《【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました》15.王様の食卓

「結論を言うと、何もなかった」

ぐいとエールを煽りヴァイスが言うと、ルネッタがこくりと頷いた。

夕食の席である。

今日のメニューは濃厚なビーフシチューに、ふかふかのパン。それから瑞々しい野菜のサラダだ。

「かなり範囲を広げて探ってみましたが、あの気持ち悪い魔力はじませんでした」

「足跡とか、なんかあるだろ、そういう、居(・)た(・)って形跡。そういうのも、見て回ったが何もねぇんだよな」

「まるで、突然現れた、みたいな?」

リヴィオの言葉に、ああ、とヴァイスが頷いた。

「街の人たちに話を聞きましたけど、誰もアレが近づいてきていることに気づかなかったらしいんですよ。ありえます?あのデカさなのに。まるで、突然現れたみたいだった、って」

思えば。

リヴィオが一目を倒した後、すぐに二目が出現した時も、モンスターがび聲を上げるまで、誰もあの巨に気づかんかった。あれだけデカいんだから、足音の一つや二つ、羽音のバッサバサの二つや三つしてもいいもんだろう。なのに、本當に突然、び聲が聞こえたのだ。

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「常識的に考えてありえねぇ。だが、目の前で起きている以上は、ありえちまう要因があんだろうよ」

「ありえないを、ありえる、に変える何か、ですか」

「例えば、どこかにモンスターを閉じ込めておいて、取り出す、とかですかね」

「できるんですか?」

ソフィが問うと、ルネッタはこてりと首を傾げた。

長い黒髪が、されりと揺れる。

「多分?空間系の魔法なんじゃないかと。け皿を広くするような類の。鞄とか馬車を広くするあれです」

「あー、あれかなり高額でレアですよね。僕も今日探してみたんですけど、やっぱり無かったです」

なんでもポイポイ放り込めちゃう魔法の鞄や魔法の馬車は、冒険者や騎士の憧れなのだという。移するのに、荷を減らせるのだからそれはそうだ。なんでもポポイと放り込んで、手軽に持ち運びできちゃう。中の広さによっては、國一つかせるくらいの値段のものもあるらしい。

「私できますよ。魔法かけてあげましょうか?」

「えっ」

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「こいつの、バカ広いから便利だぞ。やってもらえよ」

この國王の婚約者、國一つかせるかもしれない。

おっそろしい事を平然と言う二人に、リヴィオは慌てて手を振った。

「対価をお支払いできません!」

「ふうん?」

こちとら持てる最低限で逃げ出したである。ソフィもこくこく頷くと、ヴァイスは、にやりと笑った。うわ、わっるい顔。人相を悪くしているその主役たる濃紺の目が、ギラリとった気がする。

「では、モンスターはそのような魔法がかけられた何(・)か(・)にっていたということですね?」

こういう時は、話を逸らすに限る。ソフィがルネッタの発言に話を戻すと、ヴァイスはまたニヤッと笑った。わかっているけどまあ乗ってやるか、って顔だ。こう、むずむずするな。

「それだと、かえって目立ちそうだな。それに、モンスターを手懐けねぇと難しいんじゃねぇの」

そうかも? とルネッタがまた首を傾げる。

ヴァイスは、リヴィオを親指で差した。

「こいつ、剣をなんかにしまってんだろ。取り出す、ってじのないスムーズなきだったが、ああいうのできねぇのか。例えば、割ったら出てくる、とか」

「それ、もはや弾とか砲弾じゃないですか」

「戦爭がひっくり返るな」

ろくでもねぇ、と眉間の皺を深くしたヴァイスに、ルネッタはこくりと頷いた。

「おもしろいですね」

「おもしろくねぇわ」

そういう意味じゃありません、とルネッタはちょっとだけ眉をかした。

「リヴィオさんがつけているピアスは、魔法石ですか?」

「え?はい。自分の魔力を剣に流して、このピアスと同化できるようにしています」

リヴィオは自分の左耳にれた。

黒い魔法石は、オニキスのようにしく、黒髪のリヴィオによく似合っている。

ちなみに。この魔法石は騎士に支給する際に希に合わせて、ネックレスや指、ブレスレットと、様々なに加工をしている。また、使用者の魔力や武によってその合いは変化したため、使いこなせた騎士には大層喜ばれた。曰く、野郎とお揃いのアクセサリーとか絶対嫌だ!とのこと。わかるようで、わからんソフィである。

ルネッタは、リヴィオの黒い魔法石を見詰めた。

「それ、魔導士は普通、有機には使いません」

「なんで」

「面倒だからです。そもそも、対象に魔力を流す必要があるので誰でも使えるわけではありませんし。収容できる數も、魔法石1つに対して1つだけですから、同じような値段で2つ3つしまえる鞄を買った方が早いでしょう?キャベツにわざわざ魔力を流してスムーズに取り出したい人はいません」

「いるんじゃねぇの。手品師とか、非常食に隠し持っておきたい奴とか」

「もしくは変人か悪人ですね」

ルネッタはさらりと言って、水のったグラスを傾けた。

「モンスターに魔法石と同化するくらい魔力を流すなんて、簡単じゃありません。でも、浄化魔法をかけたら消えてしまうくらい、魔力でいじっていたなら話が変わります。理論上、魔法石に収納することは可能ですから、そうまでしてモンスターを持ち運びたい人は、変人か、悪人でしょう」

「つまりは、警戒するのは巨大なモンスターってより、その変人だか悪人だかってわけだ」

ヴァイスが頷くと、ルネッタは丸いパンを小さな両手で二つに割る。ほこ、と湯気が上がると、それを皿に戻した。

それを見たヴァイスは、早々に二つに割って手を付けずに置いていた自分のパンを、ルネッタに押しやった。

「そっち寄越せ」

ぱ、と顔を上げたルネッタは、パンが乗った自分の皿を渡す。

パン換をする二人をつい、じっと見てしまったリヴィオとソフィに、ヴァイスは眉を寄せた。

「貓舌なんだよ、こいつ」

「へえ」

間の抜けた聲はリヴィオだ。

へえ。だな。へえ。

もくもく、とパンを食べるルネッタは、湯気が上がるビーフシチューには手を付けないから、別に貓舌ってのは噓じゃなかろうな。貓舌、熱いのが苦手っていう、あれ。すぐ舌を火傷しちまうんだって。

一応、立場のある淑であったソフィは、お屋敷や王城で食事をしていたから冷えたを食べることが多かった。ひっろい建で、廚房から食事を運ぶのにどれくらい時間がかかるかって、あったかいスープがぬっるいスープになるくらいだ。パンとか、數時間前に焼いたものを焼きたてですつったって、わからんだろなってくらい。

だからソフィは食べで火傷をしたことは無いが、城から飛び出してからこっち、出來立ての料理を口にしても何ともないから、貓舌ってやつではないんだろうなと。貓舌の苦労はソフィにはわからんから、何も言えることは無い。

溫かい食べを前に、思うように食事ができない苦労なんて、わからんのだから、かっほご~☆とか茶化す権利は無いのだ。

そっわそわするけどな。

人の路。楽しい。

「まあ、そんなわけで俺たちは明日には街を発つが、お前らどうする。つーか、お前ら當てはあんのか」

「いえ、とりあえず東の國を目指して旅しようかなって思ってます」

「東?」

なんでまた、とヴァイスは片方の眉を用に上げた。

「東の國には、赤くて辛いスープがあるってご存じですか?」

「あ?ああ、味いなあれ」

「!」

ソフィが大きく目を見開くと、隣でリヴィオが「食べたことあるんですか?!」と驚いた聲を上げた。

「うちの城に、東の出の奴がいるんだよ。時々、郷土料理を振舞ってくれる」

「振舞う、っていうか、シャオユンが廚房にいるって聞くと押しかけてるだけのような」

「それ見越して、俺の分もつくってんだから振舞う、でいいんだよ」

憮然とした顔で返すヴァイスに、ソフィは驚いた。

ソフィが一度は食べてみたいなあ、と思っているスープを食べたことがある、という事ではない。いや、それも驚いたが、そうじゃなくて。異國の者を登用するだけではなく、その距離のまあ近い事!「簒奪王はしいと思った有能な人材を逃さない」と、分や種族を問わず部下に置く事は有名な話であるが。ソフィがぼけっと異國のスープを夢見る間に、手ずからスープをけ取っていたとは。

「で?そのスープを食いに行くってか」

「お笑いにならないでくださいね」

自分がいかに狹い場所で生きてきたのか、恥ずかしくなるソフィに、ヴァイスは「なんでだよ」と眉間の皺を深くした。

「俺の城で食って行け、つうのは簡単だが、そういう事じゃねぇだろ。旅の理由なんて、くだらなけりゃくだらないほど、おもしろくて良いもんだ。笑われたら、笑い返すくらい楽しめよ」

そう言って笑う顔が、なんだか男前で。じいん、としてしまうソフィを前に、ルネッタがこくんと頷いた。

「へーか、この國に來たのデッドリッパーのステーキ食べるためですもんね」

「おお、楽しみにしてんだよ俺は」

「え」

夜會は。會談は。國は。

ソフィが瞬きすると、ソフィの言いたいことに気づいたらしいヴァイスは、エールを持ち上げて何でもないように言った。

「そっちはついでだ」

「ついで」

なるほど、とソフィは心で頭を抱えた。

夜會に遠方から招待された客人は大抵、城に用意した部屋で過ごすものだ。數週間程度滯在し、のんびりと旅の疲れを癒してから夜會に出席して、またのんびりとしてから帰っていく。

なのにこの國王様。夜會の前日だけしか滯在していない。

何か不手際があったか、我が國への不信か、とソフィは気が気じゃなかったんだが、ついでか。そうか。ただただ城の外にしか興味が無かったんだな。

夜會が終わった後は、ソフィは城にいなかったので知らないが、今ここでこうしているということは、早々に出発しているんだろうなこの人。

「行きは表の街道でゾロゾロ移して、リッツドには寄れなかったからな。そのための別行だ」

リッツド、とはこの街の隣にある、小さな町だ。

大きな街道がある場所には栄えた街が多いが、森が多いこちら側には寂れた小さな町が多い。リッツドは、そんな町の一つだ。

「え、なんかご事がおありなのかと、つっこまなかったのに。モンスターの料理食べるためだけに、二人で移してるんですか?相変わらず頭どうかしてますね」

「ほっとけ」

國王のすることじゃない、と本人もわかっているんだろうな。ヴァイスはリヴィオの隨分な言いに腹を立てることもなく、軽く手を振った。

「俺がちょっと不在にしたくらいで、どうこうなるような弱な國じゃねぇし、俺とルネッタを殺せる奴がいると思うか?」

「ま、いないでしょうね」

そういうことだ、とヴァイスはエールを煽り、音も立てずにグラスを置いた。何もかもが國王らしくないのに、妙なところで品がある。

「ルネッタも、そのおが気になるんですか?」

小食そうなのに、とソフィが問いかけると、ルネッタは首を振った。

「おもしろい薬草があるかなと思って」

なるほど。魔導士らしい返答にソフィは頷いた。

「ま、そんなわけだから、お前らも付き合えよ」

「え?」

ヴァイスのふいの言葉に、ソフィとリヴィオと二人揃って聲を上げた。

ヴァイスは、にやりと笑った。あ、嫌な予

「東に行くなら、俺の國に寄って行けよ。船旅もいいぜ」

ヴァイスの國は、大きな港を持っている。商船だけではなく、客船も出りする、立派な港なのだ。良い案に思えるが、同時に、純粋な親切心ってわけでもなかろうな、と思う臺詞である。

「…狙いは何です」

ソフィと同じことを考えたのだろう。リヴィオが窺うように言うと、ヴァイスはにやりと笑った。

「オスニール・ウォーリアンの嫌そうな顔が見てえ」

「最悪だ」

「あわよくば、お前らを城で雇いたい」

「雇用のおいだった」

ただただ嫌そうな顔をするリヴィオに、ヴァイスはからからと笑った。

「まあ、國までの護衛と侍のバイトだと思えよ」

「誰の護衛ですって?」

そう言うな、とヴァイスはルネッタのパンに手をばした。ころん、と乗っていた半分のパンを、そのままルネッタの口に運ぶ。むぐ、とくルネッタに「殘すな」とヴァイスは眉を寄せた。

「バイト代は、ルネッタの魔法でどうだ?」

なるほど。一國の王の護衛、その婚約者の侍、には十分な報酬かもしれない。

リヴィオは、「最悪だ」と嫌そうな顔をするが、悪い話じゃない。

多分この王様と格が合わんのだろな。

ま、結局話を忘れてくれなかったのは、ソフィとて癪だがな。大人の掌でころころされるんは、どうにも嫌な気分になるもんである。子供で悪かったな。

まだまだ未な己に、ソフィは笑った。

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