《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》17、魔法がとけたような

「離れたいってどういうことだ?」

まずは穏やかに質問してくれる。やっぱりお兄様は優しい。

小さい頃から優秀で、本ばかり読んでいたお兄様。

どこか飄々として、たまに人の話を聞いていないときもあるけど、思い起こせば、お兄様はいつも一緒に困ってくれた。

今みたいに。

「そのままの意味ですわ。この家を出てどこか違うところで暮らしたいのです」

馬鹿馬鹿しいと一蹴されても仕方ない思い付きを、うーん、と腕を組んで考えてくれる。

「やっぱり、昨日のことが原因か?」

三年後にミュリエルが家に火をつけることは、お兄様に言うつもりはなかった。

お兄様にとっては、私もミュリエルも妹なのだ。私の話を信じたら、お兄様はきっと悩む。信じてもらえなかったら、私が悲しむ。

私は言葉を選んで説明した。

「お互い離れているほうが、健全な関係を保てると思いません?」

お兄様が憐れみを含んだ視線を寄越したので、慌てて言い添えた。

「あの、お兄様、私、自棄になっているわけではありません。あくまで前向きな結論です」

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「そうは思えないけど」

こほん、と私は咳払いする。

「ここにいていつまでもミュリエルと比べられるくらいなら、どこかの家で侍として働くほうがずっといいと思いませんか? 見聞も広まります」

お兄様は目を丸くした。

「侍?! クリスティナが?」

「はい。つきましては、肝心の働き先を紹介していただけたらありがたいのですが」

「……そんな大事なことを僕に託していいのか?」

「私よりもお兄様の方が適任ですわ。淑をやめたので、出來ないことは出來ないと言うことにしたのです」

「淑をやめる? なんのことだ?」

なんでもありません、と誤魔化して聞く。

「反対ですか?」

お兄様は、大きく息を吐いた。

「いや……父上にあんなことを言わせた責任は僕にある。できれば協力してやりたい」

「さっきも言いましたが、お兄様のせいではありませんわ。でも、それでは」

目を輝かす私を手のひらで制した。

「だけど、働き先は紹介できない。というか、ないだろう」

どうして、と聞く前にお兄様は説明する。

「これでもうちは、四大公爵家のひとつだ。そんな大きな家の娘であり、第二王子と婚約しているお前を働かせる貴族はいないだろう。使いにくくて仕方ない」

ーー確かに。

反論の余地もない。私は肩を落とした。

「その通りです……思い付いたまま申し上げていたから、そんな簡単なこともわからなくなってました……でも」

「まだあるのか?」

納得してしまったけれど、淑ではない私は諦めが悪いので、すぐに次の提案をする。

「それならば、オキャランのお祖父様のところはどうでしょう。ずっとは無理かもしれませんが、しばらくの間だけでも過ごさせていただけないか、お兄様、手紙を書いていただけません?」

「僕が?」

「もちろん、私も書きますが、一通より二通、二通より三通の方が聞いてもらいやすいのは、ほかでもないお兄様が証明してくださってます」

オキャラン伯爵家とは、母が亡くなってからは活発な流はしていない。だが、誕生日にカードと贈りを送り合う程度にはまだ繋がっていた。

悪くない考えだと思ったのだが、お兄様は難しい顔をした。

「聞いてみてもいいが、そこだって安寧の地じゃないぞ。父上が呼び戻せば終わりだ」

私はちょっと笑った。

「お父様が私を呼び戻すことなんてあり得ません」

あの父が、私を必要とすることなど絶対にないだろう。

しかし、お兄様は不穏な表を崩さない。

「やはり、難しいでしょうか」

「いや、家を出ること自は、実は賛なんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。アカデミーで僕が、初めて呼吸ができたとじたように、お前も違う場所で違う空気を吸った方がいいと思う」

「ありがとうございます!」

「だけど、あとし我慢したら、イリルと結婚だろ? それを待つのが一番じゃないか?」

正論だと思う。

しかし、私は首を振った。

「待てません。あの人ーーお父様の顔も見たくありませんの。わがままなのはわかっています。でも、我慢の限界なんです」

「領地で過ごすのはどうだ?」

私は歯切れ悪く答えた。

「王都から、出來れば離れたくないのです……」

「ああ、イリルか」

私が思わず顔を赤らめると、お兄様は、そうか、イリルか、ともう一度呟いた。

「話は変わるが……王子妃教育は大変だと聞くけど、そうなのか?」

「ご安心ください。ほぼ終えてますわ」

「本當に?」

「なにか出來る度に褒めていただけるのが嬉しくて。張り切って勉強しましたの」

父は私が何をしても絶対褒めなかった。だがそれも、ミュリエルを「優先」していた結果なのだろう。

ーーわかり合えないことがわかっただけ、よかったと思いましょう。

「クリスティナ」

「あ、はい」

ぼんやりしてしまった私に、お兄様が質問する。

「王太子殿下や王太子妃殿下とは、円満な関係だよな」

「とてもよくしていただいてます」

お兄様はホッとしたように言った。

「じゃあ、宮廷はどうだろう」

「宮廷?」

いいんじゃないかな、とお兄様は呟いた。

「王太子妃殿下の話し相手として、宮廷に住み込むんだ。それなら父上も駄目だと言わない。きっと」

宮廷で暮らせる?

ここから離れられる?

王太子妃殿下の笑顔を思い出した私は、がいっぱいになった。

「イリルを通して……いや、僕から王太子殿下にお願いしてみよう」

「よろしいんですか?」

「妹に甘い兄のふりをすればいいんだ」

「もう十分甘いですわ。ありがとうございます! お兄様!」

照れたのか、お兄様は慌てて紅茶を飲み干して、じゃあそういうことで、と部屋を出ていった。

その後。

お兄様を通して、宮廷から了解の返事をいただいた私は喜び勇んで、父にそれを伝えにいった。

どこにでも勝手にいけばいい、そう言われると思っていたら、

「何言ってる? そんなことは許さないぞ」

頭ごなしに否定された。

「え? どうしてですか?」

思わず聞くと、父は不機嫌そうに答えた。

「まだわかっていないのか? 私がダメと言えば、それが理由だ」

なるほど、と思った私はすぐに答えた。

「清々しいまでの理由ですね」

「そうだろう」

「それでは一週間後に出発しますので、失禮します」

お辭儀をして私は父の部屋を出た。

クリスティナ、と怒鳴り聲が聞こえたが振り向かなかった。

今まで、私にとって父の意向は絶対だった。逆らうことなんてなかった。

でも、やっとわかった。

それとこれは、全然別のものなのだ。

ーーなんだか魔法がとけたような気分だわ。

そう思いながら歩く。

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