「寵って、買い被りですよ。そりゃあ、一人立ちをさせてもらった後も共同研究を々やりましたけどね。……エレクトロキネシスか神応系ねぇ。そういえば、その二つは高原先生にとっては同じだと言っていましたね」

「同じ？　あまり聞かない説ですね」

珍しい考え方だ、とヤマダは左眉を上げた。

「高原先生にとっては仮説じゃ無かったらしいですよ。まあ、こんな話をしたのは十五年くらい前ですけど」

「詳しくその話を教えてください」

「ちゃんとは覚えてないですよ。何かの、ああ、そうだ、日本ＰＳＩ學會だ。九月の學會の打ち上げで先生と話してたんです。思い出してきた。その年の學會で神応系のＰＳＩについて発表してた教授が居ましてね、人のが分かるエンパスについての発表で、高原先生がそれに質問してたんですよ」

「どのような？」

「『そのエンパスは何をパラメータとしてを読み取っているのですか？』って質問でしたね。まあ、エンパスでも何でもなくて、異様に観察力が優れたメンタリズムが出來るキョンシーだったってオチだったんですけどね」

ハハハと平野は思い出し笑いをした。

「その日の夜、僕と先生は飲みに行ったんですよ。もつ鍋の店だったかな？　で、飲んでた時に神応系のＰＳＩの話題が出たんです」

平野は若い頃の自分を思い出したのか、うんうんと思い出を噛み締める様に自の右上を見上げた。

「僕はこう質問したんです。『結局神応系って何なんでしょうかね？　僕達がそういうキョンシーを作れる様にると思います？』って。先生は結構飲んでて、まあ、退職が近かったからかもしれないですけど、顔が真っ赤にってましてね、こう言ったんです。『平野君。神応系という言葉を使うから語弊が生まれるのだよ』」

「語弊と來ましたか」

ヤマダは知り合いが持つ何かの神応系ＰＳＩ持ちのキョンシーを思い浮かべた。

「先生の舌はいつもよりも回ってましてね。『神応系とは人間の脳波に敏だったりそれにアプローチするＰＳＩです。脳波とは人間の脳の電気信號が作り出した只の力場の波。じゃあ、エレクトロキネシスであれば神応系ＰＳＩを再現できるじゃないですか』って。當時でも、今でもまあまあな暴論ですけど、先生がそんな事を言うのは珍しかったから僕は突っ込んだ事を聞いたんです」

機の茶を一口飲んで平野は言葉を続けた。

「『エレクトロキネシスで人間の思考やが分かるって言うんですか？　エレクトロキネシスは出力に優れたＰＳＩで決しては高くないですよ？』って、當たり前の事を言ったんですよ僕は。先生は僕の事を分かってない奴だと首を振ってこう言ったんです。『平野君、それは世界に発現したエレクトロキネシスと呼ばれているＰＳＩの出力が高過ぎて作が低過ぎるだけですよ』って」

出力が高過ぎて、作が低過ぎる。偶々現存するエレクトロキネシスのスペックが神応系に分類されるのには遠過ぎるだけ。

なるほど、とヤマダは高山一彥がどう考えていたのかを理解した。強烈に低い出力と激烈に高い作という極限られたエレクトロキネシスの一部が神応系として発現すると主張しているのだ。

「それだけ神応系とエレクトロキネシスが同じだと主張するという事は、高山一彥は神応系に詳しかったり開発したりしたんですか？」

「いや、全く。研究はしてみたかったみたいですけど、當時先生はエレクトロキネシスの権威で、他の研究テーマが山の様にありました。定年も近かったから今更新しい研究テーマに、それも當時と今のトレンドから完全に外れたに手を出すのは躊躇ったんでしょうね」

「偉くなった研究者にあるあるですね。今まで自分が積み上げてきたが新しい分野に手を出す事の邪魔をする」

「全く同じ事を先生も言ってましたよ」

ハハハ、と平野は笑った。

「もしも、仮に全てのしがらみから解放されたとして、高山一彥はキョンシーの研究を続けると思いますか？」

ヤマダは最後に質問した。答えをヤマダは知っている。映像で高山の姿を見ているからだ。

「當たり前です。高山先生はキョンシーという、ＰＳＩという分野をしています。いつも言ってましたよ、『もっと未來に生まれたかった。そうすれば今よりももっとキョンシーとＰＳＩの事を知られたのに』って」

＊

「貴重な話をどうもありがとうございました」

平野との話も終わり、ペコリとヤマダは頭を下げて立ち上がった。

続いて平野も立ち上がる。平野は途端に顔を神妙なにして、考え込む様に眼を伏せた。

ヤマダが居室を出て行く直前、平野は意を決した様に問いを放った。

「先生が、何かをしたんですか？」

シカバネ町のキョンシー犯罪対策局と言えば、キョンシーに攜わる者で知らぬ者は居ない。

その中で実行部とは世界でも有數のめ事処理屋であり、悪名も悪評も知れ渡っていた。

曰く、実行部は災害だ。奴らが通った後は悪黨の骨さえ殘らない。

數ない、國から裁量の殺人権を持ったのがヤマダ達である。

そんな人間達の、それも最もイカレタ奴らが集まると言われる第六課の人間が、恩師の所在や研究を問いに來たのだ。平野の頭には最悪の想像が広がっているだろう。

「守義務を行使します」

ヤマダはマニュアル通りの対応をした。真実を話した所で何にると言うのだろう。

あなたの恩師が非合法なキョンシー開発に関わっていると正直に言ったとして、平野にとって百害あって一利無し。

高山一彥の所在は未だ摑めていない。あの火事の前に逃げたのか、はたまた死んだのかさえも不明だ。

「僕は先生の弟子です。先生に何があったんですか？」

平野は食い下がった。五十に屆こうしている研究者がヤマダの様な小娘へ真剣に眼を向ける。

――面倒ですね。

ヤマダは心溜息を付いた。こういう輩が居るのだ。の事にると視野が狹窄し、求める意味の無い答えを人に聞く輩が。

「アナたが知っタとして、どうスルのですカ？」

外面をヤマダは止めた。突然、口調が片言にったヤマダに平野は驚き、口を閉じる。

「あナタは研究者デス。キョンシーを開ハツする人間でス。ワタシ達は違イマス。キョンシーで壊ス人間デす。互いにイ見を求メる事はアルでシょう。デスが、深イリはヤめましょう。火に飛ビ込むニン間を助ケル気はありマセン」

「……分かり、ました」

「ええ、それでは、貴重なお話をありがとうございました」

再び、頭を下げて、ヤマダはセバスを連れて今度こそ平野研の居室を後にした。

＊

「セバス、次ノ場所へ」

「承知いたしました、お嬢様、二時間ほどで到著いたします」

栄大學の正門にて、黃いポルシェの後部座席に乗り込み、座席に置いていたノートパソコンを開く。

セバスは恭しく頭を下げた後、前方の運転席へ乗り込み、緩やかにアクセルを踏んだ。

心地好い加速を見せながらヤマダ達の乗るポルシェは道路へと出て行き、次の目的地へと進路を定めた。

――次の場所は何処でしたっけ？

ヤマダは今日後三ヵ所高山一彥の知り合い達を回る予定だった。

カタカタカタカタ。ノートパソコン上に神応系ＰＳＩの報が次々に浮かんで來る。

とは言っても、パイロキネシス、エアロキネシス、エレクトロキネシスの三大ＰＳＩと比べると神応系の數は數百分の一程度の割合でしか事例が無い。

ない事例の中でも、大抵がエンパスでごく稀にワトソンのサイコメトリーの様な特殊なＰＳＩがあった。

――そういえば、ワトソンのサイコメトリーは質に吸収されたの報を読み取ってるのでしたね。

超高度な學ディテクターとレーザーを使えば、家屋のガラスの劣化合から住民達の暮らしぶりを再現できるという。

ワトソンのサイコメトリーはそれに近い技だと過去にヤマダは聞いた事があった。

神応系ＰＳＩとは何かしらの機能が異常に特化したキョンシー達に発現する。

その中で一番多い覚の発達は覚だ。ワトソンが常日頃手袋をしているのは、していなければにれる度サイコメトリーを発してしまい使いにらないからだ。

――覚の異常な鋭敏化。

ヤマダはふと自分の皮が全て眼球に変わった姿を想像した。

服にられ地面にブチュブチュと押し潰され、転ぶものならブチブチとゼリーの様に引き裂かれる。

――んー、想像だけでも痛いですね。

やだやだと、ヤマダは頭を振って想像を止める。

神応系ＰＳＩを持つキョンシーが比較的早くダ(・)メ(・)にるのも人間の覚に當て嵌めるなら納得だった。

――おっと、大分京香に毒されてますね。

ヤマダは上司の顔を思い浮かべた。キョンシーを人間の尺度で測ろうとする奇特な人間。

あの上司の場合はし違うのだが、朱にわれば赤くなる、京香の考え方に侵食されている事実をヤマダは認識した。

――昔の私がしいといえばしいですね。

昔、と言っても數年前。まだ十代半ばのだった頃、ヤマダにとって世界は人間、キョンシー、そしてセバスで構されていた。

あの頃の世界はシンプルでしかったと思うが、だからと言って今の雑多で不揃いな世界に生きる自分も嫌いではない。

そもそもヤマダの自分への評価は常に〝好き〟から始まる。好きか、すごく好きか、の間で揺れく事はあれどマイナスへ自分への好度が振れる事は無い。

――京香も私の様に考えれば楽なのに。損な格ですよねぇ。

背負わなくても良い荷をわざわざ拾ってしまう上司の在り方にヤマダは心肩を竦める。

カタカタカタカタ。神応系ＰＳＩを調べつつ考えていたら、ヤマダのスマートフォンがピピピとアラームを鳴らした。

第六課のグループトーク畫面に京香のメッセージが上がっていた。

メッセージを読むと京香からヤマダへ質問というか追加の指令が來ていた。

京香からの文面はこうであった。

《霊幻が野良キョンシーと戦した時、野良キョンシーが途中で逃げたじゃない？　何でだと思う？　霊幻の視覚映像はそっちも持ってるから、可能考えられるだけ上げてくれる？》

――何言ってんでしょう？

時々、京香はこう言う突発的な指示を出す事があった。

これは京香の直に依るである。

――あんまり馬鹿にできないから困るんですよね。

何故だか、こう言う時の京香の直は得てして核心を突く時があった。

ヤマダは一度神応系ＰＳＩについて調べる事を止め、霊幻の戦闘データを見た。

畫面は霊幻が壁面へ跳び、著地した直後に火柱が生まれた時から再生される。

壁面へ著地した直後の絶対に避けられないタイミングでの火柱。

一瞬で火達磨にった霊幻は全へ紫電を纏い、炎を剝がす。

『ちっ！』

霊幻が炎をはがした直後、部屋の奧に居たのであろう野良キョンシーは舌打ちした。

そして、

ガタッ！

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ！

このキョンシーは千平方メートル強あるフロア全をパイロキネシスで燃やした。

――京香はこれに何の違和を持ったのでしょう？

首を傾げながら、ヤマダはこの場面から野良キョンシー達が逃げた理由を考え始めた。