《お月様はいつも雨降り》第四

登場人

靜寂秋津(しじまあきつ)

就活中の大學生、謎の企業からの姿をした人型端末『シャン』を贈られる。

シャン

『月影乙第七発展汎用型』の人型端末

小野なな子 (おのななこ)

『小町』という別名をもつコスプレーヤー兼アングラ界のアイドル アキツとは同じゼミ

鹿みやび(しかないみやび)

アキツが助けようとした子高生

菅原 治 (すがわらおさむ)

気な格で人の心に遠慮なく踏み込んでくる小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ

柿本海人(かきもとかいと)

眼鏡をかけ鋭い観察眼をもった小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ

就活にまったくやる気が出ない僕がいた。

「上様!今日は卒業式じゃ、早く準備をせねば、わしのようにシャンとしなくちゃだめじゃ」

家から出るまで、まるで母親から怒られているようだった。

就職先が見えない僕の気持ちを汲み取ることなく、シャンは朝からだらけた僕の態度を気にして、ネクタイやら髭剃りの準備やらをいい翔懸命にしてくれる。

「よし、準備完了じゃ、今日から晴れて自由のじゃからのぅ、喜ぶべき日じゃ」

「自由の、確かにそうだけど……素直に喜べないのだが」

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「わしも準備は萬端じゃ、あ、それと上様のカバンの中は居心地がよくなるように勝手に改造させてもらった」

僕のデイバックの中にはフワフワなクッションがいっぱい詰まっている。

「これ、他の荷らないぞ」

「荷は手で持てばよい、それよりもこのクッションはどうであろう、最高級羽じゃ、ここ付いている寶石は翠玉じゃ、この質の振と波長域がとても心地よいのじゃよ」

(一円玉ほどの大きさの緑の寶石、この、カットの仕方、どこかで見たことがある、どこだ、思い出せ、そうだ図鑑だ、子供の頃に見た鉱の図鑑……これはもしかして)

「エメラルドぉぉ!」

僕の心が暗黒質に飲み込まれていく。

「ちょっと待って……それ、どうしたの?」

「上様のクレジットアプリで……」

「えぇっ!」

「ホントにいちいち驚く男じゃのぅ、これくらいわしの創造主がおられるカンパニーの財力であれば、利子の一部だけで米國の軍事企業を手にれることができるぞ、だから、上様からし前借りしただけじゃ、もう學費もいらなくなるからのぅ」

すでに僕の四年間貯めてきたバイト代が口座からすべて消えていることを悟った。

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「シャン……家賃や熱費とかだってあるぞ」

「あれ?それは既に自的にカンパニーが払うように変更しているはずじゃ、確認してみろ」

確かに口座から引き落としされてはおらず、殘高は……。

「三億円!何だ、この金額は!」

スマホに映し出された殘高の桁が畫面からはみ出しそうになっていた。

「カンパニーからわしの當面の生活費として振り込まれていたはずじゃ、なぁに違法行為をしたわけではない、純然たる利益から間違いなく支払われておる、今晩は久方ぶりに祝いの宴じゃの、何じゃその顔は?し足りなかったかのぅ、それならこれからカンパニーに……」

「やめて、やめて……いい、いい、いいから」

僕の心が悪魔と壯絶な格闘をし始めた。

(贅沢できるじゃないか、働かなくてもいいなんて、こんな楽なことはない、無くなったら、また、シャンに頼んで金を振り込んでもらえればいい……いや、それは人間として、あってはならないことだ、アキツ、お前はそんな人間じゃないはずだ、貧しくてもいい、お前は人間としての尊厳を……尊厳、そんなんじゃご馳走なんて食えねぇよ、ほぅら、お前のしかったバイクや車がすぐに手にるぞ……ダメ人間のお前が本當にダメ人間になるのだぞ)

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「うわぁ!」

一瞬、気が狂いそうになった。

「どうした上様?」

「きちんと返す、返すから」

「そのように気を遣わなくてもよいのに、足りなくなったらいつでもわしに言え、よいな」

「はい……」

僕はこの日から殘高を確認するのはやめ、今まで通り必要なものだけ買うようにしていた。だけど、たった三日で悪魔の求に負け、こっそりと殘高をアプリで確認した。

「ありゃ……」

口座の殘高は前の金額に戻っていた。そのことをシャンに話すと何も疑問に思うことなくあっさりと返事をした。

「上様が迷そうだったので回収させてもらった、ずいぶん気遣いをかけさせたようだからのぅ」

(いえ、迷じゃないです)

とは僕は言えなかった。僕の裕福な生活スタイルが音を立てて頭の中で崩れていった。

どこかであの夜に聞こえてきた音が鳴ったようなじがした。

「今日は街へ行きたいのぅ、どうせ日がなボーっとしているのじゃろ」

「はい、はい、で、どこでございますか」

「この近くの街で、一番高い建があるところがよいの」

何か前に、同じような會話をしてことを思い出した。

「どうしたのじゃ?」

「いや、何か同じようなところに行かなかったっけ?」

「そうか、わしは記憶していないがのぅ」

僕はシャンのったバッグを背負い、私鉄の駅へ向かった。この辺りで一番高い建は高層ホテルを除くとあのデパートしかない。

僕の足取りは重くなった。

「シャン、今日は……」

「おっ、わしが初めに行きたいところを見つけたぞ、中央デパートじゃ、ここなら大きな建であるからのぅ、地下から屋上まで回れるだけ回ってほしい」

(シャンは知っていて、わざと僕にそう仕向けているのか)

それならそれで悪趣味だと思ったが、シャンには何か考えがあるのだろう。シャンの鼻歌がイヤホンを通して聞こえてくる。

僕は私鉄に乗り、そのままターミナル駅へと向かった。

あの日もこんな曇り空だった。そして夜から冷たい雨が降ってきたんだ。

電車から降り、向かいから歩いてくる人を避けつつ駅のコンコースを歩く。

「おっ、しじまぁ!久しぶり!大學、休みになってから顔を見てなかったんで元気してたのかよ、就活の方はうまくいってる?」

菅原にまた出會った。

「あ、まぁ」

「絵にかいたようなその表、それは失敗したな、でもな、まだ、あきらめるな、死にはしない、楽しいことなら世の中いっぱいあるさ」

「!」

「ほんと、ちょうど、いい時に會ったなぁ!なぁ柿本!」

柿本もいる。それもあの日と同じ服裝で。

「今さぁ、人數足りなくなっちゃって、しじま氏、時間がある、時間があるって言ってくれ、頼む!」

「しじまくん!私からもお願い!」

「小野さん!」

あの日とまるで同じシチュエーション!

「これからFPSのイベントがあって、そこに出るんだけどさぁ」

「今日も『セイロ―』の大會イベントですか」

「え!どうして知ってるの、もしかして、しじまくん、そのゲームやったことあるの?今日がその予選の日なの、それで、どうしても一人、足りなくて、うぅん、見ているだけでいいの」

小野さんの瞳が輝いている。

「でも、アリーナ戦だから四人一組じゃなかったでしたっけ?」

僕はわざととぼけた返事をした。

「うん」

小野さんは、うなずいた後、噓がばれたことに気づき顔を真っ赤にした。

「あ、わ、、わたし、勘違いしてたみたい、そ、その、人が足りないのはほんとなんだ」

「わかりました、でも、ちょっと、ちょっと待っててもらっていいですか?會場はイベントタワーホールでしたよね、時間は十四時、行けたら、行きます、三人でも小野さん、すごくうまいですよね、大丈夫だと信じていますから、でも、もし行けなかったらごめんなさい!」

「おい!しじま!」

菅原の呼ぶ聲を後に、僕はデパートに向け駆けて出していた。

「上様、ずいぶんと慌てているのぅ、そこらのゲームなら心配いらぬわ、わしが……」

「神経伝達をブーストさせる」

「知っておるのか、さすが上様よのぅ」

シャンはこのことに気づいているのかいないのか、すぐにも聞いてみたい気がしたけれど、僕はそれどころではなかった。

スマホの日付を見ると確かに僕は過去の世界にいる。

どうしてなんだかわからない。

わからないけれど、わかっていることが一つある。

僕は、息を切らせデパートの屋上を目指していく。

たしか、あの日……あの日は、あの子は午前中からずっと屋上にいたはずだから。

屋上の扉を開けると、広い屋上にはお年寄りと営業周り途中のサラリーマン風の男がベンチに座っている。

「どこ、どこだ」

「何を探しておるのじゃ?」

「シャン、の子だ、一人でいるの子を探してほしい」

「なら、そこにおるじゃろ、今から八十年前ならかわいいの子じゃぞ」

「それ、お婆ちゃん!違う、制服、學校の制服を著ているんだ」

の姿がどこにも見えない。

「どこにもいない!どこなんだ!」

「上様、落ち著くのじゃ、周囲の者から変態に思われるぞ、上様のいうターゲットは今、階段を上り終えたところじゃ、もう扉の向こうに立っておる」

僕が後ろを振り向くと、あの子がうつろな顔をしながら扉を開け、屋上広場に出てくるところだった。

僕は、もう何も考えられなかった。

「あの!」

僕に突然呼びかけられたの子はし驚いた表を見せた。

「怪しいものではありません!け、警察とかでもありません!あの……その……僕と……僕と友達になってくれませんか、君と、君と友達になりたいんだ!」

この時、シャンは僕のバッグの中でひっくり返っていたらしい。

フワフワなクッションが詰まっていないバックの中で……。

僕はとりあえず彼を屋上から連れ出して、デパートの中の喫茶店にった。

その子は無表だったが、僕がとりとめもない話を続けていくうちに靜かに泣き出した。

「上様の話はつまらぬからのぅ」

イヤホンの中でシャンが余計なことをいう。

「でも、この子のし戻ってきたみたいじゃ、上様の優しさは伝わっておる、安易な勵ましはじゃ、沈黙も気にすることはない、ただ、時間を共有してあげればよいのじゃ、わしにとっての上様のように聞き役にまわるのが肝心じゃ」

僕は彼が泣き止むのを待った。

クリームパフェのクリームがとけ、フルーツがどんどん橫に倒れていっている。

時間ばかりが過ぎているようにじた。だけど、この子はまだ生きている、それだけで僕はとても嬉しかった。

喫茶店の窓から駅舎の大時計がめる。時計の針は……。

「十三時四十分!」

小野さんたちとの待ち合わせ時間が迫ってきていた。

「あの、これから僕と一緒に來てくれない?あ、変な所じゃないから、神に誓って!いや、何の神様だろ、イベントタワーホール、ほら近くの、今日、これから大會があって、その大會に出るんだ、君にも紹介したい人たちがいるんだよ」

その子は、何も返事をしなかったが僕と一緒に來てくれた。

「やるのぅ、上様を惚れ直したぞ」

「今度はほめ殺しか」

「取り切れなかったデータはまた次の日じゃ、とりあえず、その大會がどんなものか楽しみじゃ」

「シャンは『サバト』と言っていたぞ」

「わしは行ったことがないが、サバトならその娘はさしずめ生贄じゃな」

「馬鹿いうな」

「冗談じゃ、その子のレベルも上がってきておる」

會場となるホールの前では菅原と柿本が僕の到著を待っていた。

「本當に來てくれた、しじま、お前はそういうまじめな男だっていうことは知っていた、ほら、寄こせ」

そう言う菅原に柿本は財布から千円札を取り出して彼に渡していた。

「何なの、その金」

「お前が來る方に俺はかけて、こいつは來ない方にかけた、おや?」

二人は僕が連れてきたの子に気づいた。

「しじま、彼連れてきたのかぁ!それもそんなかわいい子を!犯罪だぞぉ犯罪、見逃してやるから紹介、紹介してくれ」

調子のいい菅原は、僕の首を絞めながらんだ。

「大切な友達なんだ、っていうか無理やり友達になってもらった」

「しじま氏、それはナンパと言うのである」

柿本はそう言いながら自分の眼鏡をかけなおした。

「俺、菅原オサム!こいつは柿本カイト!よろしく!君、名前は?」

これまでの事を知らない菅原は、ズケズケと彼に迫った。

「あの……鹿みやびです」

「みやびちゃん!君にピッタリの名前だね」

「おっそーい!」

會場の奧から小野さんが出てきた。それもすっかりコスチューム姿をキメて。

が出てくると周りにいた參加者からどよめきが起こった。

「もう控室に移しなきゃ、あら、その子は?」

「みやびちゃん、しじまの友達だって」

僕が紹介する前にの速度で菅原が紹介した。

「みやびちゃん、よろしくね」

みやびさんは小野さんの姿を見てとても驚いているようであった。

「こ、小町さんですか」

「そ、わたしのこと知ってるの!うれしー!よろしく!今日は応援してね、大會が終わったら一緒にご飯食べに行こう!」

小野さんはみやびさんを抱きしめた。

「みやびちゃん、小野さん知ってるの?」

僕が聞きたかった質問を先に菅原が聞いた。

「はい、わたし……わたし……」

「いいよ、いいよ、あとからゆっくりお話ししよう、約束だからね!お姉さんが何でも話をきいてあげるから、私たちの指定席があるからそこまで案してあげるね」

小野さんはみやびさんの手を握って彼を會場に連れて行った。

「もう、心配はなさそうじゃの」

シャンの聲も嬉しそうだった。

「シャン、お願いがあるんだ」

「何じゃ?」

「この大會の間、僕をサポートしてくれるかい」

「當然、上様の指數も急上昇中じゃからの、よい腕試しじゃ、それならわしを……」

シャンがそう言う前に菅原たちに見えないようにシャンをバッグから取り出し、僕のブルゾンの中にれた。

「上様は何かマニュアルでも読んだのか?わしの扱いをよく心得ておるのぅ」

「シャンが教えてくれたんだよ」

「わしはまだ、言っておらぬ、ログを見てもそのような會話は殘っておらぬぞ」

僕はこの大會が終わったらシャンに初めから全部話そうと思った。

この日の大會は當然、圧倒的な敵チームとの差で優勝。大會も大盛り上がりで、小野さんというキャラクターは世界中のゲーム界を席巻した。蕓能界からもスカウトが來るらしいと柿本が興気味に話していた。

(僕のチートについては今でもとても反省している)

あの日の夜と違ったことは、大會が終わったあと、僕たちは大會の打ち上げでそれ以上に盛り上がったことだ。打ち上げでみやびさんは電話番號やアドレスを換したり、次に小野さんと遊ぶ約束をしたりしていた。その流れで僕は、いやだったのだが、菅原たちに無理やりソーシャルアプリを強制的にれられ、電話番號も公に知られることとなった。

が自分のことをぽつぽつと話しているのを聞く小野さんは、それを全部包み込むようにれていた。小野さん自、多分、説明しなくてもどこか心の奧で共する出來事が多かったのだろう。僕には真似のできないことだった。

深夜になるとあの時と同じように雨が降ってきたのだけど、僕は神社に行くこともなく冷たい雨に濡れることもなかった。シャンも僕たちの話をずっと楽しそうに聞いていた。

家についてから僕は今までのことをシャンに話そうとした。でも、彼は早々とケースのベッドに戻って僕との思考波同調率が最高値を示した要因を寢ながらではあるけど忙しそうに検証していた。

次の日の朝、僕のスマホにみやびさんからの謝のメッセージが屆いていた。メッセージの最後には次の日曜日に彼の憧れの小野さんと遊びに行くことが楽しそうな言葉で付けくわえられていた。

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