《現実でレベル上げてどうすんだremix》“切り裂きキラー”
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週明けの朝。
昨夕の雨が噓のような晴天の下、ややうつむきがちに歩く通學中の俺。
別に憂いとかそういうのではなく、たんに昨日覚えたspecialを試しているだけ。
使っているのは【マッパー】
端的にいえば、地図表示の力。使うとステータスボードと同質の正方形が投影され、そこに周囲の道や建の外形などが簡素な線で描畫される。表示位置、それから地図の拡大尺も任意だが、正方形(マップ)の大きさ自を変えることは出來ないようだ。
念じるだけで作可能という以外は、ネットなどの地図と大差ないようにも思える。
だが【マッパー】には、人間の位置表示という利點がある。薄い青點でしめされるそれらが現在進行形でうごめく様はなんというか、蟻の観察を彷彿させる。ちなみに俺自の位置もまた、ややはっきりとした白い點として【マッパー】の常に中央に表示される。
一度訪れた場所であれば、以降は距離に関係なく常時表示可能。けど人間の位置報の場合、表示できるのは俺の周囲の存在まで。その代わりでもないだろうが、表示可能範囲(大四十メートルくらいか)なら、壁で隔てられようがお構いなしだったりする。
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だからどちらかというと【マッパー】の有用は、地図自よりもむしろ人間の位置報の方によるような気はする。
たとえば、このように。
「――」
「うわあ!? 呼びかける前に振り向かれたッ?!」
後ろから近づく五つの薄點。
うち一つが先行したのを見てとってふり向けば、案の定。
「……やっぱり久坂、気配が読める可能あり」
「計り知れないな。そこはかとなく」
「いや、足音で気づいたんだろ? ……たぶん」
「だ、だよね……? うん」
驚く古幸を始め、いつもの面子揃い踏み。
朝の日差しの下、和やかに歩く男は、どうにもいまひとつ現実味に欠ける。
なにやら學園ドラマっぽいというか。
「朝から五人そろってんのも珍しいな、そういや」
「あ、ちょうど俺たちもそんな話してた」
「皆所屬が違うから、仕方ないことではあるがな」
どうでもいい発想は置いて適當に話を振ると、それに応えるのは賀集と大滝の男二人。しかし珍しいというなら、この歳まで親な関係が続いているこいつらこそそうではないかとも、ふと思う。
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「今朝もホントは朝練あったはずなんだけどねー。昨日の雨でグラウンドムリだろーって」
「どんまい、ゆずちゃん」
「ううっ、しおりんの気遣いがシミるよぅ……そしてひさびさに朝からみんな一緒で嬉しいよぅッ、あけみんも!」
「わわ、さっちゃんっ」
古幸が志條と喜連川を巻き込んで、子三人で団子になっている。
仲良きことは、なんとやら。
「お? なになに久坂君じーっと見てぇ。キミもざるぅ?」
「ささささっちゃんっ?!」
「ざるっつったら許可すんのか?」
「ええっ!? っと、それは~その~……」
「二人が許可しても、わたしは拒否する」
「さいで」
ふざけたことを言ってきた古幸に、俺もまたふざけ返す。真にけて揺する喜連川も合わせてなにやらざわざわしだすが、一人冷靜な志條がひとまず落ちをつけてくれた。
「しれっと言うよな、相変わらず……」
「久坂のああいうところ、し見習ってもいいと思うぞ、カゲよ」
「……」
男二人がなにか囁きあっているが、そちらは流しておくとして、
ふと思いつきで、前を歩く五人に【マーカー】を使ってみる。
「あれれ、また久坂君がこっちをじっと見て……」
「……こっちっていうか、上?」
【マーカー】は、人やなど任意の対象に印をつける特殊能力だ。
指定された対象は、その直上に頂點を下に向けた円錐型の印(マーカー)が浮かぶようになる。
五人の男の頭上に安っぽいCGのような立が浮かぶ様は、いわく言いがたい意味不明さがあるが……例によってこの印は俺にしか見えないため、そうじるのもまたこの場では俺だけということになる。
【マーカー】を付與できる対象は、俺が視認しているもしくは【マッパー】上に表示されているものに限る。ただし距離制限があり、これは【マッパー】の人間位置表示範囲と一致する。【マーカー】付與対象は【マッパー】上でも強調表示になることからも、【マーカー】は【マッパー】ありきの力なのだろう。
ともすればただ印をつけるだけに思えるこの力
一応、他にも有用そうな活用法もあったりはするが……
「なんでもねえ。ちょっとぼうっとしただけだ」
「久坂、わりといつもぼーっとしてない?」
「お前(めえ)にゃ言われたくねえななんか。志條」
それは今は置いて、ひとまず喜連川らの稽な狀態の頭上から目を離す。
ついでに志條からされた失禮な指摘には、しかし否定が出來ないのがなんともなじだ。
ちなみに【マーカー】には十六個という付與限度數があり、それを超えると古い順から消えていく。もう一つちなみに、地味に分け機能もついていて、赤、黃、緑、青の四が指定できる。
けど今はとくに必要ないだろう。ということで五人の付與【マーカー】はすべて、特別こちらが指定しない場合の赤となった。
晝休み。
「……最近さぁ」
出し抜けに、端末片手にそう呟いたのは古幸。
もはや定位置と化した俺の前の席に座り、當然のように自分の弁當を俺の機の上に広げつつ。
「なんとゆーか、騒だよねー世の中」
「いきなりどうした? 柚」
「暇なサラリーマンみたいなこと言いだしたな」
「あー、こーんなピチピチの乙捕まえて、シツレイなスグルくんだなー」
「それよりさっちゃん? 食事中にお行儀悪いのはダメ」
「あっはい気をつけますです……」
珍しく厳しめな口調の喜連川に、ながら食いを指摘されこまる古幸。そういう態度も取れるのかと心半分に見ていたら、その視線に気づいた喜連川の方が、今度はこまる。
「で、さっきはなにを見てあんなこと言ったんだ? 柚は」
「ああうん、ほらアレよ。L県に出たっていう――」
「“切り裂きキラー”?」
「そうそれ!」
賀集の問いへの実質的な答えを、ぽつりと呟いたのは志條。それをけ古幸がぱちんと指を鳴らし、再び喜連川に軽く見咎められてしゅんとする。懲りねえな。
さておき、
“切り裂きキラー”
世に疎い俺でも、その呼び名は聞き及んでいる。
正直というか正気を疑う呼稱だが、しかしそれが自稱とあれば、誰にどう出來ようか。
明らかに有名な連続殺人犯をもじっただろうそれは、反面とくにひねりなく、現代のこの國で発生している連続通り魔の名だ。
被害者の數は確定しているだけでも三十人以上。斷定されていない犯行も含めれば五十を超えるのではないかとさえ言われている、近代最悪とも呼び聲高い兇悪犯。
そのふざけた名がしめすとおり、手口は例外なく刃による殺傷。全不特定の箇所をばらばらに刻まれているにもかかわらず、被害者にはろくな抵抗の跡もないのは特筆すべき點か。
もう一つ特筆すべきは、犯行現場にほぼ必ず殘されるという紙切れ。そこに記される文面は毎回違うが、自をしめす名稱として“切り裂きキラー”という語が使われているのは共通しているという。
まさに劇場型犯罪といって差し支えない事件の概要。そのせいか模倣犯や信奉者まで出てくる始末で、今やちょっとした社會現象といっても過言ではなくなってきている。
そんな世間の評判はどうでもいいが、
しかし“切り裂きキラー”という存在自には、し関心があったりする。
いわく、そいつ“レベル持ち”なんじゃなかろうか、と。
たとえば“切り裂きキラー”のような犯行なら、俺でも可能だろう。手頃な刃さえあれば、レベルの無い人間を抵抗させることなく殺すのはきっと難しいことではない。
おそらくあの槍男にも出來たはずだ。だが奴が“切り裂きキラー”という可能は、ないだろう。直近の犯行がL県で起きたのは、奴が死んだあとだし。
なんにせよ、常識外れの能力を発揮できる“レベル持ち”ならば、非常識ともいえる犯行も可能。“切り裂きキラー”が“レベル持ち”であれば、探して殺すことも俺としてはやぶさかでもない。
ただ、
(犯行の証拠――死が殘ってんだよな、この場合)
このことが“切り裂きキラー”=“レベル持ち”説の反証になってしまう。あるいはなんらかの方法で死がその場に殘るようにしているのかもしれないが、わざわざそうするのも妙な話だ。
ということは、やはり“切り裂きキラー”はレベルとは無関係?
けどそうなると、レベルも持たずに異常な犯行を繰り返せる変人がいるということになるが。
「恐いよねぇ。しかも予想進路だと次はQ県(ウチ)通るかもしれないとか!」
「そんな臺風みたいに……」
被害場所が點々と移していることから、全國を渡り歩いているのではないかと見られているその変人。大月一で被害を出し、次の犯行はほぼ必ず隣県で起こる。なるほど確かに古幸の言うように、変人というよりいっそ災害かもしれない。
「まあ、學校側からもなんらかの通知はあるだろうな。今日のホームルームあたりにでも」
「犯行って、たしか夜遅くなんだよね? 普通に出歩かずにいい子してればだいじょぶじゃない?」
「完全に安全、とはいえなくとも、実際狙われる確率はだいぶ低くはなりそうだな」
それから二言三言、“切り裂きキラー”の正についてああだこうだ言い合う面々。
「――ね、久坂君はどー思う? さっきから靜かだけどさっ」
「あ?」
それを聞くともなしにしていたら、俺にもお鉢が回ってきた。正はいざ知らず所なら先に考えたとおりだが、その容を正直に言う気にはさすがになれず。
だからその代わりにでもないが、
「とりあえず、喜連川の顔があんまよくねえのはいいのか?」
「……あ」
一人だけ浮かない顔をしていた喜連川について指摘。
それに気づいて取り繕おうとし、しかし全然取り繕えていない顔の當人。
「うわーんごめんあけみん! だよねぇニガテだよねぇこーいう話! おまけにこないだあんなことあったばっかだしぃーッ!!」
「わっ、ちょ、だいじょぶ、大丈夫だからさっちゃんっ。よ、よしよししすぎだからっ」
「ん。なにが出ても、今度はわたしがちゃんと守るから」
それを慌ててめる古幸。そこに志條も加わって、団子と相る子三人。
「流行ってんのか? 団子になんの」
「さあ……」
「大こういうじではないか? 子というのは」
「そんなもんか」
呆れ半分に見守る野郎三人。
それはさておいて、やはり実際に確かめてみるに限るのだろう。
“切り裂きキラー”の正は。
そして早速とばかりに出歩いてみた深夜、
「――フフッフフフフゥ」
近寄るのは、珍妙に笑う白い変人。
その手前の路上に、飛び散る糊と、
転がった腕。
俺の、左腕。
「……………………」
両足を投げ出し、塀を背にして座りこみ、
無言で星空を見上げ、溜息を吐く。
そして思う。
こんなのありか? と。
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