《【電子書籍化決定】生まれ変わった騎士は、せっかくなので前世の國に滯在してみた~縁のある人たちとの再會を懐かしんでいたら、最後に元ご主人様に捕まりました》プロローグ

ケガや流などの描寫があります。

苦手な方はご注意ください。

「魔だ! 殿下をお守りしろ!!」

王都近郊の森で、突如魔の群れが現れた。

五名の護衛騎士たちが一斉に一人の男の子を取り囲み、防態勢にる。

敵の數は、およそ三十頭ほど。それでも、鋭の騎士たちであれば十分に対処は可能だった。

……このときは

それは、魔を討伐後、急ぎ王都へ戻る途中の出來事だった。

馬の嘶(いなな)きが聞こえ、馬車が急停車した。

「セリ、また何かあったのだろうか?」

「私が見て參りますので、ノヴァ殿下は決してここから出てはなりませぬ」

「わかった」

不安そうな表を見せる十歳の主(あるじ)へ微笑むと、セリーヌは馬車を出て素早く周囲を確認する。

目の前に広がっていたのは、目を疑うような景だった。

先ほどの倍以上はあろうかという數の魔が、行く手を阻んでいたのだ。

――まさか、魔の大量発生か?

後の記録によると、魔の異常発生現象が起きたのは隣國。

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しかし、一部の魔が國境を越え近隣諸國にも被害をもたらしたのだ。

圧倒的に不利な狀況に騎士たちの間に絶が広がるなか、一人の騎士が口を開いた。

「各自、二十頭以上を仕留めれば終わるぞ。なあ、簡単な話だろう?」

「ははは…」

リーダー格の騎士が笑いをい、皆の士気を鼓舞する。

「何としてでも、殿下をお守りするぞ!」

「「「「応!!」」」」

一人の騎士が、馬車に加護の魔法をかける。

しは時間稼ぎになってほしい…との願いをこめて。

の注意を自分たちに引きつけると、騎士たちは死に狂いで闘った。

剣が折れ、腕が噛み千切られようとも、彼らは絶対に諦めることはなかった。

気が付くと、対峙しているのはセリーヌとトラのような大型の魔一頭のみ。お互い傷だらけでまみれだ。

辺り一帯は生臭い臭いが立ち込め凄慘な狀況となっているが、セリーヌは目の前の敵に全神経を集中させているのでそれを気にする余裕などなかった。

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先ほどからセリーヌは、手足は冷たくじるのに汗が止まらない。何度も何度も額の汗を拭っていた。

骨折したのか、あるいは腱が切れたのか、利き手である左手で剣を握ることさえ覚束ない。

――こんなことなら、右手ももっと鍛えておくのだったな…

『後悔、先に立たず』とは、まさにこのこと。

騎士學校の指導だった師から、繰り返し言われた言葉が思い出される。

「たとえ利き手を潰されても、もう片方の手で剣さえ振ることができれば、己の勝ちだ!」

「勝利のために、使えるものは何でも使え!」

――師匠、不甲斐ない弟子で申し訳ございません。お説教は、あちらの世界で再會したときにいくらでも聞きますので…

先が折れた剣を右手に持ち替えると、セリーヌが準備を終えるのを待っていたかのように魔が牙を剝き襲いかかってきた。

「カチン!」「カチン!」と剣と牙が差する音が、辺りに何度も響き渡る。

攻防の末、右腕が剣ごと噛みつかれてしまったが、もうすでに覚が麻痺しているのか痛みをじることはない。そして、セリーヌはこの時を待っていた。

剣で阻まれた腕が噛み千切られる前に、自慢のを殘りわずかな力で持ち上げ魔に左足で踵(かかと)落としをくらわせる。続けざまにを捻り、右足のつま先で力一杯突いたのだ。

ブーツにはつま先と踵に仕込み刀があり、毎朝セリーヌはそれに毒を塗り直していた。

対人用の毒だが、弱っていた魔にも効果はあったようだ。

は首を振って暴れ、セリーヌは飛ばされた。

を取る気力も力も殘っていないので、そのまま地面に投げ出され仰向けに倒れる。

もう目を開くことさえもできないが、遠くで斷末魔のびと、何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

神経を集中させ辺りを探ったが、魔の気配はじない。

――勝った…

敵は全て倒した。

主の安否を確認したいが、もう起き上がることができない。

このまま永遠の眠りにつこうとしたセリーヌを、ゆさゆさと揺り起こす者がいた。

「セリ、死ぬな!」

「…殿下、ご無事で……」

「まだ、私との約束をすべて果たしておらぬ! だから、死ぬな!!」

セリーヌたちと彼は、いくつかの約束をしていた。

の赤紫の瞳に似たブルーマロウの花畑を見に行くことはまだ実現できていないが、お忍びで街に出てこっそり買いをすることは、すでに実行済み。

彼が人したら、一緒にお酒を飲む話もある。

今日の実地訓練が終わったら、皆でささやかなお祝いをすることも決まっていた。

それから…

「私が人するまでに婚約者が決まらず、セリが嫁に行けなかったら…私と結婚してくれるのだろう?」

それは半年前、ノヴァ殿下こと、ノアルヴァーナ・グレイシアが十歳の誕生日を迎えた翌日のことだった。

「セリには…婚約者はいるのか?」

昨日、周囲から「そろそろ婚約者を…」と言われたノアルヴァーナは、側近の既婚者たちの験談を聞いたあとセリーヌへ話を振った。

「畏れながらノヴァ殿下、セリーヌのような『じゃじゃ馬』を婚約者に…という男は、この世には存在しないかと…」

「ははは! 違いない」

腹を抱えて笑い合う同僚たちを睨みつけたセリーヌだが、否定はしない。

自分でもわかっている。私はとして見られていないのだと。

「私はノヴァ殿下のご婚約が調うまでは、結婚をせずにお仕えしたいと存じます」

「…なぜ、私の婚約までなのだ?」

「今はまだ問題ございませんが、ノヴァ殿下のご婚約が決まった場合、の私が殿下のお側にいるのは外聞が悪いですので…」

この世界では、人は十五歳だ。それを過ぎれば結婚ができるようになる。

十歳の今でさえ見目麗しい姿が周囲のたちの心を鷲摑みにしている彼が、人するころにはどのような男になっているか、想像に難くない。

歳の離れた王太子殿下ら兄たちからも可がられ、將來は國を守る強い騎士になりたいと努力している心優しい主の評判を、自分が貶めることがあってはならないとセリーヌは説明した。

「で、では、こうしよう。私が十五歳になるまでに婚約者が決まらず、セリがその…行き遅れになってしまった場合……私が責任を取って、妻に迎えたいと思う」

「殿下は、何てお優しいんだ! セリーヌ良かったな、玉の輿だぞ!!」

「ノヴァ殿下、セリではかなり年上の姉さん房になってしまいますよ?」

「殿下、ありがとうございます! このような不束者ではございますが、その時はよろしくお願いします!!」

「わっはっは! これは、ノヴァ殿下に早く婚約者を決めていただかねば…」

――ああ、そんな約束もしていたな…

先に旅立っていった同僚たちとの思い出が、次々と浮かんでは消えていく。

ふふっと、セリーヌは思い出し笑いをした。

「…殿下…もし私が…生まれ変わって…また…お目にかかること…ができましたら…ぜひ…嫁にもらってやって…ください」

「わかった。絶対、約束だぞ…」

セリーヌの顔に、ポタ、ポタ、と溫かいものがかかる。

「ノヴァ殿下…王太子殿下を支え…國を守ってくだ…」

微笑を浮かべたセリーヌは、そのまま息を引き取った。

優秀な文を數多く輩出してきた名門の伯爵家出でありながら、卓越した剣技とのこなしの素早さで、では異例の第三王子殿下の護衛騎士に抜擢された『セリ』こと『セリーヌ・ログエル』。

今日は奇(く)しくも、彼の十七歳の誕生日だった。

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