《現実でレベル上げてどうすんだremix》遭遇2

22/05/15 時系列をちょっと修正

その“事の起こり”は唐突だったが、

そもそもあらゆる出來事が、概してそういうものかもしれない。

たまさか會った喜連川になんとなく同行し、歩いている道中。

「あっちい……なあその、日傘ってどんなじなんだ? 結構違うのか、やっぱ」

「うん。だいぶ凌ぎやすいじはするけど……。……そ、その、ってみる?」

「いやどう見ても二人れる広さじゃねえだろ」

「あっ、うん、ま、間違えたっ――じゃなくてえとその、差してみる?」

「いい。俺が借りたらそっちが暑(あち)いだろ。わざわざ浴びるこたねえよ、こんな日差し」

「そ、そっか……っ」

日傘越しにかすかに聞こえる、えへへ、とかいうはにかみ笑い。

それを聞くともなしにしつつ、その後もぽつぽつと雑談をいくつか経て、

「こっから先は、ちったあ涼しいか?」

ほどなく道は、高架下へとさしかかる。幹線道路の下を通る歩道で、信號を待たずに道路の向こう側へと渡れ、距離的にも喜連川の目的地へは近道になるという。

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目が慣れていないのもあってか、日差しの下では妙に暗く見える高架下。

「……」

「喜連川?」

「う、うんっ。ごめん」

そのせいか一瞬怯んだ様子の喜連川だったが、俺がし先に進んで促せば、すぐについて來る。

五月のことでも思い出したのだろうか。けどあの時とは季節も時間帯も違う。たとえ別の変質者がいたとしても、こんな真晝間ではさすがに控えるのでは。

暗く見えた高架下も、ってしまえばすぐに目も慣れてそうじなくなる。

若干涼しさもじつつ、そのままし進む。

すると向かいにも通行人の姿。

そちらも二人連れで、背格好は両方とも男。

「――っ」

わずかに構えた様子の喜連川が、俺の方へと気持ち寄ってきた、

まさにその時、

突如、視界と覚が、歪むような――

二十四時間ほど、時間をさかのぼる。

「…………」

場所は県下有數の高級住宅地、その中でも指折りの規模の邸宅。

関矢(せきや)邸。

その二階の広々とした一室。

設えられた高級な家。高品質のオーディオ機やPC。

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「…………ぅうっ」

しかし部屋の主である関矢大海(ともみ)にとって、今はそれらほぼすべてが無用の長と化していた。ベッドの上でぐしゃぐしゃのシーツをかぶって丸まっている彼。ここ最近、最低限の食事と用足し以外は、そうしてみっともなくくばかりの狀態でいた。

(それもこれも、全部あいつのせいだっ。あの得の知れない、久坂厳児というヤツの……!)

きっかけは二か月ほど前の、あの日の出來事。

いつもどおりの、ちょっとしたお遊び。中學以來の腐れ縁とつるみ、馬鹿なガキを嵌め、平和ボケした能天気なガキ共々自分のおもちゃに仕立て上げる楽。くだらない人生の中でのちょっとした余興――ただそれだけの出來事。

そのはずなのに、

久坂厳児。

あのすっとぼけた、そして明らかにおかしなやつによって、

せっかく用意した舞臺は完全にひっくり返され、すべてが臺無しになってしまった。

あの件のせいで長年重用してきた暴力裝置である腐れ縁、船(いりふね)は逮捕。その手下どもも軒並み行方をくらましたため、今の関矢は趣味のお遊びに使える駒をほとんど失っている。

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大海自は親のコネのおかげで、警察の追及そのものからは免れたが……

しかしそれが、なんのめになるだろう。事の見のしかたが大きかったせいか、コネの擔い手である父親はとうとう彼を明確に見限る姿勢。加えてどこから報がれたのか、所屬する大學でも口さがない噂が広まり、そちらにももはや大海の居場所などない。

退屈な人生の、ささやかな潤いである趣味をじられ、

気楽でさしたる苦労もないであろう將來もまた、閉ざされた。

すべて、あの出し抜けな久坂厳児(イレギュラー)さえ現れなかったら……

「うぅ…………っ」

屈辱と焦燥かられるうめき。

じろぎによる、かすかな布ずれ。

音らしい音は、それくらいしかない寒々しい部屋に、ふと、

がちゃり、と。

ドアの開く音が響いた。

自宅の自室に、大海もわざわざ鍵などかけない。

だからドアが開いたこと自に、さして不思議もない。

大方また、心配した母親が様子でも見に來たのだろう。息子に大甘な彼がいる限り、彼が家から追い出されることだけは萬一にもない。なくともただ生きるだけならば、こうしてしおらしく弱り切った姿勢さえ見せていればいいだけ。

しかし今の大海は、心配されるだけでも鬱陶しい気分だった。

なにか聲をかけてきたら「ほっといてくれ」とだけ返して追い出そう。

そう彼が決めるのと同時に、

突如、凄い力で首っこを摑まれ、

「?!? う、ぐ、え゛……っ!!?」

そのまま吊し上げられるように、ごと持ち上げられた。

足がつかないほどに締め上げられ、から苦悶の聲を絞り出す大海。

「――……ぶ、ふっ、ぶふフッ! ぶふフうふフフッ!!」

次いで至近距離から聞こえたのは、まるで豚のようなふき出し笑い。

大海を締め上げている者の聲らしい。

やや小柄で小太りなその男は、腕をいっぱいにばして長の彼を吊し上げていた。

片腕だけで。

「……ぶフッ、な、なかなかいいザマじゃないかぁ関矢クン。クラスカーストトップだったおたくが、今じゃみじめなひきこもりとは……中學時代(あのころ)の同級生が知ったらど、どう思うだろうねぇ、ブフッ!」

じつに楽しげな、皮めいた口調のその男。口ぶりから同級生のようだが、その顔に覚えはない。とはいえ無理もないかもしれない。學校では常に上位グループを裏表から牛耳っていた大海にとって、下位のクラスメイトなど記憶に殘す価値などないのだから。

「オイオイオイ、まさかその顔、おれに覚えがないとでも言うつもりか? ……そうか」

一瞬、大海の首を絞める力が緩んだ。

しかし、

「あが――っ?!!」

次の瞬間、顔、それから背中に凄まじい衝撃。

意識が飛んだかと思えば、チカチカと瞬く視界。

どうやら男に毆り飛ばされたらしい。部屋著にボタボタとこぼれた鼻が、それをしめしていた。

叩きつけられた壁にズルズルともたれかかった彼を、

しかしそれを許さないかのように、男が倉を摑み再び吊し上げた。

「ふ、ふふふフザケんなよ!? てめーのツレと手下のDQNどもが、よってたかっておれをいじめたんだろーがッ!! ひ、ヒトの人生滅茶苦茶にしやがったクセに、それを忘れて今までのうのうと生きてやがったのかっ?! ええッ?!!」

「ぐ、ぐ……っ」

襟ぐりを締め上げられ、壁に押さえつけられ罵られた大海。

そうしておぼろげに、思い出した。當時船とつるんでいた腰巾著どもに、いじられパシられていた小太りな男子生徒がいたような記憶を。

もっとも大海に、いじめを指示した覚えなどない。あれはたしか、調子に乗った腰巾著どもが勝手にやっていたこと。そもそも彼はそいつらに興味すらなかったし、船もまた、自分にすり寄ってきた雑魚どもなどほぼ捨て置いていた。

もちろんいじめをやめるよう働きかけたわけでもないが、

それで自分を恨むのはお門違いだ。大海にとってはそうとしか思えなかった。

「ぶ、ふフフッ! これはだから、おれはやられた分をやり返してるだけ……! 正當な復讐……! ぶはハッ、苦しいか? けどあの時のおれはこの何倍も苦しくて、辛かったんだぞぉ……っ!」

しかし、男にとっては違うらしい。

腰巾著も船も大海も、區別なく許しがたい仇。

それをしめすように締め上げる力はギリギリと増し、今や大海のはミシミシと骨が軋むよう。

にしても、この男の腕力……明らかに異常ではないか。

小柄でいかにも運不足そうな見た目の、いったいどこにこんな力が。

まるであの生まれついての強者――類まれに屈強なを持つ、あの船のような。

いや、あるいは、これは……

不意に男が、彼を締め上げていた手を離した。

「――ガハッ?! ゴホッ、え゛ッホ……っ」

「おっと、……ふぅ、おれとしたことが、つい殺してしまうところだった。もっと苦しめて殺さなきゃ復讐にならないのに、まったく、これだから凡人は脆くて困るぜ。ぶフッ」

支えを失った大海が、咳きこみながらもちをついた。

それを見下ろし、見下すように吐き捨てた男が、次いで彼の頭を暴に摑み強引に上向かせた。

「にしてもシケてるよなぁ、金持ちの家なのにメイドの一人もいないとか……年寄りのお手伝いさんばっかじゃんか。おれのワクワクを返してくれよぉ、えぇ?!」

「あがっ!?」

言いながら、大海の頭を壁に叩きつける。

たしかに関矢邸には年かさの使用人しかいない。以前は若いもいたのだが、息子がいちいち傷にしてしまうため、後処理を嫌気した家主――大海の父が雇うのを止めてしまったからだ。

脳がグラグラと揺れる覚の中、ふと大海の頭に浮かんだ疑問。

そもそもなぜ、こいつはここにいる?

アポイントのない不審者を素通しするほど、関矢邸のセキュリティはやわじゃない。

無理に侵すればすぐに警備會社に連絡が行くし、庭の番犬たちだって黙っていないはず。

なのにどうしてこの男は、騒ぎ一つ起こさずに家の中まで……

「ぶフッ、どうしたそのマヌケ面。ひょっとして今頃気づいたか? この場におれがいる不思議に」

大海の様子の変化。

それに気づいたらしい男がニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「ぶフフッ! だろうなぁ凡人にはわからないよなぁ~。おれがすでに、おたくらとは隔絶した特別な存在になっているとか、想像もつかんのだろう……ぶふフフフッ!」

侮蔑。嘲弄。優越

それらで歪んだ男の笑みは、顔を背けたくなるほど醜悪で。

「おれはおたくらとはもう、レベルが違う(・・・・・・)んだよぉ、文字通りの意味でなぁ」

加えて、どういうことか。

「ギャゲッ」

「ゲギャギャ!」

男の背後に、いつの間にか現れた複數の影。

緑の。禿げかけのような頭に、鷲鼻、杭歯という醜い面構え。

明らかに人でない、ゲームなどに出てくるゴブリンそのものの姿の、化

「!?」

「グルルル……」

「class名、“迷宮主”……建造の【迷宮化】……【造魔】による忠実な手駒たち。――おれは確信している! この力こそあらゆる局面に対応できる、萬能のっ、最強のclassだということを……ッ!」

さらには狼のような獣まで手懐ける男の姿に、大海の混も加速する。

目の前で、ありえないことが起きていた。

それはあたかも、あの日(・・・)のように。

「ぶふフフッ、わかるか? 関矢クン。おたくの家はすでにおれの支配下……! そして今度は、おれがおたくをパシる番……! とりあえずは有り金全部と……ああ、あとはその顔で適當なでも釣って、おれに貢いでもらおうか? ぶふふフフッ! もっともイヤと言ってもおたくに拒否権など、」

「な、なぁっ?」

気づけば、大海は問いかけていた。

「お前、その力をどうやって――いや違う! 君のその力、僕に貸してくれっ! やっつけてほしい奴がごぶっ?!!」

しかしその訴えは途中で遮られた。

男が無造作に突き出した、土足のつま先によって。

「あ゛っ、ぐ! やめっ?!」

「口を慎めグズがっ!! てめーはもうおれの奴隷なんだよ! 奴隷の分際で、ご主人様にタメ口利いてんじゃねーよこのグズ、グズッ、グズがぁっ!!!」

蹴られた顔を両腕でかばう大海。

それでも男の踏みつけるような蹴りは容赦なく降ってきた。

まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのように。罵聲とともに、執拗に何度も何度も。

「――っはぁ、ぶふぅっ」

「ぐ、う゛……」

気がすんだのか、あるいはたんに疲れただけか、ややあってから男の折檻がやむ。

男の荒い息遣い。大海のうめき。

時折、ゴブリンめいた化の忍び笑いと、狼めいた獣の低い唸り聲。

それらがしばし、くもののない室に響いた。

やがて、

「ぶフッ!」

ふき出すような、男の笑い。

「まぁ、いいさ。このくらいで勘弁してやろう。言っとくが利用価値のあるおたくだから、おれもこんな風に寛大なんだぜ? 他のDQNどもみたいな底辺のクズだったら、とっくに殺して経験値にしてたとこだからな。ぶふフフッ!」

次いでしゃがんで、うずくまる大海に口臭のある顔を近づけて言う。

「で? さっきはなにを言おうとしていたのかなぁ? 関矢クン。口の利き方に気をつけて、かつおれにメリットのある話だったなら、聞いてやらんこともないぞ? んん?」

ニタニタとした笑い顔は、目を背けたくなるほど醜く。

しかしそれを堪えて、口調にも細心の注意を払いつつ、大海は話し始め――

――そうして今に至る。

その場所は、つい先程まではなんの変哲もない高架下の歩道だった。

しかし壁の質や備えつけの照明はそのままに、今はその構造を一変させている。

地下牢を思わせる石室。

正面と左手には大きな扉。

そして正面の扉の対面の壁……

「ぶふフフフ……!」

その中央、石造りの玉座めいた椅子に、ふんぞり返るように座る人

高架下を一瞬にして造りかえたのは他でもない、自らを“迷宮主”と呼ぶ、この男の力。

「……っ」

そのかたわら、一段低くなっている床には、所在なさげに立つ大海の姿も。

彼がじているのは、あらためて目の當たりにした男の力、その非常識さに対する萎が半分。

(――けどこれなら、いけるかもしれないっ。これだけ荒唐無稽なこいつの力なら、ノリ君をぶっ飛ばしたあの久坂の出鱈目さにもきっと……っ!)

しかしもう半分は、自らのみが葉うかもしれないという、確かな期待だった。

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