機械であるラビィ・フルトと、生であるノーラ・タルスコットの格闘戦が始まった。

ラビィは単獨で敵地に潛してサボタージュを行う等の、多目的撹行為を主としたMMHシリーズ開発の為に設計されたプロトタイプである。

プロトタイプと言う存在であったラビィには実験の為に様々な機能が搭載されている。

負荷実験の際に壊れない様にとの思慮の元、過剰なまでに蓄積された修理用の極小機械群(ナノマシン)。

彼を形作っている骨組み――すなわちフレームにも高純度の特殊合金が使われており、生半可な事では損傷は負わないし、けたとしてもナノマシンが直に修復を開始し始める。

それ等の事実から考えるに、ラビィを戦闘不能に追い込むのならば絶大な威力を持った武で一気にダメージを與える必要がある。

突然自分に立ち向かってきたラビィの攻撃をけ流しながらも、ノーラは自分が相対している乙が只者ではないと直に気付いた。繰り出される一撃はどれも早く、重い。だが――。

ノーラはラビィが放ってきた右ストレートを前進しつつ半で回避すると、そのままばしきったラビィの右腕を左腕の脇に挾みこみ、左の膝をラビィの脇腹へ至近距離で強く叩き込んだ。 常人ならすぐ床に転がって悶絶する事は間違いなしの強烈な一撃であったのだが、表一つ変えないラビィの様子を間近で見て取ってノーラは驚愕で目を見張ってしまう。

その隙を見逃す訳も無く、ラビィは挾まれてる右腕を軽々とかしてノーラを床へと無理矢理叩き付けようとしたが、それに間一髪で気付いたノーラは直に背後に飛び退いた。

「そう……貴方は機械ね? ヒューマノイドなんて貴重なを目にするなんて想像してなかったわ」

ラビィはそれに答えることはせず、力強く床を蹴り出してノーラへと瞬時に薄する。

しかし、ノーラはそれに慌てる事無く冷靜に瞼を細めつつ、ラビィが繰り出す攻撃を待った。

ラビィは地面を低くらせる左のローキックを放つが、僅かに風切り音を伴っていたソレすらも軽々とノーラはかわしてしまう。

その原因は明確であり、ラビィの『圧倒的な経験不足』によるだ。

ラビィには様々な格闘が知識としてインプットされているのだが、ソレを使いこなすにはラビィはまだ"すぎ"た。

今ラビィが放った左のローキックは威力もスピードも完璧だが、放ったタイミングはお末もいい所だ。

の僅かな揺れによるフェイントも、視線を駆使してのフェイントも行わずに放たれる攻撃は、どれだけ鋭さを伴っていても百戦錬磨のノーラには脅威では無い。

その証拠に次々に放たれるラビィの殘像を伴う攻撃をかわし、いなしているノーラのに決定打がる事はない。

だが、ノーラの浮かべている表には徐々に苦々しいモノが浮かび始めていた。

その理由は単純明快、ラビィが次々に放つ攻撃は途切れる様子を見せず、威力にも衰えが見られないからだ。

最小限のきで攻撃を回避し、け流しているとは言え、ノーラにはしづつ疲れが蓄積され始める。

一息を吐く間もなく、攻撃をけ流している部位には徐々にダメージが重なって熱を持ち始めていた。

ノーラのミスは一つ、ラビィが機械である事を見抜いた所まではいいが、その後の対応を"対人"用のままにしておいてしまった事だ。

見た目、と言う要素は戦闘の際にも重要な部分を占める。ラビィの巧な作りはノーラにある種の混を呼び込んでいたのである。

とは言え、ノーラとて自の容姿を磨き上げ、ならず者達の油斷をっていたと言う経験があるのに――。

「なんて、無様……!!」

思わずノーラはそう悪態を吐いていた。

そして、気付けば自が壁際に追い込まれていた事を悟る。

その直後、ラビィは右フックをノーラへと放つがそれは回避された。

しかし、ラビィはその勢いを殺さずに自のを大きく回転させ、左足による回転蹴りを繰り出そうとする。

瞬間、ノーラは不可解に思う。

相手が放とうとしている大技は己の背後にある壁に阻害されそう――。

そこまで考えた所で、ノーラは大きく右に飛びのいていた。

ノーラのその判斷は正しく、ラビィが放った回転蹴りは"壁ごと削り取って"ノーラへと迫ってくる。

しかし、その無茶な行為の代償で僅かに速度が低下していた為、その蹴りは目標に屆くことはなかった。

そして、その壯絶な景を目撃したノーラはそこでようやく自の考えを切り替える事に功する。

――"アレ"は人間ではない。ただの機械だ。

床を転がってラビィから距離を取り、勢を立て直したノーラの脳には既にそう強く刻み込まれていた。

そんなノーラの変化に気付かぬままに、またラビィが床を蹴り飛ばして追撃を開始する。

勢いをそのままにラビィは左の飛び膝蹴りを繰り出す、ノーラはソレを左へと飛びのいて回避するが、次にラビィは用に勢を空中で変えると右の蹴りを放った。

曲蕓染みたその攻撃に面食らうも、ノーラはソレを何とか右腕を上げてけ流す。が、右腕に刻み込まれた痺れが予想外に強い事に舌を巻く。

――百式のパワーと同等? いや、もしくは上回っている!? 一つ言える確かな事は……スピードは間違いなく目の前の"機械"が勝っている!!

百と言う三桁ナンバーを背負う、様々な機械に存在する上位互換『百式シリーズ』には多様なタイプが存在しており、そのどれもが強敵である。

ノーラとて百式と戦した事は幾度となくある。が、それは奇襲で高火力を叩き込んで一気に戦闘不能に持ち込む事が殆どであった。

しかし、彼は一度だけ下手を打って仕留めきれず、今回の様に格闘戦に持ち込まれた事がある。

――その時に覚えた百式の驚異的なきを、目の前のヒューマノイドは凌駕している!!

ノーラはその事実に戦慄し、自のに冷たい汗が流れた事をじ取った。

だが、何時までも押されているノーラではない。

自分の思考を切り替え、相手の実力を段々と把握し始めた彼はそこで初めて反撃を開始する。

地面に降り立ったラビィへとノーラが瞬時に距離を詰め、勢いを殺さずに素早く左手の直突きを打ち放つ。

完璧な隙を狙って放たれたソレは安々と回避できるモノではないのだが、ラビィは立ち眩みを起こしたかの様な摑み所の無いきで上半を後ろへ倒してソレをかわす。

しかも、ラビィはそのまま地面に倒れこむ事はなくきをピタリと止めると、自の間合いに飛び込んできたノーラへ右足を使って鋭い前蹴りを放つ。

不安定な姿勢だと言うに放たれた前蹴りは大きな風切り音を纏っていたが、ノーラの脇腹へとラビィの爪先が屆いた瞬間には、既にノーラはを半にして衝撃を逃がす事に功していた。

大きく間合いを詰める事に功したノーラは、そのまま大きく右手を振りかぶると迷い無くラビィの顔面へと振り下ろした。

対するラビィは地面を踏みしめている左足と背中に力をれると、そのまま素早く起き上がってノーラの右拳に額をぶつけて迎撃する。

ノーラの拳が最大速度に到達する前だと言うにぶつかった拳と額の音は大きくフロアに響き渡り、そこでようやく混を収めつつある人々の注目を惹き始めた。

「っく……頑丈な子ね。それに無茶苦茶な戦い方だわ。は顔が大事ってインプットされてないのかしら? お嫁に貰ってもらえないわよ?」

ノーラは顔を顰めながらラビィから距離を取って右手を開くと、熱を逃がすかのようにプラプラと振りながら軽口を叩く。

対するラビィはゆっくりと勢を立て直し、構えを取りながら無表で言い放つ。

「ご心配なく、ラビィは既に沿矢様の""です」

「――! ふ、ふふふ。そうなの? 面白い子だとは思ってたけど、ヒューマノイドを従えてるなんて……ね」

ラビィの所持者が沿矢である事を聞き、ノーラは驚きに目を見張った。

ヒューマノイドなんて言う"レア"は、てっきり殺害予告を聞いて組合所が用意した沿矢の護衛とでも思っていたのだが――。

そう考えたのも束の間、ラビィはまたもやノーラへと突貫を開始する。

ノーラはやむなく思考を打ち切り、銀髪の乙へと迎撃の攻撃を放った。

二人が戦闘を開始してから數十秒の時が経ち、ようやく事態を把握し始めた警備員の數名が二人を取り囲んで警告を放つ。

「そこの二人!! すぐに戦闘行を中止しろ!!」

一人が手に持ったショットガンを見せ付ける様に揺らしてそう言うが、二人はきを止めない。

いや、正確に言えばノーラは僅かに視線をかして悩む素振りを見せた。

何故なら彼の中では既に"目的を果たした"事になっているのだから、これ以上爭う理由がないのである。

沿矢の死亡は間違いないと、ノーラは既に確信を抱きつつあった。

ノーラが確かめるようにチラリと沿矢に視線を向けるも、未だに沿矢は地面に伏せたままである。

これ以上の戦闘継続は不か――。

ノーラは素早くそう判斷を下すやいなや、ラビィの放ってきた左フックを軽くスウェーで回避し、そのままラビィに背を向けて取り囲んでいた警備員の近くへ行くと、両手を挙げて降伏の意を示した。

當然、ラビィはその後を追って勇猛果敢に突撃を開始しようとしたのだが、自の足元にゴム弾が撃ち込まれた事でソレを停止する。

スッと向けられた生気をじさせないラビィの冷たい眼差しをけ、警告の為に引き金を引いた警備員の男は何とか言葉を搾り出す。

「こ、今度は警告では済まさないぞ!! わ、分かった……ら?」

警備員はそう言葉を詰まらせ、口を大きく開け放ったままできを止めてしまう。

その理由は一つ、急に微笑を浮かべたラビィの眼差しが自の背後に向けられたからだ。

彼はラビィの急激な雰囲気の変貌に興味を惹かれ、彼の視線を追う様にして思わず警戒行を忘れて自もそちらに視線を向けてしまう。

そして次に自分の視界に飛び込んできた驚愕の景に、堪らず警備員は銃を手放してしまいそうになる。何故なら――。

――ユラリと、その表現が見事に合うきで沿矢が悠然とを起こしていたからだ。

沿矢が著ていた防弾ベスト。

グレードⅤの厚みのあるケブラー繊維をレイルガンの弾丸は突き破り、中の特殊合金プレートは弾丸が帯びていた熱で僅かに融解している様子が確かに見える。

ソレだけじゃなく、特殊合金プレートには衝撃の強さを表す様に幾つも"波"ができていたのだ。なのに――。

「なんで、立てる――?」

警備員は呆然と掠れた聲で呟いた。

沿矢がけた衝撃は絶大なだった。

それはベストに刻み込まれた痕と、沿矢が弾き飛ばされた時の景を思えば間違えようの無い事実である。

しかし、沿矢は確かに二本の足でフロアの床を踏みしめ、悠然と立って見せた。

混に包まれていたフロアの喧騒は沿矢が立ち上がった事で一旦鳴りを潛め、誰もが呼吸を止めて彼を注視する。

コンクリートの壁に激突した時に損傷したのか皹がったヘルメットをぎ捨てると、沿矢はノーラを真っ直ぐに見つめて言う。

「……おで覚悟が出來ました、ノーラさん。俺は貴方を――――殺す」

沿矢の瞳に宿ったと、彼が靜かに放った言葉にフロアに居た者達は寒気をじ取った。

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――俺は聖人君子ではない。

確かに俺はノーラさんに好ましいを抱いていたのだが、こうも見事に殺されかけたとなれば話は別だ。

それに俺がけたあの一撃は下手をすれば、周りの人達にも害を及ぼしていても何らおかしくない程に絶大な威力であった。

しかも、彼はご丁寧にも追撃の一撃を放ってくる始末。

ラビィの素早い機転がなければ、俺はそれをマトモに食らっていた事は明確である。

――ふざけるなよ。理由も告げず、こうまで一方的に強な手段を取ってくるなんて冗談ではない。

沸々と自のの中に湧いてきた、これを味わうのは二度目だ。

しかし、それは今にも掻き消えそうな程に頼りなく揺らぎを見せ始めている。

恐らく、まだ俺の心中にはノーラさんの事を気遣ってしまっている部分があるのだ。

だが、そんな弱みを抱えたまま彼と相対したら今度こそ命取りになりかねない。

だから――俺はそのを確固たるとする為に言葉を吐き出した。

「おで覚悟が出來ました、ノーラさん。俺は貴方を――――殺す」

そう殺意を明確に言葉にした途端、俺は自分のが強く波打ったかの様な錯覚を覚えた。

俺の言葉をけ、驚きに満ちていたノーラさんの表は徐々に苦蟲を噛んだ様なモノへと変わっていく。

それは今まで微笑を絶やさずにいた彼には酷く似合わない醜態さであったが、俺は何故だがソレが極自然なに見えてしまった。

恐らく、アレが彼がにめていただ。

言葉をわさずとも、俺には何故か素直にそう分かってしまう。

ノーラさんは自分の傍に居た警備員から素早く銃を取り上げると、それを俺に向けてきた。

組合の警備員が使っている銃にはゴム弾が使用されていると言う事が分かっている俺は、ソレを避けようともせずに歩み始める。

瞬間、彼は一歩を踏み出した俺に僅かの躊躇も見せず撃を開始した。

一撃目だと言うに早くもゴム弾が俺のを捕らえたが、俺は歩みを止めない。

ニ撃目と同時に素早く撃たれた三撃目も両足へと著弾したが、俺は気にしない。

僅かに戸いを見せたかの様に遅れて放たれた四撃目が額を強打したが、俺は痛みをじていない。

『な、んだ……あの小僧は? 一どうなってやがる』

『あ、當たってないのか?』

『馬鹿が!! そんな訳ねぇだろ、ちゃんと見てれば分かる!!』

『一何なの? あの子は……』

周囲の人達の驚きの聲をBGMに俺はノーラさんの元へと著々と近づいて行く。

ノーラさんは其処で初めて恐怖と困がり混じったかの様な表を浮かべると、遂に所持していた武を放り出して駆け出してしまう。

「ラビィ!!」

「――はい、沿矢様」

俺が後に続ける言葉を察してくれたのか、ラビィは素早くき出すとノーラさんの行く手を遮った。

それを確認して俺が駆け出そうとした所で、警備員を數名引き連れた川さんが俺の前に立ち塞がる。

「き、木津君!! 落ち著きたまえ、まずは治療をけたほうがいい!! タルスコット殿の事は我々に任せるんだ。今回の被害が彼の手によるだと言う事は一目瞭然だ!! まずは我々が彼を捕らえるから、それから――」

「ご、五階長殿!!」

川さんが早口に捲くし立てて俺を説得しようとした所で、彼に付き従っていた警備員の一人が大聲を上げてソレを遮ってしまう。

苛立ったかの様に川さんは大聲を上げた警備員に視線を向けると、彼はある一點を指していた。

俺もソレに釣られて視線を向けて――絶句してしまう。

「ふふ……予想外? いえ、沿矢様。貴方には"何か"があるとは思ってはいましたが、レイルガンの直撃をけても無傷だとは思ってませんでした。しかし、それくらいの"何か"でないと納得できませんわ。無力な輩に壊し屋が殺された訳ではないのだと、それを知る事が出來て私は深く安心しています……」

「ぐ、ぃ……」

そう法悅した表を浮かべながら話すノーラさんは何時の間にか警備員の一人を床へ組み伏せており、左手で彼の首を摑んでいた。

ラビィはし離れた所でソレを見守っていたが、ふと俺に指示を問うかのように視線を向けてくる。

俺はラビィが人質を無視しない慎重さを持ち合わせていた事に強い心を抱きつつも、瞼を伏せて首を橫に振った。

「沿矢様。貴方と戦う事に異論はございませんが、此処で戦うには々狹すぎる。良ければ場所を移しませんか……?」

「……人質の命を助ける代わりに俺に死ねとは要求しないんですか? 態々不意を突いて俺を殺そうとしたんだ。まさか騎士道神に目覚めたとか今更言い出しませんよね?」

「ふふっ、何か誤解があるようですね。レイルガンを使った一撃は私がじていた貴方の異常を見抜く為のでもあり、それが無かったとしても沿矢様が楽に逝ける様にとの、私の優しさも混じっていた一撃でしたのよ? そして私の予想通り貴方は"何か"を持ち合わせていた……大変に喜ばしいですわ。できればHE弾も叩き込んで沿矢様の異常を確かめつつ、痛みで苦しんでいた場合は楽に死なせたかったのですが、それは銀髪のお姫様に阻止されてしまいました……」

ノーラさんはそう言いながら、右手で懐……と言うか元を弄くって何かを取り出す。

彼が取り出したのは指一本分ほどの細さと長さを持つ極小の機械であり、何とか俺の視力のおでソレを捉える事ができた。

ノーラさんはソレを見せ付ける様に右手で高く持ち上げると、楽しげに問いかけてくる。

「これ――実は保険でしたの。沿矢様が生存していた時には思う存分戦える様にと、私が設置した仕掛けを解除する為の。用意してて正解でした」

「タルスコット殿!! いい加減にして下さい!! これ以上、事態を大きくすると貴方の為になりませんよ!!」

川さんが一歩前に踏み出してそう怒鳴ったが、ノーラさんは彼に興味を見せる事は無く、フロアに飾ってあった時計に視線を向ける。

俺も彼に釣られて時計を確認すると、もうすぐ時計の針は朝の十時を告げる所であった。

「それでは皆様。組合所の正面にある大通りの果て、そこにある廃墟をご覧下さいな」

ノーラさんがそう告げると、自然と組合所に居た人達の視線が外に向けられた。

俺も其方に視線を向けた直後、赤いが視界に飛び込んできて度肝を抜かれてしまう。

赤いを確認した後には、腹の底まで響くような轟音が組合所を揺らした。

本當に大きな発だった。廃墟とは言え、建を全壊させる程に強力な発。

向けた視界の先では廃墟はもう確認できず、代わりにそこに廃墟があった事を主張するかの様に、土煙がもうもうとヤウラの上空へと立ち上っていく。

衝撃的な出來事を目撃した人々は口を噤み、組合所はしばし沈黙で包まれた。

「"最初の発"ですわ。私、実はヤウラの様々な場所に時限弾を設置させて頂きました。で、これはその解除裝置と言う事ですわね。ふふっ、私の要求に従ってくれるのならば解除してあげます。それと次の弾は十分程で発しますわ、その次の弾も同じ……。ですから、決斷はお早めにお勧めしますわ。設置した數は當然にさせて頂きます。その方が事態が切迫するでしょうから、脅しにも効果が出ますでしょう?」

「た、タルスコット殿。貴方は自分がしている事を理解しているのですか!? 取り返しのつかない事ですよ!?」

「勿論、理解してはいますわ。むしろ狀況を理解してないのは五階長さんではなくて? 私が起こした行を思えば、説得などできるはずがないと判斷して下さいな」

ノーラさんは嘲る様な笑みを浮かべ、川さんにそう告げた。

川さんは絶句と言った様子で言葉を詰まらせ、怒りに震えるかのように顔を僅かに赤く染め上げていく。

俺は一息吐くと、一歩前に踏み出してノーラさんに語りかける。

「分かりました。で、その要求と言うのは……?」

「ふふっ、沿矢様は聡明ですわね。話が早くて助かりますわ。私の要求はただ一つ、沿矢様との戦いに邪魔がらない事、これだけですわ。私が貴方を殺したら解除裝置のスイッチを押す。逆に貴方が私を殺せたら、私から裝置を奪って解除すればいい。それと――私を遠距離から狙撃して無効化しようなどとは考えない事ですわ、五階長さん。もしそうするなら一撃で仕留めないと私は橫槍がったと見なし、解除裝置を即座に破壊しますから……ね?」

ノーラさんはそう言うと川さんに視線を向けて妖しく微笑んだ。

彼が告げた要求を聞くと、組合所の気溫が急激に下がったかのように俺はじてしまう。

どちらかの死で終わらなければ時限弾は解除しない。彼はそう言ったのだ。

ノーラさんは本気だ。

それは今まで彼が起こした行と、彼の瞳に宿る強い意志を見ればすぐに分かった。

だが、俺とて覚悟は既に決めている。俺はノーラさんに向かって力強く一つ頷いて見せる。

「じゃあ、戦う場所は組合所の前にある大通りでいいですか? さっさと始めないと次の弾が発してしまう」

俺はそう言ってフロアに飾ってある時計に視線を向ける。

先程の発から既に二分は経過している、このままでは不味い狀況だ。

ノーラさん俺の提案を聞くと満足そうに頷き、警備員の首から左手を離して立ち上がった。

「えぇ――えぇ!! 良いですわ、それでいい!! ああ、なるほど。今なら貴方が壊し屋を殺せたと言うのも納得できます!! だからこそ――この怒りを抑えきれない!!」

ノーラさんは大きく歯を向いた獰猛な笑みを浮かべながらそう言い、何かを抑えるかのようにを強く押さえた。

彼が高らかに言い放ったその言葉を聞き、組合所にどよめきが沸き起こる。

『こ、壊し屋を殺したとかってどういう事だ? あの小僧が本當に?』

『馬鹿!! あのイカれちまってるんだよ!! 正気じゃねぇってのは見ればわかんだろうが!!』

『で、でもあの子レイルガンの直撃をけて何とも無いのよ? その事を考えると、彼が言ってる事も真実味を帯びているとは思わない?』

『なんだっていい!! くそ、意味わかんねぇ狀況だぜ……』

周囲の誰もが困した眼差しで俺を見てくるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

俺はレイルガンの砲撃をけて大きくが開いてしまったローブをぎ捨て、ゆっくりと組合所の外へと歩み始める。

「沿矢様」

「沿矢。アンタ……本當に良いの?」

り口に向かう途中、俺に付き添う様な形でラビィと里津さんが合流してきた。

俺は里津さんの問いかけに一つ頷くと、微笑を浮かべて謝の言葉を告げる。

「はい、どうしようもないですしね。それと、この裝備を用意してくれて本當に助かりました。コレがなかったら俺は死んでたでしょうし」

グレードⅤの防弾ベスト、これが無かったら最初の一撃で俺はお陀仏だっただろう。

それにいくら衝撃に強いとはいえど、俺の部には僅かにジンとした鈍い痛みが渦巻いていた。

その事を考えると、レイルガンの砲撃によって生まれた衝撃は相當に強かった事が伺えると言うだ。

俺の謝の言葉を聞き、里津さんは戸ったかの様な表を浮かべて言葉を返す。

「べ、別にそれはいいんだけど。……逃げたっていいんじゃないの? あのが正気じゃないって事は一目瞭然よ!! 弾どうこうはもう仕方ないって割り切ってしまえばいいじゃない!! アンタを責める奴がいたら、それは事が碌に分からない様なアホよ」

「里津の意見に同意します。沿矢様、あの"敵"は中々に手強かったです。ラビィのサポートもなくして相対する事は大変危険な行為です」

「ラビィも……本當にありがとうな。ラビィがいなかったら狀況はもっと最悪になってただろうしな。けど……俺は逃げないよ。もしそうすれば彼はまた人質でも取って俺を戦わせる事を強制しそうだし。それに今の條件なら――俺が彼を殺せばいいだけだ。負けても弾は解除してくれるらしいし、損は無い」

俺が言葉の後半を吐き捨てる様に言うと、里津さんは一つ溜め息を吐いて俺の頭を小突いた。

「止めても無駄そうだからもう止めないけどね……。しは冷靜になりなさい。相手は二つ名持ちの凄腕なんだからね? ただ闇雲に突撃した所で勝ち目は無いわよ」

「はい、アドバイス謝します!! それにそう心配しないで下さい、彼はまだ俺の力強さには気付いてはいないんです。最初の一撃に全てを賭ける様にします」

そうなのだ。

ノーラさんが気付いたのは俺の耐久力の高さだけである。

彼に素早く接近し、一撃を上手く加える事ができればそこで全て片付く可能が高い。

――武鮫を裝備している左手の攻撃は流石に警戒しているだろうが、ソレを上手く餌にして右拳を打ち込む事に全力を盡くそう。

俺が一通りのプランを立てながら遂に組合所の中から抜け出すと、街中には小雨が降り始めていた。

大通りには急変した事態の様子を伺う為に大勢の人が居て、発で崩れた廃墟とり口が破壊された組合所を互に見る様にして視線を忙しなくかしている。

俺は一旦足を止めると、これから戦う場所の人の多さにどうしたもんかと悩んでしまう。

しかし、そう悩み始めて數秒後に背後から川さんが追いついてきた。

彼は數十名の警備員を従えており、俺に近づいてくると苦々しげな表を浮かべて話し掛けてくる。

「木津君。私はこれから大通りにいる市民の避難を導する。この異常事態をけ、既に部下が軍に連絡をした。が……此処にはまだ來ない。憲兵隊を指揮する中佐は時限弾の件を聞くと込みしてしまってな……。個人の判斷では迂闊に手出しはできないと決斷を下し、本部に連絡すると告げて通話を切ってしまったらしい。本部が事を把握するまで、まだし時間が掛かってしまうだろう……」

「そうですか……分かりました。さっそく避難導をお願いします。できるだけ――早く終わらせる様に努力しますんで」

俺がそう言うと川さんは大きく目を見開き、何を勘違いしたのか僅かに目を潤ませながら瞼をゆっくりと閉じた。

え? もしかして俺がわざと瞬殺でもされて、弾を解除させようとするとでも思ったのかな? こちとら戦う気満々なんですけど。

俺が弁解する間も無く、川さんは俺の肩を一つ叩くと部下を引き連れて大通りへと駆け出していく。

それと同時に迎撃戦発生時に流れたサイレンが街中へと響き渡り始めた。

恐らく、音の長さによって意味が違ってたりするのだろうか?

迎撃戦の時はすぐに止んだそれがずっと鳴り止まず、ソレに気付いた住民が慌てた様にしてどこかに駆けて行く。

大通りから人が徐々に人が消えていく様子を眺めていると、何時の間にか並ぶ様にしてノーラさんがし離れた所に立っていた。

俺がノーラさんに視線を向けると、ソレに気付いた彼は嬉しそうに頬を緩めて笑みを浮かべる。

「沿矢様。解除裝置はこのポーチの中にれておきますわ。攻撃が當たり難い位置にあるとは思いますが、一応気をつけて下さいね? 本當はこの様な枷など無くとも戦いたかったのですが……。そうでもしないと貴方と戦えなさそうですし、ね」

ノーラさんは腰に巻いていたベルトポーチを叩いて見せると、俺に見せ付ける様にして解除裝置をゆっくりと中に仕舞いつつ、そう注意を促してくる。

まぁ、あそこに當たるとしたら蹴りぐらいかな? 一応、強く注意しておかねばなるまい。

ノーラさんは解除裝置を仕舞うとニッコリと此方に笑いかけ、近くにある4WDの軍用車両へと歩みを進めて行って車の扉を開けた。

彼はそのまま車両の中に上半を突っ込む様にし、中をゴソゴソと漁り出す。

俺はこんな狀況だと言うに未だに笑顔を浮かべていたノーラさんに苛立ちを隠せず、思わず口を開く。

「戦う、ねぇ……。イキナリ俺を殺そうとした癖に図々しいですね。あぁ――そう言えば迫田も初めは俺の不意を突いてきたんですよ。案外、迫田とノーラさんって似た者同士だったりします? そう考えれば々と辻褄が――」

しでも俺は鬱憤を晴らそうと、わざと迫田の事を持ち出してノーラさんを批難すると彼はきを止める。

そして、次の瞬間には勢いよく上半を車から引き摺りだして此方に向き直ると、彼はにこやかだった表を一変させて憎悪で染め上げていた。

「――ふざけるなッ!! 私がっ!! 私がアイツと似ている!? よくもっ、そんな事を抜け抜けと……!!」

ノーラさんの左手には何時の間にか大きなガトリング砲が握られており、ソレは此方に向けられていた。

瞬時にソレから守る為にラビィが俺の前に立つと、ラビィはそのまま腰を深く落として突撃姿勢にる。

――刺し違ってでもお前を止める。

そう言わんばかりのラビィの行に毒気を抜かれたのか、ノーラさんは靜かに息を吐いて気分を落ち著かせる様にする。

しかし、彼の眼差しは鋭さを保ったままであり、それを使って俺を貫かんとばかりに此方へ視線を向けてくると、唸る様にして言葉を吐き出した。

「木津 沿矢……貴方を絶対に殺してみせる」

そう宣言をしたノーラさんの言葉は著飾ったではなく、生のをそのまま吐き出したかの様な響きだった。

それと同時に二つ目の赤いがヤウラに行き渡り、街中を音が大きく揺らす。

――気付けば、彼の決意の強さに呼応するかの様に雨の強さが増していた。