《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》溫かな腕の中

早速の誤字報告をありがとうございました。大変助かります、修正しております。

(わっ。マ、マーベリック、様……!?)

イリスは、マーベリックの溫かく大きな掌に自分の手が包まれている覚に、鼓が早くなって眩暈がしそうだった。しかも、なかなかマーベリックが手を離してくれる気配はない。

そっと手を引いてみたけれど、意外にもイリスの手はしっかりと握られていて、なかなか抜けなかった。

「あ、あのう、マーベリック様」

「何だい?」

「その、手を……」

「ああ。イリスの手は冷んやりしていて気持ちがいいな」

「……!?」

マーベリックの予想外の言葉に、そろそろ放してください、と頼もうとしたイリスの言葉は、元まで出かかったところで飲み込まれた。

「え、ええと、そうでしょうか」

思わず間の抜けた答えを返してしまい、イリスの顔はますます真っ赤になった。そんなイリスを振り返った、麗なマーベリックの口元には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。

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たいした距離もないはずなのに、やたらとがうるさくて、長くじた離れまでの道をイリスがようやく最後まで辿り著くと、レノが玄関先で2人を待ちわびていた。

「兄さん、イリス!

早く早く。今日は外で遊ぼう?」

自然な作でイリスの手を放したマーベリックは、レノに優しく笑い掛けた。

「そうだな、今日は天気もいいしな」

「イリスも、もちろん來てくれるよね?

イリスの仕事は、僕と遊んでくれることだもんねー」

レノがイリスに、にっと笑う。小悪魔のような、悪戯っぽいレノの笑みも可いけれど、そんな正論を言われてしまうと、イリスにも逃げ場がない。せっかくなのでお2人で……とも言えなくなってしまう。

なかなか手強い兄弟だわ、とイリスは心思いながら、レノにこくりと頷いたのだった。

***

會った當初は、あまりに能力も容姿も完璧なマーベリックを前にすると、どうしても張が解けなかったイリスだったけれど、3人一緒に蟲捕りをしたり、かくれんぼをしたりしながら、明るいしの下で過ごす時間は、思いのほか楽しかった。同じようにレノを大切に思う者同士だからか、レノを介すと、イリスはさほど気後れをせずに、マーベリックともごく自然に話すことができた。

マーベリックがいる時は、2人の邪魔をしないようにと、イリスは気を遣って場を外すようにしていたのだけれど、レノにはそれがずっと不満だったようだ。

ようやく3人で遊べたことに満足しているらしい、レノの咲くような笑顔を見て、イリスの心も溫かくなった。

レノが木登りを始めたのを、木の下から見守っていたイリスは、すぐ橫で同じくレノを見守っていたマーベリックに話し掛けた。

「レノ様、元気ですよね。私では力が追いつかないくらいです」

「そうだな。急に調を崩すこともあるが、最近は元気な日が多くて、安心しているよ。レノの調が悪い時に、仕事で家を空けなければならない時ほど、心配なことはないからな」

ひょいひょいと軽に木を上っていくレノを、優しい眼差しで追うマーベリックを見て、イリスのの奧はじわりと熱くなった。

(ほんとうに、弟思いの優しい方ね、マーベリック様って。

……自分のことより何より、レノ様を大切に思っていらっしゃるのね)

「あの、マーベリック様のお時間は、今は大丈夫なのですか?」

「……もうじき、大規模な魔討伐の遠征に參加することになっている。それなりに長期になりそうだ。

まあ、それでも、ヴィンセントのように魔師団に屬して、四六時中魔の対応に追われるのに比べれば、たいしたことはないがな。

だから、出発までの時間は、できるだけレノと過ごしたいと思ってね」

「そう、でしたか……」

マーベリックのを案じて、イリスの顔が曇った。イリスの父も、長期の魔討伐の遠征中に亡くしている。いくらマーベリックが天才と呼ばれているとはいえ、危険と隣合わせであることには違いなかった。

「マーベリック様のご無事を、心からお祈りしておりますね」

心の籠もったイリスの言葉に、マーベリックは微笑んで頷いた。

「ああ、ありがとう。その間、レノのことを頼むよ」

2人が談笑する橫で、するするとレノが用に木から下りて來た。

「ねえ、次は追い掛けっこをしよう?

兄さん相手じゃ敵わないから、イリス、僕を捕まえて!」

「わかったわ、レノ様。でも、私も容赦はしませんよ?」

キャッキャと高い聲を上げて庭を逃げて行くレノは、年相応の活発な男の子というじで、イリスはそんな彼の様子に嬉しくなった。し前まで塞ぎがちだったなど、今のレノを見ていると、とても思えなかった。

それはそれで嬉しいものの、遊びに付き合うとしてはなかなか大変でもある。

(速いわね、レノ様……)

イリスも全力で走って追い掛けているのに、レノにはなかなか追い付かない。

ようやく池のほとりにレノを追い込み、息を上げたイリスがレノに手をばした時、レノはひらりとイリスからを躱した。

勢いをつけてレノに手をばしていたイリスは、運悪く、足元の石に躓いてしまった。バランスを崩したイリスのは、池の水面に向かってぐらりと傾いた。

(……あ、いけない。落ちる……)

を弾く水面がイリスの目の前に近付いた時、びゅうっとイリスの周りで風が渦巻いた。思わずぎゅっと目を閉じたイリスは、がふわりと浮き上がるのをじた。

「え……!?」

そのまましばらく宙を漂った後、イリスのは、優しく2本の腕に抱き留められていた。

恐る恐るイリスが目を開けると、イリスの顔を、寶石のようなアイスブルーの瞳が間近から覗き込んでいた。

「大丈夫か?」

「……!!」

驚きと戸いに急に高鳴ったイリスのは、大丈夫とはまったくいえなかったけれど、イリスは何とか、マーベリックに無言でこくこくと頷いた。

一見華奢なマーベリックの腕は予想外に力強く、そしてイリスを抱き留める腕の溫かさがイリスに伝わってきて、イリスは自分の中が恥ずかしさに熱を帯びるようにじて、思わず目を伏せた。

「イリス、ごめんね。大丈夫!?

ちょっと、調子に乗り過ぎちゃった……。

兄さんが風魔法をかけてくれて、よかったよ」

(これが、マーベリック様の風魔法……)

申し訳なさそうな表で駆け寄って來たレノに、イリスは慌てて首を橫に振った。

「いいえ、私がうっかりしていただけだもの。

あの、マーベリック様、助けてくださってありがとうございます。私なんて、風魔法を使っていただくのに値するほどの者でもないのに……」

「……」

マーベリックがし口を噤んだので、イリスはし不安になって、伏せていた視線を上げてマーベリックを見つめた。彼の澄んだ目は、じっとイリスを見つめたままだ。

「……イリス。君は、俺たちにとって大切なだよ。

だから、自分に対して『なんて』などという言葉は、今後使わないでしい。いいかい?」

穏やかな口調でそうイリスに告げたマーベリックは、イリスの答えを促すように、イリスを両腕に抱いたまま、じっと待っていた。

イリスは、両の瞳にじわりと涙が湧き上がって來るのをじた。

クルムロフ家では、ベラやヘレナに、聞き飽きるくらい、あなたなんて、と言われ続けて來たのだから。

「……はい」

イリスがそう答えると、マーベリックはらかく微笑んで頷き、ようやくイリスをそっと地面に下ろしてくれた。

イリスのを下ろす直前に、マーベリックの両腕にぎゅっと力が込められ、抱き締められたような気がして、イリスは揺で足元が覚束なくなった。

マーベリックの両腕が離れても、イリスからは、その溫かな彼の腕の覚も、そして、の奧底に帯びた熱も、そのまま消えることはなかった。

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