《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》想い出

誤字報告をありがとうございます、修正しております。

イリスは、倒れている青年に近付き、その手首にそっとれた。……まだ溫かく、脈がある。

イリスがれた手に気付いたのか、青年は低くき聲を上げた。

「う、うぅ……」

「大丈夫ですか!?

頭は打っていませんか、意識はありますか?」

「はい……。肩を、魔にやられて……」

確かに、肩口に傷があり、はそこから流れている。イリスは頷くと、細の青年のの下に腕を回して助け起こし、彼の腕を自分の肩に回すと、まだ足元の覚束ない彼を支えて歩き出した。

「この近くに、私の家がありますから。しだけ、辛抱してくださいね」

「……」

辛そうに無言で頷いた彼を半ば引き摺るようにしながら、イリスは彼を何とか家まで連れ帰った。

***

「あの、ありがとうございます。僕のことを、助けてくれて。

……僕は、ケンドールといいます。この國の第4騎士団の所屬です」

てきぱきとイリスが青年の肩を消毒して包帯を巻いていると、線の細い青年は恥ずかしそうに口を開いた。

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まだあどけなさの殘る顔立ちに、控えめな態度がさらに初々しさをじさせる。イリスと年の頃は同じくらいに見えた。

イリスはらかく微笑むと、首を橫に振った。

「いえ、ご無事で何よりですわ、ケンドール様。私はイリスと申します。

……まだお若いようにお見けしますが、もしかしたら、騎士団に団されて間もないのではないですか?

もし、お気を悪くされたらごめんなさい」

「いえ、その通りです。僕はまだ新りで。

今回の魔討伐でも、急に魔に襲われた時に、騎士団からはぐれてしまったんです。魔の牙が僕の肩を切り裂いた時には、もう自分は死ぬのではないかと、そうまざまざとじました。

イリスさん、と仰いましたね。あなたが僕を助けてくれなかったら、僕はあのまま、あの場所で命を落としていたかもしれない。あなたは僕の命の恩人です」

ケンドールが謝をこめたきらきらとした薄茶の瞳でイリスを見つめると、イリスは恥ずかしくなって、思わずぱっと目を伏せた。

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「いえ。私は、たいしたことをした訳ではありませんから。

……でも、ケンドール様がご無事で、本當によかったですわ」

その時、部屋のドアが軽くノックされてから、ドアの向こう側に、侍のモリーの顔が覗いた。

「お嬢様。何かお手伝いできることはありますか?」

「ううん、今のところは大丈夫よ」

「えっ。お嬢……様?」

ケンドールが、モリーの言葉に驚いたように、イリスを見つめる目を丸くして、何度も瞬いた。

イリスはそんなケンドールを見て、し苦笑した。きやすいように侍服を著ているのだ、當然、ケンドールにはこの家の侍だと勘違いされていたのだろう。

「私のこと、侍だと思われたでしょう?

……私、一応、この家の娘なんです」

「どうして、君はそんな格好を?」

「父は魔師なのですが、私には、魔法の屬がなくて。將來、魔法で國のお役に立つこともできませんし、このようにかしている方がに合っているんです」

魔法の屬が認められない魔師の子供が生まれることはごく稀にあったが、その立場が非常に悪いのは、この王國では公然の事実だった。し視線を落としたイリスに、ケンドールは勵ますような笑顔を向けた。

「……でも、僕はそのお蔭で君に見つけてもらえて、助かったんだ。ありがとう」

「いえ。こちらこそ、お気遣いいただいてしまいましたね」

ケンドールはし視線を彷徨わせると、決まり悪そうに頬を掻いた。

「僕は騎士をしているけれど、あまり才能がないみたいで。正直なところ、所屬している隊でも足を引っ張っているよ。……僕の父は、昔、怪我をする前はそれなりに期待をされた騎士だったのに、僕にはその能力がけ継がれていないみたいで、さっぱりなんだ。母が平民というのもあるのかもしれないけどね。

だから、……と言っていいのかわからないけれど、君の気持ちは何となくわかる気がするよ」

眉を下げたケンドールに、イリスはにこりと微笑んだ。

「ケンドール様は、お優しい方ですね。ご自分が怪我をなさっているのに、私のことを慮ってくださって。

ケンドール様の早期のご回復を祈っておりますね」

イリスの溫かな笑顔に、ケンドールのはじわりと熱を帯びたのだった。

ケンドールが自力で歩けるほどに回復するまで、イリスはケンドールに、薬草りの粥を持っていったり、包帯を変えたりと甲斐甲斐しく世話をした。ケンドールは、イリスの顔を見ると待ちわびたように嬉しそうな笑みを浮かべ、イリスのすること為すことにとても喜んでくれた。今まで、義母が牛耳る中ではそのように人から謝される機會などあまりなかったイリスには、そんなケンドールの態度が、そして、彼が順調に回復していく様子を見守るのが、純粋に嬉しかった。

いよいよケンドールが騎士団に戻ることになった時、彼はイリスのことを頬を染めながらじっと見つめると、その両手を、彼の両手でぎゅっと包むように握った。

「イリス、本當にありがとう。

……僕は魔の討伐隊に戻るけれど、こんな僕でも、また、君のところに時々會いに來てもいいかな?」

「は、はい。

また魔の討伐に行かれるのですね……。どうぞご無事で。ケンドール様のご活躍を、心からお祈りしておりますわ」

ケンドールの後ろ姿が小さくなるのを玄関のところでイリスが見送っていると、イリスの背後から嘲るような調子の聲が聞こえた。

「……ひ弱そうな、つまらない男ね。

お姉様にはぴったりなんじゃない?」

はっとイリスが後ろを振り返ると、ヘレナが腕組みをしながら目を眇めて立っていた。

「男を連れ込んでいるって、気付いていないとでも思った?」

「そんなのじゃないわ。彼、怪我をしていて……」

「1人、魔から逃げ遅れて隊から取り殘されたのですってね?ふふ、先が思いやられるわね。

……私は、あんな人は絶対に免だわ」

ヘレナは、それだけ言い捨てると、ふいと橫を向いて、イリスを置いて去って行った。

この後しばらくケンドールとの流が続く中で、イリスはケンドールから婚約を申し込まれた。

イリスの義母のベラも、そしてヘレナも、これで良くイリスを追い出せるとばかりに、この婚約に同意したこともあり、ケンドールとイリスの婚約が調ったのだった。

その僅か3年後には、ケンドールがめきめきと頭角を現し、第4騎士団の副団長まで出世を遂げるとは、この時のイリスにも、ヘレナにも、そしてケンドール本人にも、まったく予想は出來なかっただろう。

ケンドールが勢いよく出世の階段を駆け上り始めると、ヘレナの行にも変化が現れた。ケンドールが仕事の合間を見繕ってイリスの元を訪れる時、必ずと言って良いほど、ヘレナもケンドールの前に姿を見せるようになったのだ。

らしい笑顔を浮かべて、婚約者の妹としては近過ぎる距離でケンドールに近付くヘレナの貌は、當時から際立っていた。鮮やかなピンクブロンドの巻きに、明るい濃桃の瞳をした華やかなヘレナと、さらさらとした淡い金髪に、新緑のような薄翠の瞳を持つ控えめなイリスは、まったくと言ってよいほど似ていなかった。対照的な2人が並んで立つ時、いつでも男の視線が惹きつけられる先は明らかだった。次第にケンドールの心がイリスから離れ、ヘレナに吸い寄せられていくのを、イリスはただ黙って見つめることしか出來なかったのだった。

***

イリスは、怪我をして倒れているケンドールを見つけた時のことをぼんやりと思い返しながら、手に大きな籠を下げて家の裏山を上っていた。

まだ、この先どうしてよいかはわからなかったけれど、せめて、街で売れそうな薬草でもいくつか見繕っておこうかと、そう思って來たのだった。

(確か、彼が倒れていたのはこの辺りだったわ)

そんなことを考えながら、し薄暗く木々が影を落とす中を分けって行くと、急に草むらががさりといた。

「きゃっ……!?」

思わずイリスが立ち竦むと、草むらから、何かがずるりと這い出て來た。

「……?」

手に杖のようなものを持ち、それを地面について、どうにか前に這いずって進んでいるのは、どうやら男のようだった。けれど、その顔は元の人相がわからないほど青黒く腫れ上がって、とても見られたものではなかった。もうぼろぼろになっているけれど、何やらローブのようなものをそのに纏っている。

「だっ、大丈夫、ですかっ!?」

目の前に現れたイリスに気付いた彼は、苦しそうに息をしながら低く呟いた。

「……殘念ながら、大丈夫ではありませんね」

「そ、そうですよね。

私の肩につかまってもらえますか?ここから家が近いので、すぐご案しますね」

「すみません。……助かります」

言葉なに頷いた男を、イリスはどうにか家まで連れ帰ったのだった。

「ま、お嬢様!その方は……?」

の酷い様子の顔を見て、半分悲鳴のような驚いた聲を上げた、今では侍長となっているモリーに、息の上がったイリスはどうにか答えた。

「そこの裏山に、倒れていて」

「まあ。お嬢様、またそのような……」

モリーがケンドールのことを暗に指しているのだろうということはわかった。イリスの母が他界してから、誰よりもイリスを気に掛けてきたモリーは、イリスがケンドールにされた婚約破棄を、イリス以上に怒り悲しんでいたのだ。慌てて手を貸そうと駆け寄って來たモリーに、イリスは構わず続けた。

「もう部屋はすぐそこだから、彼はこのまま運べるわ。

代わりに、お願い、薬箱を持って來てもらえないかしら?……かなり怪我が酷いみたいなの」

イリスの肩から、男き聲が聞こえた。

モリーは勢いよく頷くと、薬箱を取りに向かおうとして、男に著けているローブにふと目を留めた。

(あら?あの模様は……)

所々り切れて黒ずんだそのローブにい込まれた金刺繍の星の模様は、確かに、この國の魔師でも一握りの高位の者にしか認められないものだった。

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