《【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました》4.夜の男たち
リヴィオニスは、生まれてからの殆どの時間を訓練に費やしている。
いつか親父を泣かしてやる、と弟と同盟を組むほど父親は厳しかったし、騎士団の教は天職ですとばかりに生徒をしごきあげ、騎士団にってからは言わずもがな。己を鍛えるのも仕事だった。
先輩方は、休憩中もリヴィオニスにんな武の扱い方や作戦について指導をしていたらしいが、頭おかしいんじゃないのかってくらい厳しい父親の訓練に比べたら、騎士団の訓練なんかピクニックだろう。だって、おべんとも休憩もテントもあるし、夜の襲撃も無いんだもの。
最初のうちは、い(・)つ(・)も(・)通(・)り(・)夜中に突然獰猛な教や父親が登場するんじゃねぇかとドキドキしちまった。のだけど、毎回朝まで靜かなもんだった。訓練でそこまでやると、仕事に支障をきたすってことなのか、騎士學校の訓練メニューの一部を考えているというリヴィオニスの父親がおかしいのか、馬である抹茶にはよくわからんが。
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抹茶は馬なので、難しい事はよくわからん。
わからんが、自分がどえらい家に生まれ、立派な両親と同じ働きを人間に求められていることはわかった。なので、ぼっこぼこにされても決して心折れない小さな人間に抹茶と名付けられてから、抹茶は訓練もモンスターの討伐もお供をしてきた。
つまるところ、森の中で一晩中起きて火の番をするくらい、リヴィオニスも相棒の抹茶も、なんてこたないんだけれど。リヴィオニスはふうと溜息をついた。
「抹茶、ソフィーリア様かわいすぎない?」
「ひひぃん」
「え、そう言うなよ」
抹茶は、またかよお前、と頭を振った。
リヴィオニスが好きなの子は、なんだか難しい立場にあって、あの子が好きなんです!!!と誰にでも言えるわけではないんだとか。
そう、抹茶は唯一、リヴィオニスが本音を口にできる相手なのである。あれだ、所謂コイバナってやつができる相手なのだ。え、馬に?とか言ってはいけない。
リヴィオニスは、人に話して良い容でない事はわかっている、でも喋りたい。そんなジレンマを抱えていたのだ。聞いてやるしかなかろう。そう、種族を超えた友がここにあった。
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「あのソフィーリア様がこんな間近に存在して息をして目が合って僕と會話をして、僕がれることを許してくださって、今、目の前で眠っておいでなんだぞ!しかも!さっきの!見ただろ!なんだあれは!!あんっな言葉をもらえるなんて……!!!!!ああ、どんなお顔で言ってくださったんだろうなあ、お顔が見れなかったのは殘念だが、良かったかもしれないな僕みっともない有様を見せてしまうところだったよな…!」
見てもらえや。
抹茶は思ったが、種族を超えた友をじているので、黙っておいてやった。
こいつ気持ち悪。とも思ったが黙っておいて差し上げた。抹茶は優しいお馬さんなのだ。
ついでに言うと、抹茶に人間の醜はわからん。馬なんでな。
わからんが、ソフィーリアが自分の事を怖がりながらも気を遣ってくれて、「マッチャさん」とリヴィオニスとし違う発音で呼ぶところは気にった。さん、と敬稱をつけてくれるところが良い。
抹茶は、ウォーリアン家の長男を乗せる馬であることに誇りを持っている。
リヴィオニスと一緒に出仕して、騎士団の廄舎で仲間たちに「お前スゲー馬なんだってな!」「すごいご主人がいるって聞いたわよ」とか言われるのは結構気にっていたのである。
そんなわけで抹茶は、ソフィーリアが自分の背に乗るのが怖くて、おまけに合が悪くなってしまったと知って、ちょっぴりショックだったりする。
ごめんなさいマッチャさん、とふらふらで顔を真っ青にした小さなの子に謝られて、抹茶の自尊心はちょっぴり傷付いた。大きなも速さも抹茶の自慢だったのに、それが相棒の大切なの子に害を及ぼしてしまうだなんて。
ところがその相棒ときたら。
この浮かれっぷりなのである。抹茶はアホらしくなった。
無論、これはリヴィオニスの気遣いとかそういうのじゃない。徹頭徹尾、正真正銘、ひっくり返しても裏返しても、ただの浮かれ野郎なのだ。
「夢みたい、とかかわいいし、今までどれほどお辛かったのかって考えるともう、さあ、どう思うよ抹茶」
しらん。
「王子の婚約者に戻っていたらどうしよってさあ、なあ。どう思うよお前。そんなん想像するだけでクッソ腹立つわ王子ぶっころじゃんなあ」
「ひひん」
しらんけどお前、それ言わん方がええで。
どう思う、って聞きながら一人で喋る浮かれた野蠻人を抹茶がしらっと見返すと、リヴィオニスはわかってるよ、と口を尖らせた。
リヴィオニスがこういう、ぶすっって顔をすると、大抵の人間はだらしない顔をするんだが、抹茶はいらっとする。抹茶が馬だからなのか、リヴィオニスの父親とか弟あたりに聞いてみたいものだが、生憎と抹茶はリヴィオニスとしか會話ができなかったのでわからずじまいだ。殘念。
「頭でたくらいで、さ、あんな。超絶かわいいし腹が立つし、僕、これから大丈夫かなあ」
「ひんっ」
「うん、そうだな」
へら、とリヴィオニスは笑った。
「夢心地なのは僕の方なんだ。まだ信じられない。でも、」
リヴィオニスは、眠るソフィーリアを見た。
今日は、いろいろあったらしい。
リヴィオニスは、朝は何も言っていなかった。
夜會の警護任務だから抹茶は休んでいて良いと、父親と二人。馬車で出仕したのだ。
なのに夜になって、急に若い執事が呼びに來た。リヴィオニスとよく話している人間だ。
リヴィオニス以外は抹茶の言葉がわからんが、抹茶は人の言葉がわかる。頭が良いんだ。ふふん。
だから、「靜かについて來てほしい」と言われた抹茶は、執事と見覚えのあるが乗った馬と一緒に夜道を走った。
荷を括りつけられた時も、ちゃんとじっとしていてやった。ほら、抹茶は頭が良いから。なんかようわからんが、急事態が起きて、それでリヴィオニスの為なんだなって事だけはわかったんのだ。
難しい事を考えるのはリヴィオニスの仕事だ。
抹茶は、リヴィオニスが呼んだ時に萬全の狀態で走ることができれば良いだけ。簡単だろ?
でも考える方のリヴィオニスは、人間は、いろいろと大変らしい。
「ソフィーリア様は、きっとまだ揺していらっしゃるし、ひどく疲れておいでだと思う。あんなに我慢強い方なのに、ずっと泣いているんだ。…良い事なのか、悪い事なのか、どっちなんだろうな」
しゅん、と肩を落としたリヴィオニスは、じっとソフィーリアを見詰めている。
異変を絶対に見落とさないと注視しているようにも見えるし。
ただ好きなの子を見ている変態にも見える。
抹茶は馬なので、人間の作法はわからん。
でも、馬だってこんなに見られたら気分が悪い。じろじろ見てんじゃねえよ、って抹茶ならぼかんと蹴飛ばしちまうかもしれん。
なので、ソフィーリアに代わって抹茶は、ぱこん、と鼻先でリヴィオニスの頭を後ろから小突いてやった。
「いたっ」
「ひひん」
「あ、うん。そうだな。つい」
えへ、とリヴィオニスは笑った。
心配とか自戒とか、思い悩み反省するところがあるようだが、どうにも嬉しさが勝つらしく、リヴィオニスはずっとヘラヘラしている。ヘラヘラのふにゃふにゃだ。
こんなんで、ソフィーリアはいいんだろうか。
早速、想を盡かされては知らんぞと、抹茶はもう一発リヴィオニスの頭を小突いた。しっかりしろ友よ。
「いてっ。わかったって」
「ふんっ」
ほんとかね。
逃げている、って言うにはあまりに張が無い。期待違いだと捨てられたらどうするつもりやら。ま、リヴィオニスは人間の雌、いや雄にも大層おモテになるようなので、いらぬ心配かもしれないけれど。
「そうだよな。気を引き締めないと。…みんなが助けてくれたから、こうやってソフィーリア様と一緒にいれるんだもんな」
人間同士の會話を聞いたところによると、リヴィオニスとソフィーリアは行方不明って事にするらしい。抹茶と一緒に屋敷からこっそり移した執事とは、來た時と同じようにこっそり帰っていった。
抹茶も見知った顔の騎士は、盜賊に襲われて気絶する役なんだそうだ。
不名譽な役だろうに、騎士はにこにこと笑っていた。
「…抹茶も、有難う」
ふいに言われた抹茶は、ふうん、と友人を眺めた。
抹茶は、リヴィオニスのこういうところが、嫌いじゃない。
図太くて傲慢。そういうとこ。
多分、もう屋敷には帰れないんだろう。
抹茶も、両親やいつも丁寧に世話をしてくれた馬當番の親子とも會えない。
だけど、リヴィオニスはごめんじゃなくて、有難うと言った。
そういう、人間らしくて人間らしくないところが、抹茶は嫌いじゃない。
「ぶっひん」
「えー、うるせえってひどいなあ。お前」
けたけたと笑う、小さいころから変わらない笑顔が、抹茶は、わりと、結構、まあ、好きだ。
「な、それでさ抹茶、あの時のソフィーリア様だけどさ」
「ひひん…」
しかしして。
こういうとこはちょっとどうかと思う。うるっせえわもうわかったわ!!と、並の馬なら蹴飛ばしてやったんだろうが、抹茶は頭が良くて優しいお馬さんなので。
この面倒くさい友人と生きていくことを、隨分と昔に決めちまったので。
まあ、しゃあない。
でも、そうか。これ、朝まで続くのか。
抹茶は思った。
昔から、何度も「これ死んだんじゃね」って思うくらいの過酷な訓練を、二人で、時にリヴィオニスの弟とその馬のヴァルと四人で、耐え抜いてきた。抹茶だって、不眠不休だろうが飲まず食わずだろうが、リヴィオニスを、これからはソフィーリアも乗っけて走り切る自信がある。
崖だろうが森だろうが駆け抜けてやるし、モンスターの群れだって臆さず突っ込んでやる。なんなら、低級のモンスターくらいなら倒せるし。決して人を、騎士を馬鹿にしているわけじゃあないが、抹茶はそこいらの騎士くらいの戦闘力はあると自負している。
こちとら並の馬じゃない。ウォーリアン家の男を乗せる馬だ。
誇りと、それを支える実力がある。
リヴィオニスがソフィーリアと二人ですうすう寢息を立てたって、火の番だってしてやれる。薪をくべるくらいやってやるよ。やったことないけど。多分できる。いつも見てるし。
けれど。
けれども。
「でさ、その時のお顔がさああ、」
「ひひん…」
朝までこれかああああ。
このタイプの訓練はけていない。
さて、どこまで耐えきれるか。
いっそ昏倒させてやろうかな。薪をくべる練習をしてみたい、と抹茶は思ったが。
どうにも、嬉しそうな友人を蹴飛ばせる勇気が出なくて、深く溜息をついた。
この馬、自分もリヴィオニスに甘い自覚は無いのである。
早朝。
げっそりする抹茶は、隣でリヴィオニスが「待て、噓だろ、そんな、ソフィーリア様、僕の名前知ってくれてた?!僕、名乗ってないぞ!!!」と震え始めた時には、泣いてやろうかと思った。
命題、馬は泣けるのか。レッツトライ。
調べてみると、お馬さんが泣いた話はけっこうあるようですね。
ただ、どれも悲しいお話だったので心が折れそうでした。
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