《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》28、まったく満たされなかった

正妻であるアルバニーナに知られてから、オーウィンとエヴァはすぐにその関係を清算した。

表向きは。

実際は、場所を変えて続けていた。

オーウィンはエヴァのために家を用意し、こっそり通った。やがて籠ったエヴァは、そこでミュリエルを産んだ。

オーウィンはエヴァに約束した。

——何とか周りを説得して、君とミュリエルを迎えに來るよ。家族三人が一緒に暮らせる日が來るのを、待っていてくれ。

エヴァはその言葉を、おそらく死ぬまで信じていた。

最初の頃は、それでよかった。

生活の心配はなかったし、月に數回はオーウィンも顔を見せた。

小さなミュリエルの手を引いて、エヴァは野原を散歩したり、料理を作ったりした。

そして、オーウィンがいつ來てもいいように、家を綺麗にし、自分もさらに磨きをかけた。

ミュリエルはそんな母を見るのが大好きだった。母は綺麗で、いつも笑っていた。

幸せだった。満足だった。

オーウィンが、定期的にエヴァのところに來ているうちは。

「どうして……?」

特に思い當たる理由もなく、オーウィンの訪れが數ヶ月に一回になったのは、ミュリエルが二歳のときだった。エヴァは、泣きながら夜を明かすことが多くなった。

たまにオーウィンが來ても、寂しさからエヴァは泣き喚くばかりで、オーウィンはますます寄り付かないようになってしまった。

明るく、快活で、働き者だったエヴァは、いつの間にかげっそりとやつれ、呪詛のように同じ言葉を、ミュリエルに言い聞かせた。

「ミュリエル、あの家にあるもの、全部お前のものだからね。いつか全部取り戻しに行こうね……そう、あの人がすべて悪いんだ……あの人が邪魔をして……ここに來させないようにしているんだ……だから……あの人さえいなくなれば……すぐに」

エヴァの今までの愚癡から、「あの人」が正妻のアルバニーナであることはなんとなくわかったミュリエルは、「その人」がいるから、エヴァはこんなにいつも悲しそうなのだと思った。

エヴァはだんだんと癇癪を起こすようになった。お酒を飲んだときなどは特に、誰も居ない壁に向かってんでいた。

「なにさ! 正妻だからって偉そうに! お飾りの妻が! 伯爵家の後ろ盾がなければ何もできないくせにっ」

しかし、エヴァの呪詛が増えれば増えるほど、オーウィンの訪れは遠のいた。

オーウィンがほとんど顔を見せないようになっていくのと同じ頃、しかったエヴァは、いつしかなりに構わなくなり、あとし、あとしと呟いて、どこから手にれたのか、おかしな香を焚くようになった。

「それはなあに?」

ミュリエルが聞くと、

「願い事が葉う煙だよ」

ニヤリと笑った。

「これで全部お前のものになるからね。あいつらみんなずるいんだ」

後からわかったのだが、ちょうどその頃、アルバニーナが原因不明の病気で亡くなっていた。

しかし、エヴァがそれを知らされることはなかった。

送金だけは欠かさずあったが、そのころのオーウィンは何人目かの、新しい人に夢中だったのだ。

そうとも知らないエヴァは、ずっとアルバニーナを憎みながら、オーウィンを待っていた。

誰もアルバニーナの死をエヴァに伝えなかった。

おかしな香の副作用か、その辺りを境に、エヴァはどんどん弱っていった。

世話役という名目で公爵家から送られてきた監視人に、義務のように淡々と世話をされて、寢たきりになった。

それでもかなりの年數、エヴァは足掻いた。

いつか、オーウィンが迎えにくるから、死ぬわけには行かない、と。

そして、ミュリエルに同じことをささやき続けた。

全部、お前のものだから、と。

いつか、三人で暮らせるから、と。

しかしその願い虛しく、エヴァは衰弱するように亡くなった。

そして、それを待っていたかのように、家の前に馬車が止まった。

なりのいい紳士が颯爽と降りてきて、ミュリエルを抱きしめた。

「君がミュリエルだね! 今まですまなかった! さあ、うちに帰ろう」

ミュリエルはそのようにして、公爵家に迎えられた。

「うちには子供が二人いてね。ミュリエルの兄と姉だね。すぐ仲良くなれるよ」

馬車の中でそう語るオーウィンは、明るく、楽しげで。

「さあ、ここが君の家だよ、何でもしいものがあれば言いなさい」

ミュリエルは今までとはあまりにも違う豪華な屋敷と、満ち足りた様子で生活していた兄と姉に、複雑な気持ちを抱いた。

——ずるい!

母の言葉を思い出したのだ。

——本當なら、これ全部私のものなんだ!

「……ずるい! ずるい! ずるい!」

だから、ミュリエルは目につく、全部しがった。

特にクリスティナのものは、何でも羨ましく見えた。

クリスティナにダメと言える権利なんてないと思っていた。

オーウィンもそれを黙認していたから。

だからミュリエルは、しがって、しがって、しがった。

「ずるい! ずるい! ずるい!」

なのに、全く満たされなかった。

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