で出てきた単語に、知らずし考え込んでしまう。
趣味か。
どうだろう。レベルに関する事柄を、そう呼んでいいのかいまいち判然としない。最近の俺の一番の関心事ではあるが……やはり趣味と呼べるほどの熱心さは、ないように思う。
強いていうなら、暇つぶしか。
暇つぶしで人を殺すというと、本當にろくでもねえ話だが。
「久坂君?」
「――ああ、まあ、趣味っちゃあ趣味かもな」
「ふーん。久坂君の趣味かぁ……想像つかないな? なんだろ……」
ともあれ部活りを斷るのならば“趣味”としておいた方が都合よさそうなので、話を合わせる。俺の答えを聞いて、古幸は視線を斜め上にやりながら、握った俺の手ごと左右にぷらぷらと揺すりだす。
「つか、手え離せ。仲良しか」
「いかにも!」
「なにがいかにもだ千切んぞ」
「もー目つきが冗談に見えないぞ?」
「……」
「――あ、あの~? 冗談です、よね?」
しかしなんか、今日は妙に食い下がるな。これも“LUC:Worst”の影響なのか。
いい加減本當に千切ってしまおうか、とぼんやり考えだした、その矢先、
「おいおいそこの、ウチの部員にナニちょっかいかけてんの?」
不意に、俺へ向けてかけられる咎めるような聲。
「――あ」
それを聞いた古幸の表から、すっとがなくなっていくのをなんとなく目に留めていると、
「まったく困んだよなぁ、いくらウチの柚ちゃんがカワイイからってよー。 ……てか、ッフ、そのナリで、のほど知れよ。鏡見た方がいいんじゃね? お前」
やって來たのは二人ずつの男。
その中の一人、先頭を歩いてきた男が俺を見て小馬鹿にしたように笑う。服裝と口ぶりから、古幸の部活の先輩と思われるが……
次いで前に出てきたのは、その左右に居た子二人。
「アンタもアンタでさぁ、男に聲かけられてはしゃいでんじゃねーよ」
「ねー? なーんか今年の一年って、うわついてるってゆーかさー」
口々にぼやかれるその矛先は、どうも俺ではなく古幸らしい。どう好意的に捉えても嫌味以外には聞こえない臺詞に、言われた當人はぎゅっと口を結んで堪えている様子。
「まーまー、そのへんにしてさ? 早く戻って練習始めようぜ?」
「いやいやここは一つ先輩として? ビシッと言っとかねーと。じゃないとこの一年生君も、自分のをわきまえないままになっちゃうっしょ? 親切、親切」
殘りの一人、最初に聲を上げたのとは別の男子が他三人を執りすようなことを言うが、その口調もまた明らかに狀況を楽しんでいる様子。
しかしまさか、俺が派と間違われようとは。喋りかけているのが古幸の方からなのは傍から見ても明らかだったと思うが、それを訴えたところでまともに取り合いはしないのだろう。先輩方の態度は、端から難癖つけるつもりしかない者のそれ。
そんな態度に、しかし特段腹が立ったというわけでもない。
「つーワケだからさ――?!」
ないが、なんとなくspecialを試してみたくなった。
使ったのは【威圧】――先のレベルアップで獲得したうちの一つで、効果は文字通り、対象を怯ませるというもの。magicと違い見てわかるエフェクト(?)が出ないので、おおっぴらに使ってもそれとわからないのが、specialの利點といえるか。
「うっ……っ!?」
「ちょ、ユウちゃんどしたん?」
「なんか顔ヤバくね……?」
にしても、ここまで顕著に効果が出るとは。同行していた友人方が言うように、ユウちゃん先輩とやらは目に見えて青ざめた様子。それなりに整った顔立ちは今や恐怖に歪んでおり、先程まではたしかに見て取れていた余裕とか自信といったものは、もはや見る影もない。
ここで俺、またしても余計なことを思いつく。
いわく、この狀態でもうひとつ力を重ねて試したら、はてどうなるのか。
「!? ――フッザけんじゃねーぞテメエ!」
毆られました。
「ちょっ?! マジでどうしたんだよユウちゃん!!」
「それはシャレんなんないって、マジ!!」
「こ、クッソ! テメコラァ!!」
てんやわんや。
いきなり激高して俺に毆りかかったユウちゃん先輩を、友人方が慌てて羽い絞めにしている。それでも彼の怒りは収まらないらしく、拘束から抜け出そうと遮二無二もがいている。
にしても、ここまで顕著に効果が出るとは(繰り返し)。
今試したのは【挑発】――こちらは【威圧】の逆で、相手の敵愾心を刺激するもの。しかし常識とか理とか、容易に突き崩せるものだなあ。そう考えると、存外恐ろしい力なのだろうか。
「久坂君その、だいじょぶなのッ?」
事態の置いてけぼり喰らっていたのある古幸が、ようやく我に返ったように俺を気遣ってくる。
「ああ。……ん、なんか変な味すんな。――んべ」
「ちょッ!? ぃ出てんじゃん!」
そこへ俺がの混じった唾を吐くものだから、余計に慌てさせることとなってしまう。
実際はちょっと口の中を切っただけなので、まったくたいしたことはない。
というか、レベル上がってても口切るんだな。表示的に、HPは減っていないようだけど。
「ホント大丈夫? 保健室行こっか?」
「――なに騒いでんだ? あそこ」
「なんか、陸上部が誰か毆ったとかなんとか――」
などとやっている間に、徐々に周囲の耳目が集まりだした。
他の部活の人や通りがかり等が、騒ぎを聞きつけ遠巻きにし始めているようだ。
「ふざけやがって、クソがぁッ!!」
「おま、マジ落ち著けっていい加減!」
「そーだよ、なんか注目されてるしっ」
いまだ興冷めやらぬユウちゃんさんと、それをなだめる先輩方。
しかしこの【挑発】って、かけたらかけたでずっとそのままなんだろうか。
さすがに俺も気の毒に思い、こちらからも先輩をなだめにかかってみる。
(どうすっかな。ひとまず【威圧】)
「ヒッ――」
(あ、こっちもこのままだとあれか。……じゃあ【挑発】?)
「クソッ、テッメ!」
(ん、間違えたかな……【威圧】?)
「あ、う……っ」
(……【挑発】)
「この、ぉ!……っ?」
ひとまず【威圧】と【挑発】を互にスイッチしてみるが……こんなんじゃニュートラルになんねえよな。半分わかってはいたが、つい遊び心が湧いてしまった。いやはや失敬。
「ぅ、ぐ……! っ?」
怒りと恐怖を互に引き出されたせいか、徐々になんかおかしくなっていく先輩。顔がれ替わり立ち代わり赤と青を互に繰り返し、表は混の度合いがより顕著になってくる。
「ね、ねぇ。久坂君の怪我より、なんか先輩の様子の方が不安なんだけど……」
そんな彼を見て、古幸までもが若干引き気味だ。
俺も収集をつけねばと思いはするんだが――
うん。なんか面倒臭(めんどくせ)えな。
『!!??』
というわけで周囲の野次馬含むその場の全員に【威圧】
「じゃ、俺帰るわ」
そうして一斉に怯んだのを目に、俺は一切の収拾をつけず、そそくさと退散しましたとさ。
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