《【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました》10.昔の人は言った「人は見かけによらない」

「で?名高きウォーリアン家のご長男様が、こんな小さな街でロータス家のお嬢様と何やってんだ?」

リヴィオのフードを摑んだ男は、にい、と口の端を持ち上げた。

鋭い目に、ソフィの肩がこわばる。

「…人違いでは?」

ぐ、とソフィの肩にかけた手に力をれ、リヴィオが言うと、男はフンと鼻を鳴らした。

「お前みたいな派手な顔をどうやって人違いすんだよ」

「……」

まあ、うん。

それはそうだ。

ソフィだって、リヴィオみたいに綺麗な顔は、アデアライド・ウォーリアン。彼の母くらいしか思いつかん。つまりは、これほどまでに綺麗な男は、リヴィオだけだろうなとソフィは思うわけだ。こーんな人外人がそうそういてたまるかっつうな。確かに、見間違えようが無かったわ。

思わず頷きそうになるソフィは、ふいに、こちらをじいっと見ている視線に気づき、視線をかした。

長い黒髪に、黒いワンピースのが、リヴィオのフードを握る手を見詰めている。

一重の大きな瞳に、どこか悲しい下がり眉で、は首を傾げた。

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「カツアゲですか」

「違ぇわ!」

鈴が鳴るような聲に、眉間に眉を寄せて言った男はリヴィオのフードから手を離した。

髭を生やしたガラの悪い男はそうしてと並ぶと、なんとも、こう、な。あれだ。犯罪臭が、すごい。おっさんとってじの二人は、呼び止めたくせにリヴィオとソフィを置いて話を始めた。

「ルネッタお前な、ぽんぽん場所を考えずに馬鹿デカイ魔法使うなって言ってんだろ」

「モンスター以外の全てに防魔法はかけました」

「そういうことじゃねぇんだよ。だいたい、せっかくこいつが素材を取れるように無傷で倒してんのに、意味ねぇだろ」

「素材」

「モンスター退治の基本だ覚えとけ」

「………」

「言いたいことは聲に出せつってんだろ」

「あからさまにブスくれてんじゃねぇよ」と、はた目には無表にしか見えないの頭を、わっしと摑んだ男を橫目に、ソフィはリヴィオと視線を合わせた。リヴィオがこくりと頷く。

うん、今のうちに。

そろ、と二人が足をかすと、

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「げっ」

リヴィオのフードが再び摑まれた。

「おい、んな急ぐことねぇだろ。話でもしようや坊ちゃん」

ぴく、とリヴィオの眉がく。

それこそ不満そうな顔を隠しもしないリヴィオに、「お前も文句があんなら口に出せよ」と男は眉を寄せた。リヴィオはそれに、パン、と男の手を振り払って綺麗に綺麗に微笑む。

非の打ち所がない、一點も曇りが無いしい笑顔。

けれど、圧が凄い、笑顔。

リヴィオのふにゃふにゃな笑顔を見慣れてしまったソフィとしては、なるほどこれがリヴィオの営業スマイル威嚇バージョンか、と何だか得をした気分だ。

リヴィオは男に向き直ると、に手を當て腰を折った。

「文句?滅相もありません。ヴァロイス・エルサート・アスキロス陛下」

「……相変わらず嫌味な野郎だなテメェ。ここで、そ(・)う(・)呼ばれたくねぇって、わかっててやってるだろ」

「さあ?」

を起こし、首を傾げて笑う顔の、まあ、なんとしいこと。

さらりと揺れる黒髪が嫌味で、リヴィオよりも背の低いヴァロイスを見下ろすような視線が、言葉と裏腹に敬う気など微塵も無いと雄弁に語る。

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隣國を治める王、ヴァロイス・エルサート・アスキロスは、はあ、とため息をつき肩までばした髪をかき上げた。

「俺の名はヴァイス、こいつはルネッタだ。で?お前らはなんて呼びゃいい」

「初めまして、リヴィオとソフィと申します」

ふうん、と鼻を鳴らした男は、「ルネッタ」とを呼んだ。

「お前、アレどうにかできるか」

「あれ」

「丸焦げのモンスターだよ。あのまま街に放置じゃ邪魔だろう。この際だ、消しちまえるような魔法はねぇのか」

簡単に難しい事を言いながら、親指で大きな鳥の丸焼きを差したヴァロイス、ではなくヴァイスに、ルネッタはこてんと首を傾げた。長い髪が、さらりと揺れる。

「できますが…」

できるんだ。詠唱も無く、凄い迫力の魔法を放ったはさらりと返した。

それから、「ちなみに」とちらりとモンスターを見る。

「あれは、なんというモンスターなんでしょうか」

「キックフィッチャーだ。ご自慢のキックを繰り出す間は與えてもらえなかったがな」

ヴァイスは、ルネッタと同じようにモンスターを見る。最初に戦闘をしていた冒険者や魔導士が取り囲んでいた。

「あそこまで巨大なものは初めて見たが…あれの羽は高級な布団になるし、臓は薬になる。爪やは、武や防にもなるな。あと、らかく歯ごたえがあって味い」

その言葉に、ルネッタは固まった。

無表だが、ぴしゃー、とそれこそ、雷に打たれたように固まる様子は、言ってはなんだが、ちょっとおもしろい。

ソフィがじっと見守っていると、ルネッタは、ふるふると震えだした。

「き、キックフィッチャー…!臓はあらゆる魔法薬の材料になります!!!!」

「だから言ってんだろ」

「あ、あれがキックフィッチャー…」

ふら、とルネッタは振り返り、自の手で丸焦げ鳥にしたモンスター、キックフィッチャーを見詰めた。

一つも表は変わらないが、小さな背中には、大きな悲哀が乗っている。今にも押しつぶされそうだ。

「あれも、あれも、ああ、あれも作れたのに…作ってみたかったのに…」

「だから勝手に飛びだすな、つってんだろ」

「コストを最小限にして雷を落とす方法を閃いたんです。上から落とすような式じゃなくて、間を省略して地面と引き合うように土魔法を応用するんです。試してみたかったんです」

つらつらと語りながら、ルネッタはどんどん落ち込んだ。

モンスターの知識はあっても、姿形を知らなかったらしい。素材になるどうこうよりも、アイディアを試す良い的、としか思えなかったんだろう。學者とかに多いタイプだ。

近くにいる誰かが見てないと、大慘事になるやつ。

で、ルネッタの場合はその見張り役がヴァイスなんだろう。振り切ってやっちゃったみたいだけど。周囲に影響が無いようにってのは頭にあったみたいだし、本気でヤバそうな時はヴァイスが止めたんだろう。多分。

「どういうモンスターか、知らなかったのか」

「あ(・)そ(・)こ(・)じゃ、解される前の姿を見ることなんてありませんから、本を書いた魔は必要ないと思ったんでしょう…」

話を聞いているソフィは、正がバレたとか、この後どうしようとか、ていうか隣國の王が何してんだ、とかそういう現実問題がコロコロと脳から零れ出ていって。座り込んで地面で暗黒を作り出しそう、というかぶっ倒れそうなほど落ち込むルネッタが、なんだか凄く、気の毒になってきた。

ルネッタの大きな魔法のおかげで、みんな傷一つなく騒が収まったのは事実だ。それに、ソフィは生まれて初めてあんな大きな魔法を見られて、ちょっと嬉しかったのだ。

なのにルネッタはその手で、なんか知らんがなんかの好機を燃やしちまったのだ。そんで、こんなにも落ち込んでいる。

ソフィは「かわいそう」って言葉が好かんが、この背中には「かわいそう」以外が浮かばなかった。

どうにかしてやりたいという庇護のようなものがむくむくと出てくる。のだが、ソフィには何もできん。

いくら頭の中で辭書をめくっても、ソフィは一つも良い案が浮かばなかった。ソフィの辭書にはモンスターについてや、自分より遙かに力量の高い魔導士にかける言葉なんて載っていない。なんて無力なんだろう。ソフィは、なんだか悲しくなってきた。

しょぼん、と落ち込むルネッタを見て、しょぼん、と落ち込むソフィ。

しょぼん連鎖に、「あの」とリヴィオが聲を上げた。

「僕、解しましょうか。使えるものが無いか一緒に見に行きませんか」

「え」

ぱ、と振り返ったルネッタの真っ黒の瞳が、心なしか輝いている。

嬉しそうなルネッタに、ヴァイスが眉を上げた。

「お前、解もできるのか」

「むしろヴァイス様ができない方が意外ですよ」

「普通は解屋に依頼すんだよ」

へえ、とリヴィオは瞬きをした。

多分あれだ。ウォーリアン家では、自分で倒したモンスターは自分で解して當たり前なんだろうな。ウォーリアン家の男子にとっては、料理もモンスターの解も一般教養なのかもしれん。それは同列なのかと疑問がないこたないが、森でサバイバルってタイトルの本に纏められているんだろう、多分。

「とにかく、行ってみましょうルネッタ様」

「……いいんですか?」

ソフィより小さなルネッタは、ぐいと大きなリヴィオを見上げる。

リヴィオは、ええ、と優しい笑顔で頷いた。

「このままじゃ、ソフィ様が一緒に落ち込んでしまわれそうなので」

「はうっ」

ソフィのが、ぎゃん!とんだ。はああああ、好き。好きだ。そういう優しさ、そういう臺詞、ほんと心臓に悪い。ふふ、と笑う顔のかわいさったら!もう!思わずソフィがを押さえると、隣でヴァイスが「へえ」と笑った。

「なるほど、そういう」

「…お、お恥ずかしいところを…」

見られていた、とソフィが顔を赤くすると、ヴァイスは眉を上げた。

「何が恥ずかしいんだ。良い事じゃねぇか」

うーん。こういう、とこ。

ヴァイスのこういうところが、つい、ソフィの警戒心を緩くする。

多分、リヴィオもそうだったんだろう。フードを摑まれた時、リヴィオは本気で逃げようと思えば逃げられた筈だ。けれどそうしなかったのは、「文句を口に出せ」と直々のお言葉をいただくまで振り払わなかったのは、多分、そういうことだ。

「へーか」

「行ってこい」

どこか拙い呼び聲にヴァイスが手を振ると、ルネッタの目がぱああ、と輝いた。かわいい。

リヴィオの、かわいいいいいとソフィのがぎゅんぎゅんして、浮かれ脳みそ君がパーチーなそれとは違う、こう、きゅうっとが甘くなるじの。公(・)式(・)の(・)場(・)ではルネッタにじる事が無かったそれに、ソフィは自然に笑みを浮かべていた。

「ではヴァイス様、ソフィ様をよろしくお願い致します」

「一応聞くが、お前、俺がよからぬ事を企むとは思わねぇのか」

「そういう輩は、そんなこと言いませんよ」

はは、と聲を上げて笑うリヴィオを見上げ、それからヴァイスを見たルネッタは首を傾げた。

「よからぬ事を企んでいるんですか」

「ねぇわ冗談だろ」

「ほら」

「………」

気の抜けるやり取りに、ソフィは思わず笑ってしまった。

嫌そうに眉を寄せるヴァイスの顔も、なんだか可く見えてくるから不思議である。心の余裕って大事な。初めて會った時は、なんて恐ろしい顔をした王だろうかと思ったものなのに。

そう、ヴァロイス・エルサート・アスキロスとは、恐ろしい王だ。

父王に謀反を起こし、周辺の國々を戦爭で下し、武力で全てを治めた彼は「簒奪王」と呼ばれる隣國の王だ。

自ら先陣を切り、を浴びる姿に付いた名は、名だたる將軍の首を切り落としてきた。

その強さは、戦闘経験など一度足りと無いソフィにだって、いともたやすくリヴィオの後ろを取ったことでよくわかった。

そこいらのゴロツキが、「おうおう王様何やってんだアァン?」なんて剣を突きつけようもんなら、一瞬であの世だろう。

だからこそ、こんなところで、とても王とは見えない軽裝備で笑っている。

この男が誰かに屈したという話を、ソフィは知らない。

けれど。

「まあ、もしも貴方がソフィ様に手を出したとしたら、」

リヴィオは、にい、と笑った。

水晶のようにしい紫の瞳をギラリとらせ、毒々しく、しく、リヴィオは笑った。

暗闇からの使者のようなそれは、ひどく恐ろしいのに、怖いほどにしい。

「何をしてでも、何を敵にまわしてでも、死を選びたくなるくらい、後悔させるだけですよ」

ぞ、とするほどの笑みに、思わず息が詰まる。

ひっとがひきつると、とん、と背中を大きな掌で叩かれた。

「冗談だろ。そうを逆立てるな」

見上げたヴァイスは、眉を寄せてなんでもないように笑っている。眉間に皺をれるのは、この男の癖なのだ。

ぽんぽん、と軽くソフィの背中を叩いた手は、すぐに離れた。

「冗談でも聞きたくねーんで、二度と言わないでください」

「悪かった」

両手を上げて降參ポーズをするヴァイスがソフィの背中にれたことには、リヴィオは気付かなかったらしい。肩をすくめると、「行ってきます」とソフィに微笑んで、ルネッタと二人で背を向けた。

「……有難うございます」

眉間に皺をれたまま、二つの背中を微笑ましそうに見る、という用なことをしているヴァイスをソフィが見上げる。ヴァイスは小さく笑った。

「若いな」

「…ヴァイス様はおいくつでいらしたでしょうか」

「31」

微妙だな。

べつに、リヴィオを指して「若い」というほど老いているとは思わんが、リヴィオやソフィより年上であることは確かだ。しかも彼は、王として道を歩んできているので、リヴィオやソフィが到底敵わない人生経験もお持ちだろう。

実際。リヴィオの視線にソフィは気圧され、それをリヴィオが気づいて落ち込む前に、ソフィに「落ち著け」とフォローをれてくれたわけであるからして。え、めっちゃ男前な人では。

ソフィがまじまじとその顔を見上げると、ヴァイスは「で?」と首を傾げた。

「中にるか。さっきから、おかみが見てる」

「え」

そういえば。

ソフィとリヴィオは宿屋にいて。大きな音に驚いて外に出たのだ。

すぐ後ろには飛び出してきた宿屋のり口があり、言われて見れば、おかみが心配そうにこちらを見ていた。

「ああ、ようやく気付いてくれた。あんたの旦那、強いねえ」

「だっ」

ぼ、とソフィが顔を赤くすると、おかみはカラカラと笑った。

「荷はちゃんと預かってるから安心しな。お連れさんたちはまだ用事があるみたいだけど、どうする?お茶でも淹れようか」

にっこりと朗らかな笑顔に提案され、ソフィはヴァイスの顔を見た。

勝手に返事をするのも、と迷ったソフィである。

ソフィとしては、モンスターの解は気になるところだけれど、近くで見ることができる自信は無い。いずれはリヴィオと並んで作業してみたいし、「わたくしに任せて!」とか言ってみたい。けど、今はまだとか臓とか見るのはちょっと待ってほしい。

そんなわけで、遠目でリヴィオとルネッタの様子が見えるここにいたい。

でも、いくらフランクに接してくれようとも、この男は隣國の王なのだ。まさかここに立たせておくのも、とおかみの提案に乗ろうとしたところで、

「いや、いい。それより椅子を一腳借りられるか」

「あいよ!」

ヴァイスが言ってしまった。

椅子?

首を傾げるソフィの前に、おかみがすぐに椅子を持ってきてくれた。

「悪いな」

「街の英雄のためさね」

バチン、とウィンクをしたおかみは「済んだら聲かけとくれ」と中に戻っていた。

ヴァイスは、おかみが持ってきてくれた椅子をどん、とそこに置く。そんで、ソフィを見た。

「座れよ」

「え」

「フラフラだったじゃねぇか。でも、あいつらも気になるんだろ。座って話そうぜ」

に、と笑う顔は人相が悪い。

のに、このスマートさである。

ずるいなあ、とソフィは眉を下げた。

「そんな、わたくしだけ座るわけには」

「そういうの、いらねぇから。今はただのヴァイスとソフィだろ。男がをエスコートすんのは當たり前だろうよ」

んー、殘念ながらそんな當たり前をソフィは知らない。

だって、父親にも元婚約者にも、まともにエスコートされた記憶が無いんだもん。王太子の婚約者として周囲に扱われるそれは違うだろうし。大抵の人間は王太子を優先するので。

でも。

「俺をどっかの馬鹿と一緒にすんじゃねぇよ」

に、と笑うヴァイスに「どこの馬鹿でしょう?」とも、言えず。

ソフィは眉を下げ、椅子に座るしかなかった。

鳥の丸焼きと宿問題解決までもうちょっと…。

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