《お月様はいつも雨降り》第三従三

<登場人

靜寂秋津 (しじまあきつ)

就活中の大學生、謎の企業からの姿をした人型端末『シャン』を贈られる。

シャン

『月影乙第七発展汎用型』の人型端末

モリワキルナ

イツキの雙子の姉でアキツの小學校の同級生

小野なな子 (おのななこ)

『小町』という別名をもつコスプレーヤー兼アングラ界のアイドル アキツとは同じゼミ

の姿を追うアキツが育館から足を踏み出すと、また、季節が変わった。開いた窓からはセミの鳴き聲と子どもたちのプールではしゃぐ聲であった。

こちらを時折ふり向きながらは前へと駆けていく。

窓の外の銀杏の大木が葉ずれの音をそよ風にのせる。

鳴いていたセミが短い聲を上げて飛び立ち、違う木の枝で適當な場所を見付けるとまた、ゆっくりと鳴きはじめる。

水を掛け合う音と笑い聲。

小型のプロペラ機が熱中癥と化學何とかの注意報を互にスピーカーで流しながら空を行きかう。

校門の向かいの文店の軒に吊るされた風鈴が鳴る。

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テレビから高校野球の中継が流れ、ヒットが出た時は歓聲がひと際大きくなる。

「待って」

ホイッスルとそれを合図に誰かが水に飛び込む音が続く。

追いかけていくアキツの額に汗がにじんでいく。

廊下の突き當りに年季のった木製の開き戸がたてられていた。

アキツが手をかけて開くと教室だと思っていた場所が、満點の星空の下の広場に変わっていた。同じジャージを著た男の子供が持っていたたいまつを広場の中央にある丸太が高く組まれた場所に投げれた。

オレンジの炎が組まれた丸太をみるみるうちに包んでいく。

どこかで聴いたことのあるフォークダンスの曲が流れてくる中を、いつの間にか現れた大勢の子供たちが手をつなぎ丸くなってその火を囲みながら踴っている。

アコーディオンの軽快な伴奏に合わせみんなで手を叩き、ステップを踏んでいく。

アキツにはその音楽が隨分古臭く聴こえた

「ちょっと……」

アキツが話し掛けても、何も聞こえていないかのように楽しそうに踴り続ける子供たち。

一人の子供の方を摑もうとしたアキツの手が、子供のをすり抜けていく。

繰り返される音楽の中で、炎は一段と高くなり、おびただしい數の火のが周囲に降り落ちてくる。

火のが踴っている子供たちに降りかかると、子供たちは急に踴りを止めて、気が狂ったかのように泣きびながら蜘蛛の子を散らすように広場から消えていく。

アキツは聲だすこともできずに組まれた丸太が燃え続けている場所に立っている。オレンジの炎は形を変え、の姿になった。

炎に照らし出された広場が、夕日の差し込む教室に変化した。

窓際に背中を向けて立つがそこにいた。

「ボウくん、やっと來てくれたんだ……ここはとても靜かな場所だけど、一人じゃ寂しい場所なの」

「ルナ!」

「助けて……ねぇ、お願い……」

じりにつぶやくは背中を向けたまま、窓枠に手をかけ隣にある椅子の上にゆっくりと立った。

「もう、イヤなの……こんなところ」

の片足が窓枠にかかり、紺のスカートが風にわずかにたなびく。

「だめだ!」

アキツは駆け寄りの手を摑もうとするが、それよりも早くは窓から転げるように落ちた。アキツは危険を顧みることもなくれようと、椅子をけり倒し窓から空に向かって飛んだ。

アキツの足元にが転がっている。ざっくりと頭が割れ薄いピンクのをした脳の一部がかない彼の周囲に散らばっている。

興味深そうに群衆がその近くに集まり、手にしたスマホでその様子を撮影している。

「やめろ、撮るな!そんなのいったい何が見たいんだ!お前たちは」

アキツの靜止する聲に群衆は耳を貸さず、中には撮ったものは見返して笑っている者もいる。

(ボウくん……これが正しい世界の在り方だと思う?)

ルナの聲が聞こえたような気がした。

正面の暗闇に垂れ下がった一本の糸だけが見える。どこから延びているのか分からないほど、それを天へと続いていた。

(この糸をのぼってくれば私がいる場所に來れるのよ、ううん、のぼる必要なんかない、私がこの席から引っ張り上げてあげる)

アキツは手をかけようとしたが思いとどまった。ばそうとした腕を何か溫かくらかいものが自分の方に押し返すようながした。

それはアキツがいつかどこかでれたことのあるじであった。

「ルナ……君にはもう一度會いたかったけれど……そうだね、もう、君は……いないんだよ、それに本當のルナだったらこんな面倒くさいことは絶対にしない……いつだって君は……」

アキツはありありと自分の過去を思い出すことができた。なぜ、自分があの時の出來ごとを記憶の部屋ごと閉ざしていた理由も一緒に。

「だから……この蜘蛛の糸はもう僕には必要のないものなんだ……」

アキツは細い糸を力いっぱい握り、そして、地面にこぶしを叩きつけるようにして糸を切った。

サイレンの音が辺りに響き渡り、車のクラクションの音や人々のざわめきが聞こえてくる。

「さすが上様、人形の糸を切ったようじゃの」

シャンが肩の上に立ちアキツの頭の上で頬杖をついていた。アキツは自分が現実の世界に戻ったことを知った。

「人形は?」

「あの通りじゃ、糸を切られたり人形なんて、みなあのようなだらしのないじゃ」

隊員が遠巻きにしている路上に人形が崩れるような勢でうずくまっているのがアキツの視界にった。

「あとこんなのがどれくらいいるのかな」

「分からぬがなくはない……でも、上様なら大丈夫じゃ」

「どうして?」

「上様は客人からさほど嫌われてはいないというのが今の接で分かった、あそこまで同調できるなんて予想以上じゃった、ひょっとすると客人は上様をれられる存在と認識したのかもしれないのぅ」

「だろうな……」

アキツの返事に珍しくシャンが不思議そうな顔をした。

「ほう、どういう理由でじゃ?」

「向こうの世界に……あの子が……ううん、あの子の殘していった心があるからだと思う」

「それは聞き捨てならぬのぅ」

「シャン、本當は知っているんじゃないか」

「メモリを検索してもその答えはさ、さっぱりと見當たらぬし、う、上様に隠しごとなど……」

アキツは手を頭の後ろに回し、揺しているシャンを優しく抱きかかえた。

「な、なにをするのじゃ!」

「シャン、僕はシャンと出會えたことに本當に謝している、ありがとう」

突然のアキツの行と言葉にシャンは頬を赤らめた。

「な、何を言うかと思えば……う、上様は……」

「何?」

「何でもない、なな子を早く見付けるのが上様の最初の目的ではなかったのか」

「あ、そうだった、なな子さんは!」

シャンのプログラムに今までにない心地よいノイズが続いていく。

(人の心をれる……信じる人とつながると自が安定する……ノイズのようでノイズではないこのの流れ……これが……オリジナルの隠されていた……)

アキツに見えないようにシャンはそっと優しく微笑んだ。

ウラジオストクや青島からロシアと中國の複數の空母を伴う主要水上艦隊と北海艦隊がそれぞれ日本海に向けて出港したことが米軍から日本政府に正式に伝わったのは、この六時間後のことであった。

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