《お月様はいつも雨降り》第八目
登場人
靜寂秋津(しじまあきつ)
就活中の大學生、謎の企業からの姿をした人型端末『シャン』を贈られる。
シャン
『月影乙第七発展汎用型』の人型端末
(こんな田舎に何があるって言うんだろう)
新幹線から在來線に乗り継いで何駅めを過ぎたか。地図アプリで確認すると谷川を沿うように走っているのだが、何も見えない。時折、並行して走る県道の街燈のが黒い木々の間かられてくるだけだ。
また、トンネル。
誰もいない客車に線路を走る音だけが聞こえてくる。
「次の駅で降りるぞ」
僕のウェアの襟首のところからシャンが顔を出した。
「ちょっと待て、こんな所に降りても何もないぞ、泊るところなんて予約していないし」
「上様は溫泉旅行にでも來たつもりなのか」
「見てみろよ、この駅の場所、県道に出るだけだって川を越えなくちゃならないって、自分から遭難するようなもんだ、雪も降ってるし」
地図上では、川が大きく灣曲しており、県道と鉄路に大きな隔たりがある。
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「上様は大げさじゃのぅ、もう暦のうえでは春じゃぞ、人という有機はそう簡単に死なぬわ、それにこの上様のぬくぬくなウェア、途中で買っておいてよかったの、わしの行きたいところは駅の裏手にある神社じゃ、數百メートルも離れておらぬわ」
「でも、雪道じゃ……」
駅名を告げる車アナウンスが聞こえる。
「忘れはないか」
窓にぼんやりと映る襟首から顔をのぞかせたシャンと僕はまるでカンガルーの親子のようだった。もし、他人がこの格好を見たら間違いなく変態のレッテルをられるはずだ。
扉が閉まり、僕が今まで乗っていた最終列車がゆっくりとき始めた。
今にも切れそうな白熱電球のか細い明りが小さな小屋のような駅舎を照らしている。
「自販売機がない」
「あると思っていたのか、それなら甘いのぅ、自分の周りにいつもあったとしても、それがどこにでもあると考えるのはただのおごりじゃ、のどが渇いたのであれば、そこらのつららでもなめておればよいじゃろ」
「それはつらい」
「と言いたいところじゃが、上様がシャワーを浴びている時、後ろのバッグの底に冷蔵庫から引っ張り出した缶コーヒーを一本忍ばせておいた、上様が駄々をこねるのではないかと思ってな、溫めたいのならわしの地に接させる、上様が決めるがよい」
「い、いいよ、このままで」
小さいで大変だったろうと僕が謝の言葉を告げるとシャンは視線をわざとそらすそぶりを見せた。
のどの渇きもおさまり、僕はシャンの言った通り、線路を渡り、県道と真逆の山の方向に延びる道に足を向けた。
「この道を今からいくのか、やっぱりさ、新幹線の駅の近くで泊って、次の朝にした方がよかったんじゃ?」
來る途中の百均で買った懐中電燈の明かりは、暗闇に延びる木々が両脇に並ぶ參道に対し、あまりにも弱かった。
線路を渡ってすぐの所に、しめ縄が腐り落ちてぶら下がる古い鳥居が雪の中に見えた。
駅のすぐ傍らでも雪は僕のひざを隠してしまうくらいまで積もっている。
「何を恐れておる、夜ではないと確認できぬのじゃ、早くスノーシューとストックを用意せい」
僕は慣れない手つきで小さめのスノーシューを足に固定し、リュックの橫に縛り付けていた二本のストックを外し、おずおずとばした。
「あ、ほんとに雪に沈まない、これ面白いな」
わずかに足が雪に被るくらいで雪上を進むことができるのは的ですらあった。しかし、僕がこれから進む道は暗闇の中だ。
「わしは赤外線があるからの、このライトをつけるとかえってまぶしいくらいじゃ、上様の視神経と同期させようと思ったのじゃが、それはそれで面倒じゃ、力はできるだけとっておきたい」
「どうして?何に力を使うんだ?」
「ほらそこに……」
シャンの押し殺した聲に僕は悲鳴に近い聲を上げてしまった。確かに雪の上にわずかにのぞく笹の葉の中に異様な気配をじた。
「タヌキが餌を探しておる」
ライトに照らされたタヌキは僕の悲鳴にをこわばらせ、ジッとこちらを見ている。
「上様、彼らの食事を邪魔してはならぬ、ほら、驚いておるじゃろ」
「シャン、怖がらせるのなし、なし、いいね、それ、ルールだから、ルールを決めたから」
僕の悸は止まらない。
「上様が勝手に驚いただけじゃろ、食事を止めて帰ってしまったぞ」
「ルール違反は認めないから」
「上様、本當に憶病じゃの、まぁ、昔から逃げることを最初に選ぶと言っていたらしいからの」
シャンの言葉に僕はどことなくひっかかりをじた。
(逃げちゃうの?それだったらみんな死んじゃうよ)
似たような會話をどこかで聞いたような気がした。
「早く出発じゃ」
雪の降り方が激しくなってきた。
「本當に春なのかよ」
シャンにせかされるまま暗い參道を雪の降りしきる中進んでいく。
鳥居から參道は急坂となっていた。二十分もその雪道を歩いたであろうか、両の柱しか殘っていない鳥居を抜けるとそこには森が切り拓かれただけのわずかな平地があった。
普通、神社であれば社の一つでもありそうだが、そこには何もなかった。その代わりに小型トラックほどの大きさをした雪を被った丸い形の巖が中心に據えられている。
「ずいぶんと大きな巖だな」
「うん、扉じゃからの、このくらいの大きさでもまだ小さいくらいじゃ」
「扉?この巖が?何の?」
「お願いじゃ上様、わしをあの巖にのせてくれるか?」
シャンが表をかため、瞳が開いたままになった姿は何かを分析している時の癖だ。
僕は言われたように、巖上の雪をストックで払い落し、できるだけ高い所にシャンをのせた、
シャンは厚い雪雲に覆われた空を仰いだまま微だにしない。空からは大粒のぼたん雪がさながら綿埃のように降り落ちてくる。
「ここにあの子はマスターと一緒にいた、それは間違いない、制もしっかりとできている、でも、何で記録が途切れたのじゃろう……あっ!」
シャンが巖から僕のめがけて飛び、上著にぶら下がるようにしがみついた。
「近づいて來る、隠れなきゃ」
「隠れる場所なんてないぞ」
「できるだけ森の中へ」
「森ったってほとんど葉っぱが落ちているぞ」
「そっちじゃなくて、こっちじゃ」
僕は気が進まなかったが言われるまま針葉樹の混じる木々の中を踏みっていった。
「足跡殘るんじゃね?」
「雪が足跡を消してくれる」
シャンの言う通り、大粒の雪が僕の視界をさらに遮っていく。雪で垂れ下がった杉の枝が小さな雪をつくっているのが目にった。
「あの下にもぐりこむのじゃ」
「冷たくないか」
「早く!足も折り曲げてできるだけ中にいれるのじゃ」
雪の降りはさらに激しくなっていく。
「雪の中に埋まるんじゃないの?」
「埋まらなきゃ見つかる」
五分、十分、時間が過ぎていく。の中のシャンが溫めてくれるので、思っていたよりも寒さはじなかった。
「上様、絶対にいてはだめ」
大きな音が山間にこだまし始めた。その音の主が遠くの空から近づいてくるのに僕はようやく気づいた。
僕らの頭上で音がきを止める。
杉の葉と雪のわずかな隙間から、目まぐるしくくの帯が僕らがさっきまでいた辺りを照らし出しているのが見えた。
(これがシャンの言っていた客人?)
僕のが張と寒さでだんだんとこわばっていった。
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