《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》ヘレナの苛立ち

「ケンドール様!」

「やあ、ヘレナ。來てくれたんだね」

騎士団の練習場にいるケンドールに手を振るヘレナに、ケンドールが笑顔を返した。

ヘレナは數人の友人たちと連れ立って來ているようで、副騎士団長の勲章とマントをに纏う自らの婚約者のケンドールを、誇らしげに見つめている。

「ええ。騎士団で練習をしていると聞いて、ケンドール様の練習なさる様子を見たいと思って來たのですよ」

「そうか。今日は、僕が団員に稽古をつけることになっているから。好きなだけ見て行ってくれ」

「あら、そうなのですね。楽しみにしていますわ」

數列に並んだ団員たちの前で、ケンドールが號令をかける。多くの団員がいる中で、まだ年若いケンドールが副騎士団長としての威厳を放っている様子は際立っていた。ケンドールよりも一回り以上は年上の騎士団長は、ケンドールの脇でケンドールの指揮する様子を眺めている。

ケンドールは、一度に3人の部下を前にすると、練習用の剣を構えた。3人の部下たちも同様に練習用の剣を構え、ケンドールと対峙している。

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騎士団長の、「はじめ」の掛け聲をけて、3人が一斉にケンドールに切り掛かって來た。

ケンドールは、まずは左の1人の剣を薙ぎ払うと、そのまま中央から勢いをつけて踏み込んで來たもう1人の剣を弾いた。

ヘレナを含む観客たちから、わっと歓聲が上がる。

さらに、右の1人の剣を、自らの剣でけ止めた。そのまま剣を払い落とせば、次の3人がケンドールの稽古を待っている。

ケンドールは、目の前の部下の団員の剣をけ止めながらも、嫌な汗が額から流れ落ちるのをじていた。

(何故だ。いつもよりも、彼の剣がずっと重い……)

今ケンドールが対峙しているのは、まだ年若い、団して間もない団員だった。彼は、代々名のある騎士の家の出で、若いながらも、その筋の良さと、垣間見えるる才能には一目置かれていたけれど、ケンドールの実力とは比べるべくもないはずだった。

今までなら、彼の剣をけ止めた後、ケンドールは簡単にその剣を薙ぎ払って、すぐに終いになっていただろう。

けれど、ケンドールは、け止めた彼の剣を弾き返すことができなかった。じり、と新人の彼に押されて、後ろで稽古の様子を眺めている団員たちからもどよめきが上がる。

(くっ……)

ケンドールは、全力で彼の剣を払って勢を立て直すも、目の前の彼はケンドールの利き手の手首に剣を命中させてから、ケンドールの懐にすっとり込むようにして、ケンドールの鳩尾に剣を叩き込んだ。

ケンドールはき聲を上げて、思わず片膝を付いた。

慌てたように、たった今ケンドールを突いたばかりの彼が、剣を置くとケンドールに心配そうに駆け寄って來た。

「だ、大丈夫ですか、副団長……?」

「……すまない。今日は調が優れないようだ」

大きく肩で息をするケンドールの元に、その様子を見ていた団長が近付くと、心配そうにその肩を叩いた。

「どうした、最近、お前らしくもない。

団員たちに稽古を付けるのは、今日は俺が代わろう。

今の一撃は、なからずダメージになっているはずだ。今日はもう休め」

「……承知しました。失禮します」

ケンドールはようやく団員1人の肩を借りて立ち上がると、怪我人の治療を行う救護所に辿り著いた。

まだ痛みの取れない打たれた手首と、鳩尾周辺の手當てをけていると、ヘレナが救護所に顔を覗かせた。

「お怪我の合は、大丈夫ですか?」

ケンドールは、ほっとしたようにヘレナに微笑み掛けた。

「心配してくれてありがとう。あんな姿を君に見せてしまって、すまない。今日は、どうも調子が悪くて……」

「お怪我は、酷くはないのですね?もうすぐ、大規模な魔討伐の遠征があると仰っていましたよね。それには、問題なく間に合うのですね?

……そこで目立った果を上げれば、さらに上が見えて來ると、そう仰っていたでしょう?」

ヘレナの瞳の中に、やや冷ややかなものを汲み取ったケンドールは、その口元をひくりと引き攣らせた。

つまり、ヘレナがケンドールの怪我の合を確認したのは、ケンドールのを案じているからではなく、次の遠征でケンドールが実績を殘し、さらに上を目指すことができるのか、それに支障を來さないかを確かめるためだということなのだろう。

「あ、ああ、勿論大丈夫だ。何の問題もない」

ヘレナは軽く溜息を吐いた。

「……私、恥ずかしかったのですよ?

何人も知り合いをって、ケンドール様の勇姿を見に來たというのに、代わりにあのようなお姿を見ることになってしまって。

次の遠征では、きっと目覚ましい結果を殘してくださいますわよね?」

「當然だ。期待して待っていてくれ」

そう答えるケンドールの聲には、今までのような張りがなかった。

ヘレナは、心の苛立ちを隠せずにいた。

(この私と、せっかく婚約できたというのに。

ケンドール様のこのザマは、いったい何だというの……?

私を、そう待たせることなく騎士団長の妻にすることができると、そう自信満々に仰っていたのに)

「ええ。良い報告を期待しておりますわ」

最後にそれだけ言い置くと、ヘレナはケンドールの元を後にした。

の気のない顔で、ケンドールはヘレナの後ろ姿を見送っていた。このまま調子が戻らなければ、魔討伐で際立つ果を上げることは、さすがに難しいだろうということは自覚していた。

思わず、昔の溫かな記憶が甦る。

(……イリスなら、こんな時、僕の怪我を、をただ気遣ってくれた。

失敗なんて誰にでもある、気にすることはないと、そう優しく勵ましてくれたのに……)

ごく最近に調子を落とし始めるまでは、飛ぶ鳥を落とす勢いだったケンドールには、以前失敗した経験というのは、隨分と昔の記憶のように思われた。

棄てた婚約者のことを今さら思い出すなんて、と、ケンドールは自分に言い聞かせながら、イリスとの思い出を振り切るように、勢いよく首を橫に振った。

読んでくださっている皆様、どうもありがとうございます。

いただいた想や誤字報告、評価やブックマークなど、とてもありがたく、勵みにしております。

引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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