《現実でレベル上げてどうすんだremix》恨みのっこ
ともあれ、一階左廊下、一番端のドア。
久坂が無言で手をかけノブをひねれば、はたしてそこは問題なく開き――
「……」
「ッ……暗い、ね」
その向こうは、無明。
いや、よく見れば階段が下へと続いているらしいが、數段より先はまったくの闇に呑まれている。
「電気のスイッチ……は、あるわけないよね」
「いやあるだろ、懐中電燈」
「おっとそうだった」
ドア付近を手探ろうとしたところで、久坂に指摘され気づく柚。小型だがなかなか強力な懐中電燈――肝だめしのために用意し、この狀況下でも手放してはいなかったそれは、しかし屋敷全がなぜか薄明るいおかげで、今まで用をなさなかったもの。
早速とばかりにスイッチをれ、ドアの先へと向ける柚。
が、
「!? が……」
電燈が階段を照らすことはなく、
そのはまるで暗闇に吸いこまれるかのように、ドアのし先で途切れてしまう。
「またなんつうか、つくづく超常現象だな」
隣で心したように、いやむしろ呆れたように呟く久坂。本當に徹頭徹尾じない男の子だが、それがやはりこの狀況下では頼もしくもあり、自分ばかり揺しているようでし憎らしくもあり。
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いきなり抱きついたりなんかしたらさすがに揺するかな? などと、
ちょっぴりよこしまなことも考えつつ、柚が橫目で彼を見やれば、
「……ん? なあおい、あそこ、なんか見えねえ?」
不意にそんなことを言いつつ、暗闇の奧を指差している。
し距離がまったことにややどぎまぎしつつ、その指の先へ目を凝らす柚。
けれども見えるのは、ただの暗闇。視力はいい方なのになあ、とさらにそちらを注視すれば、
「うわ!?」
直後、急に明るくなる目の前。
それこそ蛍燈でも點けたかのような変化に、彼は思わず聲を上げてしまう。
そうして見えたドアの先は、案の定下りの階段。
さらに先には短い廊下が続き、その突き當り左の壁にはまたドアがあるらしい。
けどどうして急に明るくなんて……などと思いつつ視線を巡らせれば、
目に留まったのは天井。
そこにはまさしく照明のように、白くる球がいつの間にか浮いていた。
ふわふわと。
「……なに、あれ」
また思わず、というじで柚は呟く。
ぱっと見それは、ただの照明のよう。
しかしその実コードも支えもなく、本當にただ浮いているようにしか見えない。
もう何度目かという不思議現象。そのたび彼は揺したり唖然としたりしてしまうのだが、
「さあ? けど好都合だろ」
久坂の方は、やはり相変わらず。
軽く流して先へ進もうとしてしまう。
(まあたしかに、いまさら驚くことでもないかもだけど……)
外へ出られないことや幻覚なんかよりは、なくともだいぶ穏當な現象。むしろ彼の言うように都合はよく、暁未の狀態も鑑みれば、うかうかしている場合でないのは確か。
そう思いなおし、柚もまた久坂のあとに続こうとし、
(……そういえばドア開けたのに、幻覚見なかったな)
ふと遅まきながらそのことに思い至った、
その矢先。
~~~
どうして?
どうして、こんなことになったの?
彼に突き飛ばされ、廊下の床に這いつくばったわたくし。
そんなわたくしを、冷ややかな目で見下ろした彼と、その友人たち。
そして彼に抱き寄せられ、寄り添っていた彼。
あたかも悲劇のヒロインのように、その両目に涙を湛えていた、彼。
どうして?
いったいなにが起きたのかと、混するわたくしに、
しらばくれるなと言わんばかりに、その理由を語ったのは彼。
いわく、
自分たちの目の屆かないところで、わたくしが彼に酷い仕打ちをしていたのだと。
傍目には仲睦まじくふるまいながら、
しかしその裏で、わたくしは彼を、憂さを晴らすための道として扱っていたのだろう、と。
これがその証拠だ、と、
彼は彼の袖をまくり上げ、
その下から覗いたのは、うっすらと殘る火傷の痕。
けれどもわたくしは、混を増すばかり。
だってそれは、
料理を教わったあの日、貴自がうっかりつけた傷跡ではないの?
そう思って彼の顔を見た、その瞬間、
わたくしは悟ってしまう。
嵌められた。
彼の方こそが、笑顔の裏でわたくしを陥れようと企んでいた。
その口元に一瞬、かすかに浮かんだ暗い笑みを見て、
わたくしはそれを思い知り、まるで魂が抜けたかのように力し、うなだれた……
それからどうやって帰ってきたのか、よく覚えていない。
學校の廊下で起こった斷罪劇。
はたから見ればきっと稽だっただろう、悲劇。
失意のまま幽鬼のように歩き、
我が家へ続く林道に差しかかったのに、ぼんやりと気づいた時。
不意に、
藪から現れる數人の男。
わけもわからぬまま木に引きずりこまれ、その場に引き倒される。
取り囲まれ、のしかかられ、
いたい。
やめて。
いたい。
きもちわるい。
いたいいたいいたいたいたいいたい。
どうして?
どうしてこんな、ひどいことをするの?
どうしてこんなことになったの?
ふいに、
かのじょと、そしてかれのなが、
おとこたちのくちからもれきこえたようなきがした。
ならばこの、いたくてきもちわるくてひどいしうちも、
かのじょと、かれらのせい?
どうして?
どうして?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてころしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?
ゆるさない。
■
出し抜けに、かん高い悲鳴。
背後の古幸が上げたものだととっさに気づけないほど、それは常軌を逸した響きで。
なんだどうしたと、俺が振り向くのと同時に、
「――ッ!」
不意打ちのように、
必死の形相で、古幸が抱きついてくる。
ぶるぶると、全が震えている。
著されるとあらためてわかるのは、その小柄さ。
下りの階段を先行していたせいか、しかし今は互いの頭がほぼ同じ高さにある。
真橫の、耳元に聞こえる、すすり泣くような音。
いや実際、泣いているのか。
先程話に聞いた、幻覚とやらでも見たのだろうか。一見幸せそうで、なんとなく不穏なじ、だったか。先に穏やかな場面を続けて一気に落とすとか、ホラーならたしかにありえそうな趣向ではある。
つまり明らかな意図をもって、この元兇は古幸に幻覚を見せている。
かちゃり、と。
背後で聞こえる四度目の音。
先に見えていた扉が、開いた音に違いないだろう。
そして【警戒】の覚からして、元兇はおそらくそのすぐ向こう。
ひとまずそちらへ向こうべく、古幸をひっぺがそうとしたのだが、
「~~ッ」
いやいやをするように抵抗された。
もちろん力ずくならば、振りほどくこと自は簡単。
「だめ……行っちゃ駄目だよ久坂君ッ……そっちにいるの本當に、あぶないやつだから……!」
けどそうする前に、古幸が発したのは警告。
消えりそうなその聲は、耳元で囁かれていなければ聞き取れなかっただろう。
「……流れこんできたの。アタシの中に、あの人の思いと、苦しみ……。……痛くて、酷くて、っあんな目に遭って、すべてを恨んで、壊れて、閉じこめられて……あそこに行ったら久坂君も、きっと同じ、ううん、もっとずっと、酷い目に遭う――」
俺を行かせまいと、必死に言葉を紡ぐ彼。
必死さゆえか、縋りつく腕にも徐々に力が込められ――
『――こんな、ふうにッ!!!』
かと思いきや、いきなりき、その両手が俺の首に回る。
ぎりぎりと、締め上げるように。
『し、ししししね! わたくしをくるしめるものっ、みなみなみなみな――っ!!』
「……」
変聲機でも使ったかのような聲音の古幸。
眼前には憎悪に満ちたような形相。
普段ならまずお目にかかれないだろうその表は、まるでなにかに取り憑かれたかのよう。
……というか【見る】と本當に“cond:憑依”となっている。
乙にあるまじき悪鬼の形相で、俺の首を締め上げにかかる祟られ古幸。
しかし、
『――ッ? なに? この……まるたみたいなかたさは――っ!?』
じつは現狀、まったく苦しくない。理由は単純に力不足だろう。
もっとあけすけにいえば、ステータスの差か。両手指を必死に食いこませようとしている古幸は、おそらく悪霊(?)によっての限界以上の力を引き出されているのだろうとは思われる。
しかしそれでも、俺の首を締め上げるには全然足りていない。やあ、つくづく人間離れしたなあと、しみじみ思ったり。
『ぐっ、うぅ……っ、なぜっ? どうしてッ?! どうしてどうしてどうしてなぜわたくしのちからもこのおもいも、あなたにはとどかないのぉっ――!!』
憎悪の形相に混じりだすのは悲嘆。
そこには俺に無関係かつどうでもいい事が、なにやら垣間見えるような気もするが。
『――くぅっ!』
不意に口惜しそうなきとともに、首にかかっていた力がゆるむ。
「――っ」
「っと」
どうやら古幸は気を失ったらしく、両手どころか全力しこちらにしなだれかかってくる。
それを抱きとめ、そのまましゃがみひとまず階段に座らせておく。ごく控えめと思っていたが、正面から著すると案外らかいのだな、などと余計な理解も得つつ。
「さて」
ふり返るのは階段の先。首絞めと同時に古幸に重なっていた【警戒】のじが、今はあの扉の向こうへと引っこんだじになった。
つまりそこに、間違いなくいるのだろう。
この出來の悪いホラーもののような狀況の、元兇が。
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