《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》小さな
誤字報告をありがとうございます、修正しております。
マーベリックとヴィンセントが馬車でエヴェレット家の前まで來ると、幾人もの使用人たちが屋敷の前に出ており、何やら騒がしくしている様子が見えた。
マーベリックとヴィンセントは思わず目を見わすと、急いで馬車から降り立った。
マーベリックはレベッカの姿を見掛けると、すぐに彼に駆け寄って尋ねた。
「レベッカ、これは何の騒ぎだ?」
「マーベリック様!お帰りなさいませ。
実は、先程からイリスの姿が見當たらないのです」
「……何だと?」
マーベリックの顔から、すっとの気が引いた。
その時、レベッカの後ろから、勢いよく走って來る小さな姿がマーベリックの視界を捉えた。
「兄さん!!」
街に出掛けた時と同じマントを羽織り、フードを目深に被ったレノの涙聲が聞こえたかと思うと、レノがぎゅっとマーベリックに抱きついて來た。
「レノ!何があったんだ?」
「イリスが、帰って來ないんだ。すぐに戻るって、そう言ってたのに、ずっと戻って來ないから、僕、心配で……」
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マーベリックとレノの側に、不安げに瞳に涙を浮かべたソニアがやって來た。
「マーベリック様が出掛けられた後、商人と思われる方がやって來て、街で注文されたレノ様宛の品を持って來たと、そう言われたのです。
私では容がよくわからなかったので、離れにいたイリスに聞きに行って、そうしたら、イリスが代わりに彼に確認してくれることになって。
……でも、イリスがそのまま戻らずに、姿を消してしまったのです。こんなことは今までになかったし、イリス自の意思で急にいなくなるとも思えなくて。それに、あの商人の男が纏っていた空気も、思い返してみると、何だか重かったような気がして……。
レノ様に、イリスが戻っていないと聞いてから、イリスが何かに巻き込まれたんじゃないかって、今、みんなで手分けして探しているところなんです」
「そういうことか……」
マーベリックは、涙を流しながら小刻みに震えているレノの頭を、優しくフード越しにでた。
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「レノ、君が自分の意思で、1人で離れから出たのは、本當に久し振りのことだな。勇気がいっただろう。
それだけ、イリスのことが心配なんだろう?」
「うん」
頷いたレノを抱き締めてから、マーベリックはヴィンセントを振り返った。
「ヴィンセント。加勢を頼めるか?」
「ええ、勿論です。……ただ、行方知れずというと、若干こちらに分が悪いところはありますね。誰かを探すための直接的な魔法というのはありませんから、地道に聞き込みなどをするほかないでしょうね」
「……そうだな」
(いくら魔を一息に倒せる力があっても、大切な人の危機に、この力を生かせないなんて……)
悔しさに顔を歪めながら、を噛んだマーベリックに、はっとしたようにレノが大きな聲を上げた。
「そうだ!僕の友達にも、探してもらおう。
もしかしたら、イリスのことを見ていた友達もいるかもしれない」
中庭に向かって、たっと駆け出したレノの後を、ヴィンセントが追い掛ける。
マーベリックもその後を追おうとしながらも、ふとレベッカを振り返った。
「レベッカ、君の前の勤め先は、クルムロフ家で合っているかい?」
「え?
……ええ、そうですけれど」
マーベリックはレベッカの言葉に頷くと、レノ達の後を追って走って行った。
マーベリックが視線の先にレノを捉えた時、レノが中庭の上方を見上げて、大きく両手を広げた。
「ねえ、みんな、お願いがあるんだ。
イリスのことを知っているでしょう?イリスが急にいなくなっちゃって、今、探してるんだ。
……みんなにもイリスを探すのを手伝ってしいんだ。見付けたら教えてもらえる?
すぐにイリスを迎えに行きたいから」
ざわり、と木の葉が風に揺らいだようなじはしたけれど、その後、すぐに辺りはしんと靜まり返った。
ヴィンセントはマーベリックをちらりと見た。レノの言っていることが本當なのかどうか測りかねていると、そうヴィンセントの顔には書いてあった。
「あれ、おかしいな?
あの小さな金の竜がいない。いつも、だいたいここにいるのに……」
レノが、小首を傾げて小さく呟いた。
***
「イリス、震えているようだね?
……君の瞳に浮かんでいる、僕を怖がっているようなそのは、いただけないけれど。
でも、……君はとても綺麗になったね、イリス。
悔しいが、あのマーベリックのお蔭なのかな」
「……」
口を噤んだままのイリスの顎から、ケンドールはそっと手を離した。
ケンドールは、イリスが橫たわるソファーのすぐ真橫に椅子を引くと、そこに腰掛けてイリスの顔を見下ろした。
「まず、君にお願いしたいのは。
……僕の、この右腕の怪我が見えるかい?
以前、魔討伐の遠征に行った時に、キマイラにやられた傷だ。この傷が、なかなか思うように治らなくてね。
君に、この怪我を治してしいんだ」
イリスは、その青白い顔に明らかな戸いを浮かべた。
「ケンドール様、貴方様もよくご存知の通り、私には魔法が使えませんわ。
ですから、魔法が使えるヘレナとは違って、私には回復魔法でケンドール様を治すことなど、できません」
「……だが、君は、ヴィンセントの回復を早めたそうじゃないか?
マーベリックの風魔法の威力も、格段に高めた。それと同じことをしてくれればいいんだよ」
「……仰っていることが、さっぱりわかりませんわ。私、何もした覚えはありませんし、そもそも私にはそんな力は……」
ケンドールは、その瞳に微かに苛立ちを滲ませてから、イリスの顔を見つめた。
「僕はね、イリス。君と仲直りがしたいと思っている。君に、僕の元に戻って來てしいんだよ。
だから、あまり僕のことを怒らせないでくれるかな?」
口調はあくまで穏やかながら、瞳に暗いが揺らめくケンドールの姿に、イリスはさらにふるりと震えた。
「君にそういう不思議な力があるということは、わかっているんだ。
あまり脅かすようなことはしたくはないが、……そうだな」
再度イリスの顎にれたケンドールは、そのまま下へするりとその指をらせ、首元を通ってから、前留めになっているワンピースのボタンの1番上に手を掛けると、そのボタンを指で弄び始めた。
ぞくり、と、イリスの背中に悪寒が走る。
「僕が君と婚約破棄していなければ、いずれ同じことになっていたのだから、さ。構わないだろう?
……まあ、順番というものがあるからね。これを外すのは、君が僕に抵抗を続けた時だけだ。わかるね?」
イリスは涙目で首を橫に振った。ケンドールの瞳が冷え、そのボタンに掛けた指先に力が込められる。
(嫌、やめてっ……)
イリスがを引いて、思わず目を閉じた時、ケンドールの驚いたような聲が聞こえた。
「……!?
何をする……!!」
イリスが恐る恐る目を開けると、後退ったケンドールと自分のとの間に、小さな炎が浮かんでいた。炎は小さいながらも、薄暗いその部屋の中を、眩く明るいで照らし出している。
しばらく驚きに目を見開いていたケンドールは、突然くつくつと笑い出した。
「は、はは、ははは……!
君は、ご両親と同じように、火をれたのかい?君に炎魔法が使えるとは、知らなかったよ。
イリス、君は、どうやらまだ僕にたくさんの隠し事があるようだね」
「違いますわ、ケンドール様。
私にこのような魔法なんて、使えませんもの」
「……しらばっくれるのも、いい加減にしてくれるかな」
剣を抜いたケンドールが炎に向かって剣をひゅっと振りかざすと、炎はすぐに散り散りになってから、そのを失った。
けれど、イリスは、その散った炎が、消える間際に花弁のような形を取ったことに気が付いた。
(もしかすると、この炎は……)
ケンドールは剣を納めると、イリスに再度向き直った。
「君に魔法が使えるとは驚いたが、この程度の炎魔法、所詮子供騙しだ。たいした威力はないな。
……そうだな。君に対して、聞き方を変えようか。
君が昔、僕の気持ちに応えてくれて、僕たちが付き合い、そして婚約していた頃。君は、僕に何をしていたんだい?」
「……それは、どのような意味ですか?」
「僕は、あの頃いつも、の奧底から湧いてくるような力をじていた。の隅々まで漲るような力をじながら、騎士団での練習に勵み、そして魔討伐に赴いていたんだ。その力にいつも助けられながら、僕は目覚ましい功績を上げることができた。
……今ならわかる。あの力の源が、イリス、君だったんだよ。
さあ、教えてくれ、イリス。君は、僕にあの頃、何をしていたんだい?
あの時と同じことを僕にしてくれれば、ただそれだけでいいんだ」
(……昔、ケンドール様とお付き合いして、そして、彼と婚約していた頃……)
イリスは、ケンドールの言葉に、もうずっと遠い昔のことのようにじる、ケンドールの優しい眼差しを、記憶の中に探した。イリスに向かって、頬を染めて、を込めて笑い掛けていた、遠い日のケンドールを思い出しながら、イリスは影の差す、間近にあるケンドールの顔に目を戻した。昔の面影がまったくじられないほどに変わってしまった彼の姿に、イリスは思わず祈らずにはいられなくなった。
(すっかり変わってしまったケンドール様が、昔のような溫かい、優しい心を取り戻してくださったなら。暗く濁ってしまった彼の瞳が、また昔のように澄んだなら……)
イリスは、しばらく瞳を閉じて口を噤んでから、薄くその瞳を開くと、遠くを見るような目をして、ゆっくりと口を開いた。
「私が、ケンドール様に、何をしていたかですか?
……ケンドール様の期待なさっているような答えとは、違うとは思いますけれど。
私は、いつも、ケンドール様のご無事を、ケンドール様が笑顔で過ごされることを……毎日、ただお祈りしておりました。
貴方様がお怪我をなさった時は、どうかその痛みが去って、早く回復なさるようにと。
魔討伐に行かれる時には、貴方様が傷付くことなく、ご無事で安全に帰っていらっしゃるようにと。
できることなら、貴方様がご活躍なさって、早く魔の討伐を終えて帰って來てくださったなら、そして貴方様の笑顔が1日でも早く見られたならと、そればかりを毎日願って過ごしておりました。
貴方様がお力を発揮なさって、希に目を輝かせながら騎士団で出世なさっていく様子を、まるで我がことのように嬉しく思い、貴方様の希が葉うことを願っておりました。
昔、出會った頃の貴方様が見せてくださっていたような笑顔は、だんだん、私には見せてくださらなくなりましたけれど。
それでも……、私は、貴方様がご無事でご活躍なさって、そして笑顔でお過ごしになられることをお祈りしていた、ただそれだけです」
ケンドールは、虛を衝かれたように、しばらくじっときを止めて、イリスのことを見つめていた。今までにないほどに、激しい後悔の炎が、ケンドールのの中を渦巻きながら焦がしていた。
深く心に響いて來たイリスの言葉に噓がないことは、ケンドールにも、覚としてはっきりとわかった。
そして、イリスの瞳の先には、ただ遠い日の自分だけが映っていて、今彼の目の前にいる自分の姿は全く映ってはいないということも、痛いほどによくわかった。
「イリス、君は……」
ケンドールの両目に熱いものが滲み、思わずイリスに向かって手をばす。
イリスが、悲しげな微笑みをケンドールに向ける。もう、イリスの心を取り戻すことはできず、彼の瞳に二度と自分が映らないことは、その直でじはしながらも、ケンドールはどうしても、イリスへとばす手を止めることが出來なかった。
ケンドールがばした両腕をイリスに絡めようとして、イリスがびくりとを竦めたその時、小さな炎が、再度ケンドールとイリスの間にはぜたかと思うと、その炎は、次の瞬間、轟音と共に大きく、高く舞い上がった。
本話も殘すところあとしとなりましたが、ここまでお付き合いくださった皆様、どうもありがとうございます。
あともうしだけ、お付き合いいただけましたら幸いです。
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