《現実でレベル上げてどうすんだremix》せいいっぱいの【手加減】

突如減ったMPとSPに、知らず十數秒(數十秒だったかもしれない)ほど立ちつくしてしまう俺。

ややあってから思いつくのは、佐々井に嵌められた可能

いやそれはないか。一週間の観察の中で、彼と下の階にいるだろう奴が通じている様子は見られなかった。もちろん逐一張りついていたわけではないから見落としはあるだろうが……

(……いや、やっぱねえな。あの佐々井はなんというか――“閉じていた”)

勘だが、そんな風に思う。

は“車座”にいながら、その実誰とも繋がってなどいなかった。

殺してしかったのも本心だろう。おそらく佐々井は、自の能力で“車座”が壊滅することを知っていたのではないか。車東らが信を置いていた以上、彼の予言めいた力自は本。にもかかわらず自らの死を回避せず、視えた未來を偽って彼らを全滅へと追いこんだ。

要するに佐々井は、自分の自殺に“車座”を巻き込んだ。

そういうことだろう。

俺にこんな最後っ屁をかましたのは……自分を殺す相手に対する、せめてもの當てつけ?

もしくは佐々井自、こんな効果を知らなかった可能もある。音聲と表示によれば、俺が喰らったのは“隠しspecial”だという。“隠し”という以上ステータスボードに表示されなかった可能も、“覚えた”自覚がなかった可能も、十分にありうる。

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(……俺にもあんのかね? “隠しspecial”)

ふとそう思い、それからすぐに意味のない疑問だと思い直す。

知りようもないことを考えても仕方ない。

嘆息しつつ、店の奧の扉の前へあらためて進み、

「あたっ」

そこを開けて先へ行こうとしたところでつっかえる。

槍の穂先が。

「……これももう邪魔か」

もう“レベル持ち”とかち合うこともないだろうし、こんな仰々しい得も要らないだろう。

そう思い、ちょうど覚えたmagicでも試してみることに。

「おお」

〔収納〕と念じた途端、擔いでいた槍がぱっと消える。

“持ちをどこだかに出しれする”のが、この魔法の効果。

ここでいう“どこだか”とは別次元とか異次元とか、たぶんそういう場所だ。

MP消費は、一回の出しれごとに1。……なんだが、思えば表示がこんな下の段にあるのに、このなさはどういうことだろう。MPがごっそり減った後だから、ちょうどいいといえばいいんだが。

そのへんは置いて、あらためて扉をくぐり、すぐ先にある階段も下りきる。

ところで、【マッパー】は屋外と屋で表示形式が若干変わる。

簡単にいえば外では地図形式だが、建等にると間取り図に切り替わる。この狀態だと到達したか否かは部屋ごとに判定されるので、ったことのない部屋は【マッパー】上に表示されない。

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また、表示は階層ごととなる。表示階層の切り替えは可能だが、これももちろん未到達の階は無理だ。たとえば現狀、【マッパー】の右上には“B2F”とあり、表示されているのは今いる部屋(というか廊下か)と背後の階段、それと前方にあるドアのみ。ドアの先へ行かない限り、その部屋は【マッパー】に表示されないままとなるだろう。

ただし未到達領域でも、有効範囲にれば人表示はされるし、またそうでなくても【マーカー】対象は常に表示される。

それによればドアの向こうには、赤の印四つと緑の印、ほかにあともう二人いるようだ。

し気になるのは、赤の【マーカー】のうち二つが點滅していることか。

よく見ると一方は他方より、明滅の間隔が速い。

そして明滅の“滅”がどうも灰っぽいのも鑑みれば、

向こうは思ったより差し迫った狀況かもしれない。

そんなことを考えつつ、ドアを開け部屋にる。

「――あ? なんだおめぇは」

同時に耳にる聲。その主は筋骨隆々の極悪面で、ちょうどドアへ向かおうとしていたのか、部屋の中では最も俺に近い位置にいた。

「あれ? おやおや久坂君かい? なんだって君が、今ここに?」

「ぅ、そ……どうし、て……」

そのうしろ、部屋のほぼ中央に立つのは緑の【マーカー】対象――関矢実習生。

“車座”の話を聞いた翌日、學校で見かけた時に念のためつけておいたのだった。

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さらに後ろの壁際には、古幸を抱えている喜連川。

目をまん丸に見開いて、信じられないといった風に呟いている。

そちらはひとまず置いて、今迫してる奴の方へ目を向ける。

「――っ、……」

腹を押さえた姿勢で倒れている志條と、

「ぐ……くさ、か?」

うつ伏せ狀態でどうにか顔だけこちらを向く賀集。

〈name:志條 栞 class:學生 cond:臓損傷 Lv:0 HP:1〉

〈name:賀集 景人 class:學生 cond:通常 Lv:0 HP:2〉

【見る】と二人とも危ういじ。とくにまずそうなのは、志條か。

ポケットから端末を出す――が、圏外。上にいるうちに救急車でも呼んでおけばよかったか。

どれくらい猶予があるかわからないし、この場で処置した方がまあ、安全か。

そう判斷し、まずは志條の方へ。

「シカトしてんじゃねぇよ。“なんだ”って聞いてんだ俺ぁよ」

途中寄ってこようとした極悪面を、目を向けないまま【マッパー】で捉えつつ避け、

「あぁっ?」

そのついでに、一足跳びで志條の近くへ。

背後で聞こえた極悪聲は気にせず、屈んで志條へ手をかざし――一応喜連川らには背を向けつつ、

〔醫療〕、〔治癒〕。

「……ぅ?」

そして目を覚ましそうな彼を見て、重ねて〔睡眠〕もかける。

自分がなにをされたのかわからないまま寢ていてもらった方が、々と都合がいい。

「てめっ、チョーシこいてんじゃ、」

また寄って來た極悪面を同様にひょいっと避け、今度は賀集の元へ。

「……」

さっき俺を呼んだような気がしたが、今はもう気絶しているようだ。こちらは〔治癒〕だけを施し、やはり目覚めそうになったので〔睡眠〕で再び意識を落としておく。

〔収納〕、〔醫療〕、〔治癒〕×2、〔睡眠〕×2で、なんだかんだMP10を使い切った。

MPが枯渇したのも、思えば割と久しぶりだ。SPさえ殘っていればこんなやりくりなどせず、もっと手っ取り早い方法が取れたが……あ、ちょっと回復してんなSP。雀の涙程度だが。

「…………」

ちらりと見やれば、喜連川はまん丸目で固まったまま。……人前で魔法を使ってしまったが、向こうからはちょっと変なが見えた程度のはず。なにをしたのかまでは……ばれてないと願いたい。こういう時、一番騒ぎそうな古幸が“cond:気絶”中なのは、今日一番の僥倖かもしれない。

「――ハハッ! ひっさしぶりだぜ。こんなコケにされたのはよぉ……」

ふと気づけば、極悪面怒りの形相。たんに邪魔だから避けたのをあしらわれたと捉えたようだが、そこまでかっかしなくても。見た目の印象どおり、沸點は低いらしい。

「あ~あ大変、ブチ切れちゃったみたい。――おーいノリ君、やり過ぎて殺すのだけは勘弁してくれよ? そこまで行くと、さすがにみ消すの面倒だしさ」

「機嫌次第だなそりゃ。俺の気がすむまで無事でいられる、このガキの頑丈さにでも祈っとけや」

「だめ、やめて……久坂君逃げてッ!!」

楽しげに笑う関矢実習生と、おざなりに応えつつ拳をぱきぱき鳴らす極悪面。

その様子を見て悲痛に訴える喜連川。あんま大きな聲出すな。古幸が起きる。

そんな中、きを見せる者が一人。

「――っ」

「お?」

の注目が俺に集まったその隙を見るように、そいつは兎の如く俺が來たのとは別のドアの方へ駆け、そこを開けて出て行ってしまう。

【マーカー】以外の人表示二つのうち、極悪面でない方だった。賀集同様床にうずくまっていたから人相はよくわからなかったが……そもそも誰だ? あれ。

逃げたそいつに一瞬気をとられ、聲を上げたのは極悪面。

「……逃がしちまってよかったのか? ありゃ」

「ん? いいんじゃない? 彼の一番面白いところは、もう終わったから用無し。警察に駆けこまれたらちょっと面倒だけど……まあないかな。共犯って自覚があるだろうから」

それから関矢へお伺いを立てているが、返ってきたのはさほど興味もなさそうな答え。俺が來るまでになんやかんやあったんだろうが、言うとおりもう終わったことなのだろう。俺もまた、さして興味も覚えない。

「で、てめぇは逃げなくていいのか? ……クサカ? だったかたしか」

「もともとついでとはいえ、顔出しといて今更逃げるのもな」

「? なに言ってやがんだ?」

「や、こっちの話」

「やだ……だめだよ……久坂君まで怪我したら、私……っ」

あらためて、俺の行く手を遮るように極悪面が立ち塞がる。

にしても近くで見ると、でけえな。でかいといえば、なぜか今この場にいない大滝だが、縦にも橫にも奴より一回りでかい印象。

俺と極悪面の格差を目の當たりにしたせいか、弱々しく訴える喜連川に涙聲が混じる。

「アハハ! いいねぇ、うん。なんで來たのかはいまだにわかんないけど、まだまだ面白いのが見れそうで、僕は楽しいよ久坂君! ――あ、ついでに言っとくと、ナイフとか隠し持ってるなら、それでどうにかなるとは思わない方がいいよ。ノリ君の頑丈さは、ちょっと異常だから」

外野から囃し立てる関矢実習生。

學校で見る親しみやすそうなそれとは違い、今の彼はまるで悪鬼のような笑顔。

その様はなるほどたしかに、以前車東が評していた『なかなかの下種』という言葉どおり。

「ちょっとケンカに覚えがあるとか、あるいは格闘技をかじってるとか、そういうのも通用しないと思った方がいいな。いつだったか……なんだっけ? たしかレスラー崩れ數人を一人でボコしてなかったっけ?」

「五人だったな、あんときゃ。っつーかトモちゃん、やる前からあんまビビらせてやんな。ただのサンドバッグになっちまう」

「っと、そうだね。あんまり無抵抗なのも、見ててつまんないし」

見た目の印象とは裏腹に、ずいぶん気心知れた様子の関矢と極悪面。

“車座”の調査によれば、両者はある種利害の一致した関係を築いているらしい。

極悪面が暴れ、関矢が金とコネでみ消す。関矢は極悪面から“暴力による脅しの手段”を、逆に極悪面は関矢から“好き勝手暴れられる場”を、互いにそれぞれ得ている図式とか。

「っつーワケでまぁ、せぇぜぇ気張れや、ヒーロー君?」

「一応確認するが、」

「あぁ?」

「志條と賀集の怪我は、あんたがやったんだよな?」

「? たりめぇだろ。他に誰がいんだよ」

「だよな」

いよいよやる気を漲らせている極悪面に、念のための確認を取っておく。

ここに至って人違いでしたとなると、さすがに気まずい思いをしそうだし。

託はそんだけか? んじゃ行くぜ――」

口の端をつり上げ、獰猛に笑う極悪面。

丸太のように太い腕を振り上げ、巌のようにごつい拳が振り下ろされ、俺の眼前に迫り――

――何分かののち。

「ハッ、ハッ……ッゼェ……ッ」

「……」

肩で息をする極悪面と、その前に突っ立っている俺。

「……は? なん、だよ、これ……」

「――……」

なんかいろいろ悪趣味なのが置かれた壁際には、ぽかんと間の抜けた面の関矢実習生。

別の壁際では、喜連川が再び目をまん丸くしている。涙はすでにひっこんだ様子。

「ふざ、け……フザケんなよ、てめっ……!」

悪態を吐く極悪面だが、息も絶え絶えななせいでいまいち凄みに欠ける。

むしろその疲労困憊な様子に、なんだかもうしわけなくなってしまうくらいだ。

毆りかかってきた極悪面に対して、俺がとった行は至極単純。

ただひたすらに、避け続ける。

そうすることは酷く容易で、【回避】を使う必要すらなく。

(だって、なあ……)

〈name:船 豪利 class:無職 cond:疲労 Lv:0 HP:40〉

【見る】で出てくる極悪面の表示は、こう。

HPこそ“Lv:0”では見たことのない破格の數値ではあるが、結局のところ“Lv:0”だ。今の俺から見れば大人も子供も、それこそ喧嘩自慢でさえ、レベルが無いなら大同小異でしかない。

人間一人が蟻一匹相手に、本気で喧嘩を挑むだろうか。今俺がじているのは、そういう種類の馬鹿馬鹿しさだった。ならいっそ一思いに叩き潰してしまえばいい。最初はしだけそう思ったのだが、喜連川が見ている前でそうしていいのか、俺はふと考えてしまった。

五月の不審者の件で、俺は彼――ひいてはその親友らになんというか、特別視されてしまっている。ここへ重ねてごっついちんぴらを一撃でしたなんて逸話が加われば、それこそ俺はいよいよもってヒーローなどにでも祭り上げられかねない。わっしょいわっしょい。

それはさすがに……という思いから迷いが生じ、結果俺は極悪面――船とやらの拳から咄嗟にを引いてしまった。そのままずるずると逃げ続けて、この狀況に至る。

(……つかどっちみちこれ、一緒なんじゃ?)

大男をぶっ飛ばすのもその拳をひたすら避け続けるのも、どっこいどっこい――それこそ大同小異じゃねえかと、遅ればせながら気づく俺。

「はあ」

相も変らぬ自分の無策ぶりに、俺は呆れて溜息ひとつ。

「! てめぇ、今溜息吐きやがったな……! どこまでナメれば、」

「や、無駄にひっぱって、悪いと思って」

「? なにが――」

それからなにか言いかけた船へと踏みこみ、

だいたい、このくらいか?

「ぉごっ?!?」

適當な力加減で、その腹を押す。

が、

「あ」

々加減を誤ったらしく、思いの外の勢いで吹き飛ぶ筋骨隆々の巨

そのまま背後の壁際の悪趣味な道類に突っ込み、なぎ倒し、盛大に音を立てる。

どんがらがっしゃん。

「ひっ――!」

すぐ脇で起きた慘事に、短い悲鳴を上げ屈みこむ関矢実習生。

まずは一応、完全にびている船へ歩み寄りつつ、【見る】

〈name:船 豪利 class:無職 cond:気絶 Lv:0 HP:1〉

とりあえず死んではいないようだ。けど本當はもっとこう、せいぜいが數歩後退させる程度に留めるつもりだったのに、ぶっ飛ばし過ぎだ。やはりレベルの大幅上昇後はぶっつけで力を振るわず、もっと事前にいろいろ試してからにすべきだろう。そう思う。

でかいしこれくらいは平気だろう、という見誤りもあった。しかも先のからして、俺の一押しは本來なら船の腹をぶち抜くか、最低でも臓全てを破裂させる威力だったろうと思われる。

それでもそうならなかったのは、念のために併用した【手加減】のおかげ。

これも先程覚えた新しいspecial。その効果は“攻撃を非致死、非破壊にする”といったところか。【手加減】してくり出された攻撃はどんなであれ壊せず、またいかな相手であれ死に至らしめない。極端な話、全全霊、渾の一撃だろうとも。

ともかくそんなわけで船は死なず、ゆえに死が消える珍現象を人目にさらさずにもすんだ。さっきの〔治癒〕とかならまだ誤魔化しようがあるが、そちらはさすがに……いや誤魔化せっかな? どっちにしろ。

……まあなるようになるか。

「んで、」

「ひぃっ?!!」

「期待どおり、面白かったか? それともまだ他に、なんか余興の仕込みでも?」

「うっ……うえの、連中が、だまって、」

「? 地下一階(うえ)には誰も――いや、いねえってことはねえが……いややっぱいねえか」

船の生存確認を終え、今度は関矢の方に向き直る。仲間――というか手下? の存在を臭わせる口ぶりだが、現狀上の店には座間と瑞野の死があるだけ。

関矢が言う奴らは、たぶん座間らが殺したのだろう。白いのとのどんぱちが始まったせいで逃げたという可能もあるが、どちらかといえば前者の方が無理がない流れの気がする。

まず店にやって來た座間らが関矢の手下を皆殺しにし、その後どういうわけか白いのがやって來て殺し合いに発展した……順序としてはこんなじか?

「……ま、まさか上の連中も、きみが……」

「いや違うけど……まあどっちでも、どうとでも思え」

関矢の呟きを否定しようとし、どちらでも同じかと思い直しぞんざいに返す。

それからしゃがんで、腰が抜けたそいつと目線を合わせ、

「ひぃいっ!! ぼ、僕も毆るのかっ? そんなこ、ことしたら、ぱ、パパが黙って――」

「知らねえよ」

「!!?」

詰め寄って【威圧】

「言いつけるなりなんなり、すりゃあいい。それで俺をどうにか出來ると思うんなら」

「ひ、ぃうぁ……あ――ッ!?!」

そのまま數秒か、十數秒かそうしていると、

「――ひぃひ、ひゃぁああッ!!!」

堪えかねたらしい関矢はおぼつかない足取りながらも、逃走。

誰かさんが逃げたのと同じドアにすがりつき、もどかしくも開けそのままそこから出て行く。

その際彼のズボンが濡れていたように見えたのは、まあ見なかったことにしておこう。

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