《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》16、わからないことだらけ

「クリスティナ様。おはようございま……えっ」

翌朝。

いつものように部屋にってきたルシーンは、私を見るなり言葉を詰まらせた。

泣きすぎて、ひどく目を腫らしてしまったのだ。

「……そんなに?」

「まあ、ええ、はい」

こういうときのルシーンは、決して噓をつかない。

「もう今日は外に出ないわ」

うなだれる私にルシーンは、

「まあまあ、クリスティナ様。そうおっしゃらずにマリーを呼びましょう」

と、聲に笑いを含ませた。

「クリスティナ様! お呼びっ……えっ!」

現れたマリーも、やはり聲を詰まらせる。

「そんなに……?」

「まあ、そうですね。はっきり言ってかなりです。ですが」

ルシーン以上に正直なマリーは、やる気に満ちた顔を見せる。

「ここはマリーにお任せください!」

いくつかの薬草と、濡れた布、そして心地いいマリーのマッサージ。

「すごい……早技」

あっという間に腫れは引き、手鏡を覗き込んでいた私は振り返る。

「ありがとう、マリー」

マリーは弾けるような笑顔になった。

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「お役に立てて嬉しいです!」

「マリーはいつもそう言ってくれるのね」

「だって、こんなに目を腫らすほど、クリスティナ様、お勉強なさっていたんでしょう? そんな一生懸命なクリスティナ様にマリーができることってこれくらいですから」

不意に私はがいっぱいになった。

マリーの口から語られる私は、確かにこの間までの自分だったから。

學ぶことだらけで、深夜まで機に向かい、そのまま寢てしまい目を腫らすことが何度かあった。

今日もそれだとマリーは思っているのだろう。

ーーそんな立派じゃないのに。

父にとって私は生まれたときから期待外れだったのだと、めそめそと泣いていた昨日の自分が、恥ずかしくなった。

「クリスティナ様?」

「どうされましたか?」

黙り込む私に聲をかけてくれるマリーとルシーンを見て思う。

ーーお父様に期待されないことくらい、大したことじゃないわ。

それはもちろん強がりだけど、そう思うことにしたのだ。

今この瞬間から。

ーーそっちが期待していないのなら、私ももう、期待しない。

「ご気分でも?」

ううん、と首を振って笑顔を作る。

「なんでもないわ。本當にマリーの腕は一流ね」

「もったいないお言葉ですっ」

そうだ。自分を哀れんでいる暇なんて、ない。この人たちを守るために、まだまだ考えなくちゃ。

だって、今日は十五歳と二日目。

こうしている間にも、あの日に時間は流れていくのだから。

その日の朝食は、部屋まで運んでもらった。

お父様とミュリエル、どちらとも顔を合わせたくなかったのだ。

食べ終えるとすぐに、書き機に向かった。もう一度狀況を整理しようと思ったのだ。

「前回」を踏まえて、今回の役に立てる。

そのつもりでペンを握ったが、すぐに頭を抱えた。

「わからないことだらけだわ……」

そもそも、「前回」のミュリエルがなぜ、屋敷に火をつけたのかということすらまだわからない。

ーーお姉様のもの全部ほしい。

それだけで、あそこまでするだろうか。それに。

「……あんなことをしなくても、そのうち全部ミュリエルのものになっていたんじゃないの? 特別な子供なんだから」

「特別な子供」が何を期待されているのかわからないが、父の様子からして、悪いことではないのだろう。

となると、次に考えられるのは。

「……やっぱり誰かに騙されていたのよね、きっと」

でも誰に?

そこがわからない。

「前回」の私の友関係は、それほど広くなかった。

第二王子の婚約者として、知り合いだけは多かったが、いろんな思が絡む社に疲れていた。

だから、広く淺く、けれど毅然と、を心がけていた。

ミュリエルもそれほど広い流を持っていなかった気がする。

なくとも、友達は皆無だった。

選り好みするので、婚約もまだだった。ただ、姉の私がまだ結婚していなかったので、それほど急ぐ必要はなかった。

夜會に來る男に、華やかに如才なく振る舞うにつけていたミュリエルだが、いつも、何をしてもどこか子供っぽさが殘った。

今から思えば、それも無理はない。

誰もミュリエルを大人として扱ってこなかったのだ。

あの頃はそうは思わなかったけど、「前回」のミュリエルはかなり孤獨だったのかもしれない。

「……だけど、お母様の形見のレースのリボン。あれを奪われたのはやっぱり許せないわね。そうそう、イリルからの手紙を全部隠されたこともあったわね。なんとか見つけたけれど、気が気じゃなかったわ」

それらを防ぐにはどうしたらいいだろう、と考えた。

隠しても見つけられそうな気がする。

そうだ、いっそーー。

思い付いたその案は、実行する価値があるように思えた。

お兄様は珍しそうに辺りを見回した。

もしかして張しているのかもしれない。

「クリスティナの部屋に來るのは久しぶりだな」

そんなことを言う。

「お兄様と二人きりでお茶を飲むのも、久しぶりですわ」

カップを持ち上げた私は、拗ねたように言う。

「お兄様ったら、アカデミーから全然帰ってきませんもの。よほど居心地がいいんですね?」

「なんだ? お小言か?」

言いながらお兄様もカップを傾ける。私は、真面目な顔で告げた。

「いいえ。まずはお禮申し上げます。先日はありがとうございました。お父様にあそこまで言うことは、私にはできないことでした」

お兄様は、気まずそうに下を向いた。

「余計なことを言ったせいで、お前を苦しめたんじゃないかな」

「そんなことありません。お兄様は本當にお優しいわ」

「優しくなんかない」

お兄様はお茶を飲み干して、小さく笑った。

「今回だってイリルとルシーンとトーマスに説得されなきゃ、帰りたくなかったくらい薄だ」

私は目を丸くする。驚いたのは、帰りたくないとお兄様が思っていたことではない。

「ルシーンとトーマスが? お兄様を説得したのですか?」

それは、初耳だったのだ。

「ああ。二人とも、別々に、同じ容の手紙をくれてね。お前の誕生日パーティー、僕がエスコートしてほしいと」

「……私が出した手紙だけじゃなかったのですね」

お兄様は頷いた。そして、ふと思い出したように言った。

「そういえばそのとき、お前が熱を出していたのを聞いたんだ。軽い気持ちでイリルに伝えたんだが」

私は白い一重の薔薇の花束を思い出して、微笑んだ。お兄様も同じようなことを思い出したのか、肩をすくめる。

「まさか飛んでいくとは思わなかったな」

私はにそっと手を當てて、呟いた。

「……皆の気持ちが、ありがたいですわ。お兄様も重い腰を上げてくださってありがとうございます」

お兄様は皮っぽく笑った。

「よっぽど僕は家に寄り付かないと思われていたようだ。その通りなんだけど」

私も笑った。

そしておもむろに打ち明けた。

「それでお兄様、折りってご相談があるのですが」

「なんだい?」

「私、この家から離れたいのです。協力していただけないでしょうか?」

お兄様は、困ったような、悲しそうな顔をした。

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