《お月様はいつも雨降り》第九目
路肩に寄せられた雪が県道の非常帯を埋めている。一臺のRV車がそのわずかな雪壁の隙間にエンジンを止め停車してから一時間は過ぎていた。
「囮になった彼らには可哀そうですが、やはり、こちらの衛星通信はおさえられていたようです」
「さすが米軍、エシュロン以上の傍力とベースからすぐに探索に來るヘリの行力はこちらも見習いたいものだ」
運転席には青年が一人、攜帯端末を作しているだけで、その他の人影はない。青年はドアを開け、フロントガラスに積もる雪をブラシで払いのけた。
降り続く大粒の雪でその姿は妨げられているが、ヘリの飛翔音は空を大きく震わせている。
青年は再び攜帯端末のモニターを見た。そこには地上へサーチライトを當てながら空中で靜止している軍用ヘリが映し出されていた。
「撃ちましょうか?」
「奴らはすぐにあきらめる、あれだけ低空で侵してきたら川下の街の住人が騒ぎ出す、それにしてもあの様子だと君と俺の友達は、よほど優秀らしい、普通だったらサーマルビジョン(暗視裝置)で見付けられてとうに確保されている」
「『月影型』は至上最高の蕓品ですから、必死になってマスターをお守りしているのでしょう」
「同じような目にあったら君も私を守ってくれるのかい?」
「言われるまでもなく」
青年の耳のそばに寄り添うように、桃の短い髪をした人形がシート越しから小さな顔をのぞかせてほほ笑んだ。
雪は降り続く。
十五分もすると青年が言った通り、米軍のヘリは高度を次第に上げ、もと來た東の方向へ飛び去って行った。
「圏は安全です」
「では迎えに行こう」
そう言うと青年はアキツが降車した無人駅へ向けて車を走らせた。
春の雪は重い。
參道はアキツたちが歩いて數時間も経ていないが、さらに歩きにくそうな白く深い道へと変わっていた。
青年が道半ばに差し掛かろうとした時、上の方から男のにぎやかな會話が聞こえてきた。
「上様、鼻水垂れておるではないか、ティッシュで拭かないと」
「手がかじかんでポケットのチャックを開けることができないのれす」
アキツの髪や服は雪で凍っていて白熊のように真っ白である。
「それならわしが……おや?っておらぬではないか」
「じゃあ、バッグの中かもしれましぇん」
「バッグの中はさっき確かめたけれどなかった、が、上様の飲み殘したコーヒーがこぼれておったわ」
「ええ!まだ、買ったばかりなにょに、どのくらい?どのくらいれしゅか?」
「二十ミリリットルくらいかの、しっかり最後まで飲み切ることが肝心じゃといつも言っておるじゃろ、この前はスマホにジュースをこぼしておったぞ」
「しょ、しょんなに!」
「あとで洗えばよい、大して気にすることもなかろう」
「そうだ、これからあることに比べたら大したことじゃない」
シャンと異なる聲にアキツは視線を自分の足元から目の前へゆっくりと移した。
雪深い山に似合わないしゃれたコートを著た背高い青年が雪道の真ん中で、さしていた傘に積もった雪を払い落している。
「久しぶりだな、〇〇」
「へ?どなたさまでしゅか」
昔のあだ名で呼ばれたことに驚く雪まみれのアキツの鼻からまた長い鼻水が一本垂れた。
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