《【書籍化&コミカライズ】関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました》昏い眼差し
翌朝、いつものようにあずまやに行くと、カインが意外そうに目を見開いた。
「もう來ないかと思ってた」
「なぜですの?」
「一昨日あいつが凄い目で睨んできたからな、君になにか言うんじゃないかと」
「ええまあ、言われましたわね」
「俺に近づくなって?」
「ええ、そのようなことを々と。……それで私、し迷っておりますの」
「そうか……まあ正直な話、あいつと上手くやっていきたいなら、俺と関わるのは止めた方がいいかもな」
「いえ、あの方と上手くやっていくのは諦めたので、そちらはもういいんです」
ビアトリスはあえてさばさばした口調で言った。
諦めた、というのは言い過ぎにしても、彼の態度に一喜一憂するのが虛しくなったのは事実である。
「ただこうしてお會いすることが、カイン様の迷になるのではないかと気になって」
「いいや? 俺は君と話すのは楽しいし、迷なんてことはない」
「ですが私と一緒にいると、カイン様がアーネスト様の不興を買うことにもなるかもしれません」
アーネストはビアトリス以外に対しては「気さくで優しい王太子殿下」なので、カインに対して圧力をかけるような真似はまずしないと思うが、萬が一という可能は否定できない。
自分とアーネストの確執にカインを巻き込むのは不本意だ。
しかしカインはビアトリスの懸念を、一言のもとに否定した。
「それは全く心配ない。あいつが俺に何かしてくることはないよ」
安心させようとしているというより、ただ事実を述べているだけといった口調だった。
それは王都からはるか遠くに、広大でかな領地を有するメリウェザー辺境伯家の自信によるものなのだろうか。
「それより君の方が心配だ。あいつの機嫌を損ねるような真似をして、君は本當に構わないのか?」
「本當に構いません。アーネスト様はどうせ私がなにをやっても気にらないのですもの。あれこれ気をもむだけ無駄ですわ」
「ははっ、そりゃあいい」
ビアトリスの言葉に、カインはさもおかしそうに噴き出した。
「……しかし変わったな、君は」
「そうですか?」
「ああ、前はこう悲壯が漂っていて、今にも折れてしまいそうだった」
「あのときはアーネスト様ばかり見て、視野狹窄に陥ってたんです。アーネスト様にけれていただけなければ、自分には何一つ殘らないような気がして必死でした。でもカイン様の言葉でふっと気が楽になって、改めて周囲を見回してみたら、學院にはいろんな方がいるって気づいたんです。おかげさまで、今は素敵なお友達ができました。マーガレットに、シャーロットに……それからカイン様も。だからアーネスト様にどんな風に思われても、一人じゃないから大丈夫って思えるようになりましたのよ」
「友達……か」
「図々しかったでしょうか。私はすっかりそのつもりだったのですけど」
「いや、嬉しいよ。うん、俺と君は友達だな。これからもよろしく頼むよ、ビアトリス」
「ええ、こちらこそ。カイン様」
顔を見合わせて笑い合う。
「それでは、そろそろ教室に戻りますわ。マーガレットたちも登校している頃ですし」
そう言って、校舎の方へと視線を向けたビアトリスは思わず息をのんだ。
數メートル離れたところにアーネストが暗い目をして立っていた。
(なんでアーネスト様がこんなところに……まさか、わざわざ私たちの様子を見に來たの?)
アーネストはビアトリスとカインをしばらく無言で見つめていたが、やがて何も言わずに踵を返して、校舎の方に立ち去って行った。
その様子に何ともいえない不穏なものをじて、ビアトリスは思わず震いした。
カインは「あいつが俺に何かしてくることはない」といっていたが、本當に大丈夫なのだろうか。
心配になってカインを見やると、彼はどこか憐れむような眼差しで、アーネストの後ろ姿を見つめていた。
その靜謐な眼差しに、おそれは微塵もじられない。
ふと、あれだけアーネストが必死だったのは、単に「ビアトリスが男と一緒だったから」というだけではなく、他でもないカイン・メリウェザーと一緒だったからではないか、との考えがビアトリスのをかすめた。
アーネストは赤の男、などという言い方をしていたが、本當は彼のことを知っているのではないか。
ビアトリスはそんな気がしてならなかった。
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