《【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました》13.おやすみなさい

良い天気だ。

リヴィオは、黒い髪を風に揺らし、両手の荷を抱えなおした。

働き詰めだったので、整髪料を付けずに外を歩くのはなんだか隨分と久しぶりな気がする。なにせ、リヴィオニス・ウォーリアンの3年間は、毎日訓練と仕事ばかりだった。

だーってリヴィオニスがなんとしてでも守りたいと心を捧げたお姫様は、王太子の婚約者だったんだから。お側にあるには、一日たりと、數時間たりと無駄にはできぬと、それはリヴィオニスにとって至極當然のことだった。

ま、全て過去の事だけど!

リヴィオニス・ウォーリアンはその名をぽいっと捨て、この世で一番大切な人の隣を手にれ、王太子の婚約者であった人は「ソフィ」というただのの子になった。

王太子の婚約者?そーんなもん過去の話。古い話さね。一昨日の夜までの、泡沫の悪夢だ。忘れろ忘れろ。

もう、今やこの世のどこにもソフィーリア・ロータスなんて、悲しくて寂しい次期王妃はいないのだ。

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あ、もちろんリヴィオの心に、を捧げた次期王妃は生きている。それがどんな日々であれ、ソフィを構する要素に違いないのだから、リヴィオにとってはしい姿だ。

遠くから見つめ続けたソフィーリアの橫顔は、さんさんと輝く太のごとく、闇を照らす満月のごとく、リヴィオの心を照らし、焦がし、何度だってに落ちる音が聞こえる。はー、好き。最高。僕の大好きな人、最高。

リヴィオは、ほうとため息をついて、荷を抱えなおした。

しかし多い。

ま、べつに石しょってランニングさせられた事も、巖抱きかかえてサバイバルさせられた事もあるリヴィオにとって、紙袋、を通り越して木箱をパンパンにする荷であっても重い、ということはないんだけども。これっくらい、なんてこたない。だって騎士だもの。元だけど。元。良い響きだ。

「あら!凄い荷だね」

宿屋に戻ると、おかみが目を見開いて驚いた。

「隨分、買い込んだねぇ」

「たくさんおまけしてもらっちゃって。皆さん、良い方ですね」

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にこ、とリヴィオが笑うと、おかみも「ああ」と笑った。

「昨日の騒をみんな見てたんだろ。それにお兄ちゃん、イケメンだしね」

そう。昨日はありがとな、とか。お兄さん綺麗だねえ!とか。そんな言葉と共に紙袋の中はどんどん増えて、麻袋になって木箱になった。

にしても、モンスターを倒した禮ならば納得できるが、綺麗だからってのはイマイチよくわからんリヴィオである。自分の顔が母とそっくりなのは知っているが、それでなんでおまけがもらえるんだろうなと。綺麗だからなんだ。それより、リヴィオはお使いをする子供たちにおまけしてあげてほしい。子供を褒めてばす社會であれ。

まあ貰えるモンはいくらでも貰う主義なので、「有り難うございます」と笑顔でけ取ったが。それでまたおまけが追加されて、もはやおまけとは?ってな量になった。隣で買いをするお使い年にお裾分けしてもまだある。

余談だが。この日、街中のお使いにおまけをお裾分けしたリヴィオは「良い子にしていると天使様が祝福をくれる」と、子どもたちがお手伝いを喜んでするようになる一大ムーブメントのきっかけとなり、本人の願った通りになる。

「良かったら、こちら貰ってくれませんか」

そんな街の未來など知らないリヴィオは、木箱を置いて、肩にかけた袋を渡した。

中はぎっしり林檎がっている。

「やだ、もらえないよ」

「林檎がこんなにあってもアレですし。旅をするのに、さすがにこの量はちょっと……。良かったらもらってください」

リヴィオは1日1個は林檎を食べたいとぶ林檎狂いでも、林檎しか食べない偏食家でもない。林檎のことはまあ普通だ。

つまり、林檎オンリーの袋も、おまけなのだ。おまけの概念が崩壊する量の林檎が詰まった袋を両手で抱え、おかみは笑った。

「じゃあ、アップルパイでも焼いて持っていくよ。お連れさん、まだ寢てんだろ?」

「有難うございます」

リヴィオは、快活な笑みに頷いた。

そうなのだ。今朝、ソフィは朝食の席に姿を現さなかった。

調不良だろうかと真っ青になるリヴィオに、ルネッタは、ふるふると首を振った。

「寢ているだけです。おはようって挨拶した後、気付いたらまた寢ていたんです。熱も無さそうだし、疲れているだけかと。…私も最初はそうだったから」

婚約者の言葉に、隣國の王であるヴァイスは、「寢かせとけ」とスープをかき混ぜた。

「夜に出てそのまま野宿だったんだろ?で、昨日は遅くまで喋ってたみてぇだし。貴族のお嬢さんが疲れない方がおかしいだろ」

ルネッタはこくりと頷いた。

「一応、回復魔法はかけておきました。どこか悪いところがあっても大丈夫ですよ」

そりゃあそうだよなあ、とリヴィオは今朝の會話を思い出しながら、荷を部屋に下ろした。

どさ、とベッドの脇に木箱を下ろし、ぐしゃぐしゃになっているシーツを見やる。

顔を見に行ってもいいだろうか。いや、紳士たるものそれは不味いだろうか。

起こしてしまったら申し訳ないし。

ううん、とリヴィオは空のベッドを見詰めて頭を悩ませた。

うむ。ソフィは隣の部屋なんだ。これが。

なぜって、昨夜はヴァイスとリヴィオ、ルネッタとソフィという、野郎&お姫様の部屋割りになったのだ。

王様と一夜を共にした騎士はリヴィオくらいだろうな。羨ましいだろ?

夫婦用の、仲良くベッドがくっついて2臺並ぶ部屋は、おっえ、とお互い噓だろってじだったけれど、魔法について盛り上がるの子二人の間に割ってる度が無かったんだなあ。

だって、二人とも楽しそうなんだもん。

リヴィオにはルネッタの無表を見分けるスキルは無いが、黒い瞳がキラキラしているのはわかった。あと、凄い饒舌。

騎士団でも見たことがある景だった。

普段は無口で、最低限の事しか話さないのに、魔道銃の事になると延々と語る先輩。ヲタクは好きなを語り始めると止まらんのだ、と自らをそう評した先輩は、遂には魔道銃のスペシャリストとして獨立した。天晴。

で、多分魔法ヲタクなルネッタの語りに、ソフィは喜を満面に浮かべ、笑顔でこくこくと頷き、時に発言し、それがまたルネッタを勢いづけた。楽しそう。とってもとっても楽しそうなのだ。

あんなに満面の笑顔での子と、というか誰かと話すソフィーリアをリヴィオは一度も見たことが無い。自分といるときより楽しそうなんじゃ…と思わず、ちょっと、こう、がもやっとした。

「仕方ねぇ…お前、こっちの部屋に來い」

「えっ、そ、それはちょっと…」

「不服か」

「いや、そうではなくて…!」

不服かって聞かれたらまあ不服だろうな。何が悲しゅうて、初の君と同室からおっさんと同室に転げ落ちなきゃならん。すんごい落差。全複雑骨折、否、即死レベルの高さだ。

というか、王と同室とか。

「さすがにそれは、恐れ多いといいますか…」

気まずいというか。

「気にすんな、行くぞ。俺は寢てぇんだよ。おいルネッタ、部屋は鍵かけるからな。お前も俺たちが出たらすぐに鍵かけろよ」

「え、ちょっと、」

そうだな。ヴァイスは、「俺の部屋に來るか?」とは言っていない。「來い」と言った。命令だ。リヴィオなんぞに意見を求めているわけでも、同意を得ようとしているわけでもない。リヴィオには頷くことしか許されていないのだくそう。

まあ、まあ仕方ない。さしもの簒奪王といえど婚約者の輝く瞳に勝てないのだから、ニコニコと手を振るソフィにリヴィオが勝てるわけもないのだった。

で、だ。

今リヴィオは、ソフィが休む部屋の前で悩んでいた。

眠るソフィのためにルネッタが掛けた防結界は、それでも何かあったときにすぐに助けに行けるように、リヴィオとヴァイスは無條件にることができるようにしているのだという。

おかみによると、ソフィは一度も階下に降りて來なかったというから、ノンストップで眠り続けていることになる。様子が気になる。が、乙の寢室に気軽に踏み込めるほどの気安さは、二人にはまだ無い。

こちとら、ドタバタ騒ぎでようやくソフィと稱を呼べるようになったのだ。偽名だろ?というツッコミはけ付けていない。本名を知るリヴィオが、を込めて短い名で呼ぶんだから稱だ。

ノックをしてみようか。

リヴィオがドアに近づいたところで、

「!」

「!」

バン!っと扉が開いた。

中から慌てた様子のソフィが飛び出てきたので、リヴィオは抱きとめた。

「リヴィオ!」

「何かありましたか?!」

驚いて聞くと、ソフィは真っ赤な顔を上げた。

「っ」

しまった間近で見ちまった。

かわいい。かんわいい。なんて威力だ。

リヴィオは歯を食いしばった。

「あの、わたくしっすっかり寢過ごしてしまって……!」

「ああ」

なんだそんなこと。

リヴィオはにこりと笑った。

「お疲れだったのでしょう。無理もありません。よく眠れましたか?」

「はいぐっすりと……ではなくてっ」

きっとソフィは二度寢三度寢をする心地良さを知らないに違いない。

それに今日は、ヴァイスとルネッタは町の外を、リヴィオとソフィは買いがてら街の様子を見る話になっていた。責任の強いソフィなら気に病んでしまうのもわかる。

「ソフィ様、中にっても?」

「あ、えっと、はい」

リヴィオが首を傾げて問うと、ソフィはこくこくと頷いた。細い首がもげちゃいそうでこわい。

するりと腕から抜け出すソフィに続いて、リヴィオは部屋にる。リヴィオが使った隣室と同じく、ベッドが2つ並んでいる。

「えっと、お茶をお淹れしますので」

さら、とソフィの新芽のような、薄い緑の髪が揺れた。

ソフィが、腰までびた長い、薄い緑の髪をそうして下ろしているのは珍しい。あの日の庭園のようで、あの日とはまるで違う。不思議な思いで、リヴィオはソフィの手を握った。

ソフィは、リヴィオの手の中にある、ほっそりとか細い自分の指を見て、か、と頬を染めた。

「ソフィ様のベッドはこちらですか?」

「え?ええ、そうで」

くん、と手を引くと、ソフィのはたやすくベッドに倒れた。

安いスプリングが軋むのに、ソフィが目を丸くする。すぐ目の前にあるキャラメルの瞳に、リヴィオの心はドキドキと跳ねた。

「ソフィ様は、なんにもしない、に慣れましょう」

くるりと丸い、リヴィオがに落ちた瞳が揺れる。

「貴はね、もうずっと頑張ってこられたんですから、もう何にもしなくていいんですよ。ゆっくり休みましょうよ。ただここにいて、毎日しっかり食事をして、笑ってくれて、ぐっすり眠って、それだけでいいんです」

寢坊したからなんだ。好きなだけ寢りゃいい。お茶がなんだ。それくらい自分でできる。

ソフィに、なんにも気負わず生きてほしい。そんで、できればそれは自分のそばであればいいと。リヴィオの変わらぬ願いを、どうか葉えちゃくれないか。

「そ、そんなの、おかしいです。だって、生きている限り責任があって、義務があって、何かをさなくては何も得られないでしょう?」

に彩られた小さな顔に、リヴィオは「なるほど」と頷く。それは確かにそうだ。宿屋は宿泊させる代わりに金銭をけ取り、客は金銭を渡す代わりに心地よい眠りを求める。なるほど道理だ。

「では、かわいくて俺の隣にいてくれる貴に俺は対価をお渡ししなくてはいけないってことですよね」

こんなに可いソフィが、なんにもせずにリヴィオの隣にいてくれるわけがない。そばにいて、笑っていてと、そうむのならば、リヴィオは相応の対価を渡さねばならん。ならやっぱり、ソフィはなんにもせずにいてもらわなければ。

さすがソフィ様だ、とリヴィオは微笑んだ。必死に反論しようと口をパクパクするソフィが本當に可くて、きっとこんな姿を知るのは自分だけだと思うと、リヴィオはもうたまらんかった。うれしい。かわいい。しあわせ。

「かわいいなあ」

だらしなく笑う顔は、さぞひどいだろう。しっかりしなけりゃ、と思うのにうまくいかないリヴィオを、きっとソフィはだらしないとがっかりするだろう。

真っ赤な顔で、ぐっと何かを飲み込むソフィはそれでもやっぱり可いから、どんな言葉でも聞かせてくれたらいいのにな、とリヴィオは思う。

何が貌の騎士だけない、と言うなら気を引き締めるし、笑わないクールな男がタイプだと言うなら二度と笑わない。

なんだってする。

なんだってあげる。

もうずっと、ずっと前から、リヴィオはその準備ができているんだから。

「もう何も飲み込まなくて良いんですよ。ちゃんと聞かせてくださいね」

願いを込めた囁きに、ソフィのキャラメルが揺れる。ふるりと揺れるを寄せたくなって、リヴィオはソフィのを抱き込んだ。

きっと、ソフィは泣き顔を見られるのは嫌だろうから。

きゅ、と元を握る甘い力に心臓が飛び跳ねても、リヴィオは目を閉じた。

「眠くなってきちゃいました」

ってそんなモン、噓だがな。眠れるわけなーい!

睡魔なんて影も形もない気配もない。たとえ呼んだって、父に呼び出されるリヴィオニスの如く、聞こえんフリか居留守使うだろなってレベルだ。

の子みたいな顔だね、とかリヴィオはよく言われるが、男だ。デッカイで剣を振り回す、れっきとしたウォーリアン家の男子だ。で、あるからして。

好きなの子とベッドに寢転んで眠れるほど、リヴィオはお優しくもピュアでもないんだが、聖なる野蠻なりし力でぐいっとそれを捻じ伏せた。

「ここから出てっちゃ駄目ですからね。貴の今の仕事は、僕が起きるまでじっとしていることです」

なーんて、とんだやせ我慢!

眠れる!わけが!ないので!

起きるのっていつだよって逆にいつ寢るんだよって、きっとソフィも思っただろう。

リヴィオのにぴったりくっつくソフィは、ずんどこ踴るリヴィオの心臓に気づいちまってるだろうから。いやあ、恥ずかしい。やせ我慢がバレるのは、ほんっと恥ずかしいな。

でも、ここまですればきっとソフィは観念するだろ?悲しいくらいに優しいリヴィオのお姫様は、誰かの気持ちを無下にできるような子じゃないんだ。

もっと自由に。もっと気ままに振る舞ってほしい。

そう思いながら、ソフィの気を利用するのは気が引けたけれど。

ソフィが楽しそうに笑うので。

ちょっとだけ泣きそうになったのはだ。

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