《現実でレベル上げてどうすんだremix》三文芝居
◆
クラブの地下二階、VIPルームという名目のフロアは、実質関矢個人の遊び場(・・・)だ。
教室ほどの広さの部屋に並べられた様々な遊(・・)。
真っ當な人間であれば生理的嫌悪を催すか、あるいは恐怖を覚えるだろう……そんな代。
もっともそれらは現在、壁際に除けられており、確保された中央のスペースでは、
「――っげほ! ごっほ!」
「カゲト君!!」
「っ!!」
一方的な私刑(リンチ)が繰り広げられているのだが。
実行者は巨軀の強面。自らの暴力の憐れな被害者を、しかしとくに思うところもないかような冷めた目でただ見下ろしている。
床に転がっている被害者は、二人。
一人は端正な顔立ちの優男……なのだが、今は執拗な暴力によりその男ぶりは見る影もない。
もう一人は、小柄な。こちらの顔の怪我は頬の一箇所のみだが、それでも大きく腫れ上がって痛々しい。加えて顔は蒼く、腹部を押さえた格好で震えながら橫たわっている。
「しおりん! カゲト君!! ――ねえっ、バッグ返してよ! 救急車呼ばないと、このままじゃ……っ」
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「ぅう、……ぐずっ、ひっ……っ」
遊とは反対側の壁際には、が二人。一方的にいたぶられる親友たちの凄慘な姿を前に、一人は涙目で強面に訴え、もう一人はそれに寄り添い縋りつくようにして嗚咽をらしている。
それらの景を部屋の外――非常階段へと通じる扉の、し開いた隙間から覗く者が一人。
「……!」
青山悠希である。
くり広げられる強面による私刑に、彼は絶句し、またはっきりと引いていた。
(いくらなんでもやり過ぎだろあの傷ゴリラ……! とくにの子の方、本當に醫者呼ばないとヤバいんじゃないか……?)
そうは思うが、出來ない。
荷を取り上げられた室の四人と違い、彼のスマホは手元にある。
しかしそれで通報なりなんなりをするつもりには、どうしてもなれない。
なぜなら悠希もまた、この事態の共犯だから。
『ヒーローになってみたくはないか? ヒロインのピンチに颯爽と現れる、そんな存在に、さ』
関矢が彼に持ちかけたのは、つまるところそういう話だった。
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危ない目に遭わされそうになった柚を助け、好を稼ぐ。
なるほどたしかに上手くいけば、ドラマのように印象的なシチュエーションだ。
想定外だったのは、二點。
強面に連れて來られたのが、なぜか久坂ではなく賀集だったのが一つ。あそこでボコられる噛ませ犬役は、本來やつになってもらうはずだったのだ。柚にいいところを見せつつ久坂に吠え面かかせるという計畫は、すでに片手落ちとなってしまっている。
そしてもう一つは他でもない、あの強面だ。
悠希としては、久坂には軽く痛い目を見てもらうだけで十分だった。いや、軽く脅してビビらせて、子の前でけない姿をさらさせるだけでも、彼の溜飲は下がっただろう。
しかしそのビビらせ役の強面は、想像を遙かに超えて兇悪だった。
「ぐ……っふ!」
「おら、どーした男。威勢がいいのは最初だけか?」
「ぎ、ぁ……!」
強面が賀集を蹴りつけ、なじり、次いでその手を踏みつける。
恐ろしいのは、良心など欠片も宿っていないかのような、その冷めた目つき。
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「そっちのチビのがまだあったんじゃねぇか? ……まぁでもありゃ、ナメてただけか。自分はだから加減されんだろ、みてぇな目ぇしてやがったしな」
心底くだらないとばかりに吐き捨て、倒れたの方へ足を向ける強面。まさかあの狀態のの子に、さらに追い打ちをかけるつもりなのか……? そう思い、悠希は背筋が冷たくなる。
「……や、めろっ」
「あぁ?」
強面を呼び止め、辛うじてその足を摑むのは賀集。
摑まれた自分の足元を、やはり強面はさもつまらなそうに一瞥し、
「がっ! ぐ! ぅぶっ!!」
たやすく振りほどき、そのきのまま賀集を踏みつけ何度も足蹴にする。
やはりやり過ぎだと、悠希は戦慄する。
本來はもっと早い段階で間に割ってり、柚らをかばう段取りだった彼。しかし強面の所業のあまりの非道さに、出るタイミングを逸した。有りにいえば、怖気づいていた。
もちろん相手は適當なところでやられてくれる――そういう筋書きなのは悠希もわかっている。
だがわかっていてなお足がすくむほど、あの強面からは“本の暴力”の気配を、どうしようもなくじてしまっていた。
とはいえ悠希がまごついている間にも、事態の進行は止まってはくれず。
「――カゲト君から、離れろ! このぉっ!!」
「さっちゃんッ!?!」
恐怖より怒りの方が勝ったのか、
柚が駆け出し、そばに落ちていた調教用の鞭を手にとり強面へと躍りかかる。
友人――暁未の悲痛なびを振り切り、さすがの俊敏さで強面へ迫る彼。
「チッ」
「あぐ――ぅ!」
しかし柚の決死の突撃は、繰り出された蹴り足に無慈悲に阻まれる。
「う゛、ぅ……」
「さっちゃん? さっちゃんッ!!」
蹴り飛ばされた小柄な軀は、一度床を跳ね壁へとぶつかる。
すぐさま駆け寄った暁未の、ほとんど悲鳴に近い呼びかけ。
「――ぅ、おおおおおあああっ!!!」
それらを目の當たりにし、悠希もようやくなにかが吹っ切れた。
開きかけの扉を勢いよく開け、自慢の腳でまっすぐ強面へと突っ込む。
大抵のスポーツを得意とし、じつはボクシングの経験もある彼。
ジムをやっている親戚には筋があると褒められ、本格的に通わないかとわれたりもしている。
(演技のつもりだろーが、マジで一発カマしてやるっ! 吠え面かきやがれゴリラがッ!!)
心の中で毒づき、シミュレーションどおりの會心の踏みこみ。
間抜けにも突っ立っている強面ゴリラの、まずは右頬を悠希の左ジャブが捉え――
「おげっ?!」
突然、腹に凄まじく重い衝撃。
素人同然のパンチでは小揺るぎもしなかった強面が、膝蹴りを繰り出したのだと理解する間もなく、
「え゛っ! げ! ぢょっ、待っ……!?」
悠希を立て続けに襲うハンマーのように重い拳。
堪らず膝をつきうずくまったところへ、次々降り注ぐような蹴りや踏みつけの追い打ち。
「う゛、ゲホッ、や゛め」
それで彼は、心共にへし折られた。
嗚咽に濁った聲で、弱々しく訴えることしかもはや出來ない。
そこへ出し抜けに響くのは、
「……ぷ、アハッ、アハハハハハハハハ! アハハッ!!」
心底馬鹿にしきったような哄笑。
発生源は遊の並ぶその後ろ、鏡張りになっている壁……
その一部に、いつの間にか出來ている隙間から。
「アハハハハッ、……いや~笑った笑った。なかなかどうして、イイ役者じゃないか青山君? プフッ!」
ややあってこちら側に開いた鏡――隠し扉から姿を現したのは、今回の事態の仕掛人。
関矢(せきや)大海(ともみ)。
地元の名士、関矢市議の嫡子であり、またこのビルの所有者でもある男。
「関矢、先生……?」
「ぅ、そ……」
その唐突な登場に、暁未と柚が驚いている。といっても柚の方は今にも気を失いそうな様子だが。
壁際の二人の。床に倒れていると年。強面の足元でうずくまる悠希。
それらを順繰りに見やり、最後に強面に向き直って、関矢はし呆れた表を作る。
「にしても、相変わらず容赦ないねえノリ君は。とくにそっちの志條さんとか、アレ救急車必要じゃない? めんどくさいなぁ」
「知らねぇよ。だから毆られねぇと思ってつっかかってくんのがわりぃ」
「連れてきたのも、なぜか久坂君じゃなくて賀集君になってるし。……ま、大雑把なノリ君に任せた僕にも、そのへん責任はあるか」
仮にも自分の生徒である賀集らの慘狀を、しかしまるで気に病んでいないような関矢の態度。
「まあ賀集君なら賀集君で、他に楽しみようもあるし、」
「なん、で……」
「うん?」
「なんでオレを、こんな……話が、ちが……」
それに寒気を覚えつつも、やはり悠希はそう訊ねずにはいられず。
どうにか顔を上げた彼の顔を、そばにしゃがんで覗きこむようにして関矢は、
嗤う。
「君、馬鹿なの?」
至近距離まで顔を寄せ、悠希にだけ聞こえるような聲で、続けて囁く。
「不良に絡まれたの助けたくらいで、の子が惚れてくれるワケないじゃん。夢、見すぎ」
「!?」
「君もさ、あやしいくらいは思わなかったの? 君がオイシイ思いをするだけの舞臺を、なんでわざわざ僕が用意するのかとかさ。なんのメリットもないのに」
「じゃ、あ、最初から、ダマすつもりで……」
擔がれた。
ようやくそう気づいた悠希を、立ち上がってさらに見下すようにする関矢。
「ま、さっきのはなんだかんだ笑えたから、もう元の半分くらいは取れた気分だけど。――というワケで喜連川さん古幸さーん、今回のこの場はここの青山悠希君もグルでしたー! 主催はなにを隠そう、この僕でーす!!」
それから二人へ向き直り、種明かしとばかりにわざわざそう大聲で宣言する。
その笑顔は學校で見せる和なものとは違い、嬉々としていたずらを打ちあける子供のようで。
自の淺はかな目論見をばらされ、恥にが熱くなる悠希。
「……最低」
「っ!」
そこへ小さく屆くのは、侮蔑の言葉。
今まで聞いたことのない柚の低い聲に、今度は上っていたの気が一気に引く。
一瞬でが冷え、悠希は寒気すら覚えるほどだった。
「……」
「さっちゃん? やだっ、しっかりして! さっちゃんッ!」
その一言を殘し、柚は完全に気を失ったらしい。呼びかける暁未の聲にも反応はなく。
悲痛な面持ちで、腕の中の小柄なを一度きゅっと抱きしめる暁未。
それから伏せていた顔を上げる。
その目が捉えるのは、喜悅に歪む関矢の顔。
「どうして、こんなこと、いったい、なんのために……!」
「なんのため? ――うーん、退屈だから?」
「たい、くつ……?」
知らず口をついて出たらしい、ほとんど獨り言のような暁未の問い。
しかし思いもよらず返ってきた答えに、彼は未知の言語を聞いたような顔になる。
「自慢じゃないけど、ウチって裕福だから金に困ったこととかなくってさ、僕。勉強も運も、ちょっとがんばれば大抵のやつより上手く出來るし、ついでにっていうかなによりっていうか、顔立ちもこのとおり、整ってるじゃない?」
次いで彼が口にしたのは、まるでなんとも思っていない風を裝った、あからさまな自慢。
なにを言い出すのかという顔の暁未を余所に、彼の獨白は続く。
「だからなんというか、そう、イージーモードなんだよねぇ、僕の人生。なんでも簡単にすむから、はっきり言って張りあいなくてさ。……だからついつい求めちゃうんだ、刺激ってヤツを」
とっておきのを告白するような口調で、
目を背けたくなるほど醜悪に歪んだ笑顔で、関矢は続ける。
「初めはさ、ちょっとした悪戯心だったんだ。同じクラスの三番目くらいに可い子……僕から告白して、普通につきあって……イイ子だったなぁ、気まぐれにしてみたちょっと無茶なお願いも、僕のためならって聞いてくれて……。――まぁそれでついエスカレートしちゃって、最終的には五人くらいに(マワ)されて、壊れちゃったんだけど」
「――っ!?」
口元を押さえ、息を呑む暁未。
次いでその視線が、部屋に置かれた數々の遊び道(・・・・)を巡る。
これから自になにが待ちけているのか、想像したような蒼白顔。
「――そう、それだよその表(カオ)ッ。他人の不幸はの味って言うでしょ? 僕にとってのそれはよりもなお甘い、もはや麻薬といってもいい甘だったんだ。やみつきなのさ、もう……!」
それを見下ろし、関矢は震いと共に己がをかき抱く仕草。
そんな彼を暁未は、もはや吐き気すら覚えていそうな険しい顔で、見上げている。
「クネクネしてねぇでよ、いい加減はじめよーぜ? トモちゃん」
「アハハ、相変わらずせっかちだなぁノリ君は。ま、言うとおりだけどね。余興ももう終わってるし。上の連中も、もう連れて來ていいよ。ギャラリーは多い方が盛り上がるし」
「おめぇの悪趣味こそ相変わらずだよ。俺をパシれるそのイイ度もな。ったく」
暁未の視線の先で、強面と関矢が気安いやりとりをわす。
それから強面が、上階のクラブへの階段に通じるドアへと歩いていく。
そうして彼が手下を連れて戻れば、暁未たちは想像もしたくないような悍ましい目に遭わされるのだろう。
そう思った矢先、
強面がドアを開けるより先に、それを開き部屋にってくる人一人。
久坂厳児であった。
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