《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》暗い眼差し

「……ケンドール様、今更どのようなご用ですか?

私たち、婚約解消いたしましたよね。もう、これ以上、クルムロフの家にお越しいただいても困ります。

……それに、そのお怪我。まだ院されていた方がよろしいのではなくて?」

腕に痛々しく包帯を巻いた姿のケンドールに、迷そうに、冷たくそれだけを告げると、玄関の扉を閉めようとしたヘレナに、ケンドールは慌てて言い募った。

「僕は、君に會いに來た訳ではないんだ。

その……イリスが今何処にいるか、それだけ教えては貰えないだろうか?」

ヘレナは呆れたように、目の前で決まり悪そうに立つケンドールに対して目を眇めた。

「あら、そういうことでしたか。

……そうね、ケンドール様にはお姉様の方がお似合いね。

でも、殘念だけれど、私もお姉様の行き先は知らないのよ。……興味もなかったものだから」

「そんな……」

に隠し切れない失を浮かべたケンドールを見て、ヘレナは口を開いた。

「もしかしたら、使用人の中には、お姉様の行方を知っている者がいるかもしれないわ。

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もし聞きたければ、その辺りにいる使用人たちにでも、好きに聞いてみてくださいな。

……その代わり、今日を限りに、この家には足を踏みれないでいただきたいのよ。

もし、マーベリック様たちがお越しの際に貴方様がいらしたりでもしたら、目も當てられないわ……」

「マーベリックだって?」

「ええ。

まあ、ケンドール様には関係のない話ですけれど」

そう言いながらも、瞳にどこか優越を滲ませ、見下すような表でケンドールを見つめたヘレナを見て、ケンドールは微かに苦笑した。きっと、ヘレナがイリスから自分を奪おうとしていた時にも、ヘレナはイリスに対して同じような表をしていたのだろうと、そう思ったのだ。

「しかし、どうして、あのマーベリックが……」

思わず呟いたケンドールに、ヘレナは、し機嫌を直したように続けた。

「ヴィンセント様からお手紙が來たのよ。マーベリック様とヴィンセント様は、クルムロフ家の娘である私に會いに、わざわざこの家にいらしてくださるみたい。

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……ケンドール様は、お姉様でも見つかるといいわね」

その言葉を最後に、ヘレナはケンドールに背を向けた。

(もう、新しい男に向かって気持ちを切り替えたのか、ヘレナは。

……まあいい。それよりも、今はイリスのことだ)

ケンドールは、イリスとの付き合いがあった時からクルムロフ家に出りしていたから、それなりに顔馴染みの使用人もいる。

(しらみつぶしに聞くしかないか……)

ケンドールは、痛む腕を抱えながら、使用人を探して周囲を見回した。

(ああ、イリス、もし君が僕のことを許して、僕の元に戻って來てくれるなら。

……僕は、もう一度やり直せるような気がする)

一方的に殘酷な婚約破棄をしたケンドールだったけれど、優しいイリスなら、それも水に流して許してくれるのではないかと、それが、今やケンドールにとって、最後に殘された一縷のみの綱となっていた。

***

「イリス、るわよー?」

軽快なノックの音が響いてから、ソニアがイリスの部屋のドアを開けた。

「あら、ソニア」

微笑んだイリスに向かって、ソニアは手に持った皿に盛られたクッキーを差し出した。

「さっき、試しに新作のクッキーを焼いてみたのよ。

こんな夜遅くに何だけど、よかったらイリスに試食してもらおうかなって。

……ん、どうしたの?クローゼットの前で難しい顔をして」

首を傾げたソニアに、イリスは困ったように眉を下げて笑った。

「明日、レノ様と、マーベリック様と街に行く予定なのだけれど、著ていく服をどうしようかと思って」

「まあ、マーベリック様とデート!?」

急に目を輝かせたソニアに向かって、イリスは慌てて首を橫に振った。

「違うわ。レノ様が街に行ってみたいって仰っていたから、マーベリック様と、私も一緒に付き添って街に行くの、ただそれだけよ。

このお屋敷の外に出るのも久し振りだし、何を著ようか悩んでしまって。レノ様もいるから、きやすい服の方がいいかしら?

……とはいっても、あまり服を持っている訳でもないし、この、侍用の紺のワンピースでもいいかなとも思ったのだけど……」

「だめよ、だめだめ!何言ってるの!!

そんな、せっかくのマーベリック様たちとのお出掛けに、侍服だなんて。

せっかくの機會なんだもの、うんとお灑落しなくちゃ」

そう言って、手にしていたクッキーの皿を手近なテーブルに置いたソニアは、イリスと一緒にクローゼットの中を覗き込んだ。

「どれどれ。

……そうね、このワンピースなんていいんじゃない?」

ソニアが手に取ったのは、鮮やかな若草のシルクのワンピースで、イリスが亡き母のワンピースを自分用に手直しした一張羅だった。ウエスト部分には、同のシルクの大きなリボンがあしらわれている。

「……ただ街に出掛けるにしては、し派手じゃないかしら?」

「そんなことないわよ、ほら」

ソニアが、ハンガーに掛かった若草のワンピースを、イリスのの前面に當てて、何度も頷いている。

「あなたの瞳のともよく合っているし、ぴったりじゃない。よく似合っているわ」

「そうかしら。それなら、このワンピースにしようかしら。

アドバイスありがとう、ソニア」

ソニアは、イリスの顔をじっと眺めてから、その目をきらりとらせた。

「……そうだ。

明日、これに著替えたら、出掛ける前に早めに私の部屋に寄ってくれない?」

「えっ?

……ええ、わかったわ」

不思議そうにしながら頷いたイリスに、ソニアは楽しそうに笑った。

「ふふ、また明日ね、イリス!

こんな時間にクッキーを食べて、明日吹き出でも出たら大変ね。これはいったん、下げておくわね。

じゃ、おやすみなさい」

「あら、せっかく持って來てくれたのに、ごめんなさいね。ソニア、おやすみなさい」

ソニアの背中を見送ってから、イリスはし浮き足立った気持ちでベッドにった。

明日を楽しみにして、にこにこしていたレノの様子が目に浮かぶ。

(レノ様と、このお屋敷の外に出るのは初めてね。レノ様が、過去の辛い記憶を乗り越えられるような、そんな楽しい1日になるといいのだけれど。マーベリック様もいらっしゃるし、きっと大丈夫よね……)

レノの明るい笑顔を願いながら、イリスは眠りの中へと落ちていった。

***

「ほら!!

やっぱりね。……イリス、あなたはいつも化粧っ気がないけれど、私、前から、あなたはすごく素材がいいと思っていたのよ。きっと、薄化粧だけでも映えるだろうなって。

ね、鏡を見て。どうかしら?」

ソニアは、イリスを前にして満面の笑みを浮かべている。

「え、噓……」

鏡の向こう側には、驚きに目を見開いた、清楚な魅力の輝くようにしいが映っていた。

(これが、私……?)

軽く白をはたいたらかなき通るように白く、上向きにした長い睫は、元々切れ長のイリスの目をさらに大きく見せていた。ほんのりと染まる頬に、薄らと紅を差したが瑞々しい艶を放っている。

いつもは下ろしている金髪も、サイドが丁寧に編み込まれていた。

イリスは、驚きに目を瞬きながら、ソニアを見つめた。

「何だか私、ソニアに魔法をかけてもらったみたいね。まるで、自分が自分じゃないみたい」

「せっかくのマーベリック様とレノ様とのお出掛けだもの、魔法がかかったくらいじゃなくっちゃね!でも、イリス、これはあなたの魅力を引き出すように、しお化粧しただけ。間違いなく、これはイリス自しさよ。

私も、腕が鳴ったわ。……今日は、楽しんでいらっしゃい!」

「うん。どうもありがとう、ソニア」

恥ずかしげに微笑んだイリスの肩を、ソニアがにっこりと笑って軽く叩いた。

早足で屋敷の階段を下り、屋敷の外に出て來たイリスに、レノが大きく手を振っている。

「あ、イリス!兄さん、イリスが來たよ」

「お待たせしてしまって、ごめんなさい」

「ううん、僕たちもちょうど、今來たところだよ」

慌てて2人の元に駆け寄ったイリスに、レノがぴょんと抱き著いた。レノは、イリスの顔を見上げると目を輝かせている。

「うわっ、今日のイリス、特別可い……!」

「ふふ、レノ様、どうもありがとう」

レノの小さな溫かいを、イリスは軽く抱き締めた。レノは大きなフードの付いた、を覆う程の長さのあるマントをに付けていた。白い生地に、金の縁取りが映えている。

「イリス、まるでお姫様みたいだよ。

……ね、兄さん?」

イリスがマーベリックを振り返ると、今日はレノと揃いの白いマントをに付けているマーベリックは、し目を見開き、無言で口元を押さえていた。

「あら、マーベリック様とレノ様、お揃いなんですね。素敵なマント、お2人ともよくお似合いですわ。

……あの、私、あんまり街に行くには相応しくない格好でしたでしょうか?」

心配そうに尋ねたイリスに、マーベリックは首を橫に振った。

「いや、とても良く似合っているし……綺麗だよ。

街行く者に、イリスの姿を見せるのが惜しいくらいだ」

「兄さんが揺するのも珍しいね。顔が赤くなってるよ?」

にやっと笑いながら、大きなフードをひょいとその頭に被ったレノをフード越しにでてから、マーベリックは、頬を染めたままでイリスをじっと見つめた。その瞳に熱が籠っているような気がして、イリスの頬もほんのりと熱を帯びる。

「では、早速出発しようか。

屋敷の外に馬車を著けてある。レノ、街までの景も、馬車から楽しんで行くといい」

「うん!」

「……さ、イリスもおいで」

優しくイリスの手を取ったマーベリックに、イリスも、そっとマーベリックの手を握り返した。

***

「噓だろう……」

ケンドールは、はっとするほどしくなったイリスが、マーベリックと親しげに手を繋ぎ、もう1人の子供と一緒に馬車に乗り込む姿を見て、呆然とを噛んでいた。

ケンドールは、しばらく前から、エヴェレット家の大きな門戸の外から側を覗き込んで、イリスが姿を現すのを待っていたのだ。

さすがに、エヴェレット家の者にイリスに取り次ぎを頼んでも、イリスが応じてくれるとは思えなかったから、直接イリスを見つけて話し掛けようと、その機會を窺っていたのだった。

ケンドールがイリスの居場所を聞き出すのは、簡単ではなかった。クルムロフ家の侍長のモリーは知っている様子だったが、その瞳には怒りが込められ、ケンドールがいくら頼み込んでも、頑として口を割ってはくれなかった。たくさんの使用人たちに聞いてもイリスの行方については首を橫に振られ続けたものの、最後に尋ねた者がようやく、ケンドールの包帯で巻かれた腕を気の毒そうに見ながら、イリスを馬車でエヴェレット家まで乗せて行ったことを教えてくれたのだった。

(あんなに綺麗になって、僕でも今までに一度だって見たことのないほど、嬉しそうな笑顔を浮かべて。

どうしてだ、イリス……)

ケンドールの瞳から希が消えると、ふっと暗い影がその顔に宿った。

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