《お月様はいつも雨降り》第三

登場人

靜寂秋津(しじまあきつ)

就活中の大學生、謎の企業からの姿をした人型端末『シャン』を贈られる。

シャン

『月影乙第七発展汎用型』の人型端末

小野なな子(おのななこ)

『小町』という別名をもつコスプレーヤー兼アングラ界のアイドル アキツとは同じゼミ

屋上のの子

アキツが助けようとした子高生

菅原 治(すがわらおさむ)

気な格で人の心に遠慮なく踏み込んでくる小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ

柿本海人(かきもとかいと)

眼鏡をかけ鋭い観察眼をもった小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ

祝勝會を行おうという三人からの強いいを僕は斷り、僕はシャンを連れデパートの屋上に來ている。昔は小さな観覧車やゴーカートなんかがあったと聞いてはいたけれど、今はがさめたベンチが所々に設置されているだけだった。

飛び降り防止用の錆びた金網と夕方の薄暗さが、余計に一抹の寂しさを僕にじさせた。

「のぅ、向こうのもっと高い建には登れぬのか」

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シャンはここからし離れた高級ホテルのことを言っているらしい。

「無理だね、無料で高い所なんて、ここくらいしかないよ、あそこに泊まるなんていくらかかるか分かっているのか」

「わしに言えば、すぐに仕掛けることができるぞ」

「だめだ、そんなことをしたら、世の中めちゃくちゃになってしまうんだぞ、犯罪だ」

「ご法度にひっかかるか、そう言うと思ったわい、まぁ、それが上様の上様たる理由じゃ、ここで我慢するわい、もうし、中央の方に移できぬか、このエリアの建造のデータマッピングを詳しくしたい」

この時間になると春先の風はとはいえどもとても冷たい。僕は大きなくしゃみを一回した。

「また、風邪ひきそうだ」

「おや、すまぬ、今、わしの熱放量を上昇させるから、もうし時間をくれるか」

「いや、気にしなくていいよ」

「そういう訳にもいかぬわ」

急にシャンをれている僕の元が溫かくなってきた。

「どうじゃ?」

「お前、便利だなぁ、カイロにもなるなんて……うぁ、アチ!」

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「カイロなどと失禮なことを言うな、上様が寒いと言ったから溫めてあげただけのことじゃ」

シャンのはすぐに適溫に戻った。

「シャン、本當にお前は何なんだ」

僕は本當に不思議だった。シャンのテクノロジーは現実をはるかに超過していた。そして、それをすんなりとれてしまっている自分という存在。

僕は長い夢でも見ているのではないかと今も思っている。

「わしか?上様の人、いいなずけ、妻、不倫中の子大生、好きなのを選べ、ただ、一応モードは積んでいるが未年はご法度じゃからな、ご法度は守らねばならぬからのぅ」

「そういうことじゃなくて、ほら、あのゲームの時だって」

「ああ、あれはたいしたことではない、上様の脳の演算能力をこちらで補完し、神経の伝達速度にブーストをかけただけで、もっとも低レベルのスキルじゃ」

「あれが低レベル?」

「それよりも、向こうの者の脳波レベルが心配じゃ」

ブルゾンから首を出しているシャンは、僕のあごを右手でつつき橫方向を指さした。

制服姿の子高生であろうか、手にはかばんも持たず、うつむき加減のまま金網の方に向かっていく。

「上様、あの者は死を選択してるようじゃ、助けてあげぬのか?」

僕はシャンがそう話す前に、が先にいていた。金網にとりつき登り始めたの子のに手を回し、僕は大聲を上げた。

「だめ、だめだ、何をしているんだ」

金網から降ろされた彼は勝機を取り戻し、大きな聲で泣き始めた。コンクリートに座り込んで泣き続ける子に僕は言葉をあまりかけられなかった。

ようやく騒ぎに気付いた警備員や店員が屋上に到著し、彼を保護したので一件落著かと思いきや……。

「で、君は彼とどういう関係なの、どうして屋上にいたの?」

僕は警察署の一室にいる。

「たまたま、屋上の景が見たかっただけで、そうしたらあの子が」

「君が泣かせちゃったのかなぁ、もうし詳しく聞きたいんだけど、あくまでも任意だからね、任意」

中年の背広姿の男が僕の顔を覗き込む。この男は僕がわいせつ行為でもはたらいたものだと思っているらしい。

「だから言っているじゃないですか、僕はたまたま……」

「たまたま、人気のない屋上にいて、たまたまそこにいた子高生に、たまたま抱き著いちゃったのかなぁ、ちょっとおかしくないかなぁ」

「本當のことを言っています」

「だから言っているでしょ、これは任意だって、おや、君のジャンパーの中、何かっているね、ちょっと確認させてもらえますかぁ」

もう一人の若い男が僕の橫に近付いた。

シャンがっている、これはまずい展開だ、のフィギアを大事に抱え込んで散歩している大學生、この姿を世間の者が見たらなくとも、いや、趣味、嗜好は人の迷をかけなければいいと僕は思っている、でも、こいつらはそんな考え方をしない職業集団だ。

それより待てよ、シャンを証拠品として押収されるかもしれない。

取調室の電話がけたたましく鳴った。

「はい、第一、えっ、わかった、そうか」

電話をけた中年の男は、殘念そうに電話を置いた。

「捜査のご協力ありがとうございました、もうお帰りいただいて結構です、今後、人命救助で表彰されるかもしれません、貴重な市民の命を守ってくださり、心より謝いたします」

電話の後、先ほどとまるで違う丁寧な言葉遣いに変わった男の聲は、この世で一番汚くじた。それから僕はすぐに警察署を後にした。

夜中にもかかわらず駅までの帰り道はタクシーや自家用車が信號待ちで列をつくっている。

「あぁ、面白かった、上様、お疲れ様」

ブルゾンの首からシャンが首を出した。

「散々な目にあった」

「まぁ、あのくらいなら軽いものじゃ、本當に逮捕されていたらあの部屋にる前に持ちを全部押収されているからの、あれでも向こうにしてはだいぶソフトに対応しておったぞ」

「だからって……」

「人の命をいっときでも救えたのじゃ、こんなことは些細なことじゃ、もし、本當に危機であれば、あのようなところからは簡単に上様を救い出すことはできるから案ずるな、でも、おかげさまで、あの建の詳しいデータを集めることができた、やはり自衛隊基地と警察署のデータはし誤差が出るからのぅ」

「靜かだと思ったらそんなことをしていたのか」

「うん、ネットワーク関係も最新のものに上書きできたし、しばらくは安泰じゃ、そういえばこの近くに大きな神社があるはずじゃ、できたらそこに今から寄りたいのじゃが」

「今から?卻下していい?今日はもう々ありすぎて疲れたよ」

「本當にお願いじゃ、その代わり、うちに帰ったらお風呂に一緒にってあげてもよいぞ、ただしわしは水著じゃがな」

「わかった、わかった、寄ってやるよ」

どうも僕はこういう押しに弱い。シャンの水著が見たいなんて全然思わないのだけれど、強く頼まれると斷るのが面倒になってくる。

「上様はエッチなのでたいへん都合がいい」

「誰がエッチだ?寄ってやらないぞ」

「冗談じゃ、上様はとても優しいお方なのじゃ」

人形に言われているような気がまるでしない僕はやはりエッチなのかもしれない。

シャンが行きたいと言った神社は地元でも歴史のある神社で、お祭りや初詣の時期は、今、僕が歩いている參道は歩けないほどの人出となる。でも、今日は何もない日のそれも夜中なので、參道沿いを街燈が照らすだけの靜かな場所になっている。

池向こうに照らし出された樓門は既に閉じられていた。

「もう、本殿は閉まっているよ、この時間だからしょうがない、どうするんだい」

シャンは車道を越え、二の鳥居をくぐったあたりからずっと黙っている。

「すまぬ、ずっと探っておったのじゃ、その橋を渡って、本殿沿いの通りを右に進んでくれるか」

隣の公園に続いていく道だ。

「いいけど、何を探っているんだい」

「客人(まろうど)の気配」

「マロン?」

「それに例えるならば中ではなくイガの方じゃがな、上様にとって味くはないと思う」

小さな摂社が池の前に二つ並んで立っているのが見えてきたので、僕はシャンに言われるがままその社に足を進めた。

「ここでよい……うーん、しっかり機能しているのぅ、さっきの反応はバグだったかのぅ」

本殿の方に近い社をじっと見つめていたシャンは、そう言って首をかしげていた。

僕の頭に冷たいしずくが落ちた。

「雨?」

暗闇の中の常緑樹に雨粒が落ちる音が響く。それは初めは小さく、後にだんだんと大きくなっていった。

「やっば、シャン、戻るぞ」

そう僕が言ったとき、空から電車がき出す車のような変な音が聞こえてきた。電車?違うな、汽笛に似た下手な奴が吹く管楽のようであった。

その音は長く長く続いている。

「駅で電車の事故でもあったのかな」

「違う……この音は『アポカリプティックサウンド』、七人の天使がはじめを告げるラッパを吹いたのじゃ、それもこちらの計畫よりもだいぶ早くな、まだ、どこの國でも満足にまろうどを迎える準備はできておぬ」

「シャン、何、言ってるの」

その奇妙な音が小さくなるとれ替わるように雨音が辺りに広がった。

「すまぬ、わしもデータリンクしていて報を集めているところじゃ、さっきのアラートはこのことかもしれぬ、上様も濡れて大変じゃろう、ここでの用事は済んだのですぐに帰ろう」

「あの音、大丈夫なのかい」

「人への被害でいうのであれば、まだ、大丈夫じゃ、あの音は例えるのなら宣戦布告への最後通牒みたいなものじゃ」

「宣戦布告?」

「意味のニュアンスが近いものとしてじゃ、今は気にせずともよい」

「まだ、話してくれないのかい、シャンが僕のところに來た理由を」

「許可がおりてこぬ、ただ、わしは上様を信じておる」

「信じて……」

僕はこれ以上、シャンに問いただすのをやめた。

この日、家に帰るとネットのニュースで例の音の原因の話題であふれていた。一部のオカルトマニアは世界の終焉だと面白おかしく騒ぎたてている。

次の朝、マスコミをはじめとした世間の騒が大きくなりすぎたので、気象庁は冬型低気圧による雷が発生させた空振ということを正式に表明し、その要因の科學的な説明を何度も繰り返していた。

「上様……」

「どうした?」

「何でもない……ただ呼んでみただけじゃ」

シャンが何か言いたそうだったように僕には見えた。

僕の攜帯が鳴った。

電話先の相手は警察からであった。その容は人命救助の表彰が中止されたということであった。はなから、僕はけるつもりはなかったので、どうでもいいことであった。

「警察からじゃろ」

自分のケースベッドに橫になって寢転がるシャンが僕に言った。

「うん、って、お前さぁ、盜聴なんてするなよ」

「そんなことせずとも、全部、データは収集されるのじゃ、それと、これは言いにくいのじゃが……あ、やめておく……」

「何だよ、シャンにも事はあるかもしれないけれど隠しごとはできるだけなくしてくれ、それともシャンは僕を信じてくれていないのか、昨日の言ったことは噓なのか」

「信じる……そうだのぅ……昨日の上様が助けたの子、朝早くに自ら命を絶ったようじゃ」

僕はシャンの言葉に絶句した。

「病とはいえ、人間は時々わからなくなるものじゃのぅ、これはわしにも分析できぬのじゃ、上様のように優しくて相手を信じてくれる人はこの世にまだまだいっぱいおるのに……生きてさえいれば何か救えたかもしれないのにのぅ……」

寢返り、背を向けるシャンは、今まで見たことないほどとても悲しい顔をしているに違いないと僕は思った。シャンは本當のところすぐに言いたかったのだけれど、僕のショックをける気持ちを考えて止めたかったのだ。

この日の僕の中の犠牲者は一人だった。いや、シャンをれたら二人だったかもしれない。

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