《【書籍化&コミカライズ】関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました》過去と未來

「今日は帰るのが遅かったようだが、王妃教育が長引いたのか?」

夕食の席で、ビアトリスの父、アルフォンス・ウォルトン公爵が問いかけた。

「王妃教育はいつも通りだったんですが、終わった後でアーネストさまとサンルームでお茶をいただきましたの」

「そうか。相変わらず仲睦まじいようで安心したよ」

アルフォンスは嬉し気に微笑んだ。

彼は元々靜かな學者で、社界を好まない。加えて病弱な妻のために、ここ數年はほとんど領地で暮らしているため、ビアトリスのおかれた現狀については何も知らないままだ。

それはビアトリスの方が、優しい両親に心配をかけたくない、けない現狀を知られたくないとの思いから、あえて伝えなかったためでもある。

知られる前に自分で何とかしたいと思いつつ、結局なんの手も打てないままに、今日までずるずるきてしまった。

「昔のお前はよく殿下とあのサンルームで飽きもせずに何時間も話しこんでいただろう。一度だけ陛下と一緒にこっそり様子を覗きに行ったことがあったんだが、いお前たちが『この國はどうあるべきか』なんて真剣に語り合ってる姿がなんとも微笑ましくてね」

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「まあ、お父様に見られていたなんて、恥ずかしいですわ」

(そういえば、あの頃はそうだったわね)

い頃の自分たちは、習いたての知識をもとに、政治や社會問題について語り合うのを楽しんでいた。

ビアトリスは専ら聞き役で、心しながらアーネストの意見に同調することが多かったが、ときには「でも私はこうした方が良いような気がしますの」と反論することもあった。

當時のアーネストは素直でおっとりした年で、ビアトリスに何を言われても気を悪くすることもなく、「なるほどな、確かにそういう面はある」「僕はそんなこと気づかなかったよ、すごいなトリシァは」と喜んでいた。

それがいつからか、変わってしまった。

――君は自分を偉いと思っているのか?

いつだったか、ビアトリスがふと思いついた己の意見を言ったとき、アーネストは地を這うような低い聲でそう言ったことがあった。

ビアトリスは優しいアーネストを怒らせてしまったことがショックで、「申し訳ありません。そんなつもりはありませんでした」と何度も泣きながら謝罪した。アーネストが「もういいよ」と笑顔を見せてくれるまで、何度も何度も。

やがてアーネストはビアトリスに反論されることに過敏に反応するようになり、ビアトリスに対して明確に上下関係をつけたがるようになっていった。そして楽しかったサロンでのおしゃべりは彩を失い、やがて消滅した。

たぶんあのときに何かあったのだ。彼を変えてしまうような、酷く忌まわしい出來事が。

(……まあ今こんなことを考えても仕方がないわね)

重要なのは過去よりも未來だ。

アーネストとのことをどうするか。

自分はアーネストとこの先どうなりたいか。

結論が出ないまま、ビアトリスはその晩眠りについた。

翌日。登校してきたマーガレットからちょっとしたニュースがもたらされた。なんでも彼は兄の友人である伯爵家の嫡男に申し込まれて、正式に婚約することになったらしい。

「兄にをかけて熊みたいな人なのよ」

マーガレットは照れたように言った。

「でもとても優しくてじがいいし、私のことを前から好きだったって言うから、まあいいかなって」

「おめでとう、素敵じゃないのマーガレット」

「お兄さまのお友達ならお人柄も安心ね。おめでとうマーガレット」

二人が口々に祝福の言葉を贈ると、マーガレットは「ありがとう」と頬を染めた。

それから三人は、彼の実家の領地は海に面していて、海辺に素敵なお城があるとか、マーガレットの一家は次の長期休暇に家族ぐるみでそこに招待されているとか、彼に「海に沈む夕日がすごく綺麗だから、君にも見せたい」と言われたとかいう話で盛り上がった。

「結婚したら貴方たちもご招待させてね」というマーガレットに笑顔で禮を言いながら、ビアトリスは心複雑だった。マーガレットの話を聞いていると、否が応でも、卒業後のことを意識せざるを得なかった。

マーガレットたちと送る學院生活は心地よいが、永遠に続くわけではない。來年は最終學年になり、再來年には卒業だ。

學院を卒業したら、マーガレットたちはそれぞれの婚約者と、ビアトリスはアーネストと結婚することになる。

アーネストとビアトリスが今のような狀態のまま王太子夫妻となって公務を行うことは、けしてましいことではないだろう。

アーネストの方もそれが分かっているから、心はどうあれ、態度を改めようとしているのではないか。

(……アーネストさまは私とやり直したいとお考えなのかしら)

これまでに何度か頭に浮かび、その度にそんなはずはないと打ち消してきた可能を改めて検討してみる。

ビアトリスが生徒會役員に選ばれなかったこと、あれは言うなれば、ビアトリスとアーネストの不仲を象徴する出來事だ。アーネストは変則な形とは言え、ビアトリスを生徒會に參加させることで、それを修正するつもりなのではないか。過去の彼をなぞるかのような穏やかな言も、過去のような関係に戻ろうという努力の表れなのかもしれない。

なぜ今になってという思いはあるが、彼の方から歩み寄ろうとしているならば、それを拒むべきではないだろう。

先日の優しいアーネストは、やはりどこか作りじみていて、違和ばかりが先に立った。しかし最初は単なる真似事だとしても、そのまま続けていくうちに、やがて互いにしっくりと馴染んでいくようになるかもしれない。そしていずれ本當に仲睦まじい夫婦になって、「あの頃の貴方は本當に意地悪でしたわね」なんて、全てを冗談にしてしまえる未來が來るのかもしれない。

また子供の頃のように、笑い合って勵まし合って、共に進むことができる、そんな未來が。

三日間悩んだのち、ビアトリスは、「私でよろしければお引きけいたします」とアーネストに伝えた。

しかしながらビアトリスは、ほどなくして己の判斷の甘さを思い知らされることになる。

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