《現実でレベル上げてどうすんだremix》とくにどうもしない

「…………」

怒濤のような展開を前に、暁未はただ唖然としていた。

と親友たちの危機的狀況を、まさに鎧袖一に解決してしまった當人は、

「逃げちまった……けどいいか、その方が」

しかし悪漢を打ち倒したことへの清々しさも、またその手柄を誇るような素振りも見られず。

むしろ実につまらなさそうな、あるいはなんとなく居心地が悪そうな、

もしくはその両方が混ざったような、なんともいえない表で呟いている。

久坂厳児。

奇妙で摑みどころのない、

暁未が今まで出會った誰にも似ていない、クラスメイトの男の子。

「大丈夫か?」

「あっ、え、わ、久坂君ちか、じゃなくてっ……うん、だいじょうぶっ。私は大丈夫だから、その……っ」

いつの間にか、気づけば目の前に久坂の顔。

すぐそばまで來てしゃがみこみ、暁未の顔を覗きこむようにして問いかけてくる。別に瞬間移したとかではなく、彼は普通に歩いてこちらまで來ただけ。それでも呼びかけられるまで反応できなかったのは、その間ずっと彼を、ぼうっとただ目で追っていたから。

暁未は驚き慌てながらも、久坂の問いかけに応える。

それから彼を見つめていたことを再認識し、知らず頬が熱くなるのを自覚。

顔が赤くなっていやしないか。そんなことも気になって、ますますつのる気恥ずかしさ。

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それを気取られたのかはわからないが、久坂は半歩下がりあらためて向きなおる。

(あ……)

彼との距離が離れ、し殘念に思う暁未。

けどそうじるのは、いったいどうして?

思わず久坂から目を逸らし、その視線が泳ぎ……

「それよりそのっ、さっきのは……?」

「ああ」

ややあってから取り繕うように、彼の口から出たのはそんな問いかけ。

そう言いながらあらためて思い起こされる、先程の展開のそこかしこに見られる不可思議さ。

「あの大きな人、すごい勢いで吹き飛んでたし……その前にもその久坂君、攻撃とか全部、ひょいひょいって避けちゃってたし……」

暁未は知っている。

親友の一人である志條栞。一見小柄でらしいが、ああ見えて彼はかなり強い。的には、一対一なら並の人男ではまず相手にならないくらい。

加えて、賀集景人。彼の運神経といざという時の思い切りのよさもまた、暁未の知るところ。

そんな栞と景人の二人がかりで手も足も出なかった、あの強面の大男。

その猛攻を、なんの苦もなさそうに避けきった久坂。

間違っても、強面が鈍かったわけではない。むしろそのきは巨に似合わぬ俊敏さだったと、傍目にも見てとれた。

なのに久坂は強面の拳も蹴りも、そのにかすらせもしなかった。

そしてそれだけなら、久坂がじつはものすごいのこなしを持っていた――それだけでも驚異的なのに変わりはないが――というだけの話で終わる。

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だが長二メートルに迫りそうな大の男を一撃であれだけ吹き飛ばすのは、

じつは久坂が凄い力持ちだった……

はたしてそれですむ話だろうか?

「よく見たらしおちゃんも、もう苦しそうにしてないし、景人君も……」

奇妙な話はそれだけに留まらない。

久坂はここへ來てまず、倒れた栞と景人の容態を看るようにそのそばへ屈みこんだ。

そしてそれ以降、二人の様子はただ眠っていると言っていいほど安らかだ。苦しげにいたりしていないどころか、顔に負った痣なども消えているようにすら見える。

それに久坂が屈みこんだ時、なにか不思議なや音を発していたような気も……

「ああ、っと……だな、喜連川」

暁未の呟きと思考を、さえぎるような久坂の呼びかけ。

彼の珍しく困ったような表を、暁未は新鮮な気持ちで思わず見る。

「そのへんの諸々はまあ、詳しく聞かんでくれるとありがたい」

「……」

「ついでに古幸らにも、俺がなにしたかについちゃ黙っててくれると、重ねてありがたいんだが」

「……」

「頼めねえかな?」

次いで切り出される、こちらも珍しい久坂からの申し出。

珍しいどころか、彼がこうして誰かに頼みごとをするのを、暁未は初めて見たかもしれない。

つまりその、近で初めての相手が、私……?

「やっぱ駄目か?」

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「――あっ、ううんっ、そんなことない! 大丈夫! ええとつまり、緒、ね……?」

「ああ……まあ」

ふと浮かんだ妙なフレーズを頭を振って追い出し、

それから暁未は了承の意を伝えるため大袈裟に頷く。

それを見てし面食らった様子の久坂だったが、それ以上の追及などはなく。

こういった彼のこだわらなさは、時としてありがたい面もあるのだな、と思う暁未。

「……ん、ぅ?」

「あ! さっちゃん気がついたみたい。大丈夫? 痛いところとかない?」

々騒がしくしたせいか、柚が暁未の腕の中でじろぎ、やがてうっすらとその目が開く。

そのをやんわりと抱え直しつつ、暁未は柚へ大事ないかと呼びかける。

「んぁれ? あけみんと、久坂くん? ……ん? 久坂君?」

「そっちは大丈夫そうだな。んじゃ、あの二人も起こそう。そしたら通報なりなんなりして、この場は終いだ」

「……なんだかいつの間にか助かっちゃったみたいだけど……そもそも、なんでここに久坂君が?」

「え、ええーっと……」

柚が起きたと見るや否や、立ち上がり栞たちの方へ歩いていく久坂。

その背を見やりつつ、まだはっきりしないらしい頭で柚が首を傾げる。

そう、久坂がこの窮地に現れたこと。

思えばそれこそが、最も大きな疑問だった。

「たまたまだ、たまたま」

週明け月曜の晝。

昨日あの場にいた理由を聞かれ、俺が返した答えはこう。

「つまり……その建の近くにたまたまいた久坂が、ちょうどたまたまそこから出てきた不良らの話を耳にし、それで念のため様子を見にった、と?」

「おおまかには」

加えて言った適當な説明を、大滝が要約してあらためて口にし、それにも適當に頷いておく。

昨日いなかったこいつもそうだが、気を失っていた古幸らも、そのへんの顛末は知らない。のらくらはぐらかしているうち通報により警察も駆けつけ、割とごたごたして説明する暇がなくなったからだ。

「……」

「なんだよ」

話を終え晝食に戻る俺へと、じっと注がれる視線。

「……ホントぅ? ホントはな~んか隠してなぁ――いったあッ?!! なんでデコピン!?!」

「顔が近(ちけ)え」

「そんなりゆっ、ぁあっ?! 待って、ちょっとこれヤバい! あたまわれるぅっ!!」

その主、もはや定位置と化した正面の席からを乗り出すように覗きこんでくる古幸の額を(常識の範疇で)強めに弾く。一応【手加減】も込みだから、萬一にも割れる心配はない。

話したとおり、古幸らが気絶していた間の出來事に、俺はほとんど関與していない――

そういうことにしておいた。

いわく、関矢や船とその手下、そしてあの場にいたもう一人、青山というらしい古幸の部活の先輩――それらの連中の間で、不明な理由の仲間割れが発生。めは荒れに荒れ、その結果関矢と青山は逃走。そして闘のすえ船は気絶。殘りの手下らは逃げた者を追ったか、大きくなった騒ぎを恐れたり嫌気したりして退散。

そしてほぼもぬけの殻となった地下に、騒ぎを訝った俺がのこのことやって來たと、そんな流れ。

もちろん、このやや無茶な話を押し通すためには口裏を合わせる相手が必要であり、

「で、でもほんと、一時はどうなることかと思ったけど、無事でよかったよね、みんなっ。……っていうか、大丈夫? さっちゃん」

「だいじょばなぃ……デコピンの衝撃じゃないよぅこれぇ……」

その役を擔ってくれたのは、他ならぬ喜連川。

あの場で気を失っていなかった、事態の唯一の目撃者であり、日頃の態度から皆の信頼も厚い彼。その口から出る証言ならば、多荒唐無稽でもある程度の納得は得られようもの。

そして口裏を合わせてくれたということはつまり、同時に俺の所業についても黙っていてもらえるわけで。

「――」

喜連川からの「わかってる。これでいいんだよね?」というじの視線。知らず溜息を吐きそうになるのは、それが今に始まったことではないから。今日はもう何度もそんな視線を送られていて、平時より明らかに彼と目が合う機會が多い。さすがにあからさまでばれやしねえかとも思うが、そのへんの追及は今のところ、古幸らからはない。

「……まあしかし、災難だったな、皆。俺もその場にいたら、狀況もしは違っただろうか」

「あまり変わりなかった、と思う。多格や技で、どうにかなる相手じゃなかった、あれは」

「そうか……。けど、俺も元々荒事はからきしだし、助かった――というのは不謹慎か?」

「いや、あんなこと、巻きこまれないに越したことはないさ」

皆を労い、加えて言う大滝に靜かに返すのは志條。それに応じつつ彼がつけ加えた軽口めいた言葉に、こちらも軽めに返す賀集の様子は、しかしやや悄然としていて。

今日のこの三人は、あまり調子が上がらない様子だ。志條と賀集は友人の助けになれなかったことを、大滝は一人だけ安泰だったことを、それぞれ悔いているのだろう。

「ぅう……そういえばしおりん、カゲト君、二人とも怪我は大丈夫だったんだよね?」

「今は柚のが重傷そうだけど……まあ、うん。そうだな」

「むしろ不自然なくらい、どこも痛めてなかったって」

額をさすっていた手をようやく離した古幸が、志條と賀集に怪我の合を訊ねている。

昨日は警察からの軽い聴取もあったが、けたのは俺と喜連川だけ。志條と賀集は病院での検査が優先され、聴取は後日という運びになったらしい。

その検査の結果は異常なし。

同時にそれは、魔法の効果に醫者が太鼓判を押したということでもある。期せずして魔法の有用をしめしてくれた二人に、なにか謝禮するのもいいかもしれない、と気まぐれに思う。

「でもよかったよーホントたいしたコトなくて。橫で見てて死んじゃうかもって思ったし」

「すぐ上の階ではその……“例の事件”もあったんだろう? そう考えると、つくづく幸運だったんだな、皆」

ほぅ、と安堵の息を吐く古幸。

次いでやや聲をひそめて大滝が口にした“例の事件”。

言うまでもなく、“切り裂きキラー”の案件だ。表現をぼかしたのは、周囲に知られて変に騒がれないようにという配慮だろう。

地下一階の店にあった座間と瑞野の死には、警察も喜連川達も驚かされたようだった。

俺も同様その場では驚くふり――つまり知らないふりをした。必然警察への証言でも、俺が來た時店は無人だったということになり、白いのの犯行はそのあとということになってしまった。

もちろん事実とは齟齬があるが……大丈夫だろうか。殺害時刻が分単位で割り出せるとなれば、俺は怪しまれることになるが……

まあいいか、と。じつはさほど気にしていない。なるようになれだ。

それから數日。

「……こんなもんか」

その日の放課後も、俺はまたあの廃工場に來ていた。

レベルが上がった翌日から通っていて、今はひととおりの検証を終え、一人頷いたところ。

しかしここも、もうすっかり馴染みの場所だ。そう思う俺の前に広がる景は、最初に來た時より確実に、若干荒れている。それもひとえにmagicやspecial、あと素の能力などを試すため、結構あちこち壊してしまったからだろう。

酷いところでは、コンクリ壁に人が余裕で通れるほどの大が空いている。現狀素手で出せる威力はどのくらいのもんかと、つい先日試した結果だ。一応special込みの威力ではあるが、なんにせよすでに人間に向けるような代ではなくなっているのは確か。

人間離れついでに、ここへ來るまでにかかる時間もだいぶ短くなった。単純に足が速くなったのもそうだが、〔消音〕と〔影無〕のおかげで人目を気にする必要がなくなったのが大きい。律儀に歩道を通らずとも、車道に出て車と並走してもいいし、なんなら道路を通らなくてもいい。建一階分の高さなら跳びつくのも容易なので、塀やら屋の上なんかも選択できる通り道の一つだ。……なんだったかああいう、妖怪みたいな題名の映畫が昔あったような。たしかこう、食品宅配サービスみたいな名前の、そういうスポーツがあるんだったか。

もうだいぶ日常離れというか、現実離れしつつある俺の力。

そんなものがあるわりに、俺自の生活自は、レベルが上がる前とさして変わっていない。寢て起きて飯食って學校行って……以前どおりの反復を、とくに変えようとも思っていない。

おかしな力があるのだから、どうせなら特別なことをしてやろう。

そういう気概は、俺にはないのだろう。それこそあの“車座”のように正義の味方になってやろうとか、あるいはそこから離反した連河らのように金持ちや偉い人に取りろうとか、やろうと思えばやりようはいくらでもある。

それでもそうしないのは……まあ、面倒だからというのが正直一番でかい。

なにをするにしても結局は、他人と関わらなければならないという點が面倒だ。

なんやかんや流れで喜連川らとは関わるようになってしまったが、逆にそれで手一杯ともいえる。

人間関係……學校の様子も先日の件以降、多変化している。

まずなにより関矢実習生が、実習生でなくなった。任期を待たずして學校を去り、風の噂では親に見限られたとも、學籍を取り消されたとも。警察にしょっぴかれたかどうかまで聞き及んではいないが、そもそもわりとどうでもいいので詳しく知ろうとも思わない。

その親が“車座”の言っていたように、本當に悪徳議員だったかも俺はよく知らない。知らないが、市民の支持を大きく落としたと先日地方局で報じられていたのは見た。息子の風聞が広まって、とかなんとか。

その風聞は當然というのか、Q北高にもかに広まっていて。一年の噂の人が餌食になったとか、なりそうになって寸前に助けられたとか、その助けた奴がやはり一年で噂の男子だったとか……

ここまで聞けばわかるように、俺は噂の対象から外れている。あの場に俺がいたことを知るのは、校では喜連川達だけだからだ。そもそも俺の存在自、校で知られていないのもある。

例外として一人、俺がいたことを知る者はいる。

しかしそいつが自分から口を割ることは、まずないだろう。

その生徒の名は青山悠希。當時あの場にいて、顔もよく見ないうちに逃げていった奴。名前を出されてもぴんと來なかったが、以前放課後に絡んできた先輩だと古幸に聞き、ああ、と俺も思い出せた。あの気の毒な目に遭わせた先輩か、と。

加えて聞いた話によれば、どうもあの件は青山と関矢の共謀というか、関矢が青山をそそのかして起こしたものらしい。その機については、古幸の態度を見ていればおおかた察しはつく。

彼が罪に問われたかについても、やはりよく知らない。

が、なくとも部活には出て來なくなったと、古幸は話した。

『ヘンな噂広まっちゃったから出にくいのかもね~。いやぁ、いったいどこかられたのやら~』

いけしゃあしゃあと、そんなことも。

意外といい格をしていやがる。

「……帰るか」

いろいろ思い返してぼうっとしていたのに気づき、俺はあえて口にしてそうする。

行きはよいよいで來たが、帰りは姿も隠さず普通に歩くことにする。

そこまで遅い時間でもないので日は高いはずだが、ここのところ多い曇天のため明るさはない。

思えばもう梅雨にる時期で、それが明ければ夏。あるいはしばらくは、廃工場(こちら)へ來る機會もなくなるかもしれないと、なんとなく思いながら、ちんたら歩く。

「……」

思えばこのひと月、わりかしいろいろあった。ひさしぶりの騒がしさ、というか。

そのすべての起點は言うまでもなく、“人を殺すとレベルが上がる現象”だろう。

この現象がなんなのか。

なぜ俺に起きたのか。

考えてわかるものでもないと、わかっていながらやはり時折考えてしまう。

しかしそうしてしまうのも結局のところ、

「基本的に暇だからだよな。俺が」

格好の暇つぶし。

なくとも俺にとってこの現象は、それ以上でも以下でもないものだった。

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