《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》らかな

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「……眠ったみたいだな」

レノを起こさないようにとの気遣いからだろう、低く抑えた聲で、マーベリックがイリスに囁いた。

「……そうですね。

先程、薬湯もしっかりと飲んでくださったので、きっとよく眠れると思います」

イリスも小聲で答えると、すうすうと規則正しいレノの寢息を聞きながら、可らしいレノの寢顔を橫から眺めた。

イリスと同じように、レノの寢顔をしばらくじっと見つめていたマーベリックが、ゆっくりと口を開いた。

「さっき、レノが、俺の遠征後に街に出掛けたいと言っていただろう?」

「ええ」

イリスが頷くと、マーベリックは遠くを見るような目をして呟いた。

「レノのその言葉を聞いて、驚いたよ。

レノにとっては、それはとても特別な、勇気のいることなんだ」

「……そうなのですか?」

「ああ。

昔、レノが街に出掛けた時に、魔と間違えられて、襲われかけたことがあるんだよ。俺が、ほんのしレノから目を離した隙のことだった。

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たまたま旋風が巻き上がって、レノに襲い掛かろうとしていた者たちの目に砂がったお蔭で、レノは逃げることができ、事なきを得たが。下手をしたら、レノは大怪我をしていたか、あるいは最悪、命を落としていただろう」

「まあ、そんなことが……」

イリスはレノの気持ちに思いを馳せて、心がぎゅっと締め付けられるように苦しくなった。街中をただ出歩いていただけで、魔と間違えられるなんて、しかも側にいた人間から襲われそうになるなんて、どれほど恐ろしかったことだろう。

「……それまでも、レノがその外見から心ない言葉を投げ掛けられることはあったが、その時までは、レノもぐっとこらえていたんだ。だが、その一件は、レノにとっても相當に堪えたみたいでな。それ以降、すっかりレノはこの離れに閉じこもるようになってしまった。

だが、ここが、彼にとって守られた、幸せな空間かというと、そういう訳でもなかった。レノは、知らない多數の人と會うことを怖がるようになったし、今までは、頻繁に熱を出したり、調を崩したりしていたんだ。だから、レノ専屬の侍を雇うことにしていた。

……なのに、そんなレノ付きの侍たちですら、レノのことを怖がったり、気味悪がったりする始末だ。次々と辭めて替わっていく侍たちを、半ば諦めたような目で眺めるレノを見て、俺も心底辛かったよ。代われるものなら、レノと代わってやりたかった。

そんな時に、ここに來てくれたのが君だ。君が來てから、レノは変わった。彼のあんなに明るくて、幸せそうな顔を見たのは、今までで初めてかもしれない。街に行きたいと言えるくらいに前向きになってきたのも、きっと君のお蔭だろう。

……改めて、俺からも禮を言わせてくれ、イリス」

マーベリックの輝きの強い瞳が、レノ越しに、イリスをじっと見つめる。

その視線に絡め取られてけなくなりそうだと思いながら、イリスは、彼のしい瞳に見っていた。

(……あっ)

レノに握られたイリスの右手の上に、マーベリックの左手がそっと重ねられたのがわかった。溫かな彼の左手に、そっと力が込められる。イリスのが、びくりと跳ねた。

イリスは、何だか夢を見ているような気がして、目眩がしそうな覚のまま、どうにかマーベリックに口を開いた。

「いえ。私こそ、このエヴェレット家に來させていただいてからというもの、毎日が恵まれているとじます。レノ様は、いつも可い笑顔を見せてくださるし、それに、すごくお優しくて。

……つい先程も、レノ様の調が早く良くなるようにとお祈りしていたら、マーベリック様の遠征時の無事を祈ってしいと、ご自分は熱で苦しいはずなのに、むしろマーベリック様のことを心から心配していらっしゃいました。……本當に、素敵な弟さんですね」

「……そんなことがあったのか」

マーベリックは、優しい眼差しをレノに向けてから、改めてイリスに視線を戻した。

「君は、レベッカの前の勤め先で一緒だったそうだね?」

「……はい、そうです」

自分の元がわかってしまっただろうかと、一瞬ひやりとしながらも、イリスは頷いた。

「レベッカには、俺も信頼を置いているんだ。歯にを著せない彼が、イリスのことは掛け値なしに褒めていたから、期待してはいたんだが、……それでも、君は俺の想像を遙かに上回っていた。

君のことを、レノもどうしても離したくないようだね?もう寢っているというのに、こんなにしっかりと、君の手を握って。

……レノの気持ちは、俺にもよくわかる」

「……いえ、そんな……。

マーベリック様にも、いつも優しくお気遣いいただいて、とても謝しています」

また顔中に熱が集まったような覚になったイリスに、マーベリックは優しく微笑みかけた。

「いつも、ありがとう。おやすみ、イリス」

「……おやすみなさい、マーベリック様」

けれど、イリスの右手に重ねられたマーベリックの左手が離れる気配はなかった。

(これで、眠れるはずないわ……!

マーベリック様は、余裕なのかもしれないけれど……)

そう思いながらも、イリスはどうにか瞳を閉じると、レノとマーベリックの溫かな溫にわれるように、いつしか深い眠りの中へと落ちていった。

***

窓の外から聞こえる鳥の囀りに、イリスが目を覚ましたのは、もう朝が離れに差し込む時間になってからだった。

慌てて上半を起こすと、もうマーベリックの姿はそこにはなかった。

(今日から、遠征に出発なさると仰っていたものね……)

けれど、マーベリックに重ねられた手の覚ははっきりとイリスの右手に殘っていて、イリスはそっと、その覚ごと自分の右手を抱き締めるように、の前にぎゅっと右手を押し當てると左手で包んだ。

レノの顔は、赤みも取れて、もう隨分と良くなっている。そっとレノの額にれると、すっかり熱も下がっていたので、イリスはほっとで下ろした。

イリスが手早く侍服に著替えて支度を終えた時、レノが起き上がって目をった。

「イリス、おはよう。

えっと、兄さんはどこ……?」

きょろきょろと室を見回すレノに、イリスは優しく答えた。

「マーベリック様は、昨夜は確かにレノ様のところについていてくださいましたよ。

……もう、今日が魔討伐の遠征への出発の日ですから。きっと、今はご準備をなさっているのでしょうね」

ちょうどその時、遠慮がちにドアがノックされた。レノが寢ていたら起こさないようにとの気遣いがじられる、そのノックの主は、やはりマーベリックだった。そっと扉が開けられ、マーベリックの顔がドアの隙間から覗く。

「あっ、兄さん!!」

高く嬉しそうな聲を上げて、レノはマーベリックのところに飛んで行くと、勢いよく彼に抱きついた。そんなレノのを、マーベリックも笑顔で抱き締め、そしてひょいと抱き上げる。

レノの額をこつんと自分の額に當てたマーベリックは、にっこりとレノに笑い掛けた。

「すっかり、熱は下がったみたいだな。本當によかった。

これで、俺も安心して出発できるよ」

「兄さん、絶対元気に帰って來てね!!

なんて、すぐにやっつけちゃってね」

「ああ、そうだな。早く街にも一緒に出掛けたいしな。

レノも、イリスと、元気に待っているんだよ」

「うん!」

マーベリックはレノの額に軽くキスをすると、レノを地面に下ろして、もう一度抱き締めた。

そんな2人の様子を、イリスも微笑ましげに見つめていた。

「……イリス」

マーベリックが、今度はイリスに視線を向ける。昨夜のことを思い出してし気恥ずかしかったものの、イリスはマーベリックに駆け寄って、一杯の言葉を紡いだ。

「マーベリック様、どうかご無事で。

マーベリック様のご無事を、心よりお祈りしておりますわ」

「イリス、ありがとう。

レノのことを、よろしく頼むよ」

そう言ったマーベリックは、イリスの瞳を覗き込むようにしてから、イリスに顔を近付けると、そっとイリスの白い額にを落とした。

(ひゃあっ………!!!???)

思わず額を押さえて、ぶわっと顔中が真っ赤になったイリスの瞳を再度楽しげに覗いたマーベリックは、2人にひらひらと手を振ってから、離れの扉を出て行った。

イリスは、あまりの揺に、惚けたようにけなくなっていた。

(い、今のは、いったい何!?

……レノ様にも、同じことをしていたのだもの、マーベリック様にとっては、きっと単純な挨拶以上の何でもないのよね。

そうよ、きっとそうに違いないわ……)

イリスはそう自分に言い聞かせながらも、まだけずに固まったままでいた。マーベリックの背中が見えなくなるまで大きく手を振り続けるレノの橫で、らかなの殘る、マーベリックのれた額を押さえながら、イリスはマーベリックの後ろ姿をじっと見送っていた。

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