《お月様はいつも雨降り》第従三

「この街ってこんなにきれいだったんだね、こうして見ると日本じゃないみたい」

晝下がりの港街を見下ろす公園には、春休み中ということもあってか多くの家族連れの姿があった。

まだの面影が濃く殘るスィングショートのは、春の気にとても似合う笑顔を連れ添っている青年に見せている。

マンションをはじめとした高層ビル群の向こうには、港灣施設の整った岸壁が設けられ、コンテナを積んだ大型貨船が何隻も停泊し、沖合の數えきれないほどの小型船舶は日のに船を輝かせていた。ターミナル駅を中心とした商業施設をはじめ、街全に活気がみなぎっていることは誰しもがじる景である。

「春がやっぱり一番好きだな」

つぶらな瞳のはそう言いながらやや大きめのショルダーバッグを足元の芝の上に置いた。

二人が立つ、なだらかな芝生の坂の手前にはフェンスに見立てた灌木が植えられ、それぞれの枝には若芽が覗き、春という季節の演出に一役かっていた。

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「あの子犬のように走り出したくなってきたんじゃないの」

「任務中だ」

からかい気味のの聲に短く刈り上げ、見るからに筋質な大柄の青年は、眼下の街を凝視しながらをこめずに短く答えた。

「つれないなぁ、格が昔と全然違うんだから、あの優しかった彼のの上にこれまでいったい何があったのでしょうか」

はそうおどけて言いながら近くの灌木の枝に手をばし、一本手折った。枯れて丸まった葉の中に蜘蛛の糸で編まれた繭のようなができている。

「ねぇ、この中なんだと思う?」

そう問われた青年だが、何も答えない。は枝を持ち上げ日のにその繭をかして見ている。

蟲くんのベッドかな、蜘蛛さんの赤ちゃんかもしれないね……でも」

は芝の上に落とし、真新しいパンプスを履くその右足で気にすることなく潰した。

「どっちも嫌い、だってこれから咲くきれいな春のお花に似合わないもの」

ショルダーバッグのすぐ橫に転がるつぶされた繭から緑が染み出し糸を染めていくのを、笑顔の消えた顔では見ている。

「カエデお嬢様、予想通り空間數値が上昇しています」

のすぐそばで隣にいる青年と違う若い男の聲がした。

「言った通りになったでしょ」

「お嬢様の予測は本當に計算以上、さすが創造主より選ばれた數ないお方です」

はその言葉にまた笑顔を取り戻した。

「見ているのはもう飽きちゃった、マサハル、私、先に行くね、じゃ、帰ろうか」

「かしこまりましたお嬢様」

灌木の中から、黒服を著たちいさな男の人形が姿を現し、のショルダーバッグにを潛り込ませていく。

から『マサハル』と呼ばれた青年は返事もせず、まだ港灣を見つめている。

か立ち去ってしばらくすると、一陣のあたたかな風が芝の葉を小刻みに揺らし、公園の遊ではしゃぐ子どもたちの聲を青年の耳によりはっきりと屆けた。

汽笛に似た金屬音が空を揺るがせた。公園にいた大人から子供にいたるまでみなきをとめ、その音が聞こえてくる方向をせわしく視線をかし確かめようとしている。

「レン、見ているか、いよいよここでも始まったぞ」

特大のホールケーキを彩るかのように周囲の電柱が閃を放ち、中心街の建が折り重なって差點の中央に頭を向ける形で次々と將棋倒しに崩れていった。

コンクリート片まじりの灰の煙が大きく膨らんだ後、侵食する波のように円を描きながら眼下の街一杯にゆっくりと広がっていったところで、はじめて公園の人々はの奧におし込められていた悲鳴を吐き出した。

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