《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》20、ドーンフォルトも同じだろう

「ご苦労だった、イリル」

「いえ、陛下。とんでもございません」

ブリビートの村から戻ったイリルは、父であり、國王であるファーガル・オトゥール1世に會議室で向かい合った。

あらかじめ人払いしているので、イリルとオトゥール1世以外誰もいない。

「よい、楽にせよ。それでどうだった」

悍な顔つきと年齢をじさせない逞しさは、オトゥール1世が自分の國を守るために今なお鍛錬を欠かさないことを表している。

「ふむ……魔とな」

立派な髭をりながら、オトゥール1世は言った。

「そのリュドミーヤという老婆はそんなことを言ったのだな」

「はい。私も墓石に刻まれた日付を先に見ていなければ、信じられなかったでしょう」

あの後、村の中を見てまわったイリルは、家族を亡くした悲しみが村を包んでいるのを確かにじた。

啜り泣く聲、締め切られた扉。主人を失った畑は荒れていた。

「それは元を辿れば、『魔』のせいだとリュドミーヤは言うのです」

善の邪魔をし、聖を葬ろうとする。

それが魔で、それを防げる聖なるものを探してくれと。

「それで、守り石を握りしめて生まれてきたの赤ちゃんを探せとな」

オトゥール1世は皮げに笑った。

その笑いに込められた意味をイリルはまだわからなかった。

ただ、疑問を口にする。

「陛下、正直に申し上げます。こうしてあの村から離れると、リュドミーヤの訴えが、現実味のない空想のようにも思えるのです」

リュドミーヤ自は噓をついているつもりがなくても、思い込んでいるだけという可能もある。

「石を握りしめて生まれてくることなんてありますか? 仮にそうだとしたら、誰かが後から赤ん坊に握らせたのでしょう。そんなの、いくらでも偽造できる」

王はその瞳に、楽しそうなを浮かべた。

「戸うのはわかるがイリル、その件についてはその通りなのだ。石を持って生まれる赤ん坊は、ごくたまに存在する」

イリルは眉を上げる。

「まさか、本當に?」

王は頷く。

「以前、お前にもし話したな。ペルラの修道院を作ったシーラ様も、実は聖なる者だったんだ。だから現れないことはない」

「そうなのですか……」

イリルはそこで不意に自分の婚約者を思い出す。シーラ様と同じように時を巻き戻ったクリスティナのことを。

ーーもしかして? いや、まさか。守り石のことなど聞いたことはない。

イリルはすぐに自分の考えを振り払った。

王はイリルのそんな葛藤など知らず、話を続ける。

「守り石を持って生まれてくる子供に関しては、今まで二重三重に箝口令が敷かれていた。お前が知らないのも無理はない。さらに、なりすましを防ぐためにも、確かめる方法が王家には伝わっている」

「では、リュドミーヤの言うことは本當なのですね。本當に魔と、聖なる者が存在する」

王は頷く。

「もちろん、いろんな可能を考えなくてはいけない。死因が本當に事故なのかも改めて人をやって、じっくりと調べさせよう。特別な子供についてはこちらでも調べる」

はい、とイリルは気持ちを切り替える。王はひときわ厳しい目で言った。

「しかし、裏にけよ。私がいいと認める人以外にこのことはらすな」

「もちろんそのつもりですが」

王は窓の外に視線をやった。ここからは見えるはずのない、遙か向こうのドーンフォルトを見通すように。

「聖なる者がしいのは、ドーンフォルトも同じだろう。油斷はできない。こちらの聖なる者を攫うかもしれない」

イリルは頷いた。

「お父様、いつ! いつ私を宮廷に連れて行ってくださるの?」

今日も自分の要を言い募るミュリエルに、

「うるさい!」

オーウィンは手にしていたグラスを床に投げつける。

ーーガシャン!

大きな音がしてグラスは割れる。

誰もがそれでオーウィンに、怯える。

なのに、ミュリエルは怯まない。一瞬だけを映さない瞳になるが、すぐに同じことを言い募る。

「お姉様に會いたい! 會いたいの! ずるい、お父様ばっかり宮廷に行けて」

仕方なく、オーウィンはその場凌ぎの噓をつく。

「勉強すれば宮廷に連れて行ってやろう」

「絶対よ?」

けれどすぐに同じことの繰り返して、オーウィンはうんざりと呟く。

「クリスティナは妹を甘やかしすぎだ……おかげで、こっちに皺寄せがくる。困ったもんだ」

なんとかクリスティナを呼び戻さなくては。オーウィンはため息をついた。

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