《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》出立
誤字報告をありがとうございます、修正しております。
イリスは、戸いながらも、目の前でじっとイリスに視線を注いでいるヴィンスを見つめ返した。
(ああ、そうか。
こんな侍服を纏っているのに、モリーにはお嬢様なんて呼ばれていたから、きっと私が誰なのか混していらっしゃるのね……)
イリスはきゅっと侍服のスカートを握った。
「ええと。
私はクルムロフ家の先代の長に當たります。でも、私には魔法の屬がありませんでしたので……出來ることはに付けておきたいと、うちの侍たちに々教えてもらっていて。それで、きやすいようにこんな格好をしているのですよ」
「そんなことが……」
し影の差したイリスの表に気付いたのか、小聲で呟いたヴィンスは、途中で言葉を飲み込んだようだった。
しばし考え込むように視線を彷徨わせてから、ヴィンスはイリスに優しい口調で言った。
「そのようなご事があったのですね、踏み込んだことを失禮しました。
貴のお父上……クルムロフ家の先代には、私も昔、お世話になったことがあるのですよ」
「父のことを、ご存知なのですか?」
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「ええ。私は、お父上とは魔師団の所屬は違いますが、まだ魔師団にって駆け出しの頃に、縁あって助けていただいたことがあるのです。
イリスにも、行き倒れているところに手を差しべてもらうなんて、クルムロフ家には助けられてばかりですね」
謝の気持ちのこもったヴィンスの溫かい笑顔に、イリスもつられるように微笑んだ。
「そうだったのですか。
しでもヴィンス様の助けになっているのなら、嬉しく思いますわ」
イリスは手にしていた薬草粥を乗せた盆をベッド脇の小さなテーブルに置くと、お大事にと彼に聲を掛けてから部屋を後にした。
***
部屋に帰ったイリスは、小さな旅行鞄に荷を纏めた。
クローゼットに並ぶ數枚の簡素な服と、さほど多くない小の類を概ね鞄に詰め込むと、こぢんまりとしたイリスの部屋は早々に片付いた。
し寂しい気持ちで住み慣れた部屋を見回していると、暴に部屋のドアが開けられた。怒りに顔を赤くしたベラがイリスにがなり立てる。
「イリス!ヘレナに聞いたわよ。
あなた、元も知れない、ぼろぼろの姿の醜い男をこの家に連れ込んだんですって?」
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ヘレナに見られていたのか、と、イリスは小さく溜息を吐いた。
「怪我をなさっているところに、偶然出會したのです。魔師の方と伺っていますし、お父様のこともご存知だそうですわ。確かにお怪我で顔は腫れていらっしゃいますが、いかがわしい方にはとても見えませんでした。
……私、もうほとんど荷も纏めました。
彼が回復したらここを出て行きますから、それまでの間だけ、この家に留まらせていただけますか」
ベラは、イリスの言葉の真偽を確かめるように、目を眇めて部屋の中を見回し、ふん、と鼻を鳴らすと、口を開いた。
「こんな時に厄介事を持ち込まないでしいものだけれど、まあいいわ。今あの男をここに放り出したまま、あなたがいなくなっても困るし。
……あの男がけるようにさえなったら、すぐに出て行って頂戴ね?」
「わかりました」
ベラはヘレナの婚約で多なりとも機嫌がよいのだろう、いつもはねちねちとした小言が多い彼だったけれど、それ以上のことは言わないままに、イリスの部屋を出て行った。
イリスは、そんなベラの背中を見送ってから、元のペンダントをそっと握ると、窓の外を見上げながら跪いた。墨を流したような雲のない夜空に、三日月が白く輝いていた。
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ベラやヘレナとは異なり、高価なドレスや寶飾品は買うことのなかったイリスだったけれど、唯一の寶が、母の形見である、親指の先ほどの赤紫にきらめくロードライトガーネットのついたペンダントだった。もしもこれが真っ赤な大振りのルビーだったなら、ベラの深な視線を浴びたかもしれなかったけれど、ベラは「ふん、ルビーじゃないのね」と、イリスのペンダントを見て興味なさそうに呟いただけだった。
イリスは金の細い鎖の先にある寶石を掌に包み込みながら、心の中でヴィンスの回復を願い祈りを捧げた。
ヴィンスの手當てをしている時も、ヴィンスの回復を心の中で祈っていたけれど、こうして夜ベッドにる前に、靜かに祈りを捧げることが、イリスの日々の習慣だった。
つい昨日まではそのの安全と活躍を誰より祈っていた、ケンドールの名前を思い出さないようにと苦心しつつも、イリスは鼻の奧がつんと痛くなるのをじた。
***
翌朝、イリスは朝食の用意をして、ヴィンスの部屋の戸を叩いた。
返って來たヴィンスの聲に、部屋の戸を開けると、隨分と回復した様子の彼の姿がベッドにあった。
(……よかった)
ベッドで上半を起こしている、昨日よりも元気そうな明るい目をしたヴィンスを見て、イリスはほっとをで下ろした。経過は順調のようだ。顔の腫れも大分引いて、顔がひと回りほど小さくなったように見える。
「おはようございます。おの合はいかがですか?」
「おはよう、イリス。大分の調子も良くなりました。貴のお蔭です」
「順調に回復なさっているようで、何よりですわ」
イリスは、用意した朝食を乗せた盆をテーブルに置くと、ヴィンスのに巻いた包帯と顔の布を変えるためにヴィンスの側に近付いた。腕の包帯を解きかけたイリスの手が、一瞬止まる。
(この方、本當に回復が早いわ。どうしてかしら……)
昨日手當てをした時には、確かに深い傷があったはずのその場所は、傷跡は殘ってはいるものの、今ではかなりと言ってよいほどに塞がっているのだ。
(ヘレナが、彼にの屬の回復魔法を?
……いえ、まだあの子には、回復魔法までは使えないはずだわ)
妹のヘレナのの屬は、魔法の5つの屬のうち唯一、技量が高まれば回復魔法も使える希な屬である。12歳から魔學院に通っているヘレナに対して、魔法の屬なしのイリスは學院に通うことができなかったので、ヘレナの力量が今どの程度なのかはわからなかったけれど、相當に高度な技と言われていることからは、まだ難しいように思われた。
イリスは、首を傾げながらも、包帯を巻き直してから、ヴィンスの顔の布に手を掛けた。
ヴィンスは、なされるがままに大人しくしている。
(……えっ?)
まだしり傷の跡や青黒い痣は殘っているものの、腫れが収まってきた布の下からは、ヴィンス本來の顔が現れ始めていた。
彼本來のはごく白で、きめ細かくらかなようだ。小さい顔には、まだいびつな腫れも一部に見られたけれど、よくよく見ると顔の各パーツは整っている。まだ瞼には痣が殘るものの、切れ長で睫の長い瞳に、ようやく出の止まった、すっと通った高い鼻筋、まだ切り傷の痕はあるものの、薄く形のよい。布をり替える際にれた彼の黒髪も、さらさらとらかく艶やかだった。まだ怪我で痛々しい様子は殘っているとはいえ、青黒い怪のような外観の下から現れ出て來た、意外にもしいと思われる様子のヴィンスの顔に、まるで貍にでも化かされたような気分になったイリスは、思わず目をると、慌てて新しい布にり替えた。完全に元通りの顔になるには、まだ時間が必要だろうけれど、元々は整った顔をしているのだろうと、イリスは困を隠せなかった。布でヴィンスの顔が半分ほど隠れて、ようやく落ち著いて一息吐く。
(もう、男なんて、免だわ。
ケンドール様の一件で、もう懲り懲りだもの……。
私は、これから侍として働いて、の丈に合った普通の幸せを見つけるんだから)
一通り包帯と布を取り替え終えると、イリスは口を開いた。
「ヴィンス様、終わりましたわ。
想像以上に回復が早くて、驚きました。あの、何か、特殊な薬でもお持ちなのですか?」
世の中には、の屬の者が力を込めた薬というものも存在すると聞いたことのあったイリスは、興味津々でヴィンスに尋ねた。
「ありがとうございます。
いや、特にそのような薬は使ってはいませんよ。貴の治療のお蔭でしょう」
らかい笑みを浮かべたヴィンスに、イリスは戸った。
今まで、ケンドール以外にも、イリスは幾人かの治療を手伝ったことがある。幸運なことに、今までの怪我人も、皆程なく回復してはいたけれど、目の前にいるこのヴィンスという人の回復の早さは驚くほどで、尋常ではないように思われた。
「いえ、私は簡単な治療しかしておりませんもの。
でも、この様子なら、あと1日か2日あれば、十分に回復なさりそうですね?」
「ええ。
今日ですら、昨日に比べたら信じられないくらいにが軽くて、もうけそうにも思えます。けれど、あとし、お言葉に甘えさせていただきましょうか」
「はい。ご無理はですよ」
イリスはヴィンスの回復の早さを不思議に思いつつも、それ自は喜ばしく思いながら、予想以上に早くなりそうな自らの出立にも思いを巡らせたのだった。
***
「もうすぐ、ヴィンス様の家からお迎えの馬車がいらっしゃるのですよね?
私はこれから出掛けてしまうので、ヴィンス様をお見送りできず殘念なのですが……」
ヴィンスに出會った2日後の晝下がり、ヴィンスの家の者が、もう問題なくけるまでに回復したヴィンスを迎えに來ることになっていた。
ちょうどれ違いになるように、イリスがこれから向かう、レベッカの勤め先への馬車の準備ができたとモリーに聞いて、イリスはヴィンスに別れの挨拶を告げにやって來たのだった。
打撲の痕だらけでほとんどけなかったヴィンスのは驚くほどに癒えているようで、イリスがこの家に連れて來た時からは別人のように、らかなきをしていた。まだ痣が殘っており、布で一部隠れているとはいえ、誠実そうな、端正ですっきりとした顔立ちも現れていた。
イリスは、目の前の元気そうな彼の様子に嬉しくなり、微笑みを浮かべてから小さく一禮した。
「かなり回復されたみたいで、本當に良かったです。
もう、あのようなお怪我をなさることがないようにと、願っておりますわ」
「イリス、貴のお蔭です。あの時貴に會っていなかったら、私はどうなっていたか、わかりませんでした。
……また、改めてお禮に伺いますね」
心からの謝の込められたヴィンスの言葉だったけれど、イリスは最後に慌てて首を橫に振った。今日を限り、イリスがこの家に戻ることはないのだ。お禮に來られたとて、もうイリスは彼と會うことはない。
けれど、下手にこれからの自分のの振り方を説明して、人の良さそうなヴィンスに哀れまれることも避けたかった。
「いえ。困った時は、お互い様ですから。お役に立てたなら良かったですが、もうお気遣いなく。
そのヴィンス様のお気持ちだけ、ありがたくいただいておきますね」
「本當に、ありがとう。イリス」
最後にヴィンスから差し出された手と握手をわしてから、イリスは小さな手荷一つを抱えて、新たな勤め口へと向かう馬車に乗り込むために歩いていった。
***
イリスを乗せた馬車とすれ違うように、一臺の立派な馬車が、クルムロフ家の前に到著した。
きびきびとしたきで、馬車から降り立った、長く黒いローブにを包んだ男が家の前へと向かう。
つい先程イリスを見送ってから、そのまま玄関前で掃除をしていたモリーに、その男は聲を掛けた。
「失禮。
弟のヴィンセントがこちらで世話になったと聞き、迎えに來たのだが。弟はいるだろうか」
「はあ」
目を引く大きな馬車の突然の到著に戸っていたモリーは、目の前の男がローブのフードを後ろに外した姿に、目を奪われてしばし固まった。そこには、彫像ですら褪せて見えるのではないかというほど、信じられないようなしい顔が現れたからである。を弾くような艶のある黒髪に覆われた、抜けるような白いをした小さな顔には、言葉をなくすほどにしい造形のパーツが完璧に配置されていた。彼がに纏っているローブにも、金刺繍の星が見える。モリーは、男の言葉を一度頭の中で反芻してから、素っ頓狂な聲を上げた。
「ええっ!?
ヴィンセント様って、まさか、あのエヴェレット家の……。
ということは、貴方様は、マーベリック様……?」
モリーの反応に微かに苦笑を浮かべながら頷いた男を、モリーは驚きながらも、ヴィンセントの待つ部屋まで案した。
エヴェレット家の天才魔師兄弟といえば、この國で知らない者はいない。2人は優れた風魔法の使い手で、かつ、共にその眉目秀麗な容姿でも知られていた。
弟のヴィンセントは、まだ20歳の若さにもかかわらず、際立つ魔法の腕前で第一魔師団長を任されている。けれど、特筆すべきは、天才の名をしいままにする、兄のマーベリックの方だろう。當代きっての魔法の腕前と言われながらも、各魔師団からの、団長就任の打診を頑なに拒んでいるとの噂の、謎の多い人だ。あまりの魅的なしさに、普段は顔を深くローブで覆っていると聞いていたモリーは、現に本人を見て、納得して心大きく頷いていた。
そしてモリーは、出立したばかりのイリスを思い浮かべながら、世の中には不思議な縁もあるものだと、しみじみとじていたのだった。
読んでくださって、本當にありがとうございます。ブックマークや評価、とても勵みにしております。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。
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