《【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました》鐘の音
ディッツ・ソレイユは中流貴族の生まれだ。
ものすごく裕福というわけでなければ、當然貧しいというわけでもなく。まあ無難な貴族家で、三番目に生まれた男子だった。
三番目というだけでなぜ俺は家督を継げないのですかッ!と荒ぶる程の富に溢れた家ではないし、兄二人はディッツより賢かったので、ディッツは特にやりたい事もやりたくない事もないまま、呑気に寢て起きて食べて寢ていた。向上心とか野心?とか。そういうモンもなかったのである。
あれ、そういえばこいつとぃ繋がってねーな?とたまに我に返るくらい使用人とも距離が近い。そんなのんびり貴族に生まれたディッツは、けれどなんとまあ剣の才能があった。びっくり。誰がって、ディッツが一番びっくりした。兄二人と同じく、嗜む程度の軽いノリで剣の授業をけていたのに。元騎士の師匠は鼻息を荒くした。
曰く「騎士學校の學試験をけるべきです!」だと。だっはっは。え、いやマジで?
その言葉に調子に乗った、というわけでは無いが。まあ確かに、いくらのんびり貴族とは言え、ぼーっとした三男がぼーっと家にいるのはちと不味かろうと、一念発起したディッツは騎士學校の門を叩いた。たのもー!とは言わんがね。
試験に落っこちても傷付く名譽も無いしな、とゆるーい気持ちで學試験をけた。のだが、これが中々の績でかってしまったのだ。とにかく厳しい事で有名な學校だったので、まさかかると思わんかったディッツは焦った。え、マジで?三回くらい合格通知を読み直して、家族みんな、あ違ったこいつらは使用人だったわ、にも読んでもらったが間違いなかった。
そんな、ゆっるうい生き方をしてきたディッツは、自分で自分を誇りに思っている。
よくあの7年間を耐えたな、と。
毎日吐くまでしごかれ、娯楽の一切を封じられる、もはや監獄。いや地獄。走すれば、一日中広い構のトイレというトイレを掃除させられる上に、食事を抜かれる拷問、もといペナルティーが待っている。にも関わらず、毎日のように走者がいるパラダイス。したがって便はいつもピカピカだった。わーい。
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お貴族様も多く在籍する學校なのに、なぜこのような橫暴が許されるのか。誰か家に告げ口してよ止めさせてよッ!とディッツは何度も泣いた。アタイもう限界!
が、そうはいかないんだな、これが。
王室騎士団直屬のこの學校では、卒業生のほとんどが騎士団の団試験をけるか、貴族家のお抱え騎士となる。在籍しているのは、稀に例外はいるが、ディッツのように次男、三男、四男…以下省略。つまりは家を継ぐ予定の無い連中ばかりだ。家にいたって地位は変わらんが、騎士団にって功績を上げれば変わる未來がある。うちの騎士にならないか?なんてスカウトに來る貴族も、王家に近しい高位貴族ばかりだ。男なら、夢を見たい。
そんな夢見る青年たちは、だからこそ知っているのだ。
自分の父親が王家の騎士団に喧嘩を売る事は無いと。
と、いうか。パパん先生が僕をいじめるんだ!なんて言おうもんなら、そこで將來の道は閉ざされる。んーな弱でペラペラ喋る奴、どこの阿呆が雇うかっつー話なわけで。幸か不幸か、大抵の連中はそれっくらいはわかる脳みそは持っていた。
まあそもそも。王家の騎士団にツバを吐ける度がありゃ、こんな地獄に來ない。家で父親に家督を寄越せつった方が早い。なはは。ウケる。
走する奴は大、殘念な事にそういう考えに至らないオツム弱いちゃんとか、追い詰められた衝的な行だったりとか、あと「俺より強い奴はいねぇ」みたいな筋馬鹿の「出し抜いてみせる」とかいうよくわからんチャレンジ神に溢れた奴だった。何への挑戦なのか、のんびりディッツは知らんが。反骨神?とかそういうのもディッツには無い。長いにはいつまでも巻かれていたいし、乗っかれるものには何にでも乗っかりたい。騎士に向いていない?いやいや、案外、三男、四男、五男てのはこんなもんだ。多分。
ちなみに、歴代の走者の中には逃げ切ったうえで「俺の勝ちだ」と笑って戻ってきた猛者もいるらしい。生徒の間では英雄として祀られているが、彼の名譽のため名は殘されていない。殘念。ディッツには微塵も理解できない世界ではあるが、いつか會ってみたいもんである。
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そんな馬鹿共が寢起きする暑っ苦しい學校を、特別良くは無いがまあ取り立てて悪くもないんじゃないのってくらいの績で卒業したディッツは、悲しいかな。お貴族様からのスカウトは無かったので、仕方なしに騎士団の団試験をけた。
これまた特別目立つような績では無かったが、試験に合格。そこから早、20年?くらい。學生時代と変わらず、汗臭い男に囲まれ、厳しい訓練に追われ、任務に明け暮れている。
さて。そうして10人で1班のチームで「班長」と呼ばれるようになったディッツは、「次期王太子妃過激派ファンクラブ」に屬している。なんだそれって。
きっかけは、一人の男の団から始まった。
「よし表出ろ」
ラウンッファイッ!
誰かがんで始まる喧嘩は、珍しい事ではない。
気盛んな健康優良男子が集まっているので、何かとすぐに拳が出る。と、言ってもまあ、じゃれあいみたいなもんだ。本気で相手をどうにかしてやろうって奴は、そもそも公衆の面前で喧嘩なんぞせずからこっそりやらかす。やだね、暗な険野郎って。
とにかくディッツが在籍するこの騎士団は、あの學校を卒業した連中がほとんどを占めている脳筋集団なので、喧嘩なんてのはコミュニケーションの一環なんだけども。
一人だけ、マジの奴がいた。目が、違う。目が。いや確かにちょっとお目にかかれないくらいに綺麗なおめめだけども。目だけに。いや、そういうことじゃなくって。
睫バッサバサの麗しきお(・)瞳は、意外にも普段は想が良い。
名家のお生まれで、ぶっちぎりの績で飛び級して卒業した後、試験役である対戦相手の先輩も上司も無傷で薙ぎ払ったっつー厳つい経歴だもんで、どんな嫌味なゴリラがやってくるのかとディッツは恐々とした。指示を出して「あ?」とか睨まれちまったら立ち直れない。もやだお家帰る。
ところがまあ。
部下として引き合わされたその新人は、キラキラの。いや、もうキラッキラのキラッキラの綺麗なお顔を乗っけた、父親譲りのでっかいで「ご指導よろしくお願い致します」なんて微笑んで頭を下げおった。
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はーん?さてはこいつ、可いな?
「いやいや、君の強さは聞いているよ。俺が教える事なんて無いだろ」
「僕が父に教わったのは一人、或いは弟と二人での、個人の戦い方です。學校で一通り組織としてのきは教わりましたが、未である事に変わりはありません。どうぞ遠慮なくこき使っていただけると嬉しいです」
はーん?めっちゃ可い部下やな??
副騎士団長を父に持ち、騎士団長にも期待されているという能力も見た目も超大型新人の、この素直さと謙虛さと笑顔である。
リヴィオニス・ウォーリアンは、あっという間におじさんたちの心を摑んだ。
おいそこにいるのはリヴィオニスか?よしよしおっちゃんが弓を教えてやろう。んじゃ俺は魔導銃でも。
休憩時間に皆がこぞって偉そうに武片手にしごいても、本人はケロッとしている。どころか、「この武を使うのは初めてです!」「すごい!」「有難うございます!」「今の見ましたかっ?僕才能あるかもしれません!」なーんて、頬染めてんだぜ。自分より遙かに才能かでもでっかい若者に、尊敬の眼差しでニコニコされてみろよ、お前。骨抜きだろが。
あの父親からなぜにこれが?え、どんな育てられ方したんだ??と不思議に思ってしまうほど、素直で明るく、清涼剤かッてくらい外見も麗しくていらっしゃるうえに、後輩にも優しい。仲間のピンチにはいち早く駆け付け、父親譲りの剛剣でモンスターをひとはらい!
どこのヒーローだお前は。
そんな上司から後輩まで慕われるリヴィオニス・ウォーリアンが、いとも容易く不機嫌になるのは、王太子殿下の婚約者ソフィーリア・ロータスの口を耳にした時である。
「ソフィーリア様ってさー、なんか怖いよなー」
「あー、わかる。笑ってんだけど笑ってねーんだよなあ」
なんて口にしようもんなら。
「よし表出ろ」
ラウンッファイッ!ってなる。
え、そんな短気なのお前。
「いいか、聞けよ。あのお方は妃教育の合間をって、大臣とも政務について日々議論をわされるようなお方なんだ。最近、備品が一新されたのもそのおかげなんだぞ。寢ても覚めても國のために心注ぐ、そんな慈悲深いお方に、おい、今なんつった。あ?」
「ごめんなさい許してください」
「は?許さねぇけど?聞け。朝まで語りつくしてやる」
「いやほんと許して」
開始の合図と同時に相手を叩き伏せた後は、倉を摑んでソフィーリアの功績を語るまでがセットだ。が真面目な子なので、任務や訓練の開始を告げる合図には従うが、それまでノンストップの熱弁っぷりに、誰かが言い出した。
「次期王太子妃過激派ファンクラブ會長」と。なんだそれ。ディッツは思ったが、うん。しっくりきた。
噂によると學生時代もそう呼ばれていたらしい。なんだそれ。ディッツは思ったが、簡単に想像できた。
気付けば、その心酔ぶりに影響をけ、一人また一人と「俺、ファンクラブったんだ」とニコニコと、時には泣きながら言う連中が増えていた。
だって、あの地獄の騎士學校を改善し、無理と無茶が定番になっていた騎士団の編にも苦言を呈したのだというから涙の一つや二つ流したくなる。あんな小さなで、騎士団の猛者共とやりあおうなんざ、正気の沙汰じゃない。誰か暖かい布とスープを。至急!
死ななきゃオッケーのノリで鍛えられた騎士たちは、騎士団のやり方にすっかり慣れきっていたのだけれど、そりゃあ、見返りは大きければ大きい程嬉しい。
食堂のメニューが増えたり、仮眠室が豪華になっていたり、シャワールームが出來たり、休みが増えて妻と子供に喜ばれたり。どれもちょっとしたことだけれど、積み重なれば「あれ?」と隨分、息をしやすくなったことに気が付く。それが全部ソフィーリアのおかげと聞いて、古株の騎士ほど頭を抱えた。
謝しなきゃ人じゃねえ。
そんなわけで、ディッツも「次期王太子妃過激派ファンクラブ」の一員だ。なんなら妻と子供も加している。「おとーさまが早く帰ってくるようになったのは、ソフィーリアさまのおかげなの?じゃあヒナ、ソフィーリアさま大好きっ!」「あらあら、じゃあ私もソフィーリア様を応援しなくちゃ」だって。はー、うちの娘と妻最強に可い。ディッツは妻家で子煩悩なパパだ。
ファンクラブはそんな緩いじで、活容は主に布教活だ。あのおっそろしい學校や騎士団の改善にご盡力くださった天使様を崇め、その素晴らしさを皆に広めつつ、しでもお過ごしやすいようにとからこっそりお支えするのである。
例えば、妹君とソフィーリアを並べてソフィーリアを悪く言う輩には鉄槌を下したり、遊び惚けているくせに暴言を吐く王太子とソフィーリアが城でうっかり會う事が無いようにそれとなくルートを導したり、送迎の馬車はいつも以上に揺らさないようゆっくりでクッションを増量してみたり、お疲れのご様子の時は誰も近寄れないように統制してみたり。
會員たちは、うかつに近寄って聲を掛けられる立場ではないので、本當に些細なことしかできず歯いばかりであったが、會長がそれで良しとしているのだから、できることは無いのである。
義妹と比較され、婚約者に雑に扱われ、それでも靜かに笑みを浮かべるを、騎士団は見守るしかないのである。
いつか、子供らしく自由に駆け回れたらいいのに。
ディッツは、ぷすぷすと寢息をもらす娘の頭をでながら、靜かな笑顔を想った。
そんな日々が、終わる。終わった。終わったのだよ!他ならぬ彼自の手によって!!
3年。自分たちを置いてぐんぐん出世するリヴィオニスと共に、ソフィーリアを見守り続けたファンクラブ會員たちは、ソフィーリアらしからぬび聲に、すぐに事態を把握した。
よっしゃ騒げばいいのね?
関係者各位を、ソフィーリアがび聲を上げた部屋に半ば力づく導する傍ら、魔法石に飛んできた聲に、會員たちは涙を流した。
『會長に馬車を…!』
「え、何、なんの話?」
「來賓の護衛の話だろ」
「ああ」
ディッツは同僚に笑い返しながら思った。
んなわけねーわ。誰だよ會長って呼ばれてる客。
このセリフの意味は、非ファンクラブ會員には絶対にわからないだろう。しかもこれは、ファンクラブ會員達の中でも、とくに過激な者たちに向けた言葉だ。
そう、ディッツのようなな!時は來たれり!ついに年が羽ばたく時だ!我らおっさんが張り切らんとどうするってんだ!!よっしゃどけどけそこどけぇい!!
「は、班長、俺涙が…っ!」
「涙はまだとっときな!」
「班長…!」
同志である部下の肩を叩き、ディッツは狀況を確認する。
リヴィオニスの指示で、馬車の手配、ウォーリアン家へ彼の蓄えと馬、それからソフィーリアの著替えを頼みに行く係、ソフィーリアとリヴィオニスが馬車まで目立たずに移できるよう援護する係、馬車の者係、と割り振りできているようだ。さすがの仕事の早さ。
ならばと、ディッツと部下は導係に立候補する。來賓の皆々様が、うっかりソフィーリアとリヴィオニスの移ルートに近づかないように、張り切って毅然とした態度で申し訳なさそうに「本日は申し訳ございませんでした。馬車はあちらです、お手伝いいたしますか?」って言う係だ。何せ夜會。とにかく客が多いので、これは人手が多いに越した事はない。
「ロータス家の皆様の護衛は?」
「第1部隊9班の連中に指示が出てますね」
「んじゃ安心だな」
「はい」
その班は、ディッツと部下同様にファンクラブはファンクラブでも過激な方の會員たちなので、ロータス家の賑やか家族にソフィーリアとリヴィオニスの逃亡を気付かせるような真似はしないだろう。うっかりあの家族が部屋から出ることがあっても、うまいことやってくれるはずだ。
この機を逃してなるものか。ディッツたちは燃えていた。
そう。次期王太子妃過激派ファンクラブには、ただソフィーリアを応援したいという純粋な騎士の他に、いやうちのリヴィオニス君の方がソフィーリア様を幸せにできんじゃない?とか、うちの健気すぎるリヴィオニス君報われるべきじゃない?という、真の過激派が存在するのである!誰が呼んだかその名も、リヴィオニス君応援隊!いやまじで誰が言い出したんだろな。ま、それは良い。良くねーのはこの婚約話だ。
いやいや。いやいやいや、だって、あんなろくでなしとソフィーリアの結婚を誰が認められようか。人の親のすることではなかろうよ。特に娘を持つおじさん連中の憤りは強く、若者とおじさんは手を取り合い、こっそりとリヴィオニス君応援隊が結されたわけである。
実際のところ、リヴィオニスにその気があるのかどうかは知らんが、まあ言うて王家の婚姻を本気でどうこうしようっつうの程知らずなことは誰も思っておらんので。リヴィオニスの気持ちなんぞ知ったこっちゃないのである。ほら、思うのは自由じゃん?
ただ、ちょーっと。ちょっとね。
リヴィオニスを優先的にソフィーリアが出席する夜會の警護とかソフィーリアの護衛任務をまわしたり。ソフィーリアを前にしても、なんでもない顔をして靜かに仕事をするリヴィオニスを見て、ほっこりするだけだ。
あれだけ過激なファンのくせに、リヴィオニスは決して態度や顔にソフィーリアへのを見せない。そんなところが、男たちを泣かせた。ソフィーリア様うちのリヴィオニス君こんな澄ました顔して貴の大ファンなんです。
むしろ周りの方が堪えられなかった。
おじさん連中はあやうく泣きそうになるので、ソフィーリアとリヴィオニスを一緒にした任務は、なるべく若い連中や何も知らない騎士がつくようにこっそり配慮がなされた。過激派おじさんはひっこんどけ。無言の聲におじさんはちょっと泣いた。
「ディッツ」
そんな日々をもうすでに懐かしんでいたディッツは、背後から名を呼ばれ驚いて振り返る。
「だ、団長!」
「いいところにいたな。し頼みがある」
ディッツは、「こちらへ」と柱のに導され、どうしよう作戦に気付かれたのか毆られるのか、と心真っ青になったところで、ぽすりと革袋を渡された。
「者係の者へ、渡してくれるか。給料未払いで行かせるわけにはいかん」
「え、だんちょ」
「いい。言うな。聞いてやれん」
眉を寄せる騎士団長様には、お立場がある。ソフィーリアに同しようとも、に悩める若人の気持ちがうんざりするくらい、わかろうとも。いや、あるいはだからこそ?
いかなのんびり貴族なディッツとは言え、人生の半分以上をゴッリゴリの縦社會で生きてきたのだからそれくらいはわかる。くだらない?仕方がないそれが社會だ。それがだ。
ディッツたちが、こっそりひっそりあれそれをやっているのを、見逃してくれているだけで、それだけで、良いのだ。
「メッセージカードとか付けます?」
「さっさと行ってくれ」
かくして、リヴィオニスとソフィーリアは無事に旅立った。子供の旅立ちを見送る親とは、こんな風に寂しく、誇らしい気持ちになるものなのだろうか。
ディッツは、「大きくなったらお父様と結婚するの」と言ってくれる娘を想って、し泣いた。
んだけど。
魚釣りしたり、ついでに見通しをよくする為に木を伐採したり、部下の娘ミッシェルちゃんが好きなどんぐりを拾ったり。リヴィオニス君応援隊で結されたチームで、王太子殿下のご婚約者の捜索任務をのんびりとこなしていたディッツは本日。捜索の打ち切りをけ、城の警備を擔當している。
昨日は副団長様によって高級な酒が振舞われ、朝まで飲み明かしていたのでディッツはぶっちゃけ死ぬほど眠いし、なんならちょっと気持ち悪い。
どうしてこうなった。
浴びるほど飲んだからだ。
なんであの時、あそこでやめておかなかったんだろうか。止めてくれる奴、はいなかったな。誰も彼も酔っぱらってたし、まあ止められたって聞きゃしないだろうことは、想像に難くない。つい、「まだ大丈夫」「まだイケる」「だってみんな飲んでるし」って思っちゃうんだよ。な。なーんの拠もありゃせんのに、ほんと馬鹿。人って馬鹿だ馬鹿。
猛烈な後悔と眠気に襲われるディッツであるが、目の前の展開がすさまじいので立ったまま寢る心配は無さそうだ。良かった。良かったのか?
「はい、というわけでもう一度言うぞ。レアオフェルはリリーナ・ロータスと結婚して、ロータス家に婿りするように。王位継承権はもちろん剝奪。次にロータス家は、ウィンブル領を治めるように。それぞれ、夜會での騒の責任を取ってもらうよ」
國王陛下、リオネイルの言葉に王太子殿下。じゃなくて元王太子殿下、レアオフェルとその母親の顔が真っ青になった。ついでにウィルソン・ロータスの顔は真っ赤だった。
「へっ陛下!我がロータス家に、あのような未開の地に行けなどと、我が家門をなんとお思いですか!」
「あれ。私、喋っていいって言ったかなあ。ウィルソン、王の許しなく口を開くなど、お前はいつの間にそんなに偉くなったんだい。ああそっか。だから隣國の王を招いている夜會でも、好き勝手できちゃうわけだ。凄いなあ」
あはは、と笑う聲には無い。
この國はかだ。稅も厳しくなく、なのに町は綺麗に整備され住みやすくて、常に潤っている。あちこちで店は繁盛し、路地裏から大通りまで賑やかな笑顔に包まれている、とても溫かな國だ。
なのに、ディッツは王から溫をじたことが無い事が、し、恐ろしい。
「っ、も、申し訳、ございません」
ぐ、と歯を食いしばるように、ウィルソンは頭を下げた。夜會を臺無しにするび聲を上げたのも上げさせたのも彼の家族なので。ううん、反論はできぬだろうな。
「まあ、いいよ。申し開きがあるなら言ってごらんよ」
顔をかすことを許されない直立のディッツには、リオネイルの顔を見ることができない。リオネイルのらかな聲に、ディッツは笑顔を思い浮かべようとして、けれど、なぜだろう。どうしても王が笑顔を浮かべている様子を思い浮かべることができない。
ウィルソンは、「ご溫にお禮申し上げます」と怒りだか恐れだかが滲むような、震える聲で顔を上げた。
「ソフィーリアは、かねてより王太子殿下にご迷をお掛けしておりました。リリーナは、王太子殿下をおめしていただけなのです。恐れ多くも殿下は優しいリリーナを想ってくださいました。ソフィーリアはそれを妬み、妹にも殿下にも辛くあたっており、私は」
ドッガッシャアン!!!
ウィルソンの言葉に思わず拳を握っていたディッツは、突然の轟音に驚きのあまり肩が跳ねた。かしゃん。握りこんだ剣が小さな音を立てる。あ、思わず反で剣を抜くところだった。
ディッツはちらりと視線をかし、ひっ、と息を吸った。
王が笑顔で、右手を上げている。
足元には、ばっか高そうな金ぴかの小さなテーブルが転がり、水がっていたグラスとガラス製の水差しが々になって、赤いカーペットのが濃くなっている。いつも玉座の隣に、王妃自ら用意していた水分補給セットだ。多分、あれを、テーブルごと思い切りひっくり返した。
「うるさいなあ」
あのね、と王は立ち上がった。
ガン、と転がるテーブルを蹴る。遠目から見ても絶対ディッツの年収じゃ到底足りない金額の細工が転がるのに、ディッツの胃がきゅっとした。
「私は、あの夜について申し開きがあるなら、と言ったんだよ。私(・)が(・)失(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)を(・)惜(・)し(・)ん(・)で(・)い(・)る(・)家(・)臣(・)の悪口を言え、とは言っていないんだよなあ。私があの子を重寶していたのを、まさか知らなかったのかい?」
「っ、」
知らんかった、ってこたあないだろうな。さすがに。
のんびり貴族のディッツだって、ロータス家が王家のが流れる由緒正しい家門で、當主が政治能力には長けていることを知っている。
でも多分、王がソフィーリアと王太子のきを予測できなかったように、ウィルソンもリリーナと王太子のきを予測できなかった。
ウィルソンが後妻の子を贔屓している事は有名だったから、リリーナと王太子がもし本當に想いあっていたとして。いずれは…と思う気持ちもあったろうが、こんな、あちこちの貴族や王家に、砂をかけるどころか投げつけるようなやり方は考えていなかったはずだ。
まーどっちも我が子を野放しにしてたって意味で同罪じゃん?とかね。監督不行き屆きはどっちもじゃーん、とかね。聞き耳立ててるディッツなんぞは思うんだけども。ま。子の心のすべてがわかる親はおらんので。明日は我がやも…とディッツは娘に嫌われない、でも厳格なお父様であろうと決意をする。そう、副団長のようなお父様になりたい。むしろお父様と呼びたい。
「この私でさえ、一応ちょっとは反省しているのに。お前ときたら死んだ娘の名前を出すんだものなあ。ちょっとびっくりして臺を倒してしまったじゃないか。ねえ、レアオフェル、どう思う?」
「あ、」
王子の掠れるような聲は、震えていた。
こちらは紛うことなく恐怖だろう。
力の無い震える聲は、「あの」「その」「つまり」とよくわからない単語を並べた。きっと頭がいてない。そりゃあ彼は今まさに斷崖絶壁。死の間際ってじなんだものなあ。
いつも自信たっぷりに上からものを言う様と真逆で、真っ青な顔は多、気の毒でもある。
酔いどれディッツじゃないが、彼にしてみれば「だって止められなかったし」ってなじだろう。いや止められんと気づかんのかいッてか絶対誰か止めてるだろ、とか、止めても聞かねーだろあんた、とかはまあ置いとけ。飲みすぎた過去があって、胃を取り出したくなるような嘔吐だけがあることが現実なのだ。後になって、だから言ったじゃん!とか言われたってもう遅い。過去は過去だから何でも言える。
そうじゃなくて、飲みすぎたから事が起きて、どうしようって話なのだ。うん、もう絶対酒やめる。
ん。俺何考えてたんだっけ。
なんか朦朧としてきたディッツの前で、ご側室が飛び出した。
「陛下っ!この子を王にするのだと仰ったのは貴方様ですっ!それを、今になって反故になさるのですかっ!わたくしを、王の母にしてくださるとっ…!」
「そのつもりだったさ。問題を起こすな、という私の命にお前たちが従っていれば、ね」
はあ、と溜息をついたリオネイルは、側室をまじまじと見つめた。
「無で大人しいお前は、どこへ行ったんだろうねえ」
「っ無な人間などいるものですかっ!わたくしは、ただ貴方にされたかった!そのよりも、そのの子供よりも、わたくしたちをしてほしかったのよ!!」
「」
その言葉に、リオネイルは目を見開き、は、と乾いた笑いを上げた。
それから、ぼす、と力が抜けたように玉座に座って。右手で顔を覆い、はは、と聲を上げて笑った。
「そんなものがしけりゃ、普通の結婚をするべきだった」
「…え?」
その聲は、どこまでも靜かで、平坦だった。
つまらないものを見るような、もうなんの興味も湧かないといったような。まったいらで無機質で、恐ろしい程に、なんにも無い。
そんな聲に、王の側室であるは、がく、と膝を崩し、それで、突然。突然、び聲を上げた。
隣のレアオフェルはびくりと肩を跳ねさせ、なんだかわからん事をびたくる側室に、慌てて彼を護衛する騎士たちが駆け寄る。
リオネイルは、それに眉一つかさずに続けた。
「だと言うのなら。お前たちは私ではなく、國民をするべきで、國民にされるべきだったんだよ」
べつに俺たちは王様をしちゃいねーけどね、とかは、たとえ口が裂けて走り出していっても言っちゃいけない。
ディッツのように、覇権爭いにも派閥問題にも興味が無い、というか參加資格すら無いのんびり貴族からしてみれば、誰が王様になったって、正直あんまり関係ない。
できればクズより良い人をお守りしたいな、とは思うし給料が上がれば嬉しいけれど、誰それが王であるべきである!とか、雲の上すぎてピンとこない。
今現在とし先の未來。せいぜい自分と子供が生きて死ぬ間、平穏で平和で家族が笑っていられれば、ディッツはそれで良いのだ。だから王が誰かってのが問題だろうよ、と言われたとて。生まれる前から平和な國でのんびり貴族として生きてきたディッツは「はあご高説どうも」てなじだ。
ただ、ディッツはたまたま。
本當に、たまたま。一人のの顔を知ってしまった。
リヴィオニスに出會うまで、「ちょっと地味な王太子殿下の婚約者」くらいにしか認識していなかった。いつも見ても同じ笑顔に、ああいかにもだなあ、とか思っていた。優秀だと噂を聞いても、ふーん、と思うくらいで。だって殿下の婚約者になるくらいだし當たり前じゃね?なんて、深く考えた事は無かった。
けれど、たまたまリヴィオニスに出會った。
リヴィオニスの話を聞いて、気にして見るようになった。
そうやって、その本當の顔を知って、他人事に思えなくなっただけだ。
だから、本當のところは、ディッツもファンクラブ會員も王も王妃も王太子も側室も宰相も大臣もみんな、みんなみんな一緒なのだ。みんな、「だってソフィーリアが何も言わないから」って、小さなが笑顔で何を飲み込んだのか見ようともしていなかった。
ただ便利だから、王太子を押し付けて、それで終いにしてただけ。だって國はなんにも変わらず、昔から平和にまわっていた。それしか、それだけにしか、だあれも興味が無かった。
だから、ここに居る誰もに、誰かを糾弾する権利は無いのだと、ディッツは思う。
ふざけるな、と怒鳴って良いのはきっと、世界でただ一人。ただ一人、ソフィーリア自だけだ。
けれどもは、そんな煩わしく醜いしがらみなんぞ、全部放り捨てて。「そんなもの飲み込んじゃだめだよ」と、たった一人だけ気付いた男の手を取ったから。
もう、二度とこんな場所には戻らない。戻らなくていい。二度と、戻ってはいけない。
行きたい場所へ、好きなように行ってほしい。生きてほしい。
どこか、なんでもない場所で、ディッツの娘とおんなじように、大きな口を開けて、歯を見せて、パン屑なんかつけてさ、笑うんだ。
祈るように思って、それで、ディッツは口を塞いだ。
「き、もちわる」
「ここで吐いたら首飛びますよ班長」
ディッツは大人で人の親なので、それを飲み込まにゃあならん。ごっくん。
************
どうしてこうなったのかしら。
優しいお父さまと毎日一緒に、大きくて綺麗なお屋敷で暮らせるようになって、私は幸せだった。
お母さまもお父さまもいつも笑っていて。たくさんのメイドや侍はみんな優しく気の利く人ばかりで、私が「あら」って言うだけで、「どうなさいましたか」ってなんでも揃えてくれる。
家族の食事にも顔を出さないお姉さまはし変わっていて、お父さまは「あれはどうしようもないから構わなくていい」と、いつも私の頭をでて笑っていた。「お前は本當に可いな」って。
私は頷いて、お父さま大好きって抱き著く。そしたら、お父さまはぎゅうと抱きしめてくれて、「明日はどこへ行こうか」って、お買いや歌劇に連れて行ってくれるの。
お父さまは、お姉さまの事が嫌いで、私とお母さまの事が大好きだった。
だから私が殿下の事が好きだって知って、なんとかしてくれるって笑ってくれた。
殿下も、お姉さまなんか嫌いだって。私しかいないって、あいしている、って言っていた。お話をしたことはないけど、ご側室さまも王妃さまも、私をきっと好きになってくれると思う。
あの日。
あの日、殿下の手が私のドレスにれたとき、私はお姉さまの事をしだけ考えた。
お姉さまはきっと、いつもみたいに、お人形みたいな笑顔を浮かべて「そう」って、興味もなさそうに言うだろうなって。それってなんだか、気持ち悪くて、だから殿下が私に口づけるのは當然だなって。
だって、ね。みんな言うもの。みんなよ。みんなが、私の方がかわいいって。すてきだって。やさしくて聖みたいだって。ふふ。照れちゃうけれど、ね。本當のことでしょう?
なのに、どうしてかしら。
あれから、お父さまは毎日怒っているし、お母さまは毎日泣いている。
殿下は結婚して一緒に暮らしているはずなのに、毎日どこかへ行くし、気づいたら執事もメイドも侍も、とてもなくなっていた。昔から屋敷にいるという、私とお母さまに冷たい執事とメイド長は、いつも靜かに立っている。お姉さまみたいで、怖いからいやよ。
どうして、こうなったのかしら。
私たちはもうじき、引っ越さなくてはならないのですって。お父さまはそれが嫌で、なんとかしてみせると怒って、泣くお母さまをぶつこともある。まるで、お姉さまにするように。
よくわからないけど、多分、お姉さまのように悪い事をしたんだと思う。だったら仕方が無い。お父さまの言うとおりにしていればいいんだって言ったのは、お母さまだもの。
そういえば、お姉さまは死んじゃったらしい。
一緒の家にいてもほとんど會ったことが無いから、実は無いのだけど。
それよりも、私は結婚式がいつなのかが気になって仕方がないのに、誰も何も言ってくれないのよ。先に結婚ってなんだか変だけど、そういうこともあるってお母さまが言ってたから、式はもうすぐだと思うんだけど。ウエディングドレスは?靴は?ベールは?招待するお友達は?いつ決めればいいのかしら。
私ね、王妃さまが著たのと同じ、マーマレイディアのドレスがいいの。
それで、真っ白で、たくさんのレースとダイヤがついたドレスがいいわ。
きっと、素敵なドレスを著れば、殿下はかわいいって、あいしているよってまた言ってくださる。
早く準備をしなくちゃ、式に間に合わなくなっちゃう。
なのに、誰も何も言ってくれないのよ。
「ねぇ、どうしましょう」
どうして誰も答えてくれないの。
************
どうしてこうなったんだ。
昔は、母上も穏やかで靜かな人だった。優しくて、王妃とも仲が良く見えた。
それに、誰もが俺を一番に扱った。當たり前だ。だって、俺は王になるんだから。俺は、この國に一人しかいない、特別な存在なんだ。
なのに、あいつが生まれてから、母上はおかしくなった。王妃を「あんな」と呼ぶようになり、父上に會うといつもべったりとくっつくようになった。
そんなことをしなくたって、俺は王太子なのに。王太子は、俺一人なのに。母上は、いつも何かに追いかけられているかのように、俺に「王になるのは貴方なのよ」と言った。そんなことを言われなくたって、知っている。當たり前の事だろう。
けれど、俺より7つも年下のガキのくせに、偉そうな顔でわかったように喋るあいつと俺を、で比べている奴らがいる。そのせいで、母上はどんどんおかしくなった。
あのブスもだ。
父上が婚約者だと連れてきたあのブスは、おもしろい事など何一つ無いって顔で、大人みたいな笑いをいつも顔にり付けて、大人みたいに喋る。いつだって俺を馬鹿にしていた。
なんであんなが婚約者なんだろう。
婚約者を変えてほしいと言うと、母上は困ったように笑って、父上は「へえ」と笑った。「じゃあこれ、何とかできたらいいよ」と渡された紙の束は何を書いているのかさっぱりわからなかった。
可くもないし話もつまらないあのブスは家だけは立派だったから、父上は婚約を解消する気なんて無かったんだろう。俺を馬鹿にして、その場から追い払いたかったんだ。
だったら、あのブスはあいつと結婚させればいいのに。
つまんない奴同士、きっと気が合う。そしたら俺はもっと可いと結婚できる。そうだ。ハーレムをつくるのもいい。だって俺は王になるんだ。口煩い教師共や大臣たちは、もっと勉強しろとかそんなんじゃ駄目だとか言うけど、俺は何もしなくたって王になれるんだから。王太子は、俺だけだ。
その証拠に、俺が何をしたって、何を言ったって、誰も止めないじゃないか。
時々じっと俺を見る父上の目はなんだか気味が悪いけど、それだけだ。
俺は、この國でたった一人の特別な存在なんだから。
なのに。
なのに。なのに、俺は王太子じゃなくなった。母上は、一人でけらけらと笑うなんだかよくわからないものになった。
結婚させられたリリーナは可いけど可いだけで、その顔でいつも俺に何かをねだるように笑っている。それが、なんでか、ぞっとするんだ。確かに可いと思ったはずのそれが。俺に何もまない、ブスやあいつの冷たい笑顔とは反対のそれが、ぞっとする。
ロータス家を何度も逃げ出そうとして、その度に捕まっては部屋に放り込まれる。この家の當主は、俺を使(・)っ(・)て(・)どうにか北に行かなくていい方法を探しているらしい。よく知らないが、ロータス家は昔から王に大事にされてきた家だった。でも王に捨てられた今、誰も振り向かない。俺と同じだ。
ミランダも、アイラも、ルイーナも、あの子もあの子も、みんな俺と結婚したいって。俺が一番だって。俺は特別なんだって言ったのに。
シベイルもアーサントもみんな、第二王子じゃなくて俺を支持するって。俺は王になるために生まれてきたんだって言ったのに。
誰も會ってくれない。手紙を送っても、1通も返事はこない。誰も。誰も。俺の元にいない。
俺は何もしていない。俺は王になるべき特別な人間なのに。
どうしてこうなったんだ。
************
どうしてこうなったのかしら。
わたくしは、なんにもしてはいけないんですって。
わたくしの仕事は、ただここにいて、食事をして、笑って、眠って、それだけなんですって。そんな馬鹿な。生きている限り責任があって、義務があって、何かをさなくては何も得られないでしょう。
そう言うと「なるほど」と綺麗な顔が頷いてくれた。そうよね。と頷き返そうとして、ぎしりと固まる。「では、かわいくて俺の隣にいてくれる貴に俺は対価をお渡ししなくてはいけないってことですよね」んんんん??違うと思う。いや思うじゃない違う。違うわ。違うのよ。
わたわたと口を開こうとするわたくしを見て、らかく笑う紫の瞳の、しさったらもう…。何も言えなくなってしまう。
何もできなくなってしまうわたくしを、どうしてかしら。とても嬉しそうに見てくるのよ。「かわいいなあ」って、一度も言われたことが無い言葉を、ふにゃふにゃの笑顔で言うのよ。貴方の方が可らしいわよ!と言いそうになって、飲み込むたびに、ふふって笑うのよ。
「もう何も飲み込まなくて良いんですよ。ちゃんと聞かせてくださいね」って、笑顔一つで、わたくしをなんにもできない泣き蟲にしてしまうの。めそめそする鬱陶しいわたくしを、ぎゅっと抱き込んで「ちょっと休みましょうか」って言うその聲は、うっとりするくらい甘やかで溫かな優しさだけど。「眠くなってきちゃいました」ってそんな、あなた、噓でしょう。この勢で?寢ると?仰るの???
「ここから出てっちゃ駄目ですからね。貴方の今の仕事は、僕が起きるまでじっとしていることです」ってそんな。ねえ、噓でしょう。あなた、だって、ちっとも眠そうじゃないわ。なんでもないように目を閉じる顔はびっくりするくらいに綺麗だけれど、ドンドンってうるさい心臓の音は、わたくし一人分にしては大きすぎると思うのよ。
宿屋の簡素でいベッドは、それでも心地よくて。き一つとれない。
こんな、ふたりで寢転がるなんて、はしたない真似しているなんて。ああまったく。
どうしてこうなったのかしら。
なんだかおかしくなって、わたくしは聲を上げて笑ってしまった。
番外編おわり。たくさんの評価、ブクマ、想のおかげで書ききれました。
豆腐メンタルなので投稿した後はなるべく評価等は見ず、投稿直後のみ想を読む事を己に許すというルールで書いていたのですが、その度に優しい言葉や評価がたくさんで、元気づけられました!
本當に有難うございました!!!
おかげさまで、(異世界)で月間1位
総合で月間2位にランクインできました!!嬉しい!
來週からは続編の投稿を予定しています。
引き続きどうぞよろしくお願いします!
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