《現実でレベル上げてどうすんだremix》“英気の泉”
■
というわけで、テストが明けた。
高校生活最初の考査は大見込みどおりの出來で、可もなく不可もなく。レベルに関わる異常な力は、當たり前だが知力や績などには、とくに寄與したりしない。
たが思えば今回のテスト、以前より勉強しやすい環境ではあったと思う。
近頃の環境の変化――要するに、喜連川らの存在。五人共々績優秀者であり、しかも得意分野が上手いことばらけているという連中と、期せずして近しくなった昨今。授業で引っかかった箇所などを気軽に訊ねられる奴が近にいる現狀はなかなかにありがたく、だから人づき合いもそう悪いものではないと、つい錯覚しそうになる。
なんにせよ一山越えたといえる、テスト明け直後の休日。
「…………」
俺はというと、自宅の自室でだらけていた。
本當のところ、昨日の夜までは幽霊狩りの続きか、あるいはまた廃工場にでも行って魔法等の試用でもしようかと思っていた。
しかし、暑い。
六月も始まったばかりだというのに、外はまるで夏の盛りのよう。一応夕方には雨になって気溫は下がるようだが、だからこそというのか熱気に気まで加わっていて、なんというか、うん、気が萎えた。
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「魔法でどうにかなんねえかな、溫暖化」
しょうもないことが口から出る。たとえそこらじゅうに〔氷結〕を放ったところで、環境が変わるほどの影響は與えられないだろう。どのみちそんな奇行、しようとも思わないとはいえ。
「人とは無力なものだなあ……ん?」
ふと、階下でチャイムが鳴ったのに気づく。母か妹が出るだろうと思い、そういえば二人とも出かけていたんだと思い直し、ところで親父の方は今どこにいるんだろうと考えつつ、仕方なくベッドから起き上がり、自室を出る。
ぴんぽーん、ぴんぽーん。
「あいあい、今出ますよって……」
小聲でぼやきつつ玄関へ向かい、ドアを開ける。
はたして訪ねてきたのは――
「あ、ごめんくださいー」
知らないおっさんだった。
「こちら久坂さんのお宅でよろしかったでしょうか?」
「はあ、久坂はうちですが」
りつけたような笑顔で問う客を胡に思い、つい気のない返事になってしまう。
「えっと……今きみ一人かな? お母さんかお父さんは、」
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「出かけてます。両方」
「あらら、そうですかー」
家の中に向けられる客の視線は、どうにも遠慮がない。その言葉どおり用事は両親の方にあると見え、ゆえにか今目の前に居る俺にはなんの関心もないと言わんばかり。いや、おっさんに興味持たれたいわけでもないが。
「あ、申し遅れました。わたくしどもはこういう者でして」
「はあ」
などと言いつつ、かけているショルダーバッグから紙切れを出して差し出すおっさん。
生返事しつつけ取ったびらに書かれていたのは、
「――“英気の泉”?」
なんとまあ、なんというか、じつにスピリチュアルな香ばしさの文言。
「ええ、そーです。“英気の泉”……わたくし、そちらに所屬している者でして――ああ! 勘違いしないで頂きたいのですが、わたくしどもけしてその、いわゆる胡散臭い新興宗教などではけっしてなくてですね……っ」
俺の様子を見て慌てて言い募るおっさんだが、その態度がもう胡散臭い。これはもう、追っ払ったり塩撒いた方がいいんだろうか。
軽く【威圧】でもかければ逃げていくかと思い、早速実行してみる。
が、
「――宗教などという不確かなモノとは一線を畫したですね? もっと直接的なというか……あいえいえ! 実踐的、そう! 実踐的な心の支えというモノをですね? 大切にしているわけですよ我々は! いやははは……っ」
……効いていない、のか?
【威圧】をかけたにもかかわらずびびりもせず、調子を変えずにまくし立てているおっさん。
これは一どういうことかと思い、今度は【見る】を使ってみる。
〈name:口 正長 class:自営業 cond:隷屬(魂) Lv:0 HP:17〉
すると見たことのない、明らかにおかしいcond。
【威圧】が効かなかった原因は、十中八九これのせいか。
「ともかくそういうわけでですね? わたくしども來る者は拒まずですから。ですからそのチラシもご家族に、ええ、くれぐれもご家族に見せてあげるようお願いします、ええ!」
最後にそれだけ言って去っていくおっさん。
やたら念押しするようなその言い草が気になり、【見る】を使ったまま手元へと目を遣れば――
勧のチラシ_宗教団の勧文句が書かれた紙切れ 〔霊屬〕の魔法がこめられている
「なるほど」
誰もいなくなった玄関で一人、頷く。
どうやら新手の“レベル持ち”の仕業、というやつらしい。
びらの文面によれば、“英気の泉”とやらは今日午後四時から集會を開くらしい。
その場所への簡易な地図も併記されていたので、とりあえずは向かってみることに。
長丁場になることも視野にれ、夕食には帰れないかもしれないと家族に伝え、頃合いを見て家を出る。ちなみにびらは地図を覚えた後〔火炎〕で焼卻しているので、家族の目にはついていない。かかっていた魔法は俺には効かなかったようだが、レベルの無い家族にはどんな影響があるかわかったもんでもないだろうし。
ともあれ、件(くだん)の場所は家から徒歩で十數分ほどのところ。
おそらく元は病院だったのだろう建を、道路を挾んで反対側の歩道からそれとなく観察。
敷地の門にあたる場所には、たしかに“英気の泉”と書かれた看板が見える。敷地には、何臺か車も。今は四時半くらいだから、集會に參加する人間はもうすでに集まっているのだろう。
車の臺數を鑑みるに、中にいるのは十人前後か。とはいえ注意すべきは“レベル持ち”だけで、レベルのない人間などはもうの數でもないだろうが。
(中の全員が“レベル持ち”ってのが、最悪の展開か?)
そうも考えるが、さすがにそれはないだろうとも思う。
たぶん“レベル持ち”がその力で組織しただろう団。となればレベルがあるのは代表一人だけか、中核の數人がせいぜいではないか。
それより問題なのは、そいつのレベル數か。
レベル差の脅威は先の槍男の件でしているので、出來れば今回はそんなに差のない相手であってほしい。別に死闘を演じたいとか強(つえ)え奴と戦いてえとか、そういう求があるわけでもないし。
まあなにが出ようと一度見(まみ)えれば、
その時は殺す以外の選択肢は無いのだろうが。
人通りも車通りも途切れたところで、道路を渡り速やかに建に近づく。敷地にも目につく窓にも人影は見えないので、見張りを立てたりはしていないようだ。他の“レベル持ち”の襲撃とか、そういう警戒はしていないのだろうか。
(いやそれこそ、【警戒】みたいな力があればどうとでもなるか)
ここで俺の殺意などを察知され、逃げられでもしたら面倒だが……でもそれならそれで、諦めるしかないか。その場合は互いに不干渉になるだけだろうし。
建正面、り口のガラス戸に手をかけたが、當然のように施錠されている。以前は付や待合室として使われていたのだろう場所が窺えるが、やはりそこにもひとけはなし。
その奧の廊下、突き當りにある扉から明かりがれている。
となれば集會が行われているのは、そこか。
「……」
ガラス戸だし破ってしまおうかとも思ったが、し考え建の裏手へ。どうせ破るのであれば、集會が行われている部屋の窓の方が虛を突ける……気がする。
そうして建の裏手へまわれば、やはりというか一つだけ明かりのもれた窓。
妙なのは明かりがなにやら揺らめいている點で、おまけにも怪しげ。
まあ宗教的な集まりらしいし、多怪しいのもそれらしいかと思いつつ、ひとまず中を窺う。
最初に見えたのは、窓に背を向けて立つ人。多分、。
なんかそれっぽい宗教的な布を羽織っていて、一見ただ突っ立っているだけに見える。
〈name:迎田 紗絵 class:霊師 cond:通常 Lv:?? HP:??〉
當たりをつけて【見る】を使えば、案の定。あれがこの場の代表で“レベル持ち”だろう。classが変だし、たぶん間違いない。LvとHPが“??”なのが々気になるが……
は部屋の中へ向けて説法などをぶっているようにも見える。俺の存在に気づいている様子もないし、余程そちらに集中しているのか、あるいは【警戒】みたいな力などは持っていないのか……
そう考えつつ、部屋の様子をもうし観察してみようと角度を変え、
酷く後悔した。
部屋の床にうごめく十數人の人間。
その誰もが半ないし全であり――
まあ有りにいえば、そこは會場だった。中高年の。
「…………」
一旦窓から目を外す俺。
なんともいえないやり切れなさに力し、知らず壁にもたれかかる。
まあ別に、どうぞご自由にとは思いますが。いくつになろうがそういう求はついてまわりましょうし、こんな時間からとか、カーテンも閉めずになにやってやがんだと思わなくもないですが、覗いた俺にも非があるわけですし。
(ああ、敷地のまわりが高い生垣だから、人目を気にする必要ねえのか……)
気をまぎらわすため、そんなこともぼんやりと考える。
直後ぽつ、と鼻の頭に冷たさ。
見上げれば垂れこめた雲から雨粒が落ちてきていて、それがまたじんわりと俺の気を削ぐ。
そういや今日は、そういう予報だったか。“レベル持ち”を相手取ることに気をとられ過ぎて、傘などの用意にまでは気がまわらなかったな。
雨腳の強まりそうな空模様を考えれば、このまま外にいるわけにもいかない。かといって背後のあの場に押しるのは、盛大に気が引ける。しかしそうしなければ“レベル持ち”は殺せないし……
(……てか、ああ)
一つ、合點がいく。
連中、うちの両親をあれに加えたくて勧に來やがったな。
あの二人が胡散臭いいに乗るとは思えないが、それでも無レベルな以上、びらの魔法効果には抵抗できないだろう。ともすれば妹まで巻き込まれていた可能もある――というか、そこまで含めて狙いで間違いないだろう。
そこに気づくと、なんというか、
生かしておきたくなくなってきた。
「……」
立ち上がり、ひとまず自分にいくつかmagicをかける。
それから一歩二歩、三歩と、生垣のぎりぎりまで行く。
そうして俺は助走のため距離をとり、振り返り、踏み込み、踏み抜き――
二歩目に跳躍。
窓を蹴破り、
「――ごぇっ?!!」
その勢いのまま、窓の先のこの場の首謀、その首元を思い切り蹴り飛ばす。
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