《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》舞い上がる風
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イリスとケンドールとの間には、あっという間に膨れ上がった高い炎が敢然と立ちはだかり、ケンドールは弾かれるように後ろに飛び退くと、炎の壁を見上げて呆然として呟いた。
「何なんだ、これは……」
イリスは、目の前で自分をケンドールから救ってくれた大きな炎を見上げた。
(もしかしたら……)
ごく小さかったはずの炎が、ほんの一瞬で燃え盛る業火に変わった時、イリスは、その炎を巻き上げる強い風の勢いをじていた。
そして、イリスは、自分を守るように、包み込むように吹くらかな風の存在もじていた。その風のお蔭で、イリスは炎の熱さや、その外側の激しい風から守られていたのだ。
その時、ふわりとイリスのが浮き上がった。懐かしい風魔法の覚に、イリスの瞳には涙が滲む。そのまま宙を舞ったイリスのは、溫かで力強い両腕に抱き留められた。
「イリス、遅くなってすまない。大丈夫か?」
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どこまでもしいマーベリックの顔が、心配そうにイリスのことを覗き込んでいる。すぐにしゅっと鋭い音がして、イリスの手足を縛っていた縄がするりと解けた。イリスはマーベリックに、両腕を回して思い切り抱き付いた。
「マーベリック、様……!!」
張の解けたイリスの両の瞳からは、ぽろぽろと涙が溢れ落ちる。マーベリックは、まだし震えの殘るイリスのを、両腕に抱えたままでぎゅっと抱き締め返した。
「怖かっただろう。怪我はないか?」
「……はい、大丈夫です」
マーベリックは、まだイリスの手足に赤く殘る縄の痕を辛そうに見つめた。
ケンドールは、イリスを抱くマーベリックの姿を認めると、呆然とした様子で呟いた。
「どうして。ヘレナの元に行っていたはずじゃ……」
ケンドールの言葉を耳にしたイリスは、はっとしたように、マーベリックに回した両腕を解こうとしたけれど、マーベリックがそれを許さなかった。再度、その腕に力を込めて、優しくイリスを抱き寄せる。そして、凍り付くような視線でケンドールを見據えた。
途端に、渦巻くような苛烈な風が巻き起こった。イリスが息を飲み、まるで生きのように激しく舞う風をじていると、ケンドールのは風に巻き上げられて宙に浮き、激しく壁に叩きつけられた。その衝撃で、室には大きな揺れが走り、天井からはぱらぱらと、細かな瓦礫と埃が降って來る。ケンドールは、壁に背を憑せかけるようにしながら、そのままずるりと崩れ落ちた。
マーベリックが、片の付いたケンドールをちらと見遣ると、室の風が止み、それと同時に、燃え盛っていた炎の壁も、ふっとその姿を消した。
マーベリックは労るようにイリスを見つめてから、穏やかにイリスに話し掛けた。
「ヘレナという令嬢の元を訪れたのは、ヴィンセントを救ってくれた令嬢への禮が主な目的だったのだが。
……ヴィンスを助けてくれたのは彼ではなくて、イリス、君だったんだね」
「ヴィンス様、って、もしかして……」
初めに會った時、顔が酷く腫れ上がっていた魔師の顔が、イリスの脳裏に浮かぶ。
「ああ、大怪我を負っていたところを、君が助けてくれただろう?彼は俺の弟なんだ。
……ほら、ヴィンスもここに來ているよ」
マーベリックに示された視線の先に顔を向けると、にこりとイリスに微笑みかける、懐かしい青い瞳と目が合った。
「やっとまた會えましたね、イリス。
その節は、本當にお世話になりました。
……で、この男ですが、どうしましょうか」
壁際でかなくなっているケンドールのことを、ヴィンセントは冷ややかに見つめた。
「ま、このまま牢屋行きでしょうね。
彼、騎士団の元副団長でしたか……それがこんなことをするなんて、落ちたものですねえ。
……私としては、イリスをこんな目に遭わせるなんて、風の刃で空中分解でもしてやりたいくらいですけどね」
イリスには優しい眼差しを向けるヴィンセントだったけれど、彼がケンドールを見る鋭く険しい視線には、激しい怒りのがありありと見て取れた。
「あの、待ってください」
慌ててイリスがヴィンセントを止めると、ヴィンセントはくすりと笑った。
「ま、冗談ですけれどね。
イリス、どうしましたか。何か、言いたいことが?」
イリスは、ぽつり、ぽつりと、言葉を選ぶようにしながら答えた。
「あの、この方……ケンドール様は、私の古い知り合いなのです。
それから、私……ここに連れて來られはしましたが、結局、それ以上何かされた訳ではありません。だから、その……」
「ほう、イリス。
彼を牢屋にまでれる必要はないと、そういうことですか?」
「ええ。
もう、彼とお會いすることはないようにできればとは思いますが、それさえ葉えば、私はそれ以上はみません」
ヴィンセントは軽く溜息を吐いた。
「どこまでも人の良いお嬢さんですねえ、あなたは。
……うら若く、か弱いご令嬢を、その手足を縛って攫っておきながら、それでは刑が軽過ぎるような気もしますが。
兄さんは、それでよろしいのですか?」
マーベリックは、軽く苦笑してから頷いた。
「ああ。
……本當は、俺もあの男に対して、最大級の風魔法をぶつけてやりたいくらいの怒りをじてはいるがな。
だが、イリスがそう言うのなら、イリスの側には二度と近付かないという條件付きならば、イリスの意思を尊重しよう」
「わかりました。
まあ、さすがに勾留と事聴取は避けられないでしょうから、彼を然るべき局に引き渡しておきますね」
「ああ、頼む」
ヴィンセントは、マーベリックと、その腕の中にいるイリスの姿を微笑ましげに見つめた。
「私がお2人の邪魔をするのは、不粋というものでしょうね。……この後始末はしておきますし、レノも家で待っていることでしょうから、後はどうぞお2人で屋敷に戻ってください。
レノも、イリスが無事に戻るのを心待ちにしていますから」
「では、悪いがお前の言葉に甘えさせてもらうよ、ヴィンス。
さあ、行こうか、イリス」
マーベリックの言葉にイリスが頷いて、ヴィンセントに謝を込めた笑顔を向けると、ヴィンセントはイリスを眩しそうに見つめた。
「イリス、今度、改めてまたお禮を言わせてくださいね。私があの酷い怪我から助かって、今これほどに回復しているのは、あなたのお蔭です。……またお會いするのを楽しみにしていますね」
「こちらこそ楽しみにしておりますわ、ヴィンス様」
マーベリックがイリスを抱き上げたまま、馬車に向かう様子を見屆けてから、ヴィンセントは、つい先程までイリスが捕らわれていた、崩れ落ちそうな廃屋をぐるりと眺めた。
ヴィンセントは心で呟いた。
(イリスがこんな人目に付かないような廃屋に攫われたのに、無事に見付かったことも、さっき、魔法の屬が認められなかったはずのイリスの前に、突然炎が現れたことも。
やはり、兄さんの言うように、5つの魔法の屬以外にも、何かしらの能力というのは存在するようですね。
……どれ、私も、魔師団の書庫でも調べてみることにしますか)
ヴィンセントは、また廃屋の中に足を踏みれると、壁際で首を垂れたままの姿勢でかないケンドールの側に近付いた。
(……おや?)
ヴィンセントがケンドールの顔を覗き込むと、閉じられたままのケンドールの瞳からは、一筋の涙が流れていた。
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