《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》穏やかなしの中で
誤字報告をありがとうございます、修正しております。
「イリス、大丈夫かい?」
合悪そうにしゃがみ込むイリスのを、帰宅してすぐにレノに呼ばれ、急いでレノの部屋を訪れたマーベリックは、慌てて抱き上げた。
「早く、醫者に診てもらいに行こう。レノ、馬車を用意するよう、者に伝えてもらっても?」
「うん、わかった!
ね、兄さん、ティルディナリー先生って知ってる?」
「ああ、高名な回復魔法の使い手だろう。……彼のことを知っているのかい?」
「うん、今日、ちょうど先生の授業があってね。それに、先生はイリスのことも知っているんだって。先生のところにイリスを連れて行くのはどうかな?」
「そうだな。彼に診てもらえるなら、安心だ」
イリスは、マーベリックに抱き上げられた腕の中で、慌てて首を橫に振った。
「あの、マーベリック様、レノ様。
私、それほどご心配をしていただくほど、調が悪いわけではないのです。本當に、ほんのしだけ、気分が悪かっただけで……」
マーベリックとレノは、イリスの言葉に顔を見合わせた。
「さらに合が悪くなってからでは、遅いからな。こんな狀態のイリスを、黙って見てはいられないよ」
「そうそう。イリスは、すぐに我慢しちゃうから。こんな時くらい、僕たちに甘えて?」
「すみません、ありがとうございます。
……何だか、甘やかしていただき過ぎのような気も致しますが」
者を呼びに駆けて行ったレノの後ろ姿を見送ってから、イリスは、マーベリックの心配そうに眉を寄せている顔を見上げた。こんな表ですら、間近で見る彼の顔はどきりとするほどにしく、イリスの頬は薄らと赤く染まる。
マーベリックは、イリスに優しく微笑んだ。
「イリスを甘やかせる機會なら、いつでも歓迎するよ。レノも言っていたように、我慢する必要はどこにもないのだから、無理はしないでしい」
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レノの後を追って、イリスを両腕に抱きかかえたまま歩き出したマーベリックに向かって、イリスは恥ずかしそうにこくりと頷くと、マーベリックの逞しいにそっと顔を寄せた。
***
ティルディナリーの治癒院にイリスたちを乗せた馬車が著いた時、辺りは落ち始めた夕にほんのりと照らされ、赤く染まっていた。
し落ち著いたので、自分1人で問題なく歩けると主張したイリスを、マーベリックとレノが左右から支えるような格好で治癒院にった。もうすぐ閉院時間とあってか、患者の數もまばらだった。
3人が順番を待っていると、背後から溫かな聲が掛けられた。
「おや、お久し振りですね、イリスさん。
レノ君もご一緒ですね。そちらは、マーベリック様でしょうか?」
「ご無沙汰しております、ティルディナリー様」
イリスの記憶にあった、昔會った時の、まだあどけなさも殘っていた顔から、隨分と長した様子のティルディナリーの姿に、イリスは慨深くにこりと笑った。
「先生!イリスのことを、診てしいんです。イリスの調が優れなくって。こんなこと、滅多にないのに……」
「レノ、あまり慌てて先生を困らせないようにな。
ティルディナリー先生、イリスの夫のマーベリックです」
ティルディナリーは、イリスを大切そうに扱う2人の様子を見て、穏やかに口元を綻ばせた。
「もう、間もなく診察室にお呼びできると思いますから。
あとほんのしだけ、お待ちくださいね」
その後、すぐにイリスが診察室に呼ばれ、マーベリックとレノもイリスに付き添って診察室にった。
イリスの癥狀を丁寧に聞いたティルディナリーは、イリスへの診を終えてから、大きな笑顔を浮かべてイリスに向き直った。
「おめでとうございます。……ご懐妊ですね」
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「……!!」
思わず頬を染めてマーベリックを見つめたイリスのことを、マーベリックは極まったような表を浮かべてから、らかく抱き締めた。
レノも目を輝かせて、イリスのお腹を優しい手付きででた。
「わあ、イリス、おめでとう……!
お腹に、赤ちゃんがいるんだね」
「俺たちの子供か。……會えるのが待ち遠しいな」
「はい……!」
ティルディナリーは、目の前で歓喜の表を浮かべる3人の様子に、にこにことしながら続けた。
「妊娠中は、人によって癥狀は違うのですが、悪阻で食べの匂いに敏になる方が多いですからね。あまり無理はせず、そして、しっかり栄養と休息を取るようにしてください。お腹の赤ちゃんのためにも、ね」
「はい、ありがとうございます」
「……ところで。また別件なのですが、できれば、しお話したいことがあります。
そうですね……マーベリック様、できればこの後、しお時間をいただいても?」
急に真剣な表を浮かべたティルディナリーに対して、マーベリックはし不思議そうにしながら頷いた。
「わかりました、俺で良ければ」
「では、イリスさんとレノ君には、先に待合室に戻っていていただきましょうか。
イリスさん、本當に、ご懐妊おめでとうございます。元気な赤ちゃんを産んでくださいね」
ティルディナリーの言葉に頷いて、一足先にレノと待合室に戻ったイリスは、しばらくしてから、ティルディナリーと話し終えて診察室から出て來たマーベリックに、躊躇いがちに話し掛けた。
「あの、私はあまり聞かない方がいいようなお話だったのでしょうか。お腹の赤ちゃんに、何か関係が……?」
「いや、そういうことではないんだ。イリスの妊娠とは、全く関係のない話でね。悪い話ではないと思うが……そうだな。イリスの調がもうし落ち著いたら、俺からイリスに説明するよ。
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ところで、イリスの実家のクルムロフ家で、信頼のおける者はいるかい?……イリスが結婚式に招いた、モリーという侍長は、しっかりしているようだったな」
「ええ、モリーは、母が亡くなった後、まるで私の母親代わりのように、私を庇って、可がってくれましたから。モリーはしっかり者ですし、彼のことは、心から信頼していますわ」
「わかった。今度、彼の所を訪ねてみようと思う。
……イリスは何も心配せずに、安心しておいで」
「そうそう!
僕も何のことかはわからないけど、兄さんに任せておけば、絶対大丈夫だから、さ。
イリスは、イリスのと、お腹の赤ちゃんを大事にしようね。
ああ、嬉しいな。2人の赤ちゃんに、早く會いたいなあ……!」
くしゃりと顔中に笑顔を浮かべて小躍りするレノを、マーベリックとイリスも微笑みながら見つめていた。
***
ヘレナは調不良を訴えて、魔學院を休み、家の中に引き篭るようになっていた。
自らの貌が自慢だったヘレナは、それを失ってしまってからというもの、すっかり外出することが怖くなっていた。醜く歪んでしまった顔を見られる恐怖から、絶対に學院の級友には會いたくはなかったし、母のベラにすら、ヘレナは包帯の取れた自らの顔を見せてはいなかった。當然、家の中の侍や執事たちにも、決して顔を曬すようなことはしていない。
もう時間もわからない、雨戸を閉め切ったままの自室のベッドの上で、ただ虛に寢そべっていたヘレナの元に、母のベラの金切り聲が聞こえてきた。
(……何があったのかしら?)
気怠げにベッドの上にを起こしたヘレナの目の前で、部屋のドアが勢いよく開いた。
薄暗い部屋の中でもはっきりとわかるほどに真っ青にの気の引いたベラが、呆けたように頭を抱えている。
「もう、お終いだわ。ああ、どうしてこんなことに……。
ヘレナ、あなた、ティルディナリーの所に行ったわね?」
震える聲で、幽霊のような顔でヘレナに迫るベラの姿に、ヘレナは狼狽した。
「だって、彼の回復魔法はこの國で一番だって、そういう評判だったのだもの。誰だって、一番腕の立つ人に診てしいじゃない?
確かに、お母様の言う通り、他の方に診ていただいた方がよかったのかもしれないけれど……」
ベラの剣幕に戸うヘレナを前にして、ベラの瞳からはとめどなく涙が溢れ出した。
「あれだけ、彼のところには行くなと、そう言ったのに!どうして、あなたは……」
「もう、そのくらいになさったらどうです?
これからは、お2人だけでやっていかれるのですから。頼れるのは、お互いだけなのですよ?」
ベラの背後から、痛々しいものを見るような目付きで、モリーがヘレナに食ってかかろうとしていたベラのことを止めた。
ヘレナは、思わず顔に手を當てて、包帯が巻かれたままになっていることを確認してから、モリーに怪訝な表で尋ねた。
「これからは2人だけって、いったい、どういうことなのかしら?
……意味が、わからないのだけれど」
モリーのさらに後ろから、2人の男が現れた。ヘレナは、突然現れた、見知った顔の2人の姿に、あっと息を飲んだ。そこには、鋭い目をしたティルディナリーと、マーベリックの姿があったのだ。
ヘレナの前に進み出たティルディナリーが、口を開いた。
「先程、貴の母君ともお話しましたが、貴にも簡単にご説明すると。
……ヘレナさん、貴は、母君の不貞の結果生まれた子供だと、そういうことです」
「……えっ?」
ティルディナリーの言葉を飲み込めずにいるヘレナに、彼は続けた。
「不貞は重い責任に問われるということは、ご存知ですよね?當然、貴の母君は、このクルムロフ家から追われることになりますし、貴にも、この家の継承権はないと、そういうことになります」
「な、何を仰っているの?仰っていることが、さっぱりわからないわ。
……つまり、私たちにこの家を出て行けと?」
「端的に言えば、そういうことですね」
ヘレナは、激しい怒りに、かっと顔にが上るのをじた。
「いきなりいらっしゃったかと思えば、どうしてそんなに失禮なことを?
……どこに、そんな証拠があると言うのです?」
「先日、貴が私の治癒院にいらっしゃった時に、証明してくださったではないですか」
「私、が……?」
勢いを削がれたヘレナは、ティルディナリーの元を訪れた日のことを思い返してみたけれど、思い當たるような節はなかった。
ティルディナリーは、ポケットの中から1通の手紙を取り出した。
「この手紙、覚えていらっしゃいますね?
封筒の筆跡が母君のものかを、確認させていただきましたね」
「ええ。でも、それとこれと、どのような関係が……?」
そう言ってヘレナが母の顔を見ると、母はの気のない顔を強張らせていた。
「僕には、かなり歳の離れた兄がいたのです。兄は魔討伐の際に、運悪く命を落としてしまいましてね。僕が悲嘆に暮れながら兄の品を整理していたら、このような手紙が出て來たのですよ。同じ送り主から、幾通も。
容は、兄のことをいかに想っているかや、兄との間に子供ができたと、そのような容でした。……偽名が使われていたので、送り主を探し當てるには骨が折れましたが、何とか見つかりましてね。それが、そこにいらっしゃる貴の母君です」
「う、噓よ……!」
ティルディナリーは、薄く笑った。
「噓だったらどんなに良いかと、僕もはじめは思ったのですがね。
……どうやら、貴の母君は既にクルムロフ家に嫁いだでありながら、結婚していることを隠して、兄に近付いたようです。そのうち、母君が結婚していることに気付いたらしい兄は、慌てて母君との関係を斷ったようですが、その時には、貴が既に母君のお腹の中にいたと、そういうことのようです。途中から、開封しかけたまま、読んだ形跡のないような手紙も殘っていたので、兄が貴の存在を知っていたのかまでは、わかりませんが。
……兄の行為はあまりに軽率だったと思いますが、兄は當時、貴の母君が既婚者だと気付くまでは、確かに貴の母君との結婚を考えていたようですよ」
「……手紙の筆跡くらいで、何だって言うの?
母と似た筆跡の人だって、いるかもしれないじゃない。私の勘違いかもしれないわ。そんなことくらいで……」
ティルディナリーは、ヘレナの言葉を遮るようにして、靜かに続けた。
「その手紙は、かなり長い期間に渡って兄宛に屆いていたようでしてね。……相當、母君は兄にれ込んでいたようですね。そのうちの1通、今僕が手に持っているこの手紙には、書いてあったのですよ。
『貴方と同じ、星のような形の黒子が、娘の首筋にもある』のだと。
……確かに、兄の首筋には、そのような形の変わった黒子がありました。そして、この前貴が治癒院にいらっしゃった時、貴の首筋に、僕は同じ形の黒子があるのを見付けています」
ヘレナは、はっとして自分の首筋に手を當てた。そして、母の顔を改めて見つめた。
力なく項垂れた母の様子から、彼の言う容が真実なのだということは、ヘレナにもはっきりとわかった。
「そんな……」
「それに、貴は魔法の屬ですね?
確かに、両親の屬とは異なる屬の子が生まれることもありますが、非常に珍しい例ですし、數代前まで遡ると、その屬を有する者が縁者に見付かることが多いようです。
し調べさせていただきましたが、貴のご両親も魔法は使えませんし、その縁者にも、魔法の使い手は見られませんでした」
「……つまり、私は貴方のお兄様の娘で、貴方は私の叔父に當たると、そういうこと?」
「ええ。正直なところ、あまりよい気分ではありませんがね。貴たちがイリスさんにした仕打ちも含めて、貴たちの今までの行は調べさせていただきましたよ。
……もし、あの優しいイリスさんの方がの繋がった姪だったならば、それは喜ばしいことだったでしょうけれどね」
ヘレナは、自暴自棄になってティルディナリーの元に摑みかかろうとした。
「じゃあ、せめて私の顔を治しなさいよ!?
貴方なら、もっとまともに治せるんじゃないの。
……こんなに醜い姪がいたら、貴方だって恥ずかしいでしょう?」
ティルディナリーは、真剣にヘレナの顔を見つめた。
「いや、僕にもできないことはあります。僕にできる限りの回復魔法を使った結果が、その貴の顔です。ですが、僕にとっては、貴の見た目については何も恥じるようなことはありません。
……貴のその心の貧しさの方が、余程恥ずかしいですね。それに、魔法の習得を疎かにしてきたことについても。
兄のを引いているならば、努力さえすれば、魔法を活かして、きっと多くの人のために役立てるようになる筈なのに」
「……っ」
怒りにを任せて、自らにでき得る限り最大の破壊魔法をたどたどしく唱え出したヘレナのことを、マーベリックが制して、浮き出て來たの球をかき消した。
「やめておけ。そんなことをしても、何にもならない」
悔しそうに、ヘレナが魔力を使い果たしてぐったりとしながら、マーベリックを見てを噛む。
「何なのよ。どうして、急に出て來て、そんなことを……。マーベリック様は、お姉様の代わりに、私たちが家を追われる様子を見に來たと、そういうことなのかしら?
ねぇ、ティルディナリー様。貴方がもし私の叔父だったとしても、この家から私たちを追い出す権利が、貴方にあるっていうの?所詮貴方から見たら他人事でしょう、外野が口を挾まないでよ!
それに、どうして今更……」
ティルディナリーがゆっくりと口を開いた。
「理由は幾つかあります。
……1つ目は、貴が兄の娘だとは思われたものの、決定的な証拠が摑めずにいたことです。つい先日、貴が僕のところに來るまではね。
隨分と以前に、僕がこのクルムロフ家を訪ねた時の、母君の焦った様子からも、僕は貴が、母君と僕の兄との不貞の結果生まれた子なのだろうと、ほとんど確信に近い覚は抱いていました。けれど、兄の忘れ形見の貴に會おうと母君を訪ねたものの、それは葉わずに追い返されてしまったので、確たる証拠は摑めなかったのですよ。
2つ目は、今までの貴の、そして母君の言です。
確かに、仮に不貞の結果生まれた子供だとしても、子供自には罪がないのだからと、僕もそう思っていました。
……しかし、貴と母君のこれまでの言は、あまりにも酷い。本來この家を継ぐべきイリスさんに対して、貴は姉どころか侍のように冷たく扱い、そしてその婚約者までも奪いましたね。母君も同様です。いくらが繋がっていないとはいえ、イリスさんに対する扱いはあまりに酷だったと言うほかありません。
そして、最近も、貴は人様の婚約者を奪うということを繰り返していたようですね。
貴の生い立ちを知り、そして、その目に余る貴たちの言を知ってしまった以上、そのような人たちに伝統あるクルムロフ家を継がせるべきではないと、正當な後継者に戻すべきではないかと、外野ながらに、そう考えたのです」
「……」
やや俯いて口を噤んだヘレナに対して、ティルディナリーは寂しげに微笑んだ。
「……この2つが主な理由ですが、最後に。
貴は、今まで、その見た目のしさに傲り、それ以外の努力や、真摯に人をするということを、放棄して來たのではないですか。
そんな貴がその貌を失ってからというもの、貴の元からは、男たちも皆去って行ったようですね。それはきっと、今までの貴自と同様に、貴の周りには、外観や権力といった、目に見えるものばかりに踴らされる人ばかりが集まっていたからでしょう。
これから貴が、母君とどのような道を歩むかは、貴次第ですが。
……もしも、貴がその魔法の能力を磨いて、他人の痛みを癒し、弱者に手を差しべられるような、そんな存在になることができれば。
見た目の醜に簡単に掌を返すような人たちよりも、面のしい人たちと、よほど充実した関係が築けるようになると、僕はそう思いますよ。
余計なお世話だと思われるでしょうが、それでも、貴は僕の大好きだった兄の、たった1人の忘れ形見なのですから。
……この家の存在に甘えて、失った貌を嘆き、暗い日々を過ごすよりは、貴に新しい一歩を踏み出していただきたいと、それが僕の願いでもあるのですよ」
ヘレナはティルディナリーの言葉に肩を震わせ、ぎゅっと両の拳を握り締めていた。深く項垂れたヘレナの表は、その場の誰にも窺い知ることはできなかった。
***
「まあ、お嬢様!
隨分と、お腹が大きくなって……」
マーベリックとレノと一緒に、馬車でクルムロフ家までやって來たイリスの姿を見て、満面の笑みを浮かべて、嬉しそうにイリスのお腹をでるモリーに、イリスも明るく笑い掛けた。
「ふふ、最近、よくお腹の中で元気にくのよ。
もうすぐ會えるかしら、楽しみだわ」
「旦那様も奧様も、きっと天の上から喜んで見守っていらっしゃいますよ」
「ええ、きっとそうね」
イリスはモリーの言葉に頷くと、マーベリックに腕を優しく支えられながら、敷地の端の高臺にある、両親の眠る墓の前までゆっくりと歩いて行った。レノが、イリスの腕からひょいとけ取った、溫かな合いに咲きれる花々を、イリスの両親の名が刻まれた白い墓石の前に供える。
イリスと一緒に、墓石に向かって手を合わせるモリーの瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。
「……旦那様が亡くなってから、あのベラ様は、妻でありながら、一度たりとて旦那様の墓に花を供えにすら來ませんでした。私は、そんなベラ様と、そしてイリスお嬢様を邪険に扱ってきたヘレナ様に、このクルムロフの家を乗っ取られるのかと思うと、それは悔しくて、悔しくて堪らなかったのですよ。
お嬢様がエヴェレット家に侍として働きに出られてから、お嬢様のいらっしゃらないこの家は、私にとって、火が消えたように寂しくなりました。……けれど、旦那様と奧様と過ごした、たくさんの思い出のあるこの家で、お2人の墓石が草に覆われていく様子を想像すると、どうしてもこの家を出る気にはなれなかったのです。
けれど、ヘレナ様の出生の背景を知って、ベラ様の行の理由がすとんと肚に落ちましたよ。旦那様が、忙しいお仕事や長期の遠征などで不在になさっている時、こそこそと屋敷を抜け出すベラ様を、何度も見掛けてはいましたが、まさか、そんな理由があったとは、當時は想像すらしませんでした」
「私も、その話をマーベリック様からつい最近お聞きして、驚いたわ……」
イリスの肩をらかく抱きながら、マーベリックは口を開いた。
「優しいイリスのことだ、あの酷かった彼らのこととはいえ、事実を知ったらショックをけかねないからな。
ティルディナリー先生も、妊娠したばかりの時期に、イリスにそんなストレスを與えないようにと、代わりに俺にその話をしたようだ」
「お嬢様、ベラ様とヘレナ様が家を追われたからといって、何も気にする必要はございませんよ?お嬢様は優しすぎるので、何か彼らの心配でもしていないかと、むしろ私はそれが気になりますよ。
ティルディナリー様からも、お聞きになっているでしょう?突き放した方が、本人たちの為になることもあるのだと。私は、本當にその通りだと思いますね」
イリスは思案げな表を浮かべて頷くと、もう隨分遠いことのようにじる記憶の中から、ヘレナとベラの顔を思い浮かべた。ヘレナの貌が跡形もなく失われ、ベラとこの家を追われてから、今2人がどうしているのか、イリスには知る由もなかったけれど、溫かな魔法の使い手であるティルディナリーが、その姪であるヘレナに願った未來を、イリスも信じてみたいと思った。
モリーが、再度イリスの膨らんだ腹部を溫かな目で見つめた。
「お嬢様は、これから生まれてくるお子様のことだけ、考えていてくださいね」
レノも、橫からにこにことしながら口を開いた。
「エヴェレット家の皆で、兄さんとイリスの赤ちゃんを楽しみにしているんだよ!
ヴィンス兄さんなんか、この前、気が早いけれど、どっさりと赤ちゃん用のおもちゃを買って來てさ。早く會いたいって、凄く楽しみにしていたよね。男の子かな、の子かなって、わくわくしていたね」
「そうだな。
……俺は、イリスに似た、可いの子のような気がするが」
「あら、私は、マーベリック様に似た、凜々しい男の子のような気も致します……お腹の中で、とっても元気にくのですもの。
でも、どちらだとしても、とても嬉しいですね」
「どちらがお生まれになるとしても、とても楽しみですね。
……まだ先の話になりますが、この先、お2人目のお子様もお生まれになったら、このクルムロフ家も、是非継いでいただきたいですね」
「兄弟姉妹がたくさんいた方が、賑やかで楽しいよね!僕も、兄さんたちのことが大好きだし。
ねぇ、そうでしょう?」
楽しげにマーベリックとイリスを見上げたレノに、2人は思わず顔を見合わせると、頬を染めて笑い合った。
マーベリックはレノの頭を軽くでた。
「そうだな、レノ。
イリスとなら、賑やかで明るい家庭を築いていく自信があるよ」
「ふふ、マーベリック様が優しく支えてくださるお蔭ですわ」
見晴らしの良い高臺に、さあっと爽やかな風が流れて行く。イリスの両親の墓を見守るように、墓石の上を覆うように高くびる枝が風に揺れ、穏やかなが墓石の上に差し込んだ。イリスの頭に、優しかった両親の笑顔が思い浮かぶ。
し前までは想像することもできなかったほどの幸せに、心の中で謝の祈りを唱えながら、イリスは、いつでもイリスを庇い守ってくれるマーベリックの溫かく大きな掌を、そっと握り締めた。
もしかしたら、また追加するかもしれませんが、こちらで後日談はいったん完結とさせていただきます。
最後までお付き合いくださいまして、本當にありがとうございました!
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