《【電子書籍化決定】生まれ変わった騎士は、せっかくなので前世の國に滯在してみた~縁のある人たちとの再會を懐かしんでいたら、最後に元ご主人様に捕まりました》親善試合をやります
何気なく目をやった私は、思わず顔をしかめた。
――うわぁ、ロメオルだ…
この國に來て再會が嬉しくないと思った人は、彼が初めてだ。
ロメオルことロメオルナード・イグアズはセリーヌと騎士學校で同級生だった男。
祖父が王弟だった傍系の流れを汲む家系で、王家特有の長い名が自分に付いていることをいつも自慢していた。
セリーヌがノヴァ殿下の護衛騎士に抜擢されたことが気に食わなかったのか、いちいち揚げ足を取りにきたり嫌味を言いにきたりと、とても厄介な男だったという記憶しかない。
「これはこれは、イグアズ第二副団長殿。何か用ですかな?」
「第三騎士団が他國の騎士を王城に招きれているという話を耳にしてな、何か事が起きては一大事と駆けつけてきた次第だ」
「はて? バンデラス殿はログエル伯爵家の遠戚の方ですが、一何が起きると思っていらっしゃるのか……でも、ちょうどよかった。これから親善試合をやるのですが、彼の対戦相手を誰にするのか決めかねておりましてね、決まるまでの間イグアズ殿にお相手をお願いしてもよろしいかな?」
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「なぜ私が、こんな小娘の相手をしなければいけないのか…」
ログエル家の親戚だと言っているにもかかわらず、この失禮な態度。
相変わらずのロメオルナードに私が失笑の聲をもらすと、ギロッと恐ろしい形相で睨まれてしまったので、急いで顔だけ取り繕った。
「いえいえ、こちらも無理にとは申しません。イグアズ副団長殿は昔、英雄セリーヌと対戦したことがあると小耳に挾みまして…たしか、その時の勝敗は…」
「ああー! うむ…他ならぬ君の頼みだから、引きけてやろう」
「ありがとうございます!」
ライアンも、彼に対していろいろ思うところがあるようだ。
同じ騎士団に所屬しているライアンの気持ちがわからないでもないが、面倒な相手を押し付けられたことに違いはなく、私を見る彼のしてやったりの顔が何とも腹が立つ。
この憤りの気持ちを、是非とも試合(ロメオルナード)へぶつけようと思う。
◇
それぞれが模擬刀を手に持つと、鍛練場の中央で向き合う。
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自前のより遙かに重い剣を両手で持ち、私は構えた。
試合のルールは単純明快。攻撃手段は限定せず、先に降參した方の負け。
ただし、相手を骨折させるなどの大ケガを負わせたり、死に至るような攻撃は止だ。
ライアンの「始め!」の號令で試合が開始した。
まずは、お互い様子見の打ち合いから始まる…かと思ったら、初手からロメオルナードが全力で仕掛けてきた。
セリーヌ時代に戦ったときは、私をだからと侮って初戦で苦杯を喫したロメオルナードだったが、今回は最初から手を抜かず力任せに打ち込んでくる。
大柄な格から打ち出される剣撃をまともにけていては、私に勝ち目はない。
左右にけ流しながらも慎重に相手の隙を窺っていると、ロメオルナードの聲が頭上から降ってきた。
「やはり、こんな小娘の相手は私には役不足だったな。では、これで終わりだ!」
防戦一方の私に、ロメオルナードはさらに攻勢をかけて勝負を終わらせるつもりのようだ。
しかし、そうはさせない。
――隙あり!!
大きく振りかぶり剣を振り下ろすロメオルナードの攻撃をけ流さず、私は既(すんで)のところで躱すと、勢いをつけて回し蹴りをくらわせた。
足をすくわれ勢を崩したロメオルナードの元に、模擬刀を突きつける。
「ま、參った…」
「勝負あり。ここまで!」
わあっと周囲から歓聲が上がった。
セリーヌだったならばこれ見よがしに「やったー!」と飛び上がって喜んでいたところだが、今の自分は他國の騎士。
にやけ顔を作り出そうとする表筋を全力で抑え込み、貴族令嬢らしいにこやかな笑顔を浮かべた。
「バンデラス殿、なかなかお強いですね…(おまえ、結構やるな!)」
「恐れります(どう、凄いでしょう?)」
「ぜひ、私も一度手合わせをお願いしたいものです(でも、俺は負けねーぞ!)」
「ええ、機會がございましたら是非…(いつでも、けて立つよ!)」
ロメオルナードとの対戦績は、これまでのところ全戦全勝だ。
連勝記録がびたと心の中で喜んでいた私の耳に、「卑怯者が…」と呟く聲が聞こえた。
「イグアズ副団長殿、今の言葉は聞き捨てなりませんな…」
ライアンが大仰に顔をしかめた。
「戦い方が騎士らしくないと言っただけだ。あんな回し蹴りなど…ああ、そうか! ランベルト王國では、まかり通っているのであれば仕方ないか…」
「イグアズ殿、今の発言の即時撤回を求めます!」
ロメオルナードの他國を見下したような言いにライアンがわざと食って掛かる様子を、私は冷靜に見ていた。
人を煽って激昂させ評判を貶めようとするのは、彼の昔からの常套手段だった。
しかし、それに乗るほど自分はバカではない。
「…見苦しいぞ、ロメオルナード。貴様こそ、潔く己の負けを認めよ」
「メ、メントン先生、どうしてこちらに…」
ロメオルナードが大きく目を見開いた先にいたのは、老齢の騎士。
紛れもなく、セリーヌ(私)たちの騎士學校時代の恩師だ。
――師匠! お久しぶりです…
懐かしさに目を細めて眺めていた私は、後ろから遅れてってきた青年騎士に目が釘付けになる。
キラキラと輝く金髪にペリドットのような黃緑の瞳を持つ人は、セリーヌの記憶では一人しかいない。
――もしかして…
私がライアンを見ると、彼が無言で大きく頷いたので確信を持つ。
――ノヴァ殿下!! なんとご立派になられて…
まだ、あどけなさが殘っていた昔の面影はなくなり、大人の男へと変貌している。
背が驚くほどびており、では比較的高い長の私でも見上げてしまうくらいだろう。
ふいに視界が歪み、元主(あるじ)の姿が全く見えなくなった。
子の長を喜ぶ母親の心とは、こういうものなのだろうか。
こぼれ落ちそうになる涙に、慌てて後ろを向く。
皆が師匠とロメオルナードのやり取りに気を取られているうちに、早く涙を引っ込めなくてはならないが、なかなか止まってくれない。
私の異変に気付いたライアンが隣にやって來て、こそっと小聲で話しかける。
「おまえ…何泣いてんだよ」
「だって…ノヴァ殿下が長されているお姿を拝見できたのが…嬉しくて…」
「十八年も経っているんだ…長しているに決まってるだろう…」
「それは…そうなんだけど…」
涙が止まるどころか、鼻水まで出てきた。
いつまでもグスグスしている私に、ライアンがそっと耳打ちをする。
「…いい加減泣き止まないと…ロメオルナードに泣かされたと思われるぞ…それでもいいのか?」
「……絶対、嫌だ」
自分でも驚くくらい、スッと涙が引いた。
◇
師匠とロメオルナードのやり取りはまだ続いていた。
「『攻撃手段は限定せず』と決まっておるのだから、勝つために剣以外の攻撃手段を用いるのは當然のこと。バンデラス殿は、力では太刀打ちできない貴様を倒すためにずっと隙を窺っておられたぞ。それにも気づかず、調子に乗って同じような攻撃を繰り返した貴様に、最初から勝ち目などなかったのだ!」
「しかし、騎士が回し蹴りなど…」
「だから、貴様はいつまで経っても護衛騎士にはなれぬのだ。主を守るためならば、どんな手段を使ってでも目の前の敵を倒さねばならぬ……そうですな、レンブル団長?」
「はい、その通りです。メントン先生」
大きく頷いたノヴァ殿下に、さすがのロメオルナードも押し黙った。
十八年前を経験した彼の言葉は、非常に重い。
二人のやり取りを眺めながらざわざわとしていた周囲も皆、一様に黙り込んだ。
「えっと…バンデラス殿、遅ればせながら紹介させていただきます」
この場の重苦しい空気を払うかのように、ライアンが口を開いた。
「こちらが、第三騎士団団長のノアルヴァーナ・レンブルです。そしてこちらは、騎士學校で名譽顧問を務めておりますメントンです」
「レンブル騎士団長殿、メントン殿、初めまして。ランベルト王國より參りました、スーザン・バンデラスと申します」
「バンデラス殿、騎士団へようこそ。騎士団長を務めているレンブルです。先ほどは素晴らしい試合を見せていただきましたが、さすがは、セリ…セリーヌの遠戚に當たる方だと心いたしました。それにしても、その姿だけでなく、戦い方もよく似ていらっしゃる…」
以前は下から見上げられていた黃緑の瞳が、今は上から見下ろされる不思議な覚。
さの殘る高い聲から聲変わりして低い大人の聲になっている彼に、私はしみじみと時の流れをじていた。
「レンブル団長の仰る通り、太刀筋がセリーヌによく似ていると思わんか、なあ…ライアン?」
「あっ、はい。私もそう思います!」
師匠から急に話を振られて、ライアンが慌てて同意をしている。
「セリーヌの再來かと宰相様が非常に興味を持たれてな、この年寄りが見(・)極(・)め(・)る(・)た(・)め(・)に(・)出張(でば)ってきたというわけだ」
「そうですか、宰相様が…」
ライアンがぽつりと呟いた。
「バンデラス殿、申し訳ない。『再來』とか『見極める』などと貴に対しての失禮な発言を、私が師に代わってお詫びします」
「い、いえ…レンブル団長殿、どうかお気になさらず。他國の騎士である私を宰相様が警戒されるのは當然ですし、この國の、え、英雄であるセリーヌの…生まれ変わりと言われるのは、こ、栄です」
自分で自分のことを『英雄』と呼ぶことが、恥ずかしくてたまらない。
何度か言葉につまった私を見てライアンが耐えきれずに吹き出し、ノヴァ殿下に睨まれていた。
――ライアン、あとでノヴァ殿下にお説教されればいいよ!
ついでに、自分も「スーザンは『セリーヌの再來』だ!」と騎士たちを煽っていたことを、誰かに告げ口されてしまえばいいのだ。
ライアンがこってりと叱られている姿を想像し、しだけ溜飲を下げた私だった。
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