《【書籍化&コミカライズ】関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました》アーネストの変調

「それじゃ、私たちはあっちの絵を見ているわね」

生徒會役員を見て何かを察したのか、マーガレットたちはそう言って隣の展示室へと向かった。どうやら気を使わせてしまったらしい。彼らが去ったあと、今この展示室にいる來場者はビアトリスとシリルだけになった。

(せっかくお友達と來ていたのに、何故こんなところでアーネストさまの関係者に會わなきゃならないのかしら)

ビアトリスは心ため息をついた。

「……パーマーさまは生徒會の皆さまと一緒に、サーカスにいらっしゃるのではなかったんですか?」

「今週末の親睦會は取りやめです。いえ今週に限らず、當分ないかもしれませんね。ちょっとそういう雰囲気ではなくなってしまったんですよ。貴方が出て行った、あの一件以來、ね」

シリルは軽く肩をすくめて見せた。

ビアトリスが悪いとでも言いたいのだろうか。

無言のビアトリスに何かを察したのか、シリルは慌てて「ああ誤解しないでください。別に文句を言いたいわけではありません」と弁解した。

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「あの狀況なら、貴方が生徒會をおやめになるのは仕方のないことです。むしろ生徒會役員として謝罪します。この前はマリアが失禮なことを言って大変申し訳ありませんでした」

「パーマーさまは私の言い分を信じておられるんですか?」

「僕とウィリアムは信じていますよ。強引に頼み込むほど生徒會にりたかった方が、あんな風にあっさりおやめになるとは思えませんから。マリアとレオナルドは殿下が自分の味方をしてくれなかったから自棄になったんだろうと主張してますけど、やっぱり無理がありますし。それに何といっても、貴方がおやめになった後のアーネスト殿下があの通りですからね……」

「アーネストさまがどうかなさったんですか?」

「気になりますか?」

「それは、まあ」

あんな形で別れて以來會っていないのだ。気にならないわけがない。

「あれ以來、殿下の様子がしおかしいんですよ。まあ基本的には穏やかで聡明ないつものアーネスト殿下なんですけど、ときおり妙に考え込んでて、人の話を聞いていなかったり、ちょっとしたことで不機嫌になったりしてね。おかげで今、生徒會の雰囲気がぴりぴりしてるんです」

「はあ」

「特にマリアに対しての態度が以前とはちょっと違ってましてね。殿下は基本的にどなたに対しても人當たりのいい方ですが、特にマリアには優しかったわけですよ。あ、誤解しないでくださいね? アーネスト殿下とマリアは別にやましい関係ではありません。ただ學院における分の垣を取り払う象徴とするべく、殿下は平民のマリアに対してことさら気安い関係を許していたのです」

そうだろうか。確かに指名したときはそういう意図だったのかもしれないが、ビアトリスが目にした印象では、なくともマリアの方はアーネストに対してめいたを抱いているようだったし、アーネストの方も年頃の男として、見目の良いとのじゃれ合いを楽しんでいるように思われた。

まあ今そんなことをシリルに言っても意味はない。

「とにかくそういう事なので、今まではマリアが多羽目を外しても、殿下は溫かく見守っていらしたわけです。僕がマリアを注意しても、『まあいいじゃないか』と笑って許すのがいつものアーネスト殿下でした。ところがこの前、『君はなんでトリシァに余計なことを言ったんだ。彼とは上手くやるようにと言ったろう』と冷たい口調でおっしゃいましてね。その後に言い過ぎたと謝罪しておられましたけど、マリアは大変ショックをけていて、殿下の居ないところで『ウォルトンさんのせいよ!』と言って怒るし、レオナルドもそれに同意して怒るし、ウィリアムは『いや君たちのせいじゃないの』とまぜっかえすし、僕はまあ傍観しているわけですが、到底サーカスどころではなくなりました。――さて、ここまで率直にお話した以上は、そちらにも率直に話していただけると大変ありがたいのですが」

シリルはくいと眼鏡を上げて、ビアトリスの目を正面から見つめた。

「あのときアーネストさまと何があったんですか?」

「あのとき、とは」

「決まっているでしょう? 出て行かれた貴方を、アーネスト殿下が追っていったときです」

「アーネストさまに、何で騒ぎを起こしたのかと問われたので、起こしたのは副會長だとお答えしました。それでも納得していただけなくて、結局そのままお別れしました」

「それだけですか?」

「それだけですわ」

「そうですか……」

明らかに信じていない様子で、シリルは眼鏡越しに胡な目を向けている。

「……そもそも私ではなく、アーネスト様にお聞きするべきではありませんか? パーマーさまはアーネストさまの側近候補なのでしょう?」

「もちろん殿下にもお聞きしましたよ」

「それで?」

「貴方と同じようなことをおっしゃいました」

「ならそれでいいではありませんか。申し訳ありませんが、友人を待たせておりますので、そろそろ失禮いたします」

「分かりました。お引止めして申し訳ありません。僕はもうしばらくこの部屋で絵を見てまいります」

ビアトリスは隣の展示室へと向かいながら、あのときのアーネストの様子を思い返した。

ビアトリスに突き飛ばされて、呆然としていたアーネスト。

悲痛な聲でビアトリスを呼び止めようとしたアーネスト。

シリルはあれ以來、アーネストの様子がおかしいという。

所有だと思っていた相手にあんな形で拒まれたことが、彼にとってはそれほどにショックだったのだろうか。

(……まあ私が考えても仕方のないことだわ)

ビアトリスは再びマーガレットたちと合流すると、展を楽しんだ。

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