《現実でレベル上げてどうすんだremix》遊ぶ學生、難儀する公僕
「――さて、それじゃあボクも、そろそろ調査の方に戻ろうかな。マルチタスクが可能とはいえ、作業の手は多いに越したことないし」
踵を返し、立ち去ろうとするミコト。
「なにか新しくわかったら、またその時訪ねていいかな? ――あ、事前に連絡とかれた方がいい? いきなりで驚かせて、また刺されるのもゴメンだし」
しかしそのまま一回転し、再びこちらを向いて歩み寄ってくる。
「また? 刺される?」
「あれ、忘れちゃった? 前回のキミへのアプローチの時」
「前回……? ――ああ」
なんのこっちゃ、と首を傾げる俺へ、向こうもまた首を傾げつつ、すぐ側まで。
そうして問われ、ようやっと俺は先程の既視の正に思い至る。
そうだった。最初とあと、槍男の時だったか。
レベル上昇のしあと、正不明の緑が現れたことがあったか。あの時はなんかわからないごちゃごちゃだったが、言われればたしかに、合いも大きさも同じくらいだったような。
「なんつうか、悪かったな」
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「いえいえ。あの不安定な狀態じゃ、刺されても痛いとかないし。びっくりして接続は切れちゃったけど、そもそも無理に繋ごうとしてたのは、ボクの方だから」
一応謝るが、向こうももともとさして気にしていなかった様子。
ふと思う。
ここにいるこいつは、実として存在しているわけではないのではないか、と。
口ぶりがそんなじだし、俺の持つ力が通じないのもそのせいな印象がある。
「ではあらためて。またね、厳児くん」
再びくるりと背を向け、最後にしこちらを振り向き、笑顔を見せ、
次の瞬間ミコトは、現れた時と同様、忽然とその姿を消す。
「……」
その場所をしばし見やり、
それから一つ息を吐き、頭を切り替える。
そして視線を手元へと戻す。そもそもここへは、新しく覚えた力を試しに來たのだ。
さて、現在俺の前方には、じつは二つのボードが浮いている。
一つはお馴染みのステータスボード。
そしてもう一つは〔結界〕使用時に出てきたもの。
【マッパー】同様、〔結界〕にもそれ用のボードがあるわけだ。
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ステータスのそれよりし小さく長辺が短めなそのボードは、二つの表示ウィンドウからなる。
一つは上部。面積の半分以上を占める大きさのそこには、現在展開されている〔結界〕と、その領の地形が投影図でしめされている。ワイヤフレームの簡素な3DCGのようなそれは、任意でぐりぐりとかすことも可能。
もう一つ、下部のウィンドウは橫長で、數行のテキスト表示からなる。
書かれているのは〔結界〕の寸法と、かけられている出り制限、その條件。
現在の制限は、俺以外の他者の出り、俺の姿の可視、それから外部への音の伝達。
〔結界〕の境界まで近づき、腕だけ外に突き出してみる。
「おお」
するとまるで腕が消えたように見えなくなる、なんとも奇妙な景が。
〔結界〕の外からだと腕だけが浮いているという、また別の妙な景が映るだろう。
ふと思い立ち、腕を戻す。
それから〔結界〕の制限を、俺を含むすべての者の出り不可に変更してみる。――あ、MP減った。どうやら制限の変更は行使一回と同義なようだ。ちなみに〔結界〕の消費MPは、24。
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ともあれ、この狀態で再び腕を出そうとすると、
「む、変な覚……」
ちょうど境界面のところで、手が止まる。
れている覚はなにもないのに、なんとも妙なじだ。
両手でれ重をかけて押してみても、やはりちっとも進んでいける気がしない。
「……」
一旦離れ、
「ほっ」
今度は思い切り拳を突き出す。つまり、毆る。
しかしそれもまた、境界面でぴたりと止まる。
はもちろん反すらもなく、あたかもすべてのエネルギィがそこで失われたかのよう。
このじはそう、先の“幽霊屋敷”の開かずの扉に似ている。
つまりあれも、〔結界〕と同系統の力だったのだろう。
時空干渉系とか、さっきミコトが言ってたか。
「ま、とりあえず次か」
〔結界〕の検証はひとまず終えて、別の力へと移る。
まだまだいろいろあるが、次に試すのは【霊召喚】
文字通り、霊を召喚するらしい。
じつは〔結界〕を最初に使ったのも、これのためという面はある。“霊”とやらがどんなものかわからない現狀、人目にれる可能は極力減らしたかったのだ。
……あ、霊の可視も制限しとかねえと。MPがもりもり減るな。
ともあれ、【霊召喚】と念じれば、
「!」
目の前に現れる、大きな火の玉。
〔火炎〕より一、二回りでかい、これが霊なのか?
そう思った瞬間ぼふん、と炎の中から黒い何かが飛び出て、
くるくる、べたん、と著地し――
「――よう! はじめましてだな、兄弟!」
顔を上げ、気に喋りかけてきたそいつは、
オオサンショウウオの形(なり)をしていた。
「……」
「まずはあんた、オレに名前をつけちゃくれないか? 呼び名がないのは不便だし、それにこれは、ある種の“契約”でもある。ほらオレ、霊だから。なんかそういうのって、それっぽいだろう?」
形自は図鑑などで見たことあるそれだが、はだいぶ鮮烈で、黒地に赤の斑という有様。
そして喋る。
聲変わりしたかしないかの年のような聲で、喋る。
……〔結界〕使っといて正解だった。目撃されたら拡散待ったなしだな、これ。
「おーい、聞いてるかい?」
「――ああ、なんだ、名前だったか?」
「おうさ! イカすのを頼むぜ、ビビッと來るヤツ!」
親指を立てるような乗りで、毒々しげな舌を出すそいつ。
しかし、名前か。あいにく久坂家にはなどがいたことがなく、ゆえにそういうのに名前をつけたりする機會も今までなかった。あるいは昔しやったRPGとかも、キャラクタの名前はデフォルトですましていたし。
さて、どうしたもんか……
「じゃあサンショで」
「即決?! ……いやまあ、オレはあんたの力だから、拒否権とかそもそもないんだがね……」
などと深く考えず、ぱっと思いついたまま口にする。
適當な決定になにやら思うところがありそうだが、どうも使役側の意思には逆らえないらしく、不承不承というじで了承された。ネーミングセンス皆無の奴に召喚された者の悲哀か(他人事)。
「おっと?」
――status――
name:サンショ
age:― sex:M
class:火の霊
cond:通常
Lv:80
EXP:― NXT:―
HP: 6/ 6
MP: 4/ 4
ATK:409
DEF:399
TEC:153
SOR:349
AGL:303
LUC:Normal
SP: 2430/ 3240
――magic――
〔加力〕〔瘴毒〕〔蘇生〕〔焼鉢〕
――special――
【火舌】【毒漿】
【火屬吸収】【水屬弱點】【木屬活】
【溫帯】【隠行】
不意に目の前、俺のステータスボードのすぐ右に、新たなボードが出現する。
その表示からして、目の前のそいつのものに相違なく。
「……ま、ともあれこれで、オレも立派な兄(あに)さんの相棒(サイドキック)ってヤツさ。コンゴトモヨロシク頼むぜ!」
「あにさん?」
「オレなりの親しみと思ってくれ」
「まあ、いいけど」
這いより、前肢で俺の靴先をぺちぺち叩く霊――サンショ。
ボードによると“火の霊”らしい。たしかに合いはそれらしいが、両生類なのに火? ……あ、サラマンダーというやつか。それならまあ、むしろらしいのか……?
「てかなんかこれ、HPとMPおかしくねえ?」
「ああそこはな、兄さんとはちっと事が違う、霊(オレたち)ならではのトコなのさ」
いわく霊がダメージをける場合、減るHPは一律1で固定。
そしてmagicも、どれを使っても消費MPが1らしい。
「要は魔法を使えるのは四回で、六回の攻撃までなら耐えられるってことか」
「DEF(ディフェンス)で耐えれる攻撃なら0(ノーカン)だけど、ともあれ、わかりやすいだろ? ただ見てのとおり、ほとんどの霊には“弱點”がある。その屬の攻撃を喰らうと一発KOだから、そのへんは頭にれといてくれな」
「……なんかさっきから、お前の他にも霊がいるみたいな口ぶりだな」
「おうとも! 全十種、シークレット三種だぜ」
「ガチャガチャか」
なんとも、思った以上に多彩というか、機嫌なspecialのようだ。
けど普段の生活でまず必要にならない力である點は、今までのものと同じともいえる。本當にいったい、これ(・・)の製作者はなにを考えてこんなものを創り、浮世にばら撒いたのやら。
「どうする? SP盡きるまでガチャ回してみるかい? ダブりは出ないからあと三までご対面できるぜ?」
「……言われてみりゃ、SPすげえ減るなこれ。800くらいか?」
「正確には25%な、最大値の。ついでにSPについては、オレたちも共用。けど“吸収”や“活”のスペシャルでゲージ回収が出來るから、上手くやれば兄さん一人の時より効率いいかもだぜ。……ん? どした、兄さん」
ふと、まるっきりゲームの會話だなと気づき、知らず溜息一つ。
そんな俺を見上げるのは、やはりまるっきりゲームのモンスター的な存在。
そんなのと會話している稽さもふくめて、
返すがえす、変な領域に足を踏みれているなあ、と実。
「……おーい、どーすんだよー兄さん? ガチャる? ガチャらない?」
「ん、ああ、そうだな……今日はいいや。休みもまだあるし、そのへんはおいおい」
「そか。了解(りょーかい)だ」
「それより、」
「?」
「ちょっとどつき合うか?」
足元の天然記念然とした姿を見やり、ふと思う。
実際こいつがどれくらいの強さなのか、試してみてもいいかもしれない。
「お、そう來るか! 霊ん中じゃ割と戦闘寄りのオレの力、とくと見せてやるぜ!」
「いや別に、そういう乗りでもねえんだけどな」
というわけで言ったとおり、サンショとどつき合いを始め――
數分後。
「……なかなか、やるじゃねえか。燃え盡きたぜ……がくっ」
「なんか、悪(わり)い」
つい止めを刺してしまった俺と、
その足元でそう言い殘し、ぼわっという炎とともに消えてしまうサンショという構図に。
霊のパラメータは俺の四分の三くらいらしいので、當然の結果といえばそうだが。
ちなみにEXPはらなかった。むべなるかな。
◆
Q県警察署、生活安全課の一角。
「――じゃあなんです? いまだに手がかりひとつ見つけられてないっていうんですかっ?!」
「本當に、もうしわけありません」
応接セットを挾んだ向かいの相手へ、平低頭に詫びているのは強田(こわだ)という同課の警部補。
そんな彼の態度にも溜飲が下がらないのか、相手の中年は眥をつり上げ、なおも聲を荒げる。
「もう二か月も経つんですよ!? なのになんの進展もないなんて、いったいなんのための警察なんです?!」
「すべて我々の、不徳の致すところです」
「謝るだけなら誰だって出來るのよ!」
非難する中年と、それにひたすら謝る強田という構図はその後も続き……
「……はぁ」
「やっと帰りましたね、あのおばはん」
數分後、を見送り戻ってきた強田が、力したように自席に深く座りこむ。
そうして溜息を吐く彼の下へ、部下がやって來て「どうぞ」とコーヒーを差し出す。
「毎度毎度、好き勝手言ってくれますよねぇ、まったく」
「家族がいなくなったんだ。警察(おれたち)に當たりでもしなきゃ、彼だってやってられないだろう」
先のは、行方不明になったある男子高校生の母親だ。家出の兆候も事件に巻きこまれた様子もなく、本當に忽然と姿を消したとしか思えない失蹤――そんな案件が、現在Q市で相次いでいる。
「けど素行不良の息子ですよ? 親の教育のが責任あるんじゃないんすかねって、思いません?」
「……」
「……すんません」
口さがない部下をひと睨みし、それからコーヒーに口をつけ、再び溜息。
立場上咎める態度は取ったが、強田も本音ではおおむね部下と同じ見解だった。友人達と遊び歩いて學校もさぼりがちという、お世辭にも真面目な學生とはいえない件(くだん)の高校生。その親にしても、捜査に発破をかけるためというよりは、自分の鬱憤晴らしのために警察署(ここ)へ來ている節がみられる。息子が心配というのも、おそらくは本心だろうが……
(稅金泥棒だのなんだの、直接関係ないことがちょくちょく混じるからなぁ……)
しかし気持ち的に度しがたい相手といえど、捜査に手を抜くわけにもいかず。強田ら警察も警察なりに手を盡くしてはいるが、殘念ながらいまだ、これといった果は上がっていない。
不自然なほどに、
手がかりも手応えも、ない。
「――強田」
「課長」
ふと廊下側から、強田を呼びつつ近づいて來るのは、彼の上司。
あまり穏やかでないその聲音に、部下はそそくさと自席へと戻り、強田もまた居住まいを正す。
部下とれ替わるようにそばまで來て、その上司は告げる。
「署長が呼んでる。すぐ來るように、だそうだ」
心當たりのない唐突な呼び出し。
はて用件はなんだろうかと思いつつ、ひとまず頷き腰を上げる強田。
まあ、十中八九間違いなく、愉快な用事ではないのだろうが……
また都合により、次話の投稿が一時間後となるようです。
その次の投稿は、またやはり二十五時間後となりましょう。
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