《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》レノの発熱

マーベリックとレノと一緒に、1日の大半の時間を過ごす日々が、イリスの日常になりつつあった。

レノ付きの侍にでもなることがなければ、決して縁のない男だっただろうと、イリスがそうじていたマーベリックだったけれど、彼は、イリスが戸うほどに、何故かイリスには甘かった。

マーベリックは、ことあるごとにイリスにらかな視線を向けて、溫かい言葉を掛けては、頭を時折優しくでたりもするので、その度にイリスのはどきりと跳ねた。何もかもが自分からは遠い存在だとじていたマーベリックが、常にイリスに紳士的に、大切に扱ってくれることに対して、イリスはが熱くなるのを抑えることができずにいた。

地位が高くなる度、イリスに対する態度が冷たくなっていったケンドールとは対照的に、既に天才の名をしいままにしているマーベリックが、まるで繊細な寶でも扱うようにイリスに接してくれることが、イリスにはまだ信じられないような気持ちだった。ケンドールにけた心の傷も、マーベリックとレノのお蔭で、イリスにはすっかり過去のことになりつつあった。

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つい思ったことが顔に出てしまうイリスが、マーベリックを前にしてその頬をかあっと真っ赤に染めると、彼はそんなイリスの様子を嬉しそうに見つめるものだから、イリスはしどろもどろになってしまう。そんな2人の様子を、レノは歳の割にはませた表で、楽しげに見つめていた。

ただ、すぐ目前に迫っていたマーベリックの魔討伐の遠征は、イリスの心に不安の影を落としていた。それは、レノにとっても同じだったようだ。

マーベリックの參加する遠征を翌日に控えた夜、寢間著に著替えたレノは、眠そうに目をりながら、離れの部屋の片付けをしていたイリスに近付くと、紺の侍服の裾を甘えるように引っ張った。マーベリックは、夕食を2人と一緒にとってから、遠征の準備のために自室に戻っていた。

「ねえ、イリス。寢る前に本を読んでもらってもいい?」

「ええ、もちろん。ここの片付けだけ済ませたら、すぐに本の用意をしますね」

手早く片付けを済ませ、レノの元に戻ったイリスは、本棚から數冊、短めの本を見繕うと、ソファーに座ったレノの橫に腰を下ろした。本を開いて読み始めると間もなく、レノはうとうとと半分目を閉じて、こくりこくりとその小さな頭が下がり始めた。

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イリスはレノに優しく微笑んだ。

「レノ様、きっと、たくさん遊んだ疲れが出ているのでしょう。そろそろ、ベッドにりましょうか?」

「うん」

ベッドにを橫たえたレノに、イリスはふわりと布を掛けた。けれど、レノは何を思ったのか、再度上半を起こすと、イリスのことをじっと見つめた。その手には、枕がぎゅっと抱き締められている。

「ねえ、イリス。今日は、僕と一緒に寢てもらってもいい?」

(……わ、天使……!)

上目遣いでイリスを見上げたレノは、イリスにとって悶えしそうなほどに可かった。

どうしたものかとし躊躇ったイリスだったけれど、レノの心許ない様子の表を見て、思わずこくりと頷いた。マーベリックが遠征に出ることに、言葉には表せない不安を抱えているであろうレノの心を、しでも癒せるのならと、イリスはそう思っていた。

「わかりました。

し支度をしたら、すぐに戻ってまいりますね。眠かったら、私のことは気にせずにお休みになられていてくださいね?」

「やった!僕、絶対に起きて待ってるから」

途端に、輝くような笑顔を浮かべたレノは、イリスに大きく頷いた。

***

「レノ様、お待たせしてしまってごめんなさい。さあ、そろそろ寢ましょうか?」

夜著に著替えてガウンを羽織ったイリスは、レノと一緒にベッドの中にった。小さなレノの溫で、布の側が溫まっている。

その時、イリスは、レノの顔がし赤いことに気付いてはっとすると、すぐにレノの額に掌を當てた。

(……やっぱり、熱があるわ……!)

イリスは慌ててベッドから飛び起きた。

「レノ様、大変!お熱があるようです。おがお辛かったのではないですか?

すぐに、薬などを用意して來ますね」

急ぎ足で調理場に行き、薬草を鍋にれて煮込みながら、氷を小さなボウルにれて水を注いでいたイリスに、その焦りの隠せない表に気付いたレベッカが駆け寄って來て話し掛けた。

「イリス、どうしたの?レノ様に何か?」

「ええ、レノ様、熱があるみたいなの。すぐに、薬湯と、氷水とタオルを持って離れに戻るわ」

「まあ、それは大変……」

レベッカは心配そうに眉を下げた。

「レノ様に申し訳ないわ、私がもっと早く、レノ様の調の変化に気付いていたら……。

今夜はいつも以上に寂しそうな、甘えた様子をしていたのも、きっと熱のせいだったのね」

を噛んだイリスに対して、レベッカは首を橫に振った。

「いいえ、それは、イリスのせいではないと思うわ。

……レノ様が、マーベリック様がご不在になさる直前に調を崩すことは、これまでもよくあったのよ。きっと、神的なものもあるのでしょうね。

今晩、レノ様についていて差し上げることはできるかしら?」

「ええ、勿論よ」

足早に離れに戻ったイリスは、赤い顔でふうふうと息をするレノの額に、氷水に浸してから絞った冷たいタオルをそっと乗せた。

レノが薄く目を開く。

「イリス、ありがとう。おでこが冷たくて、気持ちいい」

「レノ様、私がついていながら、お熱に気付くのが遅れてしまって、ごめんなさい。

……薬湯を用意してあるのですが、飲めそうですか?」

「うん、大丈夫。飲めるよ」

額に乗せたタオルをいったんイリスが手に取ると、レノは上半を起こして、時間をかけて薬湯を飲み干した。

またベッドにを橫たえたレノの額に、イリスは再度冷やし直したタオルを乗せた。

瞼を閉じたレノを見て、イリスはそっとベッドサイドから離れると、窓の外を見上げて膝を折り、元にる赤紫のペンダントにそっとれると、頭を下げてその瞳を閉じた。

(どうか、レノ様の熱が下がって、風邪が早く治りますように。

マーベリック様が、遠征中、ご無事で過ごせますように。魔討伐が功して、マーベリック様が早くレノ様の元に帰って來れますように……)

イリスがの中で祈りを捧げていると、後ろから、レノの弱々しい聲が聞こえた。

「イリス、何をしているの?」

イリスは振り向くと、レノに向かって微笑んだ。

「あら、まだ起きていらっしゃったのですね。

レノ様が早く良くなるようにと、そう祈っていたのですよ」

レノは、赤い顔のままでじっとイリスを見つめた。

「ね、イリス。

お祈りをするなら、兄さんの安全もお祈りしてくれる?」

「勿論です。しっかりと、マーベリック様のご無事もお祈りしておきましたからね」

「よかった、ありがとう」

(ご自分の調の悪い時に、マーベリック様の心配をするなんて。レノ様、何て優しくていい子なのかしら)

イリスのを知ってか知らずか、イリスの言葉にほっとしたような笑みを浮かべたレノは、イリスのことを手招きした。

「ねえ、イリス、こっちに來て。

僕の橫に來てしいな……でも、僕の風邪を移しちゃうかな?」

「いえ、私のことなら心配いりませんから。

今まいりますね」

イリスがレノのベッドサイドへと戻った時、部屋のドアがガチャリと開いた。

しい顔をし翳らせ、表に焦りを浮かべたマーベリックの姿が見える。

「兄さん!來てくれたんだね」

ぱっと明るい表になって口を開いたレノに、マーベリックは頷いた。

「ああ。さっき、レベッカに會って、レノの熱のことを聞いてな。

それで、慌てて飛んで來たんだ」

イリスは申し訳ない思いで、マーベリックに頭を下げた。

「私がレノ様の調の変化に気付かなかったせいで、すみませんでした」

「いや、君のせいじゃない。レベッカからも聞いたかもしれないが、レノが、俺が家を空けるタイミングで調を崩すのは、今に始まったことじゃないからな。それに、ここ最近、これほどにレノの調子が良かったことの方が、珍しかったくらいだ。

……合はどうだ、レノ。苦しいか?」

レノは首を小さく左右に振った。

「ううん、大丈夫。今までと比べたら、それほど辛くはないんだ。

……でも、今晩は兄さんにも側についていてもらっても、いいかなあ?」

「ああ、構わないさ」

「やった!

……じゃあ、さ。

兄さんには僕の右に、イリスには僕の左に來てもらえる?」

レノのベッドの橫、それぞれ右と左に立ったマーベリックとイリスを見上げてから、レノは、ベッドの上、自分の両脇をぽんぽんと叩いた。

「そんな所に一晩中立ってはいられないでしょ?

さ、2人ともベッドにって?」

マーベリックとイリスは、レノの言葉に思わず顔を見合わせた。レノのベッドは、大人用のダブルベッドほどの十分な大きさがあったから、2人がベッドにる余裕自には問題はなかった。けれど、さすがに困の表を浮かべたイリスを見て、マーベリックがレノに諭すように穏やかに言った。

「俺は構わないが、ほら、イリスが困っているだろう?」

「だって、兄さんが遠征に行く前の今日くらい、2人とくっついていたいんだもの……」

そう言って、拗ねた様子で頬を膨らませたレノを見て、イリスは自分に言い聞かせた。

(マーベリック様が私に優しいのは、私がレノ様付きの侍だから。そうでなければ、私は彼にとって、視界にすららない存在のはずだわ。

……これからしばらくマーベリック様と會えないレノ様の、たまにしか聞けない可い我儘だもの。こんな時くらい付き合えなくて、どうするの)

イリスは、勇気を出して言葉を絞り出した。

「わ、私なら、大丈夫です。

……では、私、レノ様の左にらせていただきますね。

マーベリック様は、どうぞ、私のことは空気だとでも思っていてください」

マーベリックが、イリスの赤く染まった頬を見て、ふっと可笑しそうに口元を綻ばせた。

「わかった。イリスがいいなら、それでいい。

……これで、いいんだな?」

マーベリックが、レノのの右側にを橫たえた。イリスも、戸いながらも、をレノの左側にり込ませる。

レノがマーベリックとの間にいるとはいえ、レノを挾んで至近距離に橫たわっているマーベリックのことを思うと、自然とイリスの鼓は速くなった。

「やったあ!

2人とも、あったかい。

……兄さんもイリスも、僕の我儘を聞いてくれて、ありがとう」

満足気に微笑んだレノは、イリスの右手を彼の小さな左手できゅっと握ってから、再度口を開いた。

「ねえ、兄さん、イリス。

僕、兄さんが魔討伐の遠征から帰ったら、3人で街に出掛けてみたいな」

「……街に、かい?」

し驚いた様子のマーベリックの聲に、レノは頷いた。

「長いこと、ここに籠もってばかりで、家の外には出ていなかったから。

……兄さんとイリスと、んなお店を見たり、珍しい食べを食べたりできたら、きっと楽しいだろうなと思って」

「わかった、約束するよ、レノ。

遠征から帰ったら、一緒に街に出掛けることにしよう。イリスも、ついて來てくれるかい?」

「ええ、勿論ご一緒させてください」

「えへへ、やったあ。2人とも、ありがとう。楽しみに帰りを待ってるよ、兄さん」

にっこりと嬉しそうに笑ったレノは、目を閉じると間もなく、穏やかな寢息を立て始めた。

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